上 下
173 / 234
9章 この世界におけるプレイヤー

狂神

しおりを挟む
 敵を目視した瞬間、私たちは即座に散開し、戦闘態勢を取る。
 デバフをかけようと口を開き、そして思い留める。目の前の相手を刺激してもいいのか、それがわからなかったから。
 これはどういう状況なんだろう。
 ソルの光珠に照らされたこの直径10メートルほどの洞窟の正面にはベルセシオが埋まる水晶壁、そしてその左右の壁面にグラシアノとギローディエが小さな水晶に閉じ込められ、ピクリとも動かない。

 眼の前の存在はゆっくりとこちらに振り向いた。
 直接の敵意は感じない。けれどもその様子は『幻想迷宮グローリーフィア』での様子とはあまりに違う。
 ベルセシオの水晶を砕くとガドナークから『我の供物を持ち出すつもりか』といった問いかけがある。そして肯定すると戦闘になる。ガドナークを倒すと、ベルセシオがもたらすエネルギーが欠ければガドナークは水を制御できず、この階層が滅ぶと告げられる。
 ベルセシオを返せば何も起こらず、返さなければこの階層は水没する。そのような選択を迫られるのだ。
 つまり本来はベルセシオを助けようとして水晶を割らなければ発生しない存在。

 長い灰褐色の髪を頭頂で束ねた修験者のような格好。グラフィックは確かにガドナーク。『幻想迷宮グローリーフィア』において戦うべき相手。
 けれどもその焦点はふらふらとさまよい、ひとところに定まらない。そして私たちを視界におさめても、その視線はふぃとすぐに通り過ぎる。まるでこちらを認識していないようだ。
 そして最も異常な点。それはガドナークが動くたびにキラキラと小さな何かが零れ落ち、洞窟の床に反射してきらりと消失する。
 私はそれに似たものを見たことがある。それは昨日ソルが弄った列石からこぼれ落ち、そして正月に世界を覆ったバグのように煌めく、何か。
 ソルが片手でみんなを制する。動くなという合図。
 あれは何? ガドナークよね。一体どうなっているの?

ーニーヘリトレ、遮断。領域展開。

 ソルの袖から新しい蔦が這い、私たちの周囲に散らばる。その動きにも、ガドナークは何の反応も見せかった。けれどもソルが単独でグラシアノの水晶に近づいた時、ゆっくりとその視線をソルに合わせた。ソルは表情に緊張をにじませながらもグラシアノの首筋に触れる。ガドナークの視線はソルに固定している。続いてソルが水晶に触れた。
 その瞬間、ガドナークは急速にソルとの距離を縮め、巨大な鎚を振りかぶる。けれどもソルが水晶から手を話した瞬間、ガドナークは鎚を下ろして再びふらふらとさまよい始める。
 ソルが珍しくかいた汗を拭いながら、慎重に戻ってくる。

「ソル、大丈夫? 無茶しないで」
「平気だよ。様子を探っていただけだから」
「でも」
「マリー、いずれにせよ確認は必要だ。それでだ。結構厄介だな」
「厄介?」
「あれは調停者の類だ。しかも狂っている。まいったな」
「調停者? 調停者って何?」
「調停者というのは世界に干渉し、世界のことわりを動かす者だ。このあたりではたいていは魔女を指す。あれらは世界そのものだ」
「魔女だと!?」

 アレクが大きな声を上げる。
 魔女。私も呪文を唱える時に名を示す。それは魔力をすべる強大な存在。
 私が会ったことがあるのはエルフの魔法を司るアブハル・アジドだけだけど、そんなに恐ろしい感じはしなかった。
「アブハル・アジドのようなもの?」
「少し違う。アブハル・アジドはこの世界に家を建て、その家の中で自由に暮らしているだけだ。世界自体を自らの法則に改編したりはしない。けれどもあれはそれができる。あれがおそらく、石に名が刻まれたガドナークだと思う。それからグラシアノは無事だ。呼吸はしていた。おそらく何らかの作用で眠りについているのだろう。ギローディエと、あの向こうにいる奴を調べてくる。お前らは絶対ここを動くな」
 ソルは止めるまもなく、あっという間にガドナークの背後にまわり、途中で床に転がっていた光る球を拾って近寄ったギローディエの耳の脇に刺し、それからベルサシオの首筋に触れる。その間もガドナークは視線をソルに定め、うろうろと洞窟内をさまよっていた。まるで夢の中を彷徨うように。
 結論として、ギローディエもベルセシオも息をしていた。けれども助けようと水晶に触れればガドナークが襲ってくる。会話も何もなく。

