上 下
217 / 234
10章 この世界への溶性

謎のスケルタス

しおりを挟む
 武闘大会の運営にあたり、私は頭を抱えていた。今もコロシアムの会議室でウォルターと角を突き合わせている。
「おかしいだろ、この強さ」
「圧倒的すぎる。どこから湧いて出たんだ。ウォルター、こいつはお前にとっても想定外なのか?」
「城の資料にはなかったんだろ、アレックス。それなら俺に知りようはない。ギルドへの登録は先月だった。ここ800年、登録自体はあったりなかったりだが、登録がある場合はいつもグローリーフィアができて9ヶ月経つころだな」
 手元に広げられた資料は少ない。そのほとんどが名前くらいしか書かれていない登録の際の資料と、王宮に残されたマリーとパーティを組んだ時の記録だ。
「武闘大会を含めて、こいつがギルド外に現れた記録は少なくとも今回が初めてだ。今も追加で資料を調査させているが、おそらく」
「ギルドの記録でもマリー以外のパーティに雇われていたこともこれまでにないんだよな。アッシュ公爵家はどこでこいつを知ったんだ?」

 私は武闘大会の主催者だ。だからその進行については逐次報告を受けている。
 下馬評ではマリオン嬢のパーティのアレクサンドルが優勝候補だった。圧倒的な強さ、総合力を誇る。けれどもそのような出場者は何人かいて、最終的にはアレクサンドルが優勝すると目されていたけれど、絶対ではなかった。だから興業的にはそれなりに盛り上がると目していた。けれどもアレクサンドルが比較にならないほどの強者が現れた。
 アッシュ公爵家所属、闘士スケルタス。闘士というのも聞きなれない職業名称だが、ともあれ全ての試合であっという間に片がつく。試合開始早々、目に見えない速さで相手に突進してその首に剣を置く。辛うじて打ち合えても2、3合がせいぜいだ。お陰で優勝候補と見做されていた人間が、早々に2人も脱落してしまった。
 スケルタスのギルドのランクはそもそも最低限だ。なにせ登録はしたものの依頼は何一つ受けていない。この800年間一度もだ。だからギルドの誰も、そして記録上も、スケルタスがどのような人間かを知らなかった。ファミリーネームも連絡先の登録もない。
 そのスケルタスは全身を黄金色の金属鎧で覆っていて、姿の露出も全くないから種族すらわからない。わかるといえば外見上、背が高いことだけだ。

「本当にこいつがスケルタスなのか?」
「ウォルター? 心当たりがあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ、あんだけ鎧で覆ってたら中に誰が入ってもわかんないだろうと思ってさ。ともあれこれじゃ賭けが成り立たない。王家が大損をこくぞ」
 この武闘大会には大きな目的が3つある。
 1つは武闘大会によって国を盛り上げるということ。もう1つは資金繰りだ。
 この巨大すぎるコロシアムの建築資金は、ウォルターが敷いた道路の使用料と、あとは債といって各貴族から出資を募っている。そのおおよそはコロシアムと今後催されるファッションショーの入場料、それから今も屋台に対して場所代として売上の一部を徴収することで返済が可能だ。その後も必要に応じてコロシアムの貸し出し等を行い、整備の費用を確保する。ウォルターのぷれぜんてーしょんというものは実に説得的で、多くの資金が集まった。
 けれども今後の開発も考えると、すぐに自由に動かせる金というのは得難いものらしい。それで王家が胴元となり、賭場に手を出したのだ。
 本戦開始前の一番利益配分の大きい優勝者一点がけでは、無名のスケルタスに賭ける者などアッシュ公爵家くらいだった。だから利益のある程度は回収されるはずだ。けれどもこの圧倒的な強さでは今後の賭けはスケルタス一点張りになるだろう。そうするとスケルタスの掛け率、オッズも下がらざるを得ない。おそらく賭けに勝ってもほとんど儲けが出ないほど。そうすれば賭けをする者がいなくなる。賭けが動かなければそもそも運営側の儲けに繋がらない。
 大規模な賭博を運営するには人件費がかかる。既に賭博のために多くを雇用している。このまま賭場から利益があがらなければ、人件費だけでも大赤字だ。各貴族への返済は滞ることはないが、今後の動きは遅くなるだろう。
 けれどもそれは組織としての話だ。私もウォルターも個人で賭けに参加している。ウォルターが選ぶ大穴は何故だか悉く当たるのだ。だから最悪、それで補填できなくもない。

