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3章 長岡京の2人の兄弟
side桓武 美しい長岡の都
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奥歯が砕ける音で自らの心中を理解した。
腸を断つ思いで建築途上の都を眺め下ろす。
ああ、腸が煮えくり返るとはこのことだ。ここまで来るのに一体どれほどの血と怨嗟の上を歩いてきたのだろう。それが無となろうとしている。
それでも、この宮から眺め下ろす長岡の景色は美しかった。
北西に続く長岡丘陵の最南端に位置するこの長岡宮からは、眼下に碁盤の目状に整然と広がる縦横の美しい大路が見える。その都の南端のそのまた南には桂川、宇治川、木津川が3本の竜のように巨椋池に流れ込んでいる。そこを昨年、巨椋池から淀川まで開削して繋げ開いた山崎の港を中心として、常ははるか西の瀬戸の海を行き交う大小の船が浮かんでいる。その太い川を越えた更に南は交野山や生駒山の山陵が青く伸び、その青い端から白い雲が湧き上がっている。
山容水態、誠に風光明美。
だからこそ、都中に漂う目に見えぬこの怨霊の影がより一層恐ろしい。
早良。俺の大切な弟だった。
この長岡の地も呪われてしまった。平城の都と同じように。そして呪わせたのは俺だ。けれども、致し方なかったのだ。他に方法がなかった。
いや、言い訳はよそう。俺が決めたことだ。
禍根というものは根が残るからこそ禍となる。だから根まで掘り起こし絶たねばならぬ。そもそも俺がいるこの尊き台座は積み重ねられた屍の台座よ。そこに更に一つ積み上げたといって今更なんだというのだ。親兄弟の血で血を洗うのが都の習い。
だからこそ根ごと引きちぎり土を払ってこの長岡に遷都したというのに。
確かに、確かに俺は早良の本意を知っていた。そして早良の立場も知っていた。そしてそれは俺がそうさせたのだ。
けれども他にどうすることができたと言うのだ。
結局の所、天皇など駒にすぎぬのだ。それを操る者が誰か。その違いによって血が流れるだけなのだ。これまでは。
だから、だから俺はここでこの腐り果てた血の連鎖を止めたかった。
だから俺はここに都を移そうとしたのだ。
だから、だから、だから。
だから俺は次の都でこそ必ず断つ。俺はこの根を必ず断つ。何としてでも断つ。そうでなければ……。
いつしか握り込めた拳からは血が滴っていた。
そうだ。そうでなければ誰も浮かばれない。誰も。
俺は生き残る。そして千年楽土、いや万年楽土を作るのだ。この俺が。
「桓武様、そろそろ参りましょう。今更せんなきことです。新たに都を立てましょう」
「そう、だな」
二度目の遷都。
思わずため息を付く。
確かに、どうしようもない。
この長岡の都の中心、大極殿から南北に伸びる朱雀大路にほど近くを小畑川が、都のすぐ東に沿ってに桂川が流れている。
早良は死んで竜となり、何度もこの川を荒ぶらせた。
その度に大極殿や内裏までが水浸しとなり、都の右半分は腐り土で溢れ死体が放置されるありさまよ。そして病が沸き立つ。
事こうなってしまっては、都度の修繕は不可能だ。そう考えた時、和気清麻呂から再度の遷都の提案があった。
この地はもはや血で汚れきっている。
この地では祟りは防げきれぬ。
俺は種継からここ長岡への遷都を提案されたときのことを思い出す。
あの時隣にいた、俺の両腕であった早良と種継はもういない。けれども俺にはまだ両足がある。大地を踏み締め前に進み続けるための両足だ。
それならば俺は進まねばならない。俺ももうすぐ57だ。すぐにでも取り掛からねばならない。
薪の上で寝ろと言うなら寝てやろう。肝を嘗めろと言うなら舐めよう。
次こそは平安の都を。
腸を断つ思いで建築途上の都を眺め下ろす。
ああ、腸が煮えくり返るとはこのことだ。ここまで来るのに一体どれほどの血と怨嗟の上を歩いてきたのだろう。それが無となろうとしている。
それでも、この宮から眺め下ろす長岡の景色は美しかった。
北西に続く長岡丘陵の最南端に位置するこの長岡宮からは、眼下に碁盤の目状に整然と広がる縦横の美しい大路が見える。その都の南端のそのまた南には桂川、宇治川、木津川が3本の竜のように巨椋池に流れ込んでいる。そこを昨年、巨椋池から淀川まで開削して繋げ開いた山崎の港を中心として、常ははるか西の瀬戸の海を行き交う大小の船が浮かんでいる。その太い川を越えた更に南は交野山や生駒山の山陵が青く伸び、その青い端から白い雲が湧き上がっている。
山容水態、誠に風光明美。
だからこそ、都中に漂う目に見えぬこの怨霊の影がより一層恐ろしい。
早良。俺の大切な弟だった。
この長岡の地も呪われてしまった。平城の都と同じように。そして呪わせたのは俺だ。けれども、致し方なかったのだ。他に方法がなかった。
いや、言い訳はよそう。俺が決めたことだ。
禍根というものは根が残るからこそ禍となる。だから根まで掘り起こし絶たねばならぬ。そもそも俺がいるこの尊き台座は積み重ねられた屍の台座よ。そこに更に一つ積み上げたといって今更なんだというのだ。親兄弟の血で血を洗うのが都の習い。
だからこそ根ごと引きちぎり土を払ってこの長岡に遷都したというのに。
確かに、確かに俺は早良の本意を知っていた。そして早良の立場も知っていた。そしてそれは俺がそうさせたのだ。
けれども他にどうすることができたと言うのだ。
結局の所、天皇など駒にすぎぬのだ。それを操る者が誰か。その違いによって血が流れるだけなのだ。これまでは。
だから、だから俺はここでこの腐り果てた血の連鎖を止めたかった。
だから俺はここに都を移そうとしたのだ。
だから、だから、だから。
だから俺は次の都でこそ必ず断つ。俺はこの根を必ず断つ。何としてでも断つ。そうでなければ……。
いつしか握り込めた拳からは血が滴っていた。
そうだ。そうでなければ誰も浮かばれない。誰も。
俺は生き残る。そして千年楽土、いや万年楽土を作るのだ。この俺が。
「桓武様、そろそろ参りましょう。今更せんなきことです。新たに都を立てましょう」
「そう、だな」
二度目の遷都。
思わずため息を付く。
確かに、どうしようもない。
この長岡の都の中心、大極殿から南北に伸びる朱雀大路にほど近くを小畑川が、都のすぐ東に沿ってに桂川が流れている。
早良は死んで竜となり、何度もこの川を荒ぶらせた。
その度に大極殿や内裏までが水浸しとなり、都の右半分は腐り土で溢れ死体が放置されるありさまよ。そして病が沸き立つ。
事こうなってしまっては、都度の修繕は不可能だ。そう考えた時、和気清麻呂から再度の遷都の提案があった。
この地はもはや血で汚れきっている。
この地では祟りは防げきれぬ。
俺は種継からここ長岡への遷都を提案されたときのことを思い出す。
あの時隣にいた、俺の両腕であった早良と種継はもういない。けれども俺にはまだ両足がある。大地を踏み締め前に進み続けるための両足だ。
それならば俺は進まねばならない。俺ももうすぐ57だ。すぐにでも取り掛からねばならない。
薪の上で寝ろと言うなら寝てやろう。肝を嘗めろと言うなら舐めよう。
次こそは平安の都を。
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