ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

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8章 このゲームはこの世界のどこまで影響を及ぼしているのか

ヘイグリットと私と世界

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 私たちは3日休み、そして冒険を再開することにした。
 ヘイグリットは恐ろしかった。その直接的な殺意、私を殺すという確定的な意思は、私の魂に深く刻み込まれた。この冒険の先にヘイグリットがいて、戦わなければならない。そう思うと、ダンジョンに向かう足がすくんだ。ダンジョン入り口のぽっかりと開いた穴が地獄の、もっと言えば死に至る入り口にしか思えなくて。ここを降りても死が待っている、そんな想像しか浮かばなくなった時、私の支えになったのは秘密を共有するジャスティンだった。
 最初はジャスティンもいずれヘイグリットを倒さなければならないという事実に酷く動揺していた。彼我の実力差が大きすぎる。それは戦闘職のジャスティンには如実に感じられたことだろう。
 けれどもそのジャスティンを前に向かせたのは以前話した私の言葉だった。私はダンジョンとは倒せるものだという話をした。街を正しく発展させ、力を磨き、そうやって自らを高めていけばいずれ倒せるようになると。確かに私はそう言ったんだ。

「真理、そうであれば倒しましょう」
「ジャス……」
「私は常に真理とマリオン様とともにあります。必ずお守りします。そして私か、或いはアレクかソルがヘイグリットを倒します。そして魔王も。必ず。そしてその先に進みましょう」

 ふわりと漂う紅茶の香りとともにジャスティンが微笑む。この紅茶はセバスチアンがこの国の外で作らせている紅茶らしい。林檎のような甘く複雑な香りがして、そして少しの苦味があった。
 その先の世界。グローリーフィアを倒した後の世界。
 ジャスティンの頭の中にあったものは正月に割れた世界の姿だった。ヘイグリットの恐ろしさよりも世界の終わりのようなあの光景が勝ったのだ。この先に、未来はない。あの光景はたしかに、そのような印象をもたらした。
 いつのまにかジャスティンもあの正月の朝のバグを思い出していた。そうだ、あれは世界のバグ、この世界には異常がある。どのみち放置することは出来ない。放置すれば世界がどうなってしまうかわからないから。
 そしておそらく私がエンディングを拒否したから、この世界にバグが生じてしまったんだ。

 そう考えて改めて思い返す。私にできることはダンジョンに潜ることだけ。それ以外の術はないということを。
 よく考えればクリア、つまりウォルターと結婚するまでの1年間はとりたててバグは発生していなかった気がする。クリア条件を満たしたのにクリアせず、条件自体が霧散してしまった今。
 きちんとクリアし直すことが、この世界の正常化をもたらすのかどうかはわからない。
 けれども現在の状況自体が予定されていないバグなのだ。
 このままであればバグは増大するかもしれない。何故なら今『幻想迷宮グローリーフィア』での1年は既に過ぎ去り、ゲームではプログラミングされていない事態に突入しているのだから。今と未来は既に規定されておらず、何が起こるかわからない。その証拠に、運命はすでに私の知る『幻想迷宮グローリーフィア』とは異なる展開を見せている。

 新しい展開といえばアレグリットの存在だろう。
 いろいろ考えたけれど、アレグリットは人間型の魔王の欠片ではないかと思う。魔王と考えるにはあまりにも性質が違いすぎる。ウォルターは性質が大きく変わったけれど、それは結婚を私が拒否したからで、おそらくダイレクトにバグの影響を受けている。けれどもウォルター以外のキャラクターの性質自体はほとんど変わっていないように思えた。
 だからアレグリットはおそらく魔王が新しく分割した新しい欠片だ。
 そう考えると色々なことに納得がいく。グラシアノやマクゴリアーテが発生、つまりポップしたのはゲーム規定の1年を経過した後だ。つまりバグが既に発生しているタイミング。
 彼ら本来の魔王の欠片がその記憶や魔王との繋がり、機能を失っているのは魔王がアレグリットという新しい欠片を生み出したからではないだろうか。そしてアレグリットは何らかの使命を持って、あるいは他の欠片たちと同じように独自の意思をもって活動をしている。

 ヘイグリットやグーディキネッツについてはもともと25階層を踏破した時点で王都に出現しうる。だからたまたま、ヘイグリット繋がりで他の階層ボスと知り合いになった可能性はなくは……ない。
 ないけれど、そう考えているには状況が出来すぎている。やはりアレグリットは魔王から何らかの使命を受け、あるいは利害関係のもとに動いているのだろうか。もともと魔王と欠片たちは協力関係が成り立つはずがないのだけれど、それも含めて世界のバグなのかもしれない。

「確かめてみましょう、真理」
「でも……」
「階層ボスというものは地上で人を襲ったりはしないのでしょう?」
「私の見た夢ではそうだった。でも今はもう違ってしまっているかもしれない」
「恐れるだけでは何も始まりません。できることからやりましょう。それが真理ではありませんか? 今までと同じです」

 そう。たしかにそう。
 私はこれまで1つ1つ進めてきた。術式装備を作って真夜中に王宮を抜け出してダンジョンを潜っていたあの時から。
 思い起こせばジャスティンと2人でダンジョンに潜っていたあの頃は、死は常に側にあった。一歩間違えれば死ぬ。1つの油断が死を招く。
 アレクとソルが加入したことで少しだけ気が緩んでいたのかもしれない。どちらかが傷つけば2人共死ぬという直接的な死への危険性は随分減った。そしてフレイム・ドラゴンの反省から安全を重視してダンジョンを攻略してきた。だから死の危険というものからは遠ざかっていた。
 そう考えると、もともと私たちの冒険は死と隣合わせ。
 うん、そう考えると状況はあまり変わらない。むしろ可能性が広がった分、好転している。
 そうなら……進むしか無い。

「そう、そうね。行ってみましょう」
「ええ。成せることを成すのです」
「ありがとう、ジャス」
「礼にはおよびません。それがこの世界のために、つまり私にとっても必要なことなのでしょうから」

 世界。世界か。
 魔王は今、何を考えているのか。それは確かにこの世界においては最も需要なことなのだろう。魔王はダンジョンの最下層にいるから普通であればそこに到達するまで会うことは出来ない。けれども今、アレグリットがいる。アレグリットを通じて魔王の考えや動向がわかれば、現在私たちが置かれている状況やバグの原因、回復するための方法がわかるのかもしれない。
 それで私たちはアレグリット商会まで出向いたけれど、アレグリットは不在だと鍛治師のドワーフに告げられた。

「アレグリットさんはいつ戻られるのでしょう」
「うーん、俺にゃわかんねぇな。店長は気まぐれだからよ。フラッとやってきてすぐにどこか行っちまう」
「ではお戻りになられたらパナケイア商会までご連絡頂けるようお伝え願えますか」
「わかったよ」
「あら、マリーちゃんじゃない」

 背中からかかったその声に私の心臓は止まりかけた。ヒュっという呼吸が漏れて体は硬直した。
 真理、今は大丈夫です。そうジャスティンの小さな声がして、落ち着かせるようにそっと背中が撫でられる。
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