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9章 この世界におけるプレイヤー
狂神
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敵を目視した瞬間、私たちは即座に散開し、戦闘態勢を取る。
デバフをかけようと口を開き、そして思い留める。目の前の相手を刺激してもいいのか、それがわからなかったから。
これはどういう状況なんだろう。
ソルの光珠に照らされたこの直径10メートルほどの洞窟の正面にはベルセシオが埋まる水晶壁、そしてその左右の壁面にグラシアノとギローディエが小さな水晶に閉じ込められ、ピクリとも動かない。
眼の前の存在はゆっくりとこちらに振り向いた。
直接の敵意は感じない。けれどもその様子は『幻想迷宮グローリーフィア』での様子とはあまりに違う。
ベルセシオの水晶を砕くとガドナークから『我の供物を持ち出すつもりか』といった問いかけがある。そして肯定すると戦闘になる。ガドナークを倒すと、ベルセシオがもたらすエネルギーが欠ければガドナークは水を制御できず、この階層が滅ぶと告げられる。
ベルセシオを返せば何も起こらず、返さなければこの階層は水没する。そのような選択を迫られるのだ。
つまり本来はベルセシオを助けようとして水晶を割らなければ発生しない存在。
長い灰褐色の髪を頭頂で束ねた修験者のような格好。グラフィックは確かにガドナーク。『幻想迷宮グローリーフィア』において戦うべき相手。
けれどもその焦点はふらふらとさまよい、ひとところに定まらない。そして私たちを視界におさめても、その視線はふぃとすぐに通り過ぎる。まるでこちらを認識していないようだ。
そして最も異常な点。それはガドナークが動くたびにキラキラと小さな何かが零れ落ち、洞窟の床に反射してきらりと消失する。
私はそれに似たものを見たことがある。それは昨日ソルが弄った列石からこぼれ落ち、そして正月に世界を覆ったバグのように煌めく、何か。
ソルが片手でみんなを制する。動くなという合図。
あれは何? ガドナークよね。一体どうなっているの?
ーニーヘリトレ、遮断。領域展開。
ソルの袖から新しい蔦が這い、私たちの周囲に散らばる。その動きにも、ガドナークは何の反応も見せかった。けれどもソルが単独でグラシアノの水晶に近づいた時、ゆっくりとその視線をソルに合わせた。ソルは表情に緊張をにじませながらもグラシアノの首筋に触れる。ガドナークの視線はソルに固定している。続いてソルが水晶に触れた。
その瞬間、ガドナークは急速にソルとの距離を縮め、巨大な鎚を振りかぶる。けれどもソルが水晶から手を話した瞬間、ガドナークは鎚を下ろして再びふらふらとさまよい始める。
ソルが珍しくかいた汗を拭いながら、慎重に戻ってくる。
「ソル、大丈夫? 無茶しないで」
「平気だよ。様子を探っていただけだから」
「でも」
「マリー、いずれにせよ確認は必要だ。それでだ。結構厄介だな」
「厄介?」
「あれは調停者の類だ。しかも狂っている。まいったな」
「調停者? 調停者って何?」
「調停者というのは世界に干渉し、世界の理を動かす者だ。このあたりではたいていは魔女を指す。あれらは世界そのものだ」
「魔女だと!?」
アレクが大きな声を上げる。
魔女。私も呪文を唱える時に名を示す。それは魔力をすべる強大な存在。
私が会ったことがあるのはエルフの魔法を司るアブハル・アジドだけだけど、そんなに恐ろしい感じはしなかった。
「アブハル・アジドのようなもの?」
「少し違う。アブハル・アジドはこの世界に家を建て、その家の中で自由に暮らしているだけだ。世界自体を自らの法則に改編したりはしない。けれどもあれはそれができる。あれがおそらく、石に名が刻まれたガドナークだと思う。それからグラシアノは無事だ。呼吸はしていた。おそらく何らかの作用で眠りについているのだろう。ギローディエと、あの向こうにいる奴を調べてくる。お前らは絶対ここを動くな」
ソルは止めるまもなく、あっという間にガドナークの背後にまわり、途中で床に転がっていた光る球を拾って近寄ったギローディエの耳の脇に刺し、それからベルサシオの首筋に触れる。その間もガドナークは視線をソルに定め、うろうろと洞窟内をさまよっていた。まるで夢の中を彷徨うように。
結論として、ギローディエもベルセシオも息をしていた。けれども助けようと水晶に触れればガドナークが襲ってくる。会話も何もなく。
「グラシアノを助け出すになあいつを何とかしないといけないということか?」
「おそらくな。だがアレク、あれは容易に触れられるものじゃない。お前らは絶対に近づくな。あれは……調停者という以前の問題がある。俺のように障壁を張れない奴は近づいちゃダメだ。汚染される」
「汚染……?」
「そうだ。致命的な汚染だ。存在を書き換えられる、可能性がある」
存在を書き換える?
アレクもジャスティンも怪訝な表情を浮かべている。それはもちろん私もだけど。
「書き換えるってどういう意味なの? 書き換えられるとどうなってしまうの?」
「そう……だな。説明がし難いが例えば自分が誰だかわからなくなる、可能性がある」
「誰だか?」
「そう。例えば俺は自分がソルタンかどうかがわからなくなる。そしてそれがおかしなことだと気づけない可能性が、ある。うーん、すまないな。俺もまだよくわからないんだ。それくらい、わけがわからない取り返しがつかないことになる可能性があるってこと」
「それならグラシアノはどうやって助けるの」
「俺が試す」
「ソルが?」
ソルは私たちを見回して頭をひねる。そして腕組みをして、結論を告げる。
デバフをかけようと口を開き、そして思い留める。目の前の相手を刺激してもいいのか、それがわからなかったから。
これはどういう状況なんだろう。
ソルの光珠に照らされたこの直径10メートルほどの洞窟の正面にはベルセシオが埋まる水晶壁、そしてその左右の壁面にグラシアノとギローディエが小さな水晶に閉じ込められ、ピクリとも動かない。
眼の前の存在はゆっくりとこちらに振り向いた。
直接の敵意は感じない。けれどもその様子は『幻想迷宮グローリーフィア』での様子とはあまりに違う。
ベルセシオの水晶を砕くとガドナークから『我の供物を持ち出すつもりか』といった問いかけがある。そして肯定すると戦闘になる。ガドナークを倒すと、ベルセシオがもたらすエネルギーが欠ければガドナークは水を制御できず、この階層が滅ぶと告げられる。
ベルセシオを返せば何も起こらず、返さなければこの階層は水没する。そのような選択を迫られるのだ。
つまり本来はベルセシオを助けようとして水晶を割らなければ発生しない存在。
長い灰褐色の髪を頭頂で束ねた修験者のような格好。グラフィックは確かにガドナーク。『幻想迷宮グローリーフィア』において戦うべき相手。
けれどもその焦点はふらふらとさまよい、ひとところに定まらない。そして私たちを視界におさめても、その視線はふぃとすぐに通り過ぎる。まるでこちらを認識していないようだ。
そして最も異常な点。それはガドナークが動くたびにキラキラと小さな何かが零れ落ち、洞窟の床に反射してきらりと消失する。
私はそれに似たものを見たことがある。それは昨日ソルが弄った列石からこぼれ落ち、そして正月に世界を覆ったバグのように煌めく、何か。
ソルが片手でみんなを制する。動くなという合図。
あれは何? ガドナークよね。一体どうなっているの?
ーニーヘリトレ、遮断。領域展開。
ソルの袖から新しい蔦が這い、私たちの周囲に散らばる。その動きにも、ガドナークは何の反応も見せかった。けれどもソルが単独でグラシアノの水晶に近づいた時、ゆっくりとその視線をソルに合わせた。ソルは表情に緊張をにじませながらもグラシアノの首筋に触れる。ガドナークの視線はソルに固定している。続いてソルが水晶に触れた。
その瞬間、ガドナークは急速にソルとの距離を縮め、巨大な鎚を振りかぶる。けれどもソルが水晶から手を話した瞬間、ガドナークは鎚を下ろして再びふらふらとさまよい始める。
ソルが珍しくかいた汗を拭いながら、慎重に戻ってくる。
「ソル、大丈夫? 無茶しないで」
「平気だよ。様子を探っていただけだから」
「でも」
「マリー、いずれにせよ確認は必要だ。それでだ。結構厄介だな」
「厄介?」
「あれは調停者の類だ。しかも狂っている。まいったな」
「調停者? 調停者って何?」
「調停者というのは世界に干渉し、世界の理を動かす者だ。このあたりではたいていは魔女を指す。あれらは世界そのものだ」
「魔女だと!?」
アレクが大きな声を上げる。
魔女。私も呪文を唱える時に名を示す。それは魔力をすべる強大な存在。
私が会ったことがあるのはエルフの魔法を司るアブハル・アジドだけだけど、そんなに恐ろしい感じはしなかった。
「アブハル・アジドのようなもの?」
「少し違う。アブハル・アジドはこの世界に家を建て、その家の中で自由に暮らしているだけだ。世界自体を自らの法則に改編したりはしない。けれどもあれはそれができる。あれがおそらく、石に名が刻まれたガドナークだと思う。それからグラシアノは無事だ。呼吸はしていた。おそらく何らかの作用で眠りについているのだろう。ギローディエと、あの向こうにいる奴を調べてくる。お前らは絶対ここを動くな」
ソルは止めるまもなく、あっという間にガドナークの背後にまわり、途中で床に転がっていた光る球を拾って近寄ったギローディエの耳の脇に刺し、それからベルサシオの首筋に触れる。その間もガドナークは視線をソルに定め、うろうろと洞窟内をさまよっていた。まるで夢の中を彷徨うように。
結論として、ギローディエもベルセシオも息をしていた。けれども助けようと水晶に触れればガドナークが襲ってくる。会話も何もなく。
「グラシアノを助け出すになあいつを何とかしないといけないということか?」
「おそらくな。だがアレク、あれは容易に触れられるものじゃない。お前らは絶対に近づくな。あれは……調停者という以前の問題がある。俺のように障壁を張れない奴は近づいちゃダメだ。汚染される」
「汚染……?」
「そうだ。致命的な汚染だ。存在を書き換えられる、可能性がある」
存在を書き換える?
アレクもジャスティンも怪訝な表情を浮かべている。それはもちろん私もだけど。
「書き換えるってどういう意味なの? 書き換えられるとどうなってしまうの?」
「そう……だな。説明がし難いが例えば自分が誰だかわからなくなる、可能性がある」
「誰だか?」
「そう。例えば俺は自分がソルタンかどうかがわからなくなる。そしてそれがおかしなことだと気づけない可能性が、ある。うーん、すまないな。俺もまだよくわからないんだ。それくらい、わけがわからない取り返しがつかないことになる可能性があるってこと」
「それならグラシアノはどうやって助けるの」
「俺が試す」
「ソルが?」
ソルは私たちを見回して頭をひねる。そして腕組みをして、結論を告げる。
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