4 / 4
その現実可能性、ノートにつき
しおりを挟む
「じゃぁこれで最後だ。須走、林平さん、協力ありがとう」
「うん。このナイフで須走を刺して逃げればいいのね」
「そう。それで完全犯罪が成り立つ」
「それにしてもこのナイフ。本物としか思えない」
「リアリティにこだわってるから。刺したらそのまま帰ってね。須走には1時間ほど静かに転がってもらって血糊の具合を確かめるから」
「わかった」
「血糊とかまじ勘弁」
文化祭までもう1週間を切った。これが最終案だ。
だからなるべく本物に寄せたいという原町の希望で俺たちは今、体育倉庫にいる。
ナイフにも以前の水じゃなくて血糊が入っている。服がダメになるから嫌だといっても、リアリティのためだ、シャツを買うから、と言われ、ここまでやったんだからという気持ちが勝った。
「でも本当にここまでする必要あるのか?」
「リアリティだ」
「リアリティだからって何で俺縛られてるわけ?」
「バットで殴る訳にいかないじゃん。動き回って血糊が変になると困る。血の出方も確認したい。それにちゃんとタオルで巻いて縛ったから、痛くはないだろ?」
「そりゃあ、まあ」
そこの条件を変えては意味ないんじゃないか。そう思ったけれど、そう言ってしまえばマジでバッドで殴られそうな予感がしたので口を噤んだ。原町は文化祭が迫るに連れ、それほど鬼気迫っていた。
俺は壁際で後ろ手に縛られた。これなら確かにあまり抵抗はできない。そして叫び声を上げないように口にハンカチを詰められる。どんどん前提からずれている気はする。
「じゃぁ始めて」
「わかった!」
色々腑に落ちない部分はあるけど、ここまで来ると乗りかかった船だ。仕方がない。
杏樹はナイフを構え、ニコリと笑って俺の腹に突進する。
その瞬間、俺は腹にずぶりと違和感を感じた。いつもと違う。何だと思うと、口の中が妙に生ぬるく鉄臭い。そして鈍く重だるい衝撃が遅れて訪れ、それが痛みだと認識したとたん激痛に変化し、丁度日暮れでできた濃い影の中に膝からずるりと崩れ落ちる。ぶくぶくと口の奥から熱い液体が溢れ、じわりとズボンと上着が湿っていく。
「ぐ」
「じゃぁ林平さんはそのまま帰って。須走はそのまま黙って倒れてて。本当にありがとう」
「うん、じゃあまたね。須走、がんばれよー」
何が起こったのかわからないまま、腹部に響く激しい痛みに言葉を何も発することもできず、体は緩慢にびくりびくりと痙攣し始めていた。原町が近づき口の中のハンカチを引きずり出す。大きく息をするために上を向いて体勢を変えれば腹のナイフがわずかに移動し、激痛が走る。頭がチカチカする。
「須走、大丈夫? 大丈夫なわけないか」
「な、んで」
「リアリティがあるだろ?」
リアリティ、すでに足から下の感覚がない。
心臓の音だけがやけに大きく耳に響き渡っている。これは現実、か?
