8 / 27
1章-1 カプト様が落ちていた。 ~『無法と欠けた月』のエグザプト聖王国の旅
わしと兎人族の狂った小僧との出会い
しおりを挟む
わしは激痛と共に目が覚めた。
そんなことは生まれて初めてかも知れぬ。ついぞ経験した記憶がない。
動転した気持ちを抑えて周囲を見回せば森のようだ。そうすると野獣か何かに噛まれたのかと思って逃れた方を見れば、子供が間抜けそうな顔を晒していた。
……。
「……ひょっとしてお主、わしを齧ったのか?」
「あのすみません、本当に」
「……何故」
「……落ちてたから」
「……」
よほど腹をすかしているのかと思ったがそうでもないらしく、弁当も持参しているらしい。ますますわからぬ。
ラヴィ=フォーティスと名乗るその者は兎の耳を生やしていた。おそらく兎人というやつだろう。見たところまだ子どものようだが、獣人族は年齢がわからぬことも多い。このような森の中にいるならばそれなりに歳をとっているに違いない。
「お主は成人しておるのか?」
「十歳です」
見たままだ。
……流石に子どもではないか? 子どもだよな?
子どもが一人で森にいるはずがない。ひょっとして親とはぐれたのか或い野党やモンスターにでも襲われたのか。
それから聞くとここは森ではなく街道沿いの木立らしい。赤い実が見えたから思わず立ち入ったそうだ。混乱した。さすがにそれは意味がわからないし、迂闊すぎる。
ここはどうやら『渡り鳥と不均衡』の魔女の領域らしい。
そうか。だからか。
この領域の魔女は旅人に過保護だ。だから旅人から危険を遠ざけるようこの領域を調整している。モンスターなどの類はその調整により、遥か山深くなどに押し込められていると聞く。
けれどもこの小僧はこれから就職して、世界中の食べ物を食べるんだと息巻いている。
……世界中、か。
この世界にはその礎となる複数の魔女という存在が、それぞれの地域の有り様を規定している。この『渡り鳥と不均衡』はやたらと人に好意的だが、それはむしろ珍しいタイプだ。中には人より魔獣を好み人の生存がほぼ困難な領域や、人を嫌い人に不遇の影響を与える魔女もいる。
そのような領域では安全な道のりから一歩でも踏み外せば、即座に死が待っている。そうでなくても道から何か見えたからといって、ホイホイ未知の領域に足を踏み入れるなぞ考えられぬのだ。道というのは人が安全に通行する利便のために切り開かれるものだ。つまりその外は不明。
こやつの親はそんな簡単なことも教えなかったのだろうか。
いや、この者もこの者の親もこの領域で生まれ育ったのだろう。『渡り鳥』の領域とはいえ、この地の者で領域を超えて旅するものは少ないのかも知れぬ。
……そして異なる領域で同じ行動を行えば待っつのはすなわち死。
……後味が悪いのう。
齧られたとて驚いただけで、さほど害があるわけではなし。見た感じしょうしょう、いやだいぶん抜けているようには見えるが悪い奴には思えぬ。他の領域に渡った時点で死が待ち受けているとしか思えん。
それにこいつは世界を回るという。わしも元の領域に戻りたい。そして体を取り戻してあの糞勇者に復讐を……。
まぁ、回るという世界の中に『大きな辻と狂乱』に近い領域に至れば、伝手も使える。頭だけになっても多少の魔法は行使できるから、わしも役に立つだろう。
そう思って強引についてきたがそれ以前の問題だった。
一体何なのだこのラヴィという者は!
世界を巡るというのにバスの乗り方ひとつ知らぬとは。
はぁ、先が思いやられる。
それに目につくものを拾って食べる。どう考えてもヤバそうなものも含めてだ。……わしはこのノリで齧られたのだろうな。
ラヴィが食べたものの中にはわしも知る毒草もあった。よもや食うとは思わなかったので、引っこ抜いても特に止めもしなかったのだ。
かなりの毒草だ。慌てて吐き戻すよう叫んだ。けれどもラヴィはケロリとして、不思議そうにわしを眺めた。妙に思ってステータスカードを見せてもらえば、耐性値の欄が異常だった。なにをどうしたら10歳でこんな値になるのだ。意味がわからぬ。
わしの見た奴隷制のある国のどんな奴隷よりも、戒律が厳しい国のどんな修行僧よりも、その耐性値は高かった。まあそもそもステータスカードなぞ、そう気軽に見せるものでもないのだがな。
魔女は自分の領域で生まれた者に大なり小なり加護を与える。この小僧もおそらく魔女の加護が厚いのだろう。そうでなければあれらの耐性を得る前に死ぬのが普通だからだ。
それにしても次は『無法と欠けた月』の領域か。
『無法と欠けた月』では月が欠けたかの如くその加護の効力が乏しくなる。魔女がその理で他の領域からの干渉を遮断する。その分、基礎的な魔法インフラは共通しているからすでに獲得した耐性が無効になったりはしないだろうが。
うーむ、少し不安だな。
けれどもそんなことより、此奴にどうやって道端に生えているものを食べてはならぬことを教えればよいのか。
頭が痛い。
そんなことは生まれて初めてかも知れぬ。ついぞ経験した記憶がない。
動転した気持ちを抑えて周囲を見回せば森のようだ。そうすると野獣か何かに噛まれたのかと思って逃れた方を見れば、子供が間抜けそうな顔を晒していた。
……。
「……ひょっとしてお主、わしを齧ったのか?」
「あのすみません、本当に」
「……何故」
「……落ちてたから」
「……」
よほど腹をすかしているのかと思ったがそうでもないらしく、弁当も持参しているらしい。ますますわからぬ。
ラヴィ=フォーティスと名乗るその者は兎の耳を生やしていた。おそらく兎人というやつだろう。見たところまだ子どものようだが、獣人族は年齢がわからぬことも多い。このような森の中にいるならばそれなりに歳をとっているに違いない。
「お主は成人しておるのか?」
「十歳です」
見たままだ。
……流石に子どもではないか? 子どもだよな?
