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除霊始めました 陰陽師土御門太郎と金井武(全5話)
1.その不穏な家
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「それで何でまた、除霊始めるなんて馬鹿な張り紙をしたんだ?」
「馬鹿って……だって近所の人なら嘘ついたりしないじゃんか、と思って」
「嘘ねぇ。で、除霊ってどうするつもりなんだよ」
「祝詞は知ってるから」
太郎はなんだか不難化にそう呟く。宮司なんだから知ってて当然だ。
「汎用の禊祓詞でやるのか。それでお客さんは来たの?」
大抵の神社では『高天原に神づまります』から始まる汎用祝詞で神々に祈ってお祓いをする。確かにこの太郎が唱えれば、それだけで大抵のものなら祓えるだろう。
けれども太郎は眉をへの字に曲げて自信がなさそうに俺を見上げた。
「三田のばあちゃんが最近肩こるっていうから祝詞を唱えたら治ったって言われて蜜柑もらったんだよ。やっぱ俺、かつがれてるんじゃないの?」
「……効いてるって言われても信じないくせに。三田のばあちゃんにとってお前は孫みたいなもんだろ。喜ばれてるんならいいんじゃないの?」
三田のばあちゃんとは土御門神社も端っこに加わる辻切銀座商店街のお茶屋で隠居を決め込んでいる古株だ。俺たちが赤ん坊の頃からすでに婆さんだった。
「それもそうかなぁ、うん。それで何か用なの?」
「何かって、お前がこの間請け負った仕事の話だよ」
「ああ、何を唱えればいいの?」
今度はきょとんと俺を見上げた。
こいつに頼まれて仕事の下調べをしたというのに、ひどい言われようだ。少しだけイラっとくるが、気にしても仕方がない。
太郎が県や市といった大きな依頼先から除霊を頼まれると、決まって民俗学者の俺に『何を唱えたらいいの』とオロオロしながら質問にくる。それで俺が文献やら歴史やらを紐解いて、事件に適する祝詞を選定する。太郎が『それじゃぁ』と言って適当に唱えた祝詞で事件は解決大団円。太郎的には適当に呟いただけで大金が転がり込むものだから、狐につままれたような気分なのだろう。
今回は市の払下げ地に拡張途中の遊園地の地下から遺跡が出土し、それ以降工事業者に怪我人やらが出るそうだ。でもまあ今回もその正体は知れたから問題はないだろう。
今はそれよりこの馬鹿な試みだ。
「お前は信用できそうな近所の人にちゃんと除霊できたよ良かったねぇとか言われたいだけだろ?」
「うぐ」
「大抵の人間は霊なんて見えないんだよ。第一お前も見えないじゃないか。確認のしようがない」
「お前も市と組んで俺をからかってるんじゃないの」
胡散臭そうな、少しびくびくした目で太郎は俺を見上げた。
「そんな馬鹿馬鹿しいことするか。それに効果がなけりゃ市だってあんな大金を前金で振り込んでくるはずないだろ」
「俺でマネロンしてるとか。詐欺の片棒担いでる気分だ。もう神社やめて普通に就職したほうがいい気がする」
「ばーか。マネロンは回収するまでがセットなんだよ。それになぁ……お前のその性格じゃ就職は無理だ。バイトだって3日も保たないじゃないか」
太郎は後ろ向きな社会不適合者だ。大体のことを悪く解釈してコンビニバイトですら客に嫌われてるのではと思い込み3日でやめた。
そんなことを思っていると社務所のインターフォンが鳴り、返事も待たずにパタリと扉が開かれる。
「太郎ちゃん、いるかな」
「ああ、草刈さん。お入りください」
「表の張り紙のやつだけどね。おっ、金井君、久しぶり」
草刈さんは面倒見のいい近所の金物屋のおじさんだ。昔からフラフラしている太郎を何くれと構っている。
それで草刈さんの知り合いの大家が『人に貸してもすぐ出ていく困った家がある』という話を持ってきた。部屋の中のものが勝手に動いたり変な音がして、気味が悪くて長くても3ヶ月ほどでみんな退去するらしい。
