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幽霊の種 呪術師円城環(全5+1話)

Epilogue.種の収穫

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 次に研司が目を開けた時、窓から淡い光が差し込んでいた。
 目を細めながら体を起こして傍らを見ると、環がベッドの端を枕に寝息をたてていた。慌てて腹を探ると何もない。窓から外を眺めると、少し遠くに辻切中央駅の駅舎とツインタワーが見える。ということはここは辻切総合病院だと当たりをつけた。
 全部夢だったのか。
 その研司の動きに目を覚ましたのか、環も体を起こして気だるそうに目をこする。

「おはよう」
「おはようって、何がどうなったんだ」
「お前を見つけて救急車を呼んだ」
「俺を? どこで」
「百夜山だよ。お前はそこで死にかけてたの。それにしても元気だね」
 この現し世では研司は3日前から行方不明になっており、環が昨夜、百夜山で発見して救急車を呼んだ、ことになったらしい。研司は狐に抓まれたような顔を見せる。
「何でだよ。昨日お前に話したから山に登ったんだろ?」
「昨日、俺に会いに来た時点でお前は幽霊だったんだって。種を植えられたのは虹彦じゃなくてお前なんだよ」
「何で」
「小5の時に虹彦に手を握られたんだろう? だから虹彦が押し付けたお前の手のほうに幽霊の種が植わったのさ。それでお前の中で幽霊の種が芽吹いて収穫できる時にまた虹彦と手を繋いだから虹彦に収穫されたんだ」
「収穫?」

 環はその『幽霊の種』はあやかしが効率的に魂を捕食するための道具じゃないだろうかと述べる。人に植えることによって、その根が肉を穿ち魂の隙間に伸びていき、肉と魂を分離させる。そしてその魂だけを取り出して食べるのだ。
「なんで魂だけにするの?」
「さぁ? お前が会った大きな頭の男は肉は食べられない種族だったんじゃないの?」
 環は当然のように述べるが、研司の頭はちっともついていかなかった。
「けれども虹彦はそのあやかしの種族じゃない。幽霊生やして食うなんて人間にできないんだ。だから収穫する側の虹彦も魂が詰まって昏睡したんだ」
「魂が?」
「そう。鼻にお前の霊を詰めて窒息しかけてた。詰まったのを切り離さないと2人とも死んじゃうよね。だから切り離した」

 研司は最後の記憶の激烈な痛みを思い出して青くなる。あれは確かに霊を切り離されるような痛み、といえばそれに相応しい痛みだった。
「そんでお前は4層隣の異界で倒れてたからさ。普通の人間には見つけられないところだし、俺でも行けなかった。それで丁度あの虹彦はギリギリ現世と3層隣に跨ってたからさ、お前を引っ張り出して強引に根っこを切って戻したんだよ。だから場所が動かないように虹彦のほうも石で固定してたんだ」
 環は虹彦は現世の位相では辻切総合病院に入院しているが、3層隣の世界では百夜神社で倒れていたままだったと言う。研司は現世の位相は現世の位相の虹彦に捕まったまま魂だけ引きずり出され、その他は男と会った4層にまるごと倒れていた。
 そしてやっぱり、研司には何のことだかわからなかった。
「その層ってのは結局何なんだよ」
「この世には平行世界がたくさん隣り合ってるのさ。お前は被り物の男の暮らす4つ隣の層に落っこちたんだよ。男は面をかぶったお前を見て、同じ位相にいるあやかしの子だとでも思って種を渡したのだろう」

 『幽霊の種』。
 環は言いえて妙だと思う。4層隣の世界の珍しい道具。厳密に言えば幽霊を『作る』のではなく、幽霊を生やして強引に摘み取るためのものだろう。環は小学生の記憶を思い出す。確かにその時、研司から妙なものが生えている、と感じたのだ。
 とはいえこの現し世ではそうそう収穫できやしやしない。
 けれども2層位相がずれ、男の位相に近づく百夜神社のあの祭りで2人が手を触れたことで何かの効果が発動し、2人はもう1段あやかしに近い3層目に紛れ込み、研司はさらにもう1層、本来『幽霊の種』の存在する4階層隣に転げ落ちたのだろう。
 1つ隣の位相に渡るくらいはそれほど難しくはない。けれども4つも超えるとなると、戻ってくるのは不可能に近い。
 この位相の転移が神隠しの原理だ。研司は位相を超えやすい、神隠しに会いやすい体質なのかもしれない。
 環は百夜神社から誰でも立ち寄れる2層目に入り込み、2層目と3層目の間を切り裂いて3層目に至り、4層目には至れないと見切りをつけて、4層目に繋がっている3層目で虹彦の魂と絡まっていた研司を切り裂いて、そこから4層目にいる研司を3層目に引っ張り出したのだ。

「俺はそのよくわかんないとこで倒れてたの?」
「そうだよ。お前デジャヴとかよくあるだろ」
「うん、まぁ」
「それは層を1つ2つ超えた合図だから気をつけな。うっかりすると戻れない所まで行ってしまうぞ」
 研司はごくりと喉を鳴らした。理屈はわからなくとも、腹の痛みは本物だったからだ。
 そこからは簡単だ。環は深夜に神社にお参りに行ったら研司が倒れていたという体で通報した。何故こんな深夜に人気のない神社にいたんだと警察に尋ねられたが、季刊異界のライターだというと残念な顔して納得された。
 そんなわけで、環にとってその事後処理はそれなりに面倒だったのだ。
 そんなわけで、環は今、熱さが喉元を過ぎ去った研司から金を出させる方法はないんだろうなぁと半ば諦めている。

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