子どもが一人で森にいるはずがない。ひょっとして親とはぐれたのか或い野党やモンスターにでも襲われたのか。
それから聞くとここは森ではなく街道沿いの木立らしい。赤い実が見えたから思わず立ち入ったそうだ。混乱した。さすがにそれは意味がわからないし、迂闊すぎる。
ここはどうやら『渡り鳥と不均衡』の魔女の領域らしい。
そうか。だからか。
この領域の魔女は旅人に過保護だ。だから旅人から危険を遠ざけるようこの領域を調整している。モンスターなどの類はその調整により、遥か山深くなどに押し込められていると聞く。
けれどもこの小僧はこれから就職して、世界中の食べ物を食べるんだと息巻いている。
……世界中、か。
この世界にはその礎となる複数の魔女という存在が、それぞれの地域の有り様を規定している。この『渡り鳥と不均衡』はやたらと人に好意的だが、それはむしろ珍しいタイプだ。中には人より魔獣を好み人の生存がほぼ困難な領域や、人を嫌い人に不遇の影響を与える魔女もいる。
そのような領域では安全な道のりから一歩でも踏み外せば、即座に死が待っている。そうでなくても道から何か見えたからといって、ホイホイ未知の領域に足を踏み入れるなぞ考えられぬのだ。道というのは人が安全に通行する利便のために切り開かれるものだ。つまりその外は不明。
こやつの親はそんな簡単なことも教えなかったのだろうか。
いや、この者もこの者の親もこの領域で生まれ育ったのだろう。『渡り鳥』の領域とはいえ、この地の者で領域を超えて旅するものは少ないのかも知れぬ。
……そして異なる領域で同じ行動を行えば待っつのはすなわち死。
……後味が悪いのう。
齧られたとて驚いただけで、さほど害があるわけではなし。見た感じしょうしょう、いやだいぶん抜けているようには見えるが悪い奴には思えぬ。他の領域に渡った時点で死が待ち受けているとしか思えん。
それにこいつは世界を回るという。わしも元の領域に戻りたい。そして体を取り戻してあの糞勇者に復讐を……。
まぁ、回るという世界の中に『大きな辻と狂乱』に近い領域に至れば、伝手も使える。頭だけになっても多少の魔法は行使できるから、わしも役に立つだろう。
そう思って強引についてきたがそれ以前の問題だった。
一体何なのだこのラヴィという者は!
世界を巡るというのにバスの乗り方ひとつ知らぬとは。
はぁ、先が思いやられる。
それに目につくものを拾って食べる。どう考えてもヤバそうなものも含めてだ。……わしはこのノリで齧られたのだろうな。
ラヴィが食べたものの中にはわしも知る毒草もあった。よもや食うとは思わなかったので、引っこ抜いても特に止めもしなかったのだ。
かなりの毒草だ。慌てて吐き戻すよう叫んだ。けれどもラヴィはケロリとして、不思議そうにわしを眺めた。妙に思ってステータスカードを見せてもらえば、耐性値の欄が異常だった。なにをどうしたら10歳でこんな値になるのだ。意味がわからぬ。
わしの見た奴隷制のある国のどんな奴隷よりも、戒律が厳しい国のどんな修行僧よりも、その耐性値は高かった。まあそもそもステータスカードなぞ、そう気軽に見せるものでもないのだがな。
魔女は自分の領域で生まれた者に大なり小なり加護を与える。この小僧もおそらく魔女の加護が厚いのだろう。そうでなければあれらの耐性を得る前に死ぬのが普通だからだ。
それにしても次は『無法と欠けた月』の領域か。
『無法と欠けた月』では月が欠けたかの如くその加護の効力が乏しくなる。魔女がその理で他の領域からの干渉を遮断する。その分、基礎的な魔法インフラは共通しているからすでに獲得した耐性が無効になったりはしないだろうが。
うーむ、少し不安だな。
けれどもそんなことより、此奴にどうやって道端に生えているものを食べてはならぬことを教えればよいのか。
頭が痛い。
10
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
魔法少女の食道楽
石田空
大衆娯楽
実家の事情で一番食欲旺盛だった頃、まともに食道楽を楽しめなかった過去を持つ一ノ瀬奈々。過労で食が細くなりがち。
そんな中、突然妖精のリリパスに魔法少女に選ばれてしまう。
「そんな、アラサーが魔法少女なんて……あれ、若返ってる。もしかして、今だったら若い頃食べられなかったようなご飯が食べられる?」
かくして昼は会社で働き、夜は魔法少女として闇妖精討伐をしながら帰りにご飯を食べる。
若い頃には食べられなかったあれやこれを食べるぞと張り切る奈々の、遅れてやってきた食道楽。
サイトより転載になります。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?
海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。
そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。
夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが──
「おそろしい女……」
助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。
なんて男!
最高の結婚相手だなんて間違いだったわ!
自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。
遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。
仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい──
しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる