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パンダに追いかけられる 民俗学者金井武(全3話)
パンダに追いかけさせる。
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不確定な情報が多い。
それに根菜というものは地面に植わっているのではなく、地面で寝てるのか? よくわからん。
再び角からそっと覗くと、ブリキと目があった。やはりなんか怖ぇ。
パンダの話しぶりを考察すると、ブリキの後ろにブリキを追いかけているやつがいるということなのだろう。けれども終点というのはどのくらい先のことなのか。
この謎の連鎖の先に何が待ち受けているのか。そもそもこのパンダの言っていること自体が伝言ゲームだろうから、元々のメッセージは全く違うものじゃぁないのかな。例えば。
いつもの癖でこの話の構造を頭の中で組み立てる。
「お兄さん、寝るなら家に帰ったほうがいいよ」
「別に眠いわけじゃない」
俺の仕事は民俗学だ。民俗学というものは、特定地域の様々な伝承文化、信仰風俗、慣習や思考を統合し、体系立てて読み解く仕事だ。このようなわけのわからない事象においても一つの物語として成立するのであれば、その独自の世界が構築されて然るべきである。
自分が捕まったら、自分を捕まえるやつを探しに行く。『次の相手を捕まえる』じゃなく『次の自分を捕まえる相手を探す』必要がある。そこに横たわる奇妙なレトリック。通常、代わりの犠牲者を用意するのであれば、自分が捕まえられる必要はない。単純に犠牲者を捕まえて差し出せばいいということだろう?
なんのために捕まえられるのか。不合理で不必要に思える必要合理性こそが、根底の世界ルールに繋がっている。これは次の対象の自発的なリアクションが必要な呪いなのだ。自主的に捕まえるのでなければ、引っこ抜くことなどはできはしない。対象に逃げ出されるのではなく、対象に協力させるのだ。
やはりこれはカブの話だな。
「カブを見に行く」
「えええぇぇぇぇえええぇぇぇえええええ」
「うるさい。行くと言ったら行く」
「カブに近づくとすぐ食べられちゃうじゃないですか!」
「お前の話だと生贄は一本線に繋がってるんだろ? 紐みたいに。それでお前の話を前提とすると、カブが律儀に起点から順番に話しかけていく。それならその起点と終点が近くに存在していたとしても、カブが到達するまでの時間はかわらんだろ」
……このパンダはどうみても理解してなさそうだが別にいいや。
俺はロボットのところに歩いていく。パンダはあわあわと俺の後ろをついてくる。ロボットはまさか向かってくるとは思っていなかったのか、一歩ギシリと後ろに下がる。
「お前が引っ張られたら、捕まえたやつを引っ張れよ」
そう伝えると、ロボットはギギギと音をさせながらアワアワと頷いた。
そのロボットの横を通り過ぎて更にその背後を眺めると、でかい生首が浮いていた。うちの街は一体いつから異界になったんだ。
……まぁ、昔からか。この神津という都市を調べれば調べるほど、訳のわからない事象が連綿と続いているのがわかる。
そのまま仔細気にせずどんどん進み、まさか終点が近づいてくるとは思っていなかったらしい慄く生首の横を通る時、ロボットと同じように伝言を伝えて更に後ろを覗き込むと、長い紐が浮いていた。なんだこれ。一反木綿の亜種か何かなんだろうか。
後ろを振り返ると少し後ろにパンダが、その後ろにロボットがついてきているのが見える。順調で良い。