「さすがに出場者は変更できないから、エキシビジョン戦でも組むか?」
「えきしびじょん?」
「あぁ。試合の優勝とは関係なく、賭けのためだけに試合をする。盛り上げるためだけのやつだ。誰と誰の試合が見たいかを募集してもいいな。出場料とか賞金は払わないといけないだろうが、スケルタスを除いた試合を組むんだ。そうだなぁ。魔法は基本禁止してるけど、エルトリュールとソルタンを戦わせるとか」
「お祖母様と賢者殿か。それは確かに盛り上がりそうだが、どっちが勝つか私には想像もつかないぞ」
「うーん、俺もわからん。……いや、よく考えたら魔法合戦始めたら闘技場壊れそうだよな? あぁ糞。金が欲しい。スケルタスに匹敵するほど強いやつ。ヘイグリット?」
 ヘイグリット?
 城での会議によく参加する柔和で不思議な男だ。確かに素晴らしい体格を持ち、極めて特異な武具を所有していると聞く。けれどもそれほど強いのだろうか。今は場外で屋台をやっているのではなかったかな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は婚約破棄を回避するため王家直属「マルサ」を作って王国財政を握ることにしました

中七七三
ファンタジー
王立貴族学校卒業の年の夏―― 私は自分が転生者であることに気づいた、というか思い出した。 王子と婚約している公爵令嬢であり、ご他聞に漏れず「悪役令嬢」というやつだった このまま行くと卒業パーティで婚約破棄され破滅する。 私はそれを回避するため、王国の財政を握ることにした。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女【R-15】

StarFox
ファンタジー
無頼漢は再び旅に出る。皇帝となった唯一の親友のために。 落ちこぼれ魔女は寄り添う。唯一の居場所である男の傍に。 後に『黒い剣士と氷の魔女』と呼ばれる二人と仲間達の旅が始まる。 剣と魔法の中世と、スチームパンクな魔法科学が芽吹き始め、飛空艇や飛行船が大空を駆り、竜やアンデッド、エルフやドワーフもいるファンタジー世界。 皇太子ラインハルトとジカイラ達の活躍により革命政府は倒れ、皇太子ラインハルトはバレンシュテット帝国皇帝に即位。 絶対帝政を敷く軍事大国バレンシュテット帝国は復活し、再び大陸に秩序と平和が訪れつつあった。 本編主人公のジカイラは、元海賊の無期懲役囚で任侠道を重んじる無頼漢。革命政府打倒の戦いでは皇太子ラインハルトの相棒として活躍した。 ジカイラは、皇帝となったラインハルトから勅命として、革命政府と組んでアスカニア大陸での様々な悪事に一枚噛んでいる大陸北西部の『港湾自治都市群』の探索の命を受けた。 高い理想を掲げる親友であり皇帝であるラインハルトのため、敢えて自分の手を汚す決意をした『黒衣の剣士ジカイラ』は、恋人のヒナ、そしてユニコーン小隊の仲間と共に潜入と探索の旅に出る。 ここにジカイラと仲間達の旅が始まる。 アルファポリス様、カクヨム様、エブリスタ様、ノベルアップ+様にも掲載させて頂きました。 どうぞよろしくお願いいたします。 関連作品 ※R-15版 アスカニア大陸戦記 亡国の皇太子 https://ncode.syosetu.com/n7933gj/

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...