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10章 この世界への溶性
魔女の訪れ
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「んー。今はこれでいい、気がする」
「いや、私が良くないんだけど」
「マリー、新年に世界が割れたんだろ? 俺は見てないんだけどさ。俺たち、というかこの国の人間はその割れた地点から外に出ることができない。それは言ったっけな。それでその原因は魔女の張った封印なんだ。おそらくこの国の異常が外に広がらないように」
「この国の異常……? 広がる?」
お祖母様が軽くうなずき、先を促す。
「とにかく始めましょう」
「そうだな、マリー、アレグリット。こいつを囲うように手をつなぎ、地面に触れてくれ」
「マリオン様にはご説明を申し上げず、誠に申し訳ございません。けれども何卒、ご協力頂ければと存じます」
マリオン嬢はますます混乱を深めたようにしか見えない。本当に何も伝えていないのか? それであれば簡単に説明するというものも難しい気はする。
14,5ほどの子供くらいの大きさで、全身を波打つ大きな袋のようなものに覆われた奇妙な格好をした者が全員の真ん中に立つ。あれがダルギスオンの言っていた媒介というものだろうか。そしてその者を囲むように、マリオン嬢、ウォルターとアレグリット殿が手を繋ぎ跪く。そして更に離れて、それぞれの後ろにソルタン殿、お祖母様、ダルギスオン殿が立つ。
「アルバート様、僭越ながらお伺いしたいのですが、これは何の集まりなのでしょう」
それ以外は下がるようにと言われ、同じく蚊帳の外となった私にジャスティンが話しかける。
「本当に聞いていないのか」
「ええ」
そこまで秘しているのなら、何か理由があるのかもしれない。そう考えて、そもそも論に思い当たる。私が自分をアレックスだと認識できるのはこの顔の傷によるものだ。私が調べた所、マリオン嬢が本当は誰なのか、未だわからない。本当の名前がわからなければ、この世界の異常を知り得ても忘れてしまう。
だからウォルターとソルたんが既に説明したけれど、マリオン嬢とジャスティンはそれを覚えていない可能性がある、のか。
無意識に左目の傷に手を当てた。触れてわずかにわかるこの凹凸が私を正気たらしめているもの。
「そうだな……あの2人が何故秘しているのかその理由がわからないから詳しくはそちらに聞いてほしいのだが、現在のこの国は異常が満ちている」
「異常、でしょうか」
「ああ。国全体に病気が蔓延しているようなものだ。それが他の土地に蔓延することを防ぐために魔女様が防壁を張った。だからこの国の者はその防壁の外に出られない、というのが現在の推測だ。本当はわからない。けれどもそれでは色々支障があるのでな。魔女様に真意をお伺いに行く」
「魔女様に……? それは危険なのではないでしょうか」
危険。危険であることは確かだ。
魔女様に会う。それは普通考えられないほど恐れ多いこと。
魔女様という存在は人智で捉えられるものではない。だから何が起こるかわからない。けれどもこのままでは、いつどのタイミングで全てが巻き戻り、永劫に繋がった階段を昇り続けるしかなくなる、かもしれない。正気を保てる者がいる現在が、先に進むためのわずかなチャンスなのだろう。それであれば正しく、私はきちんとマリオン嬢を説得し、参加を願うべきだと思うのだが、そう考えるとやはり記憶を保持できないのだろうか。
「魔女様に会うのはあの真ん中にいる者だ。本来はあの者とエリザベート、ソルタン殿とダルギスオン殿のみで行う予定だったが、ウォルターが自分とマリオン嬢とアレグリット殿が居たほうがよいと述べた。だから加わってもらうことにした」
「アレグリット殿はその……特別な者なのでしょうか」
「特別……特別なのだろうが、私にはよくわからないな。正直な所、私はこの国の王子だからここにいるというだけで、詳しいところは理解できていないんだ、すまないな。ソルタン殿であれば詳しく把握されているだろう」
「いえ、お答えいただき、誠にありがとうございます」
納得し難いといった表情のジャスティンには申し訳ないとは思うものの、こと魔術については私も門外漢で答えられない。
お祖母様とソルタン殿、ダルギスオン殿が何らかの魔法を行使しているのだろう。次第に我々の足下が薄っすらと光り始め、白く煙り始める。まるで冬の湖面に朝もやが立つような風情だ。そしてその煙は次第に均一に慣らされ、地面近くに落ち着いていけば、まるで鏡のように私たちを下から照らしあげるのだ。その光はこの広い地の辺縁から次第にお祖母様、ソルタン殿、ダルギスオン殿の3人を外縁にした中心部により収束し、地面自体が発光しているかのような神々しさを醸し出す。
そうして次の瞬間、真ん中に立つ者が消えた。いや、正確にいえばその纏う服だけが残って地面に崩れ落ちる。中には誰も入っていなかったのだろうか。一瞬そう思ったが、しばらく待つとその服が再び膨れ上がり、元の形状に戻った。
そうしてその者は目の前の3人を眺め、何かを語りかけている、ようだ。マリオン嬢が驚いた顔をしている。その内容はここからでは聞こえない。術が成功したのであれば、おそらくあの者が魔女様に会い、言付けを受け取ったのかもしれない。
