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1章-3 逃げるか、逃げないか

驚くべき……? 何に驚くべきなんだろう。

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 事実は小説より奇なりというが、本当だな。いろいろな意味で。
 丁度晩ご飯でも食べようかととアガーディを彷徨っていたところだった。この街の半分の地域の特徴である白いタイルの歩道に沿って立ち並ぶ白い石造りの家は、なかなかに美しい。エグザプトの国色は白だ。だからエグザプト側のこの区画の街並みは白と夜の黒で彩られ、そのモノクロの風情は世界を沈静化させるような、そんな神秘的な風情を醸し出していた。

 アガーディはエグザプトとルヴェリアの間の国境の街で、いつもならもっと賑わっている。けれどもこの時期にエグザプトに向かう者はいないから、平常より随分と人通りも少ない。
 けれどもその一角は人だかりができていて、スゲェ、とかどんだけ食べるんだ、とかいう声が上がっていたから興味本位にチラッと眺めたら、見たことのある帽子が見えたからまさかと思って見たらラヴィ君だった。
 うわぁ。
 何人分だか全くわからない規模の皿を空にしながら、人だかりなんて全く目に入れずに新しい料理を次々と注文する姿に、あの小柄な体のどこに入ってるのだろうと心底疑問に思いつつ声をかけた。
 確かエグザプトに向かったはずだ。今の情報を知るならぜひ教えてもらいたい。けれどもおかしいな。
「ラヴィ君じゃないか。エグザプトに向かったんじゃないのかい?」
「あれ? アイネお兄さん?」
「それにしても相変わらずよく食べるねぇ。僕もこれから食事だから、後でお茶でもしないかい?」
「僕も食事中だから一緒にいかがですか?」
「食事中……?」
 中、ということは終わりではない、つまり続くということか。
 周囲の視線を考えるとあまりこのテーブルに加わりたくはないのだけれど、仕方がない。……それにしても本当によく食べる。

「ええと、エグザプトのすぐ近くまではいったんですけど、誘拐されたのでここまで逃げてきました」
「誘拐⁉︎」
「なんか目隠しをされて変な馬車にのせられちゃって」
「……どうやってここまで逃げてきたの?」
「ええと煙草を燃やしたら煙が出て大きな鳥さんに捕まって逃げてきました」
 ???
 意味がわからない。
 そもそも領域港とエグザプトの距離よりエグザプトとアガーディの距離の方が倍も遠い。領域港から直接アガーディに向かっても、普通の交通機関じゃ辿り着けない日程だ。そうすると何らかの特殊な移動手段によってアガーディまで来たのは間違いないだろう。
 鳥さん?
 テーブルの上にはカラスの雛のような小さな黒い鳥がいた。
 ん、あれ。この鳥もなんか変だな……。
 そして80センチはあろうかという平皿一杯に横たわる大きな焼き魚が運ばれてきてそれがあっという間に空になり、やっぱり変だな、と思う。
 ……もう考えるのはよそう。

「それで結局エグザプトには行っていないのかい?」
「はい。ちょっと遠くに見えたくらいで。すっごい大きな街ですね。そういえばアイネお兄さんは行ったことがあるんですか?」
「ああ、僕は何回かね。これから向かう予定なんだけど、どんな状況なのかもし知ってれば教えてほしくて、ね。情報交換がしたいんだ」
「情報交換?」
「そう、僕が知ってることとラヴィ君と、それから帽子の彼が知っていること」
 帽子に引っかかっている小さな龍の首を見つめながら話すと、それはわずかに動いて僕と目が合い、僅かに溜息をついたように見えた。
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