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5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し
ウォルターの祈りとアイス・ドラゴンの打倒
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「1回だけやってみましょう。駄目なら撤退しましょう。一番の目的は誰も怪我をしないこと」
「そうそう『命を大事に』。痛いのは俺もごめんだ」
「……わかった。まぁそううまくはいかないと思うけどな。アレク、ジャスと調整できるか?」
「大丈夫だ。では10分後に決行する」
アレクは踵を返し再び白銀に紛れた。ゴゴゥと唸る視界は白く染まっている。
急いで陣を張る。陣の四隅の雪をかき分け、楔で地面に深く縫い止めてその中心にウォルターが立つ。
私はグラシアノと一緒にデバフをかけるために予め掘っておいたクレバスに飛び込んだ。
ソルは陣の設置を確認後、すでにアイス・ドラゴンの方角へ向かっていた。
「アイス・ドラゴンは一直線に俺をめがけてやってくる。一直線だ」
「ウォルター?」
「ああごめん。口に出したほうがうまくいく気がするんだ。それから耳栓するから音は聞こえなくなる。その方がおまじないが効きやすい気がするんだよ。大丈夫だよ、多分な。少なくともジャスティンは俺を運んでくれるだろう。今はマリーのパーティメンバーだからな」
そりゃまぁジャスティンはウォルターを見捨てたりはしないでしょう。本心では嫌っているのは知っているけど、パーティというものは全員で生存率を高め合うものなんだから。
ウォルターはポケットから何かを出して耳に詰めて目をつぶり、手を組んで何かに祈るようなポーズをしている。その顔に次々と雪がぶつかっていく。
猛吹雪は更に強さを増してヒュゴゥという音が耳元を駆け抜けた。鼻は既に半ば機能を失い、うっかり鼻呼吸しようとするとツンと頭が痛くなる。荒ぶる風雪は目の前の地面の形を次々と変えていく。これじゃ場所なんて特定しようがない。
あれ?
ひょっとして吹雪が強くなった?
そういえばさっきウォルターは吹雪が止むように祈ってた。けれどもアイス・ドラゴンに集中したからそちらの効果が切れた?
そう思うとますます吹雪はひどくなりすでに視界は白しかみえなくなる。すぐ目の先にいるはずのウォルターの姿すら途切れ途切れ。
この吹雪はアイス・ドラゴンが巻き起こしている。『幻想迷宮グローリーフィア』でも戦闘が進むに連れてその威力は強力になる。けれども今までそんな実感はなかった。とすればウォルターはそのラックで地形効果の上昇率を抑えていた?
どうやって? アイス・ドラゴンにその機能を使わせなかった? モンスターに本能を失念させるということはありうるの?
ラックってそんなに目に見えて効果があるものなの?
「一直線だ。こっちに来い」
途切れ途切れの吹雪の合間に再びウォルターの声がする。それに呼応するように探知に動きがあった。
私には探知があるからアイス・ドラゴンの場所はなんとなくわかる。けれどもアレクやソルには至近距離にこなければわからない。けれども動線に縛られるのなら、アイス・ドラゴンはそこを通過する。場所の特定ができる。
探知の中のジャスティンがこちらに走り出し、ドラゴンはふわりと旋回した後、スピードを上げて一方向に舵を切る。確かにこちらの方向に。
そして一定地点でその態勢がぐらりとゆらぐ。アレクがスタンバイしている位置。それでもドラゴンは一旦飛び退いてこちらにまっすぐ突進する。舞い散る吹雪を遥かに超える猛スピード。突然白い視界の先で複数の赤い光が舞い、少し遅れて大きな爆発音が複数響く。あれはソルが待機しているあたり。
その頃には既に、アイス・ドラゴンが正しく陣に着地することは私の中で確信めいていた。
「グラシアノ、アイス・ドラゴンの位置はわかるよね。あれは必ずここに来る」
「うん、止めるよ」
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
「怖えぇ。でも俺に、俺をめがけてやってこい!」
その瞬間、最初に訪れたのは猛烈な風だった。
アイス・ドラゴンは暴風を巻き起こしながら飛翔する。その先鞭たる風がウォルターを吹き飛ばそうとするのをジャスティンが追いつき抱き止め、一瞬の経過後にアイス・ドラゴンと入れ替わるようにして2人は陣を飛び出す。
2人を狙ったアイス・ドラゴンの巨体と重量が雪深く沈みこみ、その下に埋まる陣に触れて不自然に動きを止める。
ー全ての理力を凍結せよ!
その瞬間、アイス・ドラゴンの背後から追いすがるように放たれたたくさんの光弾がその背に突き刺さりアイス・ドラゴンはぐごぁと咆哮を響き渡らせた。飛び立とうとして一瞬もがき、ぐるると低い唸りを上げる。アイスブレスが来る。
デバフを発動させた直後から私はグラシアノに手を牽かれて走っていた。頭と体に力は全然入らなくて心臓がバクバクいっている。足元に絡む雪がもどかしい。でもフレイム・ドラゴン戦と同じ結果にはさせない。おそらくもう少しでブレスの効力範囲が離脱する。ジャスティンとウォルターも脱しているはずだ。
背後からギオォウという大きな音が聞こえてそして雪がはらりと途絶えた。
雪が止まった。
止まったってことは……倒した。倒した?
倒した、アイス・ドラゴンを!
やった!
本当に?
急いで振り返ると20メートルほど先でアイス・ドラゴンの巨体がドゥと大きな音をたてて雪原に沈み込むところだった。
急いで左右を探る。
立っている。アレクとソル。それから少し離れたところにジャスティンとウォルター。
ほっと胸を撫で下ろして、膝がガクガク震えていたことに気がついