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幽霊は面倒くさい 幽霊の見える公理智樹(全4話)
幽霊の部屋に侵入するんじゃなかった
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智樹的にはここで逃げて、このAに営業時間中に店になだれ込まれるのが最もまずい。智樹は已む無く近くの茶屋のオープンテラスに腰掛ける。幸いにも参道は賑わい、二人の会話に耳を傾ける者はいない。智樹は緊張に心臓をびくつかせながら口を開く。
「それで?」
「それでって」
「俺はあんたが誰だか知らない。俺はたまたま栄市と友達で、栄市から連絡しろって言われたから伝えただけ。あとは知らない」
「ありえない。何で私ってわかるの」
「容姿を聞いた……髪型、とか」
智樹はAを見て、目を彷徨わせた。
「普段こんな格好してないし」
智樹は無茶な言い分だと自覚している。髪型は特徴のないボブだし顔立ちだけで明確に区別できる要素はない。服も人に合う用じゃない。普段この格好で会社に行くなら、土木作業員でもなければどん引く。
頼んだコーヒーが次第に冷めていくのを眺めながら、何度目かの沈黙をスルーする。智樹の掌の内側は湿り、外見には出さないものの、この膠着状態に胃をキリキリとさせていた。
「俺、帰りたいんだけど」
「駄目」
「要件は何さ」
「……」
智樹はこのままじゃ埒が明かないと感じていた。
「あんた何かしたの?」
「「えっ」」
「挙動不審すぎるんだよ」
「「そうかな」」
声は智樹の耳に男女に二重に響いた。
何故お前も驚いていると智樹は口の中で小さく呟く。
智樹には安易に立ち去れない理由があった。
先程栄市の部屋に侵入したからだ。殺人となれば警察に自宅が調べられる可能性がある。事故か病気と決めつけていたから安易に入ったが、窓枠とキーボードの表面に智樹の指紋が大量についているし、不自然にも死亡時刻以降にハードディスクが初期化されている。
少なくとも、智樹が重要参考人とみなされても仕方がない状況だ。
「面倒ごとは困るんだよ。本当に。雑誌に載ってるからさ。何事もないのが一番なの。だからもうお互い関係なしってことでいいじゃん」
「じゃあ一つだけ、松笠さんからの連絡はいつどうやって受け取ったの?」
「どうでもいいじゃん、そんなの」
女がはぐらかすのと同様に、智樹も誤魔化している。智樹の背に嫌な汗が伝う。それもこの膠着が終わらない一つの理由だ。
智樹は先程から女の身になって考えていた。
女が栄市を殺したのは昨日だ。以降、栄市は誰とも連絡を取れるはずがない。なぜなら殺されたから。
栄市から昨日予め聞いていたという筋書きは成り立たない。一日も前なら栄市が直接連絡をすればいい。智樹がわざわざ出向く意味がない。
そうすると『栄市が来れない事』、つまり智樹はお前が栄市を殺したことを知っているぞと告げに来たにも等しいわけだ。
確かにこれは脅しだと智樹は思い直す。そして頭を抱えたくなった。
来てしまった以上、女の立場ではこれですんなり終わるとは思えない。何故なら何もないならそもそも来るはずがないのだ。殺人犯のところになど。だから女は智樹の要求か目的を聞くまで智樹を解放しないだろう、
これが智樹が導き出した結論で、再び大きくな溜息が響いた。言い繕う言葉は出てこなかった。
それで智樹は考えるのを諦めた。元来さほど頭が良くはないという自覚もある。
「信じてもらえないかもしんないんだけどさぁ。俺、幽霊見えるんだよね。それで栄市の霊に伝えろって言われたの。何で霊になってるかは知らない」
「は?」
「栄市から聞いてないかな、幽霊が見える智樹」