「ああ。ドキドキした。本当にこんな機会があるとは思わなかった」
「な、ん」
「お前さ。文化祭用の本だと勘違いしてたみたいだけど、これはもともと俺がプライベートに書いてた奴なんだよ。俺はずっとお前が嫌いだったんだ。俺の前で林平さんといちゃつきやがって。いつか殺したいと思ってそれをノートに書いていた。誰かに見られると困るから偽名でさ。まさかお前が見ると思わなかったけど」
意味がわからない。理屈が飛躍している。
痛みで反論もできないまま、原町の独白は続く。
「最初は目の前でお前が林平さんに殺されるのを良い気味だと思ってただけだったんだ。けど、今は本当に殺したくなっててさ。今なら完全犯罪にできると思ったし。お前と林平さんがいちゃついてたとかもうどうでも良くなっちゃった。お前が気にしてた動機なんて俺にもわからないよ」
「か、ん」
「僕はジョゼと違って須走を殴ってない。だから僕に疑われる痕跡がない。沢山検証しただろ、3人で」
意識が朦朧としてきた。それは違うと発音しようとしても、すでに舌が上手く回らない。
原町は最初に本を盗み見したときに浮かべた淡い微笑みの形を更に崩し、大きく口を横に広げてハ、ハ、ハと断続的に声を上げた。
初めて聞く原町の笑い声は奇妙だった。
その姿は体育倉庫の上部の明り取りから差し込む夕日に照らされ、妙に悪魔じみて見えた。背筋が寒いのは失血のせいだけじゃない。
リアリティ?
こんな穴だらけ、な、のに?
これは現実だろうか。先程までの痛みをすでにあまり感じない。なんだか妙な寒気がする。
「そんな目で見るなよ、須走。嬉しくなるじゃないか」
「どう」
「これから? 簡単だ。たくさん検証したからこれは完全犯罪になるんだ。だから完全犯罪にする。遺書もちゃんと用意した。これから林平さんを追いかけるから。じゃぁね」
Fin.
「うん。このナイフで須走を刺して逃げればいいのね」
「そう。それで完全犯罪が成り立つ」
「それにしてもこのナイフ。本物としか思えない」
「リアリティにこだわってるから。刺したらそのまま帰ってね。須走には1時間ほど静かに転がってもらって血糊の具合を確かめるから」
「わかった」
「血糊とかまじ勘弁」
文化祭までもう1週間を切った。これが最終案だ。
だからなるべく本物に寄せたいという原町の希望で俺たちは今、体育倉庫にいる。
ナイフにも以前の水じゃなくて血糊が入っている。服がダメになるから嫌だといっても、リアリティのためだ、シャツを買うから、と言われ、ここまでやったんだからという気持ちが勝った。
「でも本当にここまでする必要あるのか?」
「リアリティだ」
「リアリティだからって何で俺縛られてるわけ?」
「バットで殴る訳にいかないじゃん。動き回って血糊が変になると困る。血の出方も確認したい。それにちゃんとタオルで巻いて縛ったから、痛くはないだろ?」
「そりゃあ、まあ」
そこの条件を変えては意味ないんじゃないか。そう思ったけれど、そう言ってしまえばマジでバッドで殴られそうな予感がしたので口を噤んだ。原町は文化祭が迫るに連れ、それほど鬼気迫っていた。
俺は壁際で後ろ手に縛られた。これなら確かにあまり抵抗はできない。そして叫び声を上げないように口にハンカチを詰められる。どんどん前提からずれている気はする。
「じゃぁ始めて」
「わかった!」
色々腑に落ちない部分はあるけど、ここまで来ると乗りかかった船だ。仕方がない。
杏樹はナイフを構え、ニコリと笑って俺の腹に突進する。
その瞬間、俺は腹にずぶりと違和感を感じた。いつもと違う。何だと思うと、口の中が妙に生ぬるく鉄臭い。そして鈍く重だるい衝撃が遅れて訪れ、それが痛みだと認識したとたん激痛に変化し、丁度日暮れでできた濃い影の中に膝からずるりと崩れ落ちる。ぶくぶくと口の奥から熱い液体が溢れ、じわりとズボンと上着が湿っていく。
「ぐ」
「じゃぁ林平さんはそのまま帰って。須走はそのまま黙って倒れてて。本当にありがとう」
「うん、じゃあまたね。須走、がんばれよー」
何が起こったのかわからないまま、腹部に響く激しい痛みに言葉を何も発することもできず、体は緩慢にびくりびくりと痙攣し始めていた。原町が近づき口の中のハンカチを引きずり出す。大きく息をするために上を向いて体勢を変えれば腹のナイフがわずかに移動し、激痛が走る。頭がチカチカする。
「須走、大丈夫? 大丈夫なわけないか」
「な、んで」
「リアリティがあるだろ?」
リアリティ、すでに足から下の感覚がない。
心臓の音だけがやけに大きく耳に響き渡っている。これは現実、か?