「へぇー! テレビでたまにやってるけど、そんなことって本当にあるんですね」
「お前、それを除霊する仕事なんだろ? 面白がってどうする」
「そうだよ太郎ちゃん。やってみるかい?」
草刈さんは若干不安そうに太郎に問いかける。太郎のこの反応じゃぁ仕方がないというものだ。
太郎は結局のところ、怪奇現象自体は大好きなのだ。自分に何らかの力があるとは思えないだけで。
だから草刈さんに鍵を借りてきてもらい、3人でその一軒家の前に立った。
そこは逆城町外れのこじんまりとした平屋の家。築はそう古くはなさそうだが、外から見ただけで胡乱な雰囲気が漂っていた。
……なんだか嫌な予感がする。けれどもやはり、太郎は何も感じないらしい。
「普通の家ですね」
「そう? 私はちょっと気持ち悪いかな。太郎ちゃんは何も感じない?」
「ええと、特には」
前の入居者は1週間前に退去し、既に清掃も終え、現在は空き家ということだ。
草刈さんは太郎が凄腕の陰陽師とは知らない。大家との間でも、とりあえず宮司にお祓いをしてもらえれば少しはましかという感覚で話をしたそうだ。だから本格的な除霊を求めているのでもないらしい。
カチャリと回された玄関から入ったその家には、期待した空室の空虚さなどは微塵もなく、得体の知れない何者かの生活臭が溢れかえり、俺は思わず仰反った。草刈さんも同じものを感じたようで、ぐぅとうめき声を上げている。
「何もないねぇ」
「お前、本当に空気読まないな」
「え。何かいる? とりあえずお祓いするよ」
確かに物理的には物も何もない空き家ではあるのだが問題はそこではない。
太郎はリビングでごそごそと持参した紙袋から神主の装束を取り出していそいそと着替え、手にした御幣を祓い給え清め給えとバサバサ振る。
その祓いによって清浄な風は吹き込んだのだが、すぐに得体の知れぬ気配に埋め尽くされた。
「ねぇ、祓えた?」
「まだだな」
「一瞬なんか綺麗になる感じはしたよね?」
「じゃあどうすればいいの?」
「いきなり来てわかるわけないだろ」
そう答えると、太郎は困惑したように眉尻を下げた。
結局こいつは俺に結果を聞くんだよな。俺以外に明確に回答したりはしないから。
「馬鹿って……だって近所の人なら嘘ついたりしないじゃんか、と思って」
「嘘ねぇ。で、除霊ってどうするつもりなんだよ」
「祝詞は知ってるから」
太郎はなんだか不難化にそう呟く。宮司なんだから知ってて当然だ。
「汎用の禊祓詞でやるのか。それでお客さんは来たの?」
大抵の神社では『高天原に神づまります』から始まる汎用祝詞で神々に祈ってお祓いをする。確かにこの太郎が唱えれば、それだけで大抵のものなら祓えるだろう。
けれども太郎は眉をへの字に曲げて自信がなさそうに俺を見上げた。
「三田のばあちゃんが最近肩こるっていうから祝詞を唱えたら治ったって言われて蜜柑もらったんだよ。やっぱ俺、かつがれてるんじゃないの?」
「……効いてるって言われても信じないくせに。三田のばあちゃんにとってお前は孫みたいなもんだろ。喜ばれてるんならいいんじゃないの?」
三田のばあちゃんとは土御門神社も端っこに加わる辻切銀座商店街のお茶屋で隠居を決め込んでいる古株だ。俺たちが赤ん坊の頃からすでに婆さんだった。
「それもそうかなぁ、うん。それで何か用なの?」
「何かって、お前がこの間請け負った仕事の話だよ」
「ああ、何を唱えればいいの?」
今度はきょとんと俺を見上げた。
こいつに頼まれて仕事の下調べをしたというのに、ひどい言われようだ。少しだけイラっとくるが、気にしても仕方がない。
太郎が県や市といった大きな依頼先から除霊を頼まれると、決まって民俗学者の俺に『何を唱えたらいいの』とオロオロしながら質問にくる。それで俺が文献やら歴史やらを紐解いて、事件に適する祝詞を選定する。太郎が『それじゃぁ』と言って適当に唱えた祝詞で事件は解決大団円。太郎的には適当に呟いただけで大金が転がり込むものだから、狐につままれたような気分なのだろう。
今回は市の払下げ地に拡張途中の遊園地の地下から遺跡が出土し、それ以降工事業者に怪我人やらが出るそうだ。でもまあ今回もその正体は知れたから問題はないだろう。
今はそれよりこの馬鹿な試みだ。
「お前は信用できそうな近所の人にちゃんと除霊できたよ良かったねぇとか言われたいだけだろ?」
「うぐ」
「大抵の人間は霊なんて見えないんだよ。第一お前も見えないじゃないか。確認のしようがない」
「お前も市と組んで俺をからかってるんじゃないの」
胡散臭そうな、少しびくびくした目で太郎は俺を見上げた。
「そんな馬鹿馬鹿しいことするか。それに効果がなけりゃ市だってあんな大金を前金で振り込んでくるはずないだろ」
「俺でマネロンしてるとか。詐欺の片棒担いでる気分だ。もう神社やめて普通に就職したほうがいい気がする」
「ばーか。マネロンは回収するまでがセットなんだよ。それになぁ……お前のその性格じゃ就職は無理だ。バイトだって3日も保たないじゃないか」
太郎は後ろ向きな社会不適合者だ。大体のことを悪く解釈してコンビニバイトですら客に嫌われてるのではと思い込み3日でやめた。
そんなことを思っていると社務所のインターフォンが鳴り、返事も待たずにパタリと扉が開かれる。
「太郎ちゃん、いるかな」
「ああ、草刈さん。お入りください」
「表の張り紙のやつだけどね。おっ、金井君、久しぶり」
草刈さんは面倒見のいい近所の金物屋のおじさんだ。昔からフラフラしている太郎を何くれと構っている。
それで草刈さんの知り合いの大家が『人に貸してもすぐ出ていく困った家がある』という話を持ってきた。部屋の中のものが勝手に動いたり変な音がして、気味が悪くて長くても3ヶ月ほどでみんな退去するらしい。
「へぇー! テレビでたまにやってるけど、そんなことって本当にあるんですね」
「お前、それを除霊する仕事なんだろ? 面白がってどうする」
「そうだよ太郎ちゃん。やってみるかい?」
草刈さんは若干不安そうに太郎に問いかける。太郎のこの反応じゃぁ仕方がないというものだ。
太郎は結局のところ、怪奇現象自体は大好きなのだ。自分に何らかの力があるとは思えないだけで。
だから草刈さんに鍵を借りてきてもらい、3人でその一軒家の前に立った。
そこは逆城町外れのこじんまりとした平屋の家。築はそう古くはなさそうだが、外から見ただけで胡乱な雰囲気が漂っていた。
……なんだか嫌な予感がする。けれどもやはり、太郎は何も感じないらしい。
「普通の家ですね」
「そう? 私はちょっと気持ち悪いかな。太郎ちゃんは何も感じない?」
「ええと、特には」
前の入居者は1週間前に退去し、既に清掃も終え、現在は空き家ということだ。
草刈さんは太郎が凄腕の陰陽師とは知らない。大家との間でも、とりあえず宮司にお祓いをしてもらえれば少しはましかという感覚で話をしたそうだ。だから本格的な除霊を求めているのでもないらしい。
カチャリと回された玄関から入ったその家には、期待した空室の空虚さなどは微塵もなく、得体の知れない何者かの生活臭が溢れかえり、俺は思わず仰反った。草刈さんも同じものを感じたようで、ぐぅとうめき声を上げている。
「何もないねぇ」
「お前、本当に空気読まないな」
「え。何かいる? とりあえずお祓いするよ」
確かに物理的には物も何もない空き家ではあるのだが問題はそこではない。
太郎はリビングでごそごそと持参した紙袋から神主の装束を取り出していそいそと着替え、手にした御幣を祓い給え清め給えとバサバサ振る。
その祓いによって清浄な風は吹き込んだのだが、すぐに得体の知れぬ気配に埋め尽くされた。
「ねぇ、祓えた?」
「まだだな」
「一瞬なんか綺麗になる感じはしたよね?」
「じゃあどうすればいいの?」
「いきなり来てわかるわけないだろ」
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