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幽霊は面倒くさい 幽霊の見える公理智樹(全4話)
呼ばれて振り返るんじゃなかった
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「智樹、俺、幽霊になったみたいなんだ」
「そうだね」
公理智樹は幽霊が見える。
子供の頃からだ。だから大抵の古くからの友人は、智樹が見えるタチだということを知っている。
智樹は今、振り返ったことを少しだけ後悔していた。そこは智樹がよく通る路上でがやがやと騒がしく、名前を呼ばれて知り合いかと思って振り返ったら、そいつはぽやぽやと輪郭も乏しい半透明だったから。
幽霊の中には日光で溶ける奴がいるから、慌てて木陰に誘導する。真っ昼間なのに幽霊が出るなんて珍しいと思いつつ、だから弱まって半透明になっているんだろうかと思いながら、幽霊というものは半透明なのも多いなと思い返す。今、智樹の頭には錦玉が思い浮かんでいた。寒天に砂糖や水飴を混ぜた半透明の和菓子だ。そんなように涼しげに、見覚えのない塊がぽわりと浮いている。
「それでお前、誰」
「わかんない」
「そう。思い出してから声かけて。じゃあね」
「待てよ」
「名前わかんないと話しようないじゃん。思い出したらね」
そう言い放って歩き始めたが、案の定、霊は後をついてきた。智樹のため息が小さく響く。
智樹と心霊現象の付き合いは長い。
なにせ物心ついたころから周りに普通に霊がいた。最初は人と霊の違いはよくわからなかった。けれどもそのうち、普通の人間は壁をすり抜けたりしないし透明になったり発光したりも、過剰に崩れていたりもしないことを学び、そいつらは基本的にろくなことをしないと学んで以降、霊の類は基本的に無視することにした。
霊にとっても人間には認識されないのが通常で、気づいてないふりをすればお互いスルーしあえる。それにヤバい奴はそれと認識できるから近寄らない。それは生きている人間も同じことだ。わざわざヤバそうな奴と目を合わせたり近寄ったりしない。
その智樹の経験則上、この霊はヤバくはないが面倒臭いタイプだった。話好きそうだ。霊は人に認識されない。つまり話し相手がいない。だからきっと、延々とついてくる。再び吐いたため息には諦めが混ざっていた。
時刻は丁度夕暮れ、誰彼時で霊の類が活発になる時間帯。そして智樹が虚空に話しかけても不自然ではないように酒を飲み始める時間帯。その結果、智樹は酒乱なのだが致し方ない。
満開の桜並木の下をくぐり、智樹は今日も行きつけのバーのカウンターでダラダラと酒を飲み始めた。
「智樹に頼みたいことがあったんだよ」
「ふうん」
「智樹じゃないとできないことなんだよな。なんだっけかな」
その言葉で幽霊が誰なのか、智樹にはおおよそ推測がついた。中高の同級生の松笠栄市だ。
栄市は労さず儲けようとするタイプで、こすっからいというか小狡いというか、自分は動かず他人を動かして儲けようとするのだ。けれどもその言う事は大抵大雑把で現実離れしている結果、誰も労力を払わないから妙に憎まれない。
智樹に対しては、家康の幽霊に徳川埋蔵金の場所を聞いて儲けようぜなどとわけのわからないことをよく言っていた。その時にいつも口癖のように『智樹にしかできないことなんだよ』と主張する。
「霊ってのは記憶力と頭が悪いんだよ、400年も前のこと覚えてないよ。それに知らない人間に財宝の在り処を教えろと言われたってさ、教えるわけないだろ。生きてる人間でも同じだよ」
そんな風に返すのが智樹と栄市の日常だった。思い出していると、妙にしんみりした気分になってきたらしい。
「お前栄ちゃんだろ? 何で死んだんだ」
「栄ちゃん? そうそう、そうだった。思い出した、栄市だ、俺」
「な、霊ってのは記憶力が悪いんだよ」
栄市の霊はわずかに人の姿を取り戻す。
自分の姿を思い出したのだろう。珍しい現象だ。普通、霊が失った情報を再度獲得することはない。
霊というものは情報媒体だ。
生前に脳が体に蓄積した情報が死んで宙に浮く。ただでさえポロポロと胡散霧消するところを、強い意志やら思いやらで何とかまとまったものが霊だ。それゆえ既に取りこぼしたものを再取得することは少ない。だから余程の思いがあるのだろう、そう推測しながら智樹はグラスを傾けた。
栄市を成仏させるには現世に引っ掛かるそのこだわりを解かないといけない。問題はそれが何か。今のところ見当もつかない。
結局、中途半端に優しい智樹は無視することを諦めた。
「仕方ないなぁ。何があったの? そんで何がしたいの」
「なんだったかなぁ。智樹わかんない?」
「知んないよそんなの。隠し財産でも俺にくれるの?」
「ないない、そんなもん俺が欲しいって。そういえば何か隠した気がする」
「HDのエロデータ消してほしいとか?」
以前に別の友人が事故で死んだ時、その霊に頼まれたことがある。あの時もお前にしか頼めないと言われたことを思い出す。
このままでは死んでも死に切れないと言うので、アパートのキーボックスに隠してた鍵で入ってPCのパスワード聞いて削除した。その時は代金に帆船模型もってけむしろ捨てられるのが忍びないというので、高いという奴をいくつか運び出して売ったら二束三文になった。
「それとは違う気がするけどそれもお願い」