「ああ。ドキドキした。本当にこんな機会があるとは思わなかった」
「な、ん」
「お前さ。文化祭用の本だと勘違いしてたみたいだけど、これはもともと俺がプライベートに書いてた奴なんだよ。俺はずっとお前が嫌いだったんだ。俺の前で林平さんといちゃつきやがって。いつか殺したいと思ってそれをノートに書いていた。誰かに見られると困るから偽名でさ。まさかお前が見ると思わなかったけど」
意味がわからない。理屈が飛躍している。
痛みで反論もできないまま、原町の独白は続く。
「最初は目の前でお前が林平さんに殺されるのを良い気味だと思ってただけだったんだ。けど、今は本当に殺したくなっててさ。今なら完全犯罪にできると思ったし。お前と林平さんがいちゃついてたとかもうどうでも良くなっちゃった。お前が気にしてた動機なんて俺にもわからないよ」
「か、ん」
「僕はジョゼと違って須走を殴ってない。だから僕に疑われる痕跡がない。沢山検証しただろ、3人で」
意識が朦朧としてきた。それは違うと発音しようとしても、すでに舌が上手く回らない。
原町は最初に本を盗み見したときに浮かべた淡い微笑みの形を更に崩し、大きく口を横に広げてハ、ハ、ハと断続的に声を上げた。
初めて聞く原町の笑い声は奇妙だった。
その姿は体育倉庫の上部の明り取りから差し込む夕日に照らされ、妙に悪魔じみて見えた。背筋が寒いのは失血のせいだけじゃない。
リアリティ?
こんな穴だらけ、な、のに?
これは現実だろうか。先程までの痛みをすでにあまり感じない。なんだか妙な寒気がする。
「そんな目で見るなよ、須走。嬉しくなるじゃないか」
「どう」
「これから? 簡単だ。たくさん検証したからこれは完全犯罪になるんだ。だから完全犯罪にする。遺書もちゃんと用意した。これから林平さんを追いかけるから。じゃぁね」
Fin.
1
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
焔鬼
はじめアキラ
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」
焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。
ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。
家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。
しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。
幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。
リューズ
宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。
【短編集】霊感のない僕が体験した奇妙で怖い話
初めての書き出し小説風
ホラー
【短編集】話ホラー家族がおりなす、不思議で奇妙な物語です。
ーホラーゲーム、心霊写真、心霊動画、怖い話が大好きな少し変わった4人家族ー
霊感などない長男が主人公の視点で描かれる、"奇妙"で"不思議"で"怖い話"の短編集。
一部には最後に少しクスっとするオチがある話もあったりするので、怖い話が苦手な人でも読んでくださるとです。
それぞれ短くまとめているので、スキマ時間にサクッと読んでくださると嬉しいです。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
真名を告げるもの
三石成
ホラー
松前謙介は物心ついた頃から己に付きまとう異形に悩まされていた。
高校二年に進級をした数日後、謙介は不思議な雰囲気を纏う七瀬白という下級生と出会う。彼は謙介に付きまとう異形を「近づくもの」と呼び、その対処法を教える代わりに己と主従の契約を結ぶことを提案してきて……
この世ならざるものと対峙する、現代ファンタジーホラー。
奇怪未解世界
五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。
学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。
奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。
その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。
逢魔ヶ刻の迷い子3
naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。
夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。
「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」
陽介の何気ないメッセージから始まった異変。
深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして——
「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。
彼は、次元の違う同じ場所にいる。
現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。
六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。
七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。
恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。
「境界が開かれた時、もう戻れない——。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる