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5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し
存在しないはずの2年目の新年のお祭り
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30階層を超えた翌日は冬至だ。
太陽は春と共に萌え栄えて夏になりて最盛を迎え、秋にその実りを人々に分け与えて冬に眠りにつく。その最後の日が冬至でこの世界の1年の終わり。
最後の日はかに1年を厳かに悼み、翌日は新たなる太陽の再生を祝ってお祭りをする。それがこの国のしきたり。
だから明日と明後日は探索はお休みだ。ダンジョンに籠りきりの大貴族の複合パーティだって、この新年だけは穴蔵を這い出て日の光を浴びる。この日にダンジョンに潜る人はいない。
「みんな、新年はどうするの?」
「俺はいつもとかわんね。グラシアノの様子を見てあとは適当に過ごすさ。なあ、アレク」
「そう……だな」
「俺は道路組合の新年祝いがあるからそっちにかかりきりだな。31階層のボス戦にまた呼んでくれ」
「道路組合?」
「そう。全部手持ちでやると金がいくらあっても足りないからな。今後は地区ごとに金集めて作るんだよ、その集まり。めんどくせぇ」
「……お前本当に誰なんだよ」
「ウォルターだようっせえな、じゃあいい新年を」
三々五々に解散し、私はジャスティンと一緒にパナケイア商会に向かう。新年のお祭りには各商店が次の一年を寿いで出店を出す。
パナケイア商会は少しだけラックの上がるお守りを安価で放出する。ラックというものは目に見えないから効果は体感できない。けれども新年のめでたさとちょっとしたお祝い気分で買ってくれるといいな、と思う。そうするとこの国中のラックが少し上がる、んじゃないかと思っている。それに前世のお正月みたいだし。来年はお焚き上げをしよう。
だから赤字キワキワでもいいんだ。売れ筋としては造花をあしらえた髪飾りなんかも作ったし。
「これはお嬢様。すごいお荷物ですね」
「アイス・ドラゴンの皮革の受注があったんでしょう? 入手してきたの」
「おお、これはこれはおめでとうございます。ふむ、さすがに素晴らしい品でございますな。早速依頼主に連絡をとりましょう」
「よく注文がある方なの?」
「はい。アルバート王子です。今度フレイム・ドラゴンに挑まれるそうで耐熱防具の新調です」
耐熱防具。
確かにそれにはアイス・ドラゴンの皮革はうってつけだ。注文表を見るとそれぞれのメンバーの身長体重、メンバーのパーティ内の役割、それから付与したい効果がリストアップされている。それはとても合理的な選択。
私たちもきちんと街を育てて装備を整えればあんな結果にはならなかっただろう。私が愚かだった。
「凄いねぇ。これだけ揃えれば何の不安もないでしょう。お金持ちだなぁ」
「そうでもありませんぞ。アルバート様は古い装備は次々と下取りに出されております。性能も良く王家の御下賜品は人気がありますからな。そもそもアルバート様は探索費用はダンジョン収入で賄われておられると伺いました。誠に経済的ですな」
「そうなのねってそんなにご利用頂いてるの?」
「ええ。防具や装飾につきましてはおそらくほとんどが当店の製品をご使用かと。王家の皆様にはたいへん儲けさせて頂いております」
「王家といえばウォルター様は大丈夫なのでしょうか」
セバスチアンはハテ、と首を傾げた。
「パーティで何かございましたか?」
「いいえ、それとは真逆で。なんというか、とてもまともというか」
「ウォルター様は極めて優れた方と認識しております。特にこと統治、中でもこの国を富ませることにつきましては天眼でもお持ちなのかと驚くばかりです」
やはりウォルターは優秀なのか。
なんだか今世の記憶とも前世の『幻想迷宮グローリーフィア』とも異なっていて、けれどもどこかで見知ったというか、プレイしたことのあるようなキャラクター感。喉に魚の骨でも刺さっているかのような違和感がある。
元旦の朝は私も手伝いに来ると伝え、次に向かったのは冒険者ギルド。31階層の情報を調べに。
その入口の重い木戸を押し開け私は固まる。そこには新しい攻略キャラがいた。鋼のように引き締まった均整のとれた大柄の体躯に柔らかなアーモンド色の髪、茶色の瞳に薄い化粧。
魔人ヘイグリット。
ゲーム内では見たことのない孔雀の羽のようなものをたくさん垂らした派手な腰マントを纏って冒険者に混じって酒場で酒を酌み交わしている。
「マリオン様? どうなされましたか?」
「ああジャス、少し変わった格好の方がいて」
「格好? ああ、あれが噂のヘイグリットですか」
「噂? 知ってるの?」
「ええ、少し前からギルド酒場に入り浸っているそうです。マリオン様も私も夜はほとんどギルドに来ませんから直接見るのは初めてですね」
「おお? ジャスティンじゃねぇか。お前もこっちこいよ」
「マリオン様、少し失礼致しますね」
50階層の魔王を除いた41階層以下のユニークボスは主人公が30階層を突破して以降、王都に現れるようになる。彼らも攻略対象だからだ。王都で何らかの交流を持った上で各階層で再び出会うとエンディングへ向かうフラグが立つ。
けれども少し前から?
タイミングがおかしい。私たちが30階層を突破したのは今日なんだから、ゲーム通りなら地上に出てくるなら今日以降。
けれどもそれは1年を超えて発生したバグのせいなのかもしれない。
そうするとヘイグリット以外のユニークボスも既に王都にいるのかな。それに出現場所もなんだかおかしい。ヘイグリットは武器屋とか武道大会とか、そういう場所に出現する。『幻想迷宮グローリーフィア』でも冒険者ギルドでクエストを確認するくらいはあるのかもしれないけれど、酒場で飲む姿はあまり想像がつかない。
そもそもヘイグリットは変態寄りの孤高キャラで魔王以外とつるんでるイメージがない。
ともあれ私は31階層の情報のチェックに向かう。
ゲーム内で発生する情報とほとんど変わることはないけれど、それがわかることに意味がある。想定外というものは少しでも減らしたほうがいい。
31階層は開けた草原のフィールド。主なモンスターは野生の獣に似たものが多い。巨大なイノシシであるヒュージボアや体長5メートルはある人面ライオンのマンティコア。そういった素の能力の高い大型獣が縦横無尽に走り回り、襲いかかってくる。数もかなり多いはず。
そうすると陣を敷く戦闘は無意味だ。通常通りバフデバフを振り撒く方法になる。けれども戦闘となれば血の匂いを嗅ぎつけて次々とモンスターが集まってくる。どうしたらいいのかな。匂いについてはソルに風の防壁を張ってもらえばいいとして……。
太陽は春と共に萌え栄えて夏になりて最盛を迎え、秋にその実りを人々に分け与えて冬に眠りにつく。その最後の日が冬至でこの世界の1年の終わり。
最後の日はかに1年を厳かに悼み、翌日は新たなる太陽の再生を祝ってお祭りをする。それがこの国のしきたり。
だから明日と明後日は探索はお休みだ。ダンジョンに籠りきりの大貴族の複合パーティだって、この新年だけは穴蔵を這い出て日の光を浴びる。この日にダンジョンに潜る人はいない。
「みんな、新年はどうするの?」
「俺はいつもとかわんね。グラシアノの様子を見てあとは適当に過ごすさ。なあ、アレク」
「そう……だな」
「俺は道路組合の新年祝いがあるからそっちにかかりきりだな。31階層のボス戦にまた呼んでくれ」
「道路組合?」
「そう。全部手持ちでやると金がいくらあっても足りないからな。今後は地区ごとに金集めて作るんだよ、その集まり。めんどくせぇ」
「……お前本当に誰なんだよ」
「ウォルターだようっせえな、じゃあいい新年を」
三々五々に解散し、私はジャスティンと一緒にパナケイア商会に向かう。新年のお祭りには各商店が次の一年を寿いで出店を出す。
パナケイア商会は少しだけラックの上がるお守りを安価で放出する。ラックというものは目に見えないから効果は体感できない。けれども新年のめでたさとちょっとしたお祝い気分で買ってくれるといいな、と思う。そうするとこの国中のラックが少し上がる、んじゃないかと思っている。それに前世のお正月みたいだし。来年はお焚き上げをしよう。
だから赤字キワキワでもいいんだ。売れ筋としては造花をあしらえた髪飾りなんかも作ったし。
「これはお嬢様。すごいお荷物ですね」
「アイス・ドラゴンの皮革の受注があったんでしょう? 入手してきたの」
「おお、これはこれはおめでとうございます。ふむ、さすがに素晴らしい品でございますな。早速依頼主に連絡をとりましょう」
「よく注文がある方なの?」
「はい。アルバート王子です。今度フレイム・ドラゴンに挑まれるそうで耐熱防具の新調です」
耐熱防具。
確かにそれにはアイス・ドラゴンの皮革はうってつけだ。注文表を見るとそれぞれのメンバーの身長体重、メンバーのパーティ内の役割、それから付与したい効果がリストアップされている。それはとても合理的な選択。
私たちもきちんと街を育てて装備を整えればあんな結果にはならなかっただろう。私が愚かだった。
「凄いねぇ。これだけ揃えれば何の不安もないでしょう。お金持ちだなぁ」
「そうでもありませんぞ。アルバート様は古い装備は次々と下取りに出されております。性能も良く王家の御下賜品は人気がありますからな。そもそもアルバート様は探索費用はダンジョン収入で賄われておられると伺いました。誠に経済的ですな」
「そうなのねってそんなにご利用頂いてるの?」
「ええ。防具や装飾につきましてはおそらくほとんどが当店の製品をご使用かと。王家の皆様にはたいへん儲けさせて頂いております」
「王家といえばウォルター様は大丈夫なのでしょうか」
セバスチアンはハテ、と首を傾げた。
「パーティで何かございましたか?」
「いいえ、それとは真逆で。なんというか、とてもまともというか」
「ウォルター様は極めて優れた方と認識しております。特にこと統治、中でもこの国を富ませることにつきましては天眼でもお持ちなのかと驚くばかりです」
やはりウォルターは優秀なのか。
なんだか今世の記憶とも前世の『幻想迷宮グローリーフィア』とも異なっていて、けれどもどこかで見知ったというか、プレイしたことのあるようなキャラクター感。喉に魚の骨でも刺さっているかのような違和感がある。
元旦の朝は私も手伝いに来ると伝え、次に向かったのは冒険者ギルド。31階層の情報を調べに。
その入口の重い木戸を押し開け私は固まる。そこには新しい攻略キャラがいた。鋼のように引き締まった均整のとれた大柄の体躯に柔らかなアーモンド色の髪、茶色の瞳に薄い化粧。
魔人ヘイグリット。
ゲーム内では見たことのない孔雀の羽のようなものをたくさん垂らした派手な腰マントを纏って冒険者に混じって酒場で酒を酌み交わしている。
「マリオン様? どうなされましたか?」
「ああジャス、少し変わった格好の方がいて」
「格好? ああ、あれが噂のヘイグリットですか」
「噂? 知ってるの?」
「ええ、少し前からギルド酒場に入り浸っているそうです。マリオン様も私も夜はほとんどギルドに来ませんから直接見るのは初めてですね」
「おお? ジャスティンじゃねぇか。お前もこっちこいよ」
「マリオン様、少し失礼致しますね」
50階層の魔王を除いた41階層以下のユニークボスは主人公が30階層を突破して以降、王都に現れるようになる。彼らも攻略対象だからだ。王都で何らかの交流を持った上で各階層で再び出会うとエンディングへ向かうフラグが立つ。
けれども少し前から?
タイミングがおかしい。私たちが30階層を突破したのは今日なんだから、ゲーム通りなら地上に出てくるなら今日以降。
けれどもそれは1年を超えて発生したバグのせいなのかもしれない。
そうするとヘイグリット以外のユニークボスも既に王都にいるのかな。それに出現場所もなんだかおかしい。ヘイグリットは武器屋とか武道大会とか、そういう場所に出現する。『幻想迷宮グローリーフィア』でも冒険者ギルドでクエストを確認するくらいはあるのかもしれないけれど、酒場で飲む姿はあまり想像がつかない。
そもそもヘイグリットは変態寄りの孤高キャラで魔王以外とつるんでるイメージがない。
ともあれ私は31階層の情報のチェックに向かう。
ゲーム内で発生する情報とほとんど変わることはないけれど、それがわかることに意味がある。想定外というものは少しでも減らしたほうがいい。
31階層は開けた草原のフィールド。主なモンスターは野生の獣に似たものが多い。巨大なイノシシであるヒュージボアや体長5メートルはある人面ライオンのマンティコア。そういった素の能力の高い大型獣が縦横無尽に走り回り、襲いかかってくる。数もかなり多いはず。
そうすると陣を敷く戦闘は無意味だ。通常通りバフデバフを振り撒く方法になる。けれども戦闘となれば血の匂いを嗅ぎつけて次々とモンスターが集まってくる。どうしたらいいのかな。匂いについてはソルに風の防壁を張ってもらえばいいとして……。
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