すっかり冷めたコーヒーを飲み干してから仕方なく告げた言葉は女を固まらせた。それは智樹にとって間違いのない事実だ。けれども普通は信じない。説得する見込みもない。
それならさっさと煙に巻いて話を切り上げて、栄市の部屋の指紋を拭き取りに行く。キーボードと窓だけ拭けば、あとは見つかっても友人だで通る。遅くなると住宅街は人が増える。だから陽が高いうちにその作業を終えなければだめだ。そう考えた智樹が見上げた太陽は、既に中天から少しだけ傾き始めていた。
けれども席から腰を上げる智樹にかかった声は、予想外のものだった。
「徳川埋蔵金の? いつか一緒に掘り出すって言ってた」
「は? ……まあそうだけど。その話、栄市はギャグじゃなくてマジだったのか」
「マジかはわかんないけど、それじゃ松笠さんはやっぱり死んだの? おかしいと思ったんだ」
「うん?」
「だって幽霊なってるんでしょう?」
智樹は自身が勘違いしている可能性に再び気づく。この女には栄市が『幽霊になっているかどうか』の確証がない。そうすると、この女が栄市を殺したんじゃない? けれどもやっぱり、それがどういう意味か、智樹は思い浮かばなかった。
だから既にやけっぱちになっていた智樹は直接聞いた。
「何がどうなってるの?」
「松笠さんの霊から聞いてるんじゃないの?」
「本人全然覚えてなくてさ。ていうか信じるの?」
「だって普通、そんな荒唐無稽な嘘つかないでしょう? 本当に霊が見えるならともかく」
女の顔を覗き込むと、妙に安心したように微笑んでいた。
智樹は今のどこに安心する要素があるのか、この女はやっぱり頭がおかしいんじゃないかと混乱しながら自分の頭の中を整理する。
幽霊が見えることは何故かすんなり信用された。こんな風にフランクに聞き返すくらいなら、やっぱりこの女が殺したんじゃないのか?
そうすると栄市の自殺を目撃したとか。
栄市は自殺するタイプじゃないが、ひょっとしたら直前に何か酷いこととかがあって、本人はすっかりそれを忘れているのかもしれない。
「栄市さ、本当に記憶がないみたいなんだよ。だから何があったのか教えてくんないかな、マジで」
そして女の口から語られたのは、智樹の霊視よりさらに荒唐無稽な事実だった。
「それで?」
「それでって」
「俺はあんたが誰だか知らない。俺はたまたま栄市と友達で、栄市から連絡しろって言われたから伝えただけ。あとは知らない」
「ありえない。何で私ってわかるの」
「容姿を聞いた……髪型、とか」
智樹はAを見て、目を彷徨わせた。
「普段こんな格好してないし」
智樹は無茶な言い分だと自覚している。髪型は特徴のないボブだし顔立ちだけで明確に区別できる要素はない。服も人に合う用じゃない。普段この格好で会社に行くなら、土木作業員でもなければどん引く。
頼んだコーヒーが次第に冷めていくのを眺めながら、何度目かの沈黙をスルーする。智樹の掌の内側は湿り、外見には出さないものの、この膠着状態に胃をキリキリとさせていた。
「俺、帰りたいんだけど」
「駄目」
「要件は何さ」
「……」
智樹はこのままじゃ埒が明かないと感じていた。
「あんた何かしたの?」
「「えっ」」
「挙動不審すぎるんだよ」
「「そうかな」」
声は智樹の耳に男女に二重に響いた。
何故お前も驚いていると智樹は口の中で小さく呟く。
智樹には安易に立ち去れない理由があった。
先程栄市の部屋に侵入したからだ。殺人となれば警察に自宅が調べられる可能性がある。事故か病気と決めつけていたから安易に入ったが、窓枠とキーボードの表面に智樹の指紋が大量についているし、不自然にも死亡時刻以降にハードディスクが初期化されている。
少なくとも、智樹が重要参考人とみなされても仕方がない状況だ。
「面倒ごとは困るんだよ。本当に。雑誌に載ってるからさ。何事もないのが一番なの。だからもうお互い関係なしってことでいいじゃん」
「じゃあ一つだけ、松笠さんからの連絡はいつどうやって受け取ったの?」
「どうでもいいじゃん、そんなの」
女がはぐらかすのと同様に、智樹も誤魔化している。智樹の背に嫌な汗が伝う。それもこの膠着が終わらない一つの理由だ。
智樹は先程から女の身になって考えていた。
女が栄市を殺したのは昨日だ。以降、栄市は誰とも連絡を取れるはずがない。なぜなら殺されたから。
栄市から昨日予め聞いていたという筋書きは成り立たない。一日も前なら栄市が直接連絡をすればいい。智樹がわざわざ出向く意味がない。
そうすると『栄市が来れない事』、つまり智樹はお前が栄市を殺したことを知っているぞと告げに来たにも等しいわけだ。
確かにこれは脅しだと智樹は思い直す。そして頭を抱えたくなった。
来てしまった以上、女の立場ではこれですんなり終わるとは思えない。何故なら何もないならそもそも来るはずがないのだ。殺人犯のところになど。だから女は智樹の要求か目的を聞くまで智樹を解放しないだろう、
これが智樹が導き出した結論で、再び大きくな溜息が響いた。言い繕う言葉は出てこなかった。
それで智樹は考えるのを諦めた。元来さほど頭が良くはないという自覚もある。
「信じてもらえないかもしんないんだけどさぁ。俺、幽霊見えるんだよね。それで栄市の霊に伝えろって言われたの。何で霊になってるかは知らない」
「は?」
「栄市から聞いてないかな、幽霊が見える智樹」
すっかり冷めたコーヒーを飲み干してから仕方なく告げた言葉は女を固まらせた。それは智樹にとって間違いのない事実だ。けれども普通は信じない。説得する見込みもない。
それならさっさと煙に巻いて話を切り上げて、栄市の部屋の指紋を拭き取りに行く。キーボードと窓だけ拭けば、あとは見つかっても友人だで通る。遅くなると住宅街は人が増える。だから陽が高いうちにその作業を終えなければだめだ。そう考えた智樹が見上げた太陽は、既に中天から少しだけ傾き始めていた。
けれども席から腰を上げる智樹にかかった声は、予想外のものだった。
「徳川埋蔵金の? いつか一緒に掘り出すって言ってた」
「は? ……まあそうだけど。その話、栄市はギャグじゃなくてマジだったのか」
「マジかはわかんないけど、それじゃ松笠さんはやっぱり死んだの? おかしいと思ったんだ」
「うん?」
「だって幽霊なってるんでしょう?」
智樹は自身が勘違いしている可能性に再び気づく。この女には栄市が『幽霊になっているかどうか』の確証がない。そうすると、この女が栄市を殺したんじゃない? けれどもやっぱり、それがどういう意味か、智樹は思い浮かばなかった。
だから既にやけっぱちになっていた智樹は直接聞いた。
「何がどうなってるの?」
「松笠さんの霊から聞いてるんじゃないの?」
「本人全然覚えてなくてさ。ていうか信じるの?」
「だって普通、そんな荒唐無稽な嘘つかないでしょう? 本当に霊が見えるならともかく」
女の顔を覗き込むと、妙に安心したように微笑んでいた。
智樹は今のどこに安心する要素があるのか、この女はやっぱり頭がおかしいんじゃないかと混乱しながら自分の頭の中を整理する。
幽霊が見えることは何故かすんなり信用された。こんな風にフランクに聞き返すくらいなら、やっぱりこの女が殺したんじゃないのか?
そうすると栄市の自殺を目撃したとか。
栄市は自殺するタイプじゃないが、ひょっとしたら直前に何か酷いこととかがあって、本人はすっかりそれを忘れているのかもしれない。
「栄市さ、本当に記憶がないみたいなんだよ。だから何があったのか教えてくんないかな、マジで」
そして女の口から語られたのは、智樹の霊視よりさらに荒唐無稽な事実だった。
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