ラヴィ=フォーティスと竜の頭と愉快な食レポの旅

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1章-4 月が欠ける

やっぱり美味しいものをたべなくっちゃ!

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 ここは由緒正しき『騒がしき赤牛の家亭』だ。
 聖都でも有数の大食い御用達の店だと自認している。だが今、未曾有の危機に陥っている。まさにここは戦場で、悲鳴が飛び交っている。
「おい厨房! まだか、まだなのか!」
「ちょっと待てよ、牛だよ? 牛をさばくんだよ? お前、すぐさばけると思う?」
「泣き言はたくさんだぁ! 注文が入ってるんだからとっとと出せぇ!」
「待って待って、本当に待って、ソース間に合わないの。誰かホワイトフュージ買ってきて、お願い、本当に材料も手も足りないの」
 まさに、むくつけき男たちが悲鳴を上げている。阿鼻叫喚だ。

 もう一度言うが、ここは大食い御用達の店だ。
 あいつが来るまでは人が丸々頭まで入るような大鍋にシチューが並々と満たされていた。しかも新年明けだから景気づけにって2鍋だ。けれどもそれも今は昔。あっという間に空っぽになり、とりあえずのつなぎで次々切り出す肉をひたすら焼いている。それはもうひたすら。
 大食いの店が『食材が尽きた』など、何があっても口にしちゃならねぇ。ならねぇ、んだが、あああああ尽きそうだぁぁぁぁぁ。
「あの、めっちゃおいひいれふ。ほんとに、おいしい、おかわり」
「承知致しましたぁぁぁぁ!」
 またホールから悲鳴と、すげぇと騒ぐ怒号が響く。
 なんであんなちっちゃい体にそんなに入るんだよ! 真に意味がわからねぇよ!
 誰なんだよあんな奴呼び込んじまった馬鹿はよ、俺だよ! 畜生!
 なんだかふらふら歩いてたんだよそいつ。腹減ったなーとか呟きながら。ちょうど新春で大値引きしてたからよ。
「わぁ安いですね。僕いっぱい食べるけど大丈夫?」
「食いねぇ食いねぇ。食ってその細っちょい体をちっとでも大きくしなよ」
 誰だよ、そんなこと言ったやつは。俺だぁぁぁぁぁ!
 畜生、大赤字確定だぁ!

「お主、これでもう本当に悔いはないのだな」
「お腹いっぱいでもう食べられないよう」
「本当に気の毒な事をした」
 先程の店、名はわからぬが真に潰れるのではないだろうか。
 そのような危惧が浮かぶ。ラヴィはパッと見、小柄に見えるからのう。あの呼び込みを責めるわけにもいかぬだろうが、それにしたってコヤツに『制限時間内に食べれば無料』というのは暴挙もここに極まれる。
 制限時間の3分の1にも満たない間に規定量を食い尽くし、『制限時間内に食べれば無料』のおかわりをした。
 だがこれは店員も悪いのだ。
 『最初の時間の間に食べられなければ全額払ってもらうけれど、もし食べられれば、以降全部無料にする』なんて言うから。自業自得であろうなぁ。
 周りの客も最初はこやつを応援しておったのに、しまいには店が潰れるからやめてくれと店員とともに懇願する始末。
 悪いことをしたなぁ。まぁしたのはわしじゃないのだが。
 ラヴィは魅了していたソースを求めて何店舗もはしごをして、ようやく見つけたのがあの店だった。どうやらホワイトフュージというきのこを主体として牛髄からフォンをとって作った濃厚なソースのようだ。
「そういえば僕、WT出版の取材員なんです。お店の宣伝をしてもいいか編集長に掛け合ってみますね! 『制限時間内に食べれば無料』もちゃんと宣伝しますから!」
「お願いだから、それだけはやめてくれぇ!」
 屍累々のあまりに気の毒な様子に本来の仕事を思い出したのか、おまけのように取材したレポートはお祭りの様子と一緒に小さな記事になるらしい。
 潰れないと良いな、本当に。

 結局の所、領域港でアイネと別れた後にヨグフラウで聖都まで舞い戻り、夜明けとともに入場した。そのころには月は正常に再起動して明るく空に浮かんでいたから、『無法』の時間は過ぎ去っていたのだ。
 一応今度はきちんと種族は隠して入場した。耳を帽子で隠していれば特に問題が起こることもない。WT出版の身分証明もある。だからおそらく、これ以上は何もあるまい。
 そう思いつつ、たくさん出ていた屋台を巡り、ようやく帰途につくことになった。
「ねぇねぇカプト様、記事作ってみたんだけど」
「ふむ?」
「エグザプト聖王国の新年のお祭り、それは空に浮かぶ魔女様の居城の月が隠れた日から1週間続く盛大なお祭りです。このお祭りの期間は国中が無礼講で、大抵のことは何をやってもいい日! 例えば魔女様や普段は食べられない人種をつかまえて食べたりとか……」
「ストップ。その行はカット」
「えぇ~。本当なのにぃ」
「世の中には本当のことこそ書けぬということは多くあるのだ」

 本当なのに、書けないの?
 それなら結局普通に入国できてても書けないじゃない。
 結局のところ、僕のエグザプト聖王国の記事で乗ったのは『騒がしき赤牛の家亭』の記事だけだった。帰りも空を飛んでいる写真は上手く取れなかったし! せめてモルタール山で月の写真を撮っておけばよかったなあ。
 船でハラ・プエルトに戻るまでになんとか書き上げて編集長に送信すると、B級グルメ担当部署に下取りに出したそうだ。お金が少し入金された。
 帰りに『ノモゲテ・フィッシュ』に寄ってからカッツェへの馬車に乗る。
「たくさんの人がお客さんになるといいね。嬉しい悲鳴?」
「悲鳴でおわらなければよいな」
 その時、プルルとスマホが鳴る。
「おいラヴィ。次は『綾衣と荒い風』だ。どうやらダンジョンが出現したらしい。行って来い」
「え、でも編集長、僕今、カッツェに戻るところなんだけど」
「エグザプトで何日超過滞在したと思ってるんだ! チケットをスマホに送信したぞ」
「ええっ、ちょ、また1時間後に出発じゃないですか! 編集長酷い! 酷すぎる!」
 結局の所押し出されるようにまたハラ・プエルトから忙しく新しい船に乗る。今度の航路は穏やかで、藍色の海がだんだん薄い緑に変わっていく。次の国の領域境界は海の上にあって、そこを超えるととたんに波が激しくなるらしい。
 その新しい領域にも美味しいものがたくさんあるといいな。新しいダンジョンなら美味しい生き物がいるのかな。
 そんなことを願って。
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