ゲームではなく直接の伝言を繰り返しながら、いくつもの奇妙な存在を辿る。そのうちにだんだんと世界は奇妙な暗い洞窟に繋がり、それを抜けた先の山を越え、谷を渡っていつのまにかのどかな農村風景にたどり着く。
ホーホケキョとウグイスのなく麗らかな春だった。時空が歪んでいる。ここは既に俺がいた現世ではない。俺がいた街は冬だったはずだが、すでにここは地球の日常で捉えられる場所ではないのだ。だから比べても仕方がない。ただ、この世界の根幹が春というだけなのだろう。カブの旬は春と秋とも聞くからな。
その農村に到達するまで都合132体の何だかよくわからないものの隣を通り過ぎ、ようやくそのネズミにたどり着いた。
ネズミは驚いた顔で俺を見た。
まぁそうだろうな、マウンテンパーカーとニットカーデにジーンズなんておそらく見たことがないに違いない。暑い。
そして俺は長い長い列を引き連れてねずみの隣を通り過ぎ、しっぽを太くして警戒するねこの隣を通り過ぎ、低く唸る犬の隣を通り過ぎ、15くらいの目を丸くする垢抜けない娘の隣を通り過ぎ、口をあけっぱなしのおばあさんの隣を通り過ぎ、苦り切った顔をした皺の深く刻まれたおじいさんの前にたどり着き、その先にこの冒険で俺を待ちうけていたもの、そしてこの世界を構成する根幹を見た。
おじいさんの後ろには、地表に見える範囲だけでも高さ10メートルはあろうかという白い塊が地面に埋まっていた。地中を入れると全長は20メートルに達するのかもしれない。……俺が記憶しているカブの話の表紙ではせいぜい2メートルちょっとくらいだった記憶があるのだが。
厳密に言えば『大きなカブ』はロシア民話だから、蕪の原種であるブラッシカ・ラパかもしれないな。その生態なぞ知らぬが、アブラナと科の植物は核内倍加によって表皮細胞が巨大化するらしいから、そういうものなのかもしれない。
「スタリク、このカブは随分でかいな」
「……何故ここに人間がおる」
「あんたが始めた呪いが俺をここに呼び寄せたのさ」
「……」
「あんたがカブの種を植えたんだろう? 何故こんなことをする」
「それがこの世界の定めなんだよ。これはオバケカブだがこの種を撒かないと物語が始まらない」
「ふん、随分メタ的な話だな」
「物語とはそういうものさ」
それに根菜というものは地面に植わっているのではなく、地面で寝てるのか? よくわからん。
再び角からそっと覗くと、ブリキと目があった。やはりなんか怖ぇ。
パンダの話しぶりを考察すると、ブリキの後ろにブリキを追いかけているやつがいるということなのだろう。けれども終点というのはどのくらい先のことなのか。
この謎の連鎖の先に何が待ち受けているのか。そもそもこのパンダの言っていること自体が伝言ゲームだろうから、元々のメッセージは全く違うものじゃぁないのかな。例えば。
いつもの癖でこの話の構造を頭の中で組み立てる。
「お兄さん、寝るなら家に帰ったほうがいいよ」
「別に眠いわけじゃない」
俺の仕事は民俗学だ。民俗学というものは、特定地域の様々な伝承文化、信仰風俗、慣習や思考を統合し、体系立てて読み解く仕事だ。このようなわけのわからない事象においても一つの物語として成立するのであれば、その独自の世界が構築されて然るべきである。
自分が捕まったら、自分を捕まえるやつを探しに行く。『次の相手を捕まえる』じゃなく『次の自分を捕まえる相手を探す』必要がある。そこに横たわる奇妙なレトリック。通常、代わりの犠牲者を用意するのであれば、自分が捕まえられる必要はない。単純に犠牲者を捕まえて差し出せばいいということだろう?
なんのために捕まえられるのか。不合理で不必要に思える必要合理性こそが、根底の世界ルールに繋がっている。これは次の対象の自発的なリアクションが必要な呪いなのだ。自主的に捕まえるのでなければ、引っこ抜くことなどはできはしない。対象に逃げ出されるのではなく、対象に協力させるのだ。
やはりこれはカブの話だな。
「カブを見に行く」
「えええぇぇぇぇえええぇぇぇえええええ」
「うるさい。行くと言ったら行く」
「カブに近づくとすぐ食べられちゃうじゃないですか!」
「お前の話だと生贄は一本線に繋がってるんだろ? 紐みたいに。それでお前の話を前提とすると、カブが律儀に起点から順番に話しかけていく。それならその起点と終点が近くに存在していたとしても、カブが到達するまでの時間はかわらんだろ」
……このパンダはどうみても理解してなさそうだが別にいいや。
俺はロボットのところに歩いていく。パンダはあわあわと俺の後ろをついてくる。ロボットはまさか向かってくるとは思っていなかったのか、一歩ギシリと後ろに下がる。
「お前が引っ張られたら、捕まえたやつを引っ張れよ」
そう伝えると、ロボットはギギギと音をさせながらアワアワと頷いた。
そのロボットの横を通り過ぎて更にその背後を眺めると、でかい生首が浮いていた。うちの街は一体いつから異界になったんだ。
……まぁ、昔からか。この神津という都市を調べれば調べるほど、訳のわからない事象が連綿と続いているのがわかる。
そのまま仔細気にせずどんどん進み、まさか終点が近づいてくるとは思っていなかったらしい慄く生首の横を通る時、ロボットと同じように伝言を伝えて更に後ろを覗き込むと、長い紐が浮いていた。なんだこれ。一反木綿の亜種か何かなんだろうか。
後ろを振り返ると少し後ろにパンダが、その後ろにロボットがついてきているのが見える。順調で良い。
ゲームではなく直接の伝言を繰り返しながら、いくつもの奇妙な存在を辿る。そのうちにだんだんと世界は奇妙な暗い洞窟に繋がり、それを抜けた先の山を越え、谷を渡っていつのまにかのどかな農村風景にたどり着く。
ホーホケキョとウグイスのなく麗らかな春だった。時空が歪んでいる。ここは既に俺がいた現世ではない。俺がいた街は冬だったはずだが、すでにここは地球の日常で捉えられる場所ではないのだ。だから比べても仕方がない。ただ、この世界の根幹が春というだけなのだろう。カブの旬は春と秋とも聞くからな。
その農村に到達するまで都合132体の何だかよくわからないものの隣を通り過ぎ、ようやくそのネズミにたどり着いた。
ネズミは驚いた顔で俺を見た。
まぁそうだろうな、マウンテンパーカーとニットカーデにジーンズなんておそらく見たことがないに違いない。暑い。
そして俺は長い長い列を引き連れてねずみの隣を通り過ぎ、しっぽを太くして警戒するねこの隣を通り過ぎ、低く唸る犬の隣を通り過ぎ、15くらいの目を丸くする垢抜けない娘の隣を通り過ぎ、口をあけっぱなしのおばあさんの隣を通り過ぎ、苦り切った顔をした皺の深く刻まれたおじいさんの前にたどり着き、その先にこの冒険で俺を待ちうけていたもの、そしてこの世界を構成する根幹を見た。
おじいさんの後ろには、地表に見える範囲だけでも高さ10メートルはあろうかという白い塊が地面に埋まっていた。地中を入れると全長は20メートルに達するのかもしれない。……俺が記憶しているカブの話の表紙ではせいぜい2メートルちょっとくらいだった記憶があるのだが。
厳密に言えば『大きなカブ』はロシア民話だから、蕪の原種であるブラッシカ・ラパかもしれないな。その生態なぞ知らぬが、アブラナと科の植物は核内倍加によって表皮細胞が巨大化するらしいから、そういうものなのかもしれない。
「スタリク、このカブは随分でかいな」
「……何故ここに人間がおる」
「あんたが始めた呪いが俺をここに呼び寄せたのさ」
「……」
「あんたがカブの種を植えたんだろう? 何故こんなことをする」
「それがこの世界の定めなんだよ。これはオバケカブだがこの種を撒かないと物語が始まらない」
「ふん、随分メタ的な話だな」
「物語とはそういうものさ」
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