「いや、私が良くないんだけど」
「マリー、新年に世界が割れたんだろ? 俺は見てないんだけどさ。俺たち、というかこの国の人間はその割れた地点から外に出ることができない。それは言ったっけな。それでその原因は魔女の張った封印なんだ。おそらくこの国の異常が外に広がらないように」
「この国の異常……? 広がる?」
お祖母様が軽くうなずき、先を促す。
「とにかく始めましょう」
「そうだな、マリー、アレグリット。こいつを囲うように手をつなぎ、地面に触れてくれ」
「マリオン様にはご説明を申し上げず、誠に申し訳ございません。けれども何卒、ご協力頂ければと存じます」
マリオン嬢はますます混乱を深めたようにしか見えない。本当に何も伝えていないのか? それであれば簡単に説明するというものも難しい気はする。
14,5ほどの子供くらいの大きさで、全身を波打つ大きな袋のようなものに覆われた奇妙な格好をした者が全員の真ん中に立つ。あれがダルギスオンの言っていた媒介というものだろうか。そしてその者を囲むように、マリオン嬢、ウォルターとアレグリット殿が手を繋ぎ跪く。そして更に離れて、それぞれの後ろにソルタン殿、お祖母様、ダルギスオン殿が立つ。
「アルバート様、僭越ながらお伺いしたいのですが、これは何の集まりなのでしょう」
それ以外は下がるようにと言われ、同じく蚊帳の外となった私にジャスティンが話しかける。
「本当に聞いていないのか」
「ええ」
そこまで秘しているのなら、何か理由があるのかもしれない。そう考えて、そもそも論に思い当たる。私が自分をアレックスだと認識できるのはこの顔の傷によるものだ。私が調べた所、マリオン嬢が本当は誰なのか、未だわからない。本当の名前がわからなければ、この世界の異常を知り得ても忘れてしまう。
だからウォルターとソルたんが既に説明したけれど、マリオン嬢とジャスティンはそれを覚えていない可能性がある、のか。
無意識に左目の傷に手を当てた。触れてわずかにわかるこの凹凸が私を正気たらしめているもの。
「そうだな……あの2人が何故秘しているのかその理由がわからないから詳しくはそちらに聞いてほしいのだが、現在のこの国は異常が満ちている」
「異常、でしょうか」
「ああ。国全体に病気が蔓延しているようなものだ。それが他の土地に蔓延することを防ぐために魔女様が防壁を張った。だからこの国の者はその防壁の外に出られない、というのが現在の推測だ。本当はわからない。けれどもそれでは色々支障があるのでな。魔女様に真意をお伺いに行く」
「魔女様に……? それは危険なのではないでしょうか」
危険。危険であることは確かだ。
魔女様に会う。それは普通考えられないほど恐れ多いこと。
魔女様という存在は人智で捉えられるものではない。だから何が起こるかわからない。けれどもこのままでは、いつどのタイミングで全てが巻き戻り、永劫に繋がった階段を昇り続けるしかなくなる、かもしれない。正気を保てる者がいる現在が、先に進むためのわずかなチャンスなのだろう。それであれば正しく、私はきちんとマリオン嬢を説得し、参加を願うべきだと思うのだが、そう考えるとやはり記憶を保持できないのだろうか。
「魔女様に会うのはあの真ん中にいる者だ。本来はあの者とエリザベート、ソルタン殿とダルギスオン殿のみで行う予定だったが、ウォルターが自分とマリオン嬢とアレグリット殿が居たほうがよいと述べた。だから加わってもらうことにした」
「アレグリット殿はその……特別な者なのでしょうか」
「特別……特別なのだろうが、私にはよくわからないな。正直な所、私はこの国の王子だからここにいるというだけで、詳しいところは理解できていないんだ、すまないな。ソルタン殿であれば詳しく把握されているだろう」
「いえ、お答えいただき、誠にありがとうございます」
納得し難いといった表情のジャスティンには申し訳ないとは思うものの、こと魔術については私も門外漢で答えられない。
お祖母様とソルタン殿、ダルギスオン殿が何らかの魔法を行使しているのだろう。次第に我々の足下が薄っすらと光り始め、白く煙り始める。まるで冬の湖面に朝もやが立つような風情だ。そしてその煙は次第に均一に慣らされ、地面近くに落ち着いていけば、まるで鏡のように私たちを下から照らしあげるのだ。その光はこの広い地の辺縁から次第にお祖母様、ソルタン殿、ダルギスオン殿の3人を外縁にした中心部により収束し、地面自体が発光しているかのような神々しさを醸し出す。
そうして次の瞬間、真ん中に立つ者が消えた。いや、正確にいえばその纏う服だけが残って地面に崩れ落ちる。中には誰も入っていなかったのだろうか。一瞬そう思ったが、しばらく待つとその服が再び膨れ上がり、元の形状に戻った。
そうしてその者は目の前の3人を眺め、何かを語りかけている、ようだ。マリオン嬢が驚いた顔をしている。その内容はここからでは聞こえない。術が成功したのであれば、おそらくあの者が魔女様に会い、言付けを受け取ったのかもしれない。
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