「忘れてたならもういいじゃん」
「でも思い出しちゃったし、お前のせいだぞ。このままじゃ死んでも死にきれない」
「栄ちゃんもう死んでんじゃん。仕方ないなぁ」
「そうだね」
公理智樹は幽霊が見える。
子供の頃からだ。だから大抵の古くからの友人は、智樹が見えるタチだということを知っている。
智樹は今、振り返ったことを少しだけ後悔していた。そこは智樹がよく通る路上でがやがやと騒がしく、名前を呼ばれて知り合いかと思って振り返ったら、そいつはぽやぽやと輪郭も乏しい半透明だったから。
幽霊の中には日光で溶ける奴がいるから、慌てて木陰に誘導する。真っ昼間なのに幽霊が出るなんて珍しいと思いつつ、だから弱まって半透明になっているんだろうかと思いながら、幽霊というものは半透明なのも多いなと思い返す。今、智樹の頭には錦玉が思い浮かんでいた。寒天に砂糖や水飴を混ぜた半透明の和菓子だ。そんなように涼しげに、見覚えのない塊がぽわりと浮いている。
「それでお前、誰」
「わかんない」
「そう。思い出してから声かけて。じゃあね」
「待てよ」
「名前わかんないと話しようないじゃん。思い出したらね」
そう言い放って歩き始めたが、案の定、霊は後をついてきた。智樹のため息が小さく響く。
智樹と心霊現象の付き合いは長い。
なにせ物心ついたころから周りに普通に霊がいた。最初は人と霊の違いはよくわからなかった。けれどもそのうち、普通の人間は壁をすり抜けたりしないし透明になったり発光したりも、過剰に崩れていたりもしないことを学び、そいつらは基本的にろくなことをしないと学んで以降、霊の類は基本的に無視することにした。
霊にとっても人間には認識されないのが通常で、気づいてないふりをすればお互いスルーしあえる。それにヤバい奴はそれと認識できるから近寄らない。それは生きている人間も同じことだ。わざわざヤバそうな奴と目を合わせたり近寄ったりしない。
その智樹の経験則上、この霊はヤバくはないが面倒臭いタイプだった。話好きそうだ。霊は人に認識されない。つまり話し相手がいない。だからきっと、延々とついてくる。再び吐いたため息には諦めが混ざっていた。
時刻は丁度夕暮れ、誰彼時で霊の類が活発になる時間帯。そして智樹が虚空に話しかけても不自然ではないように酒を飲み始める時間帯。その結果、智樹は酒乱なのだが致し方ない。
満開の桜並木の下をくぐり、智樹は今日も行きつけのバーのカウンターでダラダラと酒を飲み始めた。
「智樹に頼みたいことがあったんだよ」
「ふうん」
「智樹じゃないとできないことなんだよな。なんだっけかな」
その言葉で幽霊が誰なのか、智樹にはおおよそ推測がついた。中高の同級生の松笠栄市だ。
栄市は労さず儲けようとするタイプで、こすっからいというか小狡いというか、自分は動かず他人を動かして儲けようとするのだ。けれどもその言う事は大抵大雑把で現実離れしている結果、誰も労力を払わないから妙に憎まれない。
智樹に対しては、家康の幽霊に徳川埋蔵金の場所を聞いて儲けようぜなどとわけのわからないことをよく言っていた。その時にいつも口癖のように『智樹にしかできないことなんだよ』と主張する。
「霊ってのは記憶力と頭が悪いんだよ、400年も前のこと覚えてないよ。それに知らない人間に財宝の在り処を教えろと言われたってさ、教えるわけないだろ。生きてる人間でも同じだよ」
そんな風に返すのが智樹と栄市の日常だった。思い出していると、妙にしんみりした気分になってきたらしい。
「お前栄ちゃんだろ? 何で死んだんだ」
「栄ちゃん? そうそう、そうだった。思い出した、栄市だ、俺」
「な、霊ってのは記憶力が悪いんだよ」
栄市の霊はわずかに人の姿を取り戻す。
自分の姿を思い出したのだろう。珍しい現象だ。普通、霊が失った情報を再度獲得することはない。
霊というものは情報媒体だ。
生前に脳が体に蓄積した情報が死んで宙に浮く。ただでさえポロポロと胡散霧消するところを、強い意志やら思いやらで何とかまとまったものが霊だ。それゆえ既に取りこぼしたものを再取得することは少ない。だから余程の思いがあるのだろう、そう推測しながら智樹はグラスを傾けた。
栄市を成仏させるには現世に引っ掛かるそのこだわりを解かないといけない。問題はそれが何か。今のところ見当もつかない。
結局、中途半端に優しい智樹は無視することを諦めた。
「仕方ないなぁ。何があったの? そんで何がしたいの」
「なんだったかなぁ。智樹わかんない?」
「知んないよそんなの。隠し財産でも俺にくれるの?」
「ないない、そんなもん俺が欲しいって。そういえば何か隠した気がする」
「HDのエロデータ消してほしいとか?」
以前に別の友人が事故で死んだ時、その霊に頼まれたことがある。あの時もお前にしか頼めないと言われたことを思い出す。
このままでは死んでも死に切れないと言うので、アパートのキーボックスに隠してた鍵で入ってPCのパスワード聞いて削除した。その時は代金に帆船模型もってけむしろ捨てられるのが忍びないというので、高いという奴をいくつか運び出して売ったら二束三文になった。
「それとは違う気がするけどそれもお願い」
「忘れてたならもういいじゃん」
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