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1章-4 月が欠ける
魔女様の大きな月
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僕とアイネお兄さんはヨグフラウに乗っていた。あれ? 乗ってはいないかも。右足に僕、左足にアイネお兄さんが掴まれている。
お祭りの日の夕方まで待って、アガーディ近くの草原から僕らは夜に紛れて空に飛び出した。今向かっているのはモルタール山。アガーディから東に20キロほどのところにあるこの領域で二番目に高い山。当然高度はそれなりに高い。
「お主もそれなりに肝が座っておるのう」
「まぁ、修羅場はそれなりにくぐってはいますので。でも地に足がついていないというのは平常じゃいられません」
アイネお兄さんと目が合う。
「こやつは常に平常ではにからのう」
「どうして平気なんですかね」
「だってお祭りだもん!」
お祭りの日に山に登るってなんだか楽しいじゃない。イベント感。ワクワクする。
「ちょっとラヴィ君、それはやめて、ほんとに!」
せっかくだから写真を取ろうとしたらアイネお兄さんに止められた。明かりを炊くと下から見えてしまって、不測の事態に陥りかねないらしい。
不測ってなんだろう。測れないんだからよくわかんなくてもしかたないよね。ともあれバレちゃだめなんだって。
見上げると広い空の真ん中に魔女様の月が煌々と輝いていた。
あの月は本当の月とは違って、夜空の星々より随分地面に近いところを動いているらしい。たとえば太陽なんかだと地面の後ろに隠れようとしたのを追いかけていっても捕まえられないそうなんだけど、この魔女様の月は山の近くにいるときは本当に近くにいて、うまくすれば飛び移れることもあったらしい。
「とはいっても、一回それで侵入を許しちゃったから、今はそれほどには山に近寄らないようになっているんだ」
「太陽は夜になると山で寝てるんじゃないんですか?」
「うーん、普通の太陽や月は世界をぐるぐると回っているんだよ。大抵の場所ではね。けれどもあの月はこの領域の上空をずっと回っている」
百年に一度の大祭の間、もっというと飛び移られちゃった前歴のあるモルタール山の手前から月はその明かりを消して自動運転に切り替えられて、この領域で1番高い山であるメルシア山に1時間ほど係留するらしい。
アイネお兄さんの計画は驚きに満ちていた。お祭りで月が眠りについている間、月に忍び込むんだって。
空に浮いてる月に?
僕は思わず訪ねた。
「そんなことをしていいの!?」
「いいんだよ。ここは無法の領域なんだから。何をしたって。そのお祭り一日の間だけ月と魔女様は完全に目を瞑るんだ」
「まぁ確かにそうといえばそうなのだろうが……後でバレたら大変なことにならぬか?」
「大丈夫ですよ。そもそも駄目ならエグザプト聖王国が存続しているはずがない」
アイネお兄さんはなんか意味ありげにカプト様を見た。秘密の食べ物の話だろうか。
「そうといえばそうかもしれぬが……」
「ラヴィ君も珍しいものを食べてみたいよね」
「はい!」
「あぁ、もう……」
アイネお兄さんの計算では、今年の月はモルタール山から約200メートルほどのところまで接近するらしい。その隙を狙ってヨグフラウで侵入する。月の出入り口は月の下部と上部にあるらしくて、月が動いている時の通常の出入りは月の下部から行うから、上部の出入り口は殆ど知られていないらしい。
お兄さんはもともと気球で接近する計画だったそうだけど、巨大な月の周辺は月に沿って風が吹くから強風の時は接近や操縦が難しくなるそうだ。
「アイネよ、お主は何故そこまで詳しいのだ」
「うん? それは忍び込んだことがあるからですよ。流石に飛び移ったりはしませんけどね」
「何だと!?」
「ねえねえ! 美味しいものあった!?」
「おい今は飯など……いや何でもない」
「前に入ったときは食べ物を探したりはしなかったからねぇ」
「じゃぁ何しに行ったの?」
「お主以外に食べ物のために行くわけないだろう馬鹿者」
カプト様が酷い。そう思ってアイネお兄さんの方を見ると、少し困ったような微妙な表情をしている。なんでさ。お祭りの時にエグザプトに来るなら珍しい食べ物しか無いじゃん。
そう思っているとふわりとヨグフラウが僕とお兄さんを掴んでいた足をモルタール山山頂に下ろす。よろけながら着地すれば、お兄さんは早速遠眼鏡のような機器を取り出し周辺を調べ始めた。
僕も木の根っこの方にひょろ長い白いキノコが生えているのを見つけた。初めて見るかも。捕まえようと手を伸ばしたらにょきりと地面から抜け出て走って逃げた。
「こらまて!」
「おっとラヴィ君。はぐれちゃうと帰れなくなる、主に僕が」
「え、でも珍しいキノコが」
「ラヴィくんはキノコより珍しいものを魔女の月に探しに行くんじゃないの?」
「そうだった」
見上げれば魔女様の巨大な月は目の前いっぱいに広がっている。これ、何で出来てるんだろ。光るお饅頭みたいだ。美味しそう。
