16 / 27
1章-2 欠けて満ちてそれからカプト様の右腕
台所からの脱出
しおりを挟む
風を読む。それなりの高度だ。周辺は暗い。
状況はよくわからぬものの、この風は遠くまで繋がっている。途中に遮るものがない。他の領域まで動線が通っているのを感じる。
だからここならば通るだろう。痕跡が残るからあまりやりたくはなかったが、背に腹は変えられぬ。隣で呑気にもぐもぐと飯を食い続けているこやつを見ていると、無性に腹が立つが。
確かに今の頭のみのわしにはどうにもできぬことが多い。けれども分断された体の方には色々と仕込んである。
口の中で小さくパスワードをコールし、どこかに飛んで行ったであろうわしの右腕との間を魔力回路でつなぐ。わしがバラバラになった時、最終的に体を集めて復元するために設定したものだが、その他にも色々と有用に使えるようにしてはある。
そして思ったよりすんなりと魔力は領域の壁を超えた。普通はこうはいかぬ。領域と領域の間は世界の理が異なるのだ。近ければ似通っている世界も多いが、隣の領域ですら全く様相が異なることもままある。だから領域と領域の間で空間をこじ開けることはだいたいの魔女は嫌がる。
だから領域を通過する場合、領域間でその出自や目的を厳しくチェックする。入領審査というやつはそれを人が代行しているのだ。その審査をすっ飛ばして領域間に大穴を開けようとするなんぞよほどのことがない限り認められぬ。
けれども幸いにもこの領域の魔女は事象に干渉しない。だからこの領域の魔力を乱さない範囲であれば、おそらくこちら側は問題ない。右腕があるのはあの魔女の領域なのか……。とりあえず繋げた以上はやってみるより他がない。
繋がる先の僅かな手がかり。わしは右手をこちらの領域に呼び寄せ……ようとして9割方失敗した。右手の落ちている領域側の魔女が遮断したのだろう。うーん、次に訪れるときに謝らねばならぬなぁ。はぁ。あの魔女は気が重いなぁ……。魔女というのは実に様々なのだ。
けれどもまぁ、最低限の目的は達せられた。1割方で右手に施した術式のいくらかをこの領域に呼び寄せることができた。
その瞬間、あの浮かぶ『月』から恐ろしいほどの圧を感じて思わず頚椎が縮み上がったが、それもすぐに消えた。この程度であれば見逃してもらえるらしい。さすが面倒くさがりのラキだ。
これでなんとかなるだろう。
「ねぇねぇカプト様、この大きな鳥さん食べられるの?」
「馬鹿。そんなわけなかろう。こやつで逃げるのだ」
「カプトよ。一体何があったのだ」
取り戻した権能で、わしはその術式を起動しヨグフラウを呼び出した。
ヨグフラウは大鷹型の漆黒の精霊獣だ。精霊と獣の間にある存在だ。広げた片翼の長さは3メートルを越え、その魔力で風を起こして翼で風を掴んで飛ぶ。わしとは昔から契約をしており、その術式を右腕に刻んでいた。右腕から持ち込めた精製陣はこの黒翼のヨグフラウと土泳のゲイヴァーリアだけだ。本当はもう2、3持ち込みたかったが、無理なものは仕方がない。手持ちでなんとかするしかなかろう。
「わぁ鳥さんが喋ってるぅ」
「我は鳥さんではない。ヨグフラウと呼べ。それよりカプト、何故頭だけなのだ。エノモトらと旅をしていたのではなかったのか」
「一緒に旅をしていたが、魔王を倒した途端まとめて斬られたのだ」
「ハッハッ。だから言うただろう、あやつを信用しすぎるなと」
嫌な思い出が蘇るが、今はそれどころではない。
「美味しいの?」
「……それにしてもこの兎人は何故動じぬのた?」
「……恐怖耐性がカンストしているのではないかと思う」
現在、それほどの高度を飛んでいた。
それほどの風が吹いていて、油断すればわしも吹き飛ばされそうなほどである。
わしらが捕まっていたと思しき施設は既に遥か彼方に去り、聖都エグザプトと思われる光の群れはそこから二つほど山を越えた先にあったのが見て取れた。今はそこからゆっくり離れるよう高高度を移動しているところだ。
ラヴィには闇夜でよくわからぬのかも知れぬが、遥か遠い海を隔てた沿岸部の街の明かりがうっすら見える程度には高い。そこをラヴィはヨグフラウの両脚に肩を掴まれ飛んでいる。肩に爪が食い込まぬよう衣類や布を何枚も挟んだ上で掴んでいる分、滑って落ちる可能性は高まる。
けれどもラヴィはそんな危険など全く頓着しなさそうに、足をプランと空中に揺らしていた。
突然トゥルルと音がなり、ラヴィが暴れ出した。スマホの音だろう。
「これ、暴れるでない。落ちるであろう」
「だってスマホでなきゃ」
「……なるほどカンストしておるのかも知れぬ」
「もしもし編集長? ……はい。今? えっと、空? ……本当なんですってもう、えっと写メをあわわ」
「ラヴィ、一応言っておくが落ちたら死ぬぞ」
眼下は闇だがおそらく海が広がっている。けれどもこの高度から落ちれば即死は免れないだろう。流石に耐性でなんとかなるレベルではないとは思うのだがな。
状況はよくわからぬものの、この風は遠くまで繋がっている。途中に遮るものがない。他の領域まで動線が通っているのを感じる。
だからここならば通るだろう。痕跡が残るからあまりやりたくはなかったが、背に腹は変えられぬ。隣で呑気にもぐもぐと飯を食い続けているこやつを見ていると、無性に腹が立つが。
確かに今の頭のみのわしにはどうにもできぬことが多い。けれども分断された体の方には色々と仕込んである。
口の中で小さくパスワードをコールし、どこかに飛んで行ったであろうわしの右腕との間を魔力回路でつなぐ。わしがバラバラになった時、最終的に体を集めて復元するために設定したものだが、その他にも色々と有用に使えるようにしてはある。
そして思ったよりすんなりと魔力は領域の壁を超えた。普通はこうはいかぬ。領域と領域の間は世界の理が異なるのだ。近ければ似通っている世界も多いが、隣の領域ですら全く様相が異なることもままある。だから領域と領域の間で空間をこじ開けることはだいたいの魔女は嫌がる。