「グラシアノを助け出すになあいつを何とかしないといけないということか?」
「おそらくな。だがアレク、あれは容易に触れられるものじゃない。お前らは絶対に近づくな。あれは……調停者という以前の問題がある。俺のように障壁を張れない奴は近づいちゃダメだ。汚染される」
「汚染……?」
「そうだ。致命的な汚染だ。存在を書き換えられる、可能性がある」
 存在を書き換える?
 アレクもジャスティンも怪訝な表情を浮かべている。それはもちろん私もだけど。
「書き換えるってどういう意味なの? 書き換えられるとどうなってしまうの?」
「そう……だな。説明がし難いが例えば自分が誰だかわからなくなる、可能性がある」
「誰だか?」
「そう。例えば俺は自分がソルタンかどうかがわからなくなる。そしてそれがおかしなことだと気づけない可能性が、ある。うーん、すまないな。俺もまだよくわからないんだ。それくらい、わけがわからない取り返しがつかないことになる可能性があるってこと」
「それならグラシアノはどうやって助けるの」
「俺が試す」
「ソルが?」
 ソルは私たちを見回して頭をひねる。そして腕組みをして、結論を告げる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は婚約破棄を回避するため王家直属「マルサ」を作って王国財政を握ることにしました

中七七三
ファンタジー
王立貴族学校卒業の年の夏―― 私は自分が転生者であることに気づいた、というか思い出した。 王子と婚約している公爵令嬢であり、ご他聞に漏れず「悪役令嬢」というやつだった このまま行くと卒業パーティで婚約破棄され破滅する。 私はそれを回避するため、王国の財政を握ることにした。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女【R-15】

StarFox
ファンタジー
無頼漢は再び旅に出る。皇帝となった唯一の親友のために。 落ちこぼれ魔女は寄り添う。唯一の居場所である男の傍に。 後に『黒い剣士と氷の魔女』と呼ばれる二人と仲間達の旅が始まる。 剣と魔法の中世と、スチームパンクな魔法科学が芽吹き始め、飛空艇や飛行船が大空を駆り、竜やアンデッド、エルフやドワーフもいるファンタジー世界。 皇太子ラインハルトとジカイラ達の活躍により革命政府は倒れ、皇太子ラインハルトはバレンシュテット帝国皇帝に即位。 絶対帝政を敷く軍事大国バレンシュテット帝国は復活し、再び大陸に秩序と平和が訪れつつあった。 本編主人公のジカイラは、元海賊の無期懲役囚で任侠道を重んじる無頼漢。革命政府打倒の戦いでは皇太子ラインハルトの相棒として活躍した。 ジカイラは、皇帝となったラインハルトから勅命として、革命政府と組んでアスカニア大陸での様々な悪事に一枚噛んでいる大陸北西部の『港湾自治都市群』の探索の命を受けた。 高い理想を掲げる親友であり皇帝であるラインハルトのため、敢えて自分の手を汚す決意をした『黒衣の剣士ジカイラ』は、恋人のヒナ、そしてユニコーン小隊の仲間と共に潜入と探索の旅に出る。 ここにジカイラと仲間達の旅が始まる。 アルファポリス様、カクヨム様、エブリスタ様、ノベルアップ+様にも掲載させて頂きました。 どうぞよろしくお願いいたします。 関連作品 ※R-15版 アスカニア大陸戦記 亡国の皇太子 https://ncode.syosetu.com/n7933gj/

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...