そう思いながら眺めていたら、ぱっと月の光が切れて真っ暗になった。胡麻饅頭みたいだ。
お祭りの日の夕方まで待って、アガーディ近くの草原から僕らは夜に紛れて空に飛び出した。今向かっているのはモルタール山。アガーディから東に20キロほどのところにあるこの領域で二番目に高い山。当然高度はそれなりに高い。
「お主もそれなりに肝が座っておるのう」
「まぁ、修羅場はそれなりにくぐってはいますので。でも地に足がついていないというのは平常じゃいられません」
アイネお兄さんと目が合う。
「こやつは常に平常ではにからのう」
「どうして平気なんですかね」
「だってお祭りだもん!」
お祭りの日に山に登るってなんだか楽しいじゃない。イベント感。ワクワクする。
「ちょっとラヴィ君、それはやめて、ほんとに!」
せっかくだから写真を取ろうとしたらアイネお兄さんに止められた。明かりを炊くと下から見えてしまって、不測の事態に陥りかねないらしい。
不測ってなんだろう。測れないんだからよくわかんなくてもしかたないよね。ともあれバレちゃだめなんだって。
見上げると広い空の真ん中に魔女様の月が煌々と輝いていた。
あの月は本当の月とは違って、夜空の星々より随分地面に近いところを動いているらしい。たとえば太陽なんかだと地面の後ろに隠れようとしたのを追いかけていっても捕まえられないそうなんだけど、この魔女様の月は山の近くにいるときは本当に近くにいて、うまくすれば飛び移れることもあったらしい。
「とはいっても、一回それで侵入を許しちゃったから、今はそれほどには山に近寄らないようになっているんだ」
「太陽は夜になると山で寝てるんじゃないんですか?」
「うーん、普通の太陽や月は世界をぐるぐると回っているんだよ。大抵の場所ではね。けれどもあの月はこの領域の上空をずっと回っている」
百年に一度の大祭の間、もっというと飛び移られちゃった前歴のあるモルタール山の手前から月はその明かりを消して自動運転に切り替えられて、この領域で1番高い山であるメルシア山に1時間ほど係留するらしい。
アイネお兄さんの計画は驚きに満ちていた。お祭りで月が眠りについている間、月に忍び込むんだって。
空に浮いてる月に?
僕は思わず訪ねた。
「そんなことをしていいの!?」
「いいんだよ。ここは無法の領域なんだから。何をしたって。そのお祭り一日の間だけ月と魔女様は完全に目を瞑るんだ」
「まぁ確かにそうといえばそうなのだろうが……後でバレたら大変なことにならぬか?」
「大丈夫ですよ。そもそも駄目ならエグザプト聖王国が存続しているはずがない」
アイネお兄さんはなんか意味ありげにカプト様を見た。秘密の食べ物の話だろうか。
「そうといえばそうかもしれぬが……」
「ラヴィ君も珍しいものを食べてみたいよね」
「はい!」
「あぁ、もう……」
アイネお兄さんの計算では、今年の月はモルタール山から約200メートルほどのところまで接近するらしい。その隙を狙ってヨグフラウで侵入する。月の出入り口は月の下部と上部にあるらしくて、月が動いている時の通常の出入りは月の下部から行うから、上部の出入り口は殆ど知られていないらしい。
お兄さんはもともと気球で接近する計画だったそうだけど、巨大な月の周辺は月に沿って風が吹くから強風の時は接近や操縦が難しくなるそうだ。
「アイネよ、お主は何故そこまで詳しいのだ」
「うん? それは忍び込んだことがあるからですよ。流石に飛び移ったりはしませんけどね」
「何だと!?」
「ねえねえ! 美味しいものあった!?」
「おい今は飯など……いや何でもない」
「前に入ったときは食べ物を探したりはしなかったからねぇ」
「じゃぁ何しに行ったの?」
「お主以外に食べ物のために行くわけないだろう馬鹿者」
カプト様が酷い。そう思ってアイネお兄さんの方を見ると、少し困ったような微妙な表情をしている。なんでさ。お祭りの時にエグザプトに来るなら珍しい食べ物しか無いじゃん。
そう思っているとふわりとヨグフラウが僕とお兄さんを掴んでいた足をモルタール山山頂に下ろす。よろけながら着地すれば、お兄さんは早速遠眼鏡のような機器を取り出し周辺を調べ始めた。
僕も木の根っこの方にひょろ長い白いキノコが生えているのを見つけた。初めて見るかも。捕まえようと手を伸ばしたらにょきりと地面から抜け出て走って逃げた。
「こらまて!」
「おっとラヴィ君。はぐれちゃうと帰れなくなる、主に僕が」
「え、でも珍しいキノコが」
「ラヴィくんはキノコより珍しいものを魔女の月に探しに行くんじゃないの?」
「そうだった」
見上げれば魔女様の巨大な月は目の前いっぱいに広がっている。これ、何で出来てるんだろ。光るお饅頭みたいだ。美味しそう。
そう思いながら眺めていたら、ぱっと月の光が切れて真っ暗になった。胡麻饅頭みたいだ。
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