だから領域を通過する場合、領域間でその出自や目的を厳しくチェックする。入領審査というやつはそれを人が代行しているのだ。その審査をすっ飛ばして領域間に大穴を開けようとするなんぞよほどのことがない限り認められぬ。
けれども幸いにもこの領域の魔女は事象に干渉しない。だからこの領域の魔力を乱さない範囲であれば、おそらくこちら側は問題ない。右腕があるのはあの魔女の領域なのか……。とりあえず繋げた以上はやってみるより他がない。
繋がる先の僅かな手がかり。わしは右手をこちらの領域に呼び寄せ……ようとして9割方失敗した。右手の落ちている領域側の魔女が遮断したのだろう。うーん、次に訪れるときに謝らねばならぬなぁ。はぁ。あの魔女は気が重いなぁ……。魔女というのは実に様々なのだ。
けれどもまぁ、最低限の目的は達せられた。1割方で右手に施した術式のいくらかをこの領域に呼び寄せることができた。
その瞬間、あの浮かぶ『月』から恐ろしいほどの圧を感じて思わず頚椎が縮み上がったが、それもすぐに消えた。この程度であれば見逃してもらえるらしい。さすが面倒くさがりのラキだ。
これでなんとかなるだろう。
「ねぇねぇカプト様、この大きな鳥さん食べられるの?」
「馬鹿。そんなわけなかろう。こやつで逃げるのだ」
「カプトよ。一体何があったのだ」
取り戻した権能で、わしはその術式を起動しヨグフラウを呼び出した。
ヨグフラウは大鷹型の漆黒の精霊獣だ。精霊と獣の間にある存在だ。広げた片翼の長さは3メートルを越え、その魔力で風を起こして翼で風を掴んで飛ぶ。わしとは昔から契約をしており、その術式を右腕に刻んでいた。右腕から持ち込めた精製陣はこの黒翼のヨグフラウと土泳のゲイヴァーリアだけだ。本当はもう2、3持ち込みたかったが、無理なものは仕方がない。手持ちでなんとかするしかなかろう。
「わぁ鳥さんが喋ってるぅ」
「我は鳥さんではない。ヨグフラウと呼べ。それよりカプト、何故頭だけなのだ。エノモトらと旅をしていたのではなかったのか」
「一緒に旅をしていたが、魔王を倒した途端まとめて斬られたのだ」
「ハッハッ。だから言うただろう、あやつを信用しすぎるなと」
嫌な思い出が蘇るが、今はそれどころではない。
「美味しいの?」
「……それにしてもこの兎人は何故動じぬのた?」
「……恐怖耐性がカンストしているのではないかと思う」
現在、それほどの高度を飛んでいた。
それほどの風が吹いていて、油断すればわしも吹き飛ばされそうなほどである。
わしらが捕まっていたと思しき施設は既に遥か彼方に去り、聖都エグザプトと思われる光の群れはそこから二つほど山を越えた先にあったのが見て取れた。今はそこからゆっくり離れるよう高高度を移動しているところだ。
ラヴィには闇夜でよくわからぬのかも知れぬが、遥か遠い海を隔てた沿岸部の街の明かりがうっすら見える程度には高い。そこをラヴィはヨグフラウの両脚に肩を掴まれ飛んでいる。肩に爪が食い込まぬよう衣類や布を何枚も挟んだ上で掴んでいる分、滑って落ちる可能性は高まる。
けれどもラヴィはそんな危険など全く頓着しなさそうに、足をプランと空中に揺らしていた。
突然トゥルルと音がなり、ラヴィが暴れ出した。スマホの音だろう。
「これ、暴れるでない。落ちるであろう」
「だってスマホでなきゃ」
「……なるほどカンストしておるのかも知れぬ」
「もしもし編集長? ……はい。今? えっと、空? ……本当なんですってもう、えっと写メをあわわ」
「ラヴィ、一応言っておくが落ちたら死ぬぞ」
眼下は闇だがおそらく海が広がっている。けれどもこの高度から落ちれば即死は免れないだろう。流石に耐性でなんとかなるレベルではないとは思うのだがな。
10
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
魔法少女の食道楽
石田空
大衆娯楽
実家の事情で一番食欲旺盛だった頃、まともに食道楽を楽しめなかった過去を持つ一ノ瀬奈々。過労で食が細くなりがち。
そんな中、突然妖精のリリパスに魔法少女に選ばれてしまう。
「そんな、アラサーが魔法少女なんて……あれ、若返ってる。もしかして、今だったら若い頃食べられなかったようなご飯が食べられる?」
かくして昼は会社で働き、夜は魔法少女として闇妖精討伐をしながら帰りにご飯を食べる。
若い頃には食べられなかったあれやこれを食べるぞと張り切る奈々の、遅れてやってきた食道楽。
サイトより転載になります。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?
海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。
そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。
夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが──
「おそろしい女……」
助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。
なんて男!
最高の結婚相手だなんて間違いだったわ!
自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。
遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。
仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい──
しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる