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1章-4 月が欠ける
騒がしき赤牛の家亭のその後
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B級グルメガイドに乗っていたその店は確かに賑わっていた。
長蛇の列とまではいかないが、何人か外で並んで待っている。そしてしばらく待つとぐったりとした巨漢がよろよろと出てきた。
「げぷ。もうくえねぇ」
「大丈夫か! お前はよくやった! あれがおかしいんだよ、あんな量食えるわけがねぇ」
その言葉に少し不安になるが、俺も国では超弩級の大食いといわれたものだ。写真に乗っていたのは女の子みたいな小柄な人間だった。あれに食えて俺に食えねぇ道理がねぇ。
「次のお客さんどうぞー」
「おう!」
俺は堂々と立ち上がる。
気合一発店員に『スペシャルメニュー』があるかと尋ねると、店員は得意そうにございますよと告げる。
「ただしちょっと規定を変えましてね」
「食う量が倍になったとかはなしだぞ」
「そんなことしませんよ、ただこの量を用意するのは店も大変でね。なにせこの間死ぬ思いをしたばかりですから。だからチャレンジに失敗したら食べた量に応じて料金を倍半いただきます」
倍半、1.5倍か。
確かに店も大変だろう。もとより安売りの店だ。通常の値段で提供しても設けは出ない。全ての金額ではなく食べた量というのは良心的な方だろう。
鷹揚に頷くと最初の皿が運ばれた。
これが記事大絶賛の赤牛のホワイトフュージ煮込みだな。とろりと濃厚なホワイトソースだが確かにきのこの深い滋味と牛骨からとられた濃厚なフォンが渾然一体となって鼻先をとろけさせるような芳しさがあふれる。
問題は入っている入れ物がおかしいことだ。10リットルは入るような壺にたくさんの肉と野菜が浮いている。
常識的な量を遥かに超えているが、俺はきっちり腹をすかせてきた。これならなんとかなる。
もぐもぐと食べすすめると周囲から『おお!』という歓声が上がる。懸念していたような味の飽きも来ない。本当にうまい。腹がきつい、くるしい、けれども途中で体を起こしてゆさゆさとゆすり、物理的に隙間をつくる。これでまだ戦える。しかし本当にうまいな。首から下は悲鳴を上げているが、それでも手と舌はなんとか動く。
ぎえ、ぐう。がふ。そんな音を立てながら脂汗を垂れ流しつつ、なんとか壺を殻にした。ハァ、ハァ、どうだ! 時間はまだ十分だ。店内から完成と拍手があがった。
店員の前に誇らしく壺を押し出すと、壺に新しくスープが入れられた。
「ちょっと待てぇ! 俺は全部食べきったぞ!」
「何をおっしゃっているんです? お客様が注文なさったのはラヴィ=フォーティスに挑戦するラヴィ=フォーティス杯でしょう?」
「そ、そうだが……まさか」
「ええ、そのまさかです。ラヴィ=フォーティスはこの壺を都合10杯、それからビッグステーキを10枚、素揚げを10枚、鍋を10杯平らげました。2時間で」
「そ、それは、物理的にどころか時間的にも無理だろ」
そうするとすぐ近くの客が声をあげるのだ。
「いやぁそれが無理じゃねぇんだよ、なんだか意味がわからねぇが口が肉から離れること無くまるでうどんでもすするかのようにステーキをちゅるちゅる飲み込むんだ。あれは思い出してもわけがわからねぇ」
「嘘だろ」
俺の意識はそこで途切れた。
壁にはたくさんの空の皿にかこまれてにこにこ微笑む小柄な人物の写真が掛けられている。
『騒がしき赤牛の家亭』は今日も盛況である。
Fin
長蛇の列とまではいかないが、何人か外で並んで待っている。そしてしばらく待つとぐったりとした巨漢がよろよろと出てきた。
「げぷ。もうくえねぇ」
「大丈夫か! お前はよくやった! あれがおかしいんだよ、あんな量食えるわけがねぇ」
その言葉に少し不安になるが、俺も国では超弩級の大食いといわれたものだ。写真に乗っていたのは女の子みたいな小柄な人間だった。あれに食えて俺に食えねぇ道理がねぇ。
「次のお客さんどうぞー」
「おう!」
俺は堂々と立ち上がる。
気合一発店員に『スペシャルメニュー』があるかと尋ねると、店員は得意そうにございますよと告げる。
「ただしちょっと規定を変えましてね」
「食う量が倍になったとかはなしだぞ」
「そんなことしませんよ、ただこの量を用意するのは店も大変でね。なにせこの間死ぬ思いをしたばかりですから。だからチャレンジに失敗したら食べた量に応じて料金を倍半いただきます」
倍半、1.5倍か。
確かに店も大変だろう。もとより安売りの店だ。通常の値段で提供しても設けは出ない。全ての金額ではなく食べた量というのは良心的な方だろう。
鷹揚に頷くと最初の皿が運ばれた。
これが記事大絶賛の赤牛のホワイトフュージ煮込みだな。とろりと濃厚なホワイトソースだが確かにきのこの深い滋味と牛骨からとられた濃厚なフォンが渾然一体となって鼻先をとろけさせるような芳しさがあふれる。
問題は入っている入れ物がおかしいことだ。10リットルは入るような壺にたくさんの肉と野菜が浮いている。
常識的な量を遥かに超えているが、俺はきっちり腹をすかせてきた。これならなんとかなる。
もぐもぐと食べすすめると周囲から『おお!』という歓声が上がる。懸念していたような味の飽きも来ない。本当にうまい。腹がきつい、くるしい、けれども途中で体を起こしてゆさゆさとゆすり、物理的に隙間をつくる。これでまだ戦える。しかし本当にうまいな。首から下は悲鳴を上げているが、それでも手と舌はなんとか動く。
ぎえ、ぐう。がふ。そんな音を立てながら脂汗を垂れ流しつつ、なんとか壺を殻にした。ハァ、ハァ、どうだ! 時間はまだ十分だ。店内から完成と拍手があがった。
店員の前に誇らしく壺を押し出すと、壺に新しくスープが入れられた。
「ちょっと待てぇ! 俺は全部食べきったぞ!」
「何をおっしゃっているんです? お客様が注文なさったのはラヴィ=フォーティスに挑戦するラヴィ=フォーティス杯でしょう?」
「そ、そうだが……まさか」
「ええ、そのまさかです。ラヴィ=フォーティスはこの壺を都合10杯、それからビッグステーキを10枚、素揚げを10枚、鍋を10杯平らげました。2時間で」
「そ、それは、物理的にどころか時間的にも無理だろ」
そうするとすぐ近くの客が声をあげるのだ。
「いやぁそれが無理じゃねぇんだよ、なんだか意味がわからねぇが口が肉から離れること無くまるでうどんでもすするかのようにステーキをちゅるちゅる飲み込むんだ。あれは思い出してもわけがわからねぇ」
「嘘だろ」
俺の意識はそこで途切れた。
壁にはたくさんの空の皿にかこまれてにこにこ微笑む小柄な人物の写真が掛けられている。
『騒がしき赤牛の家亭』は今日も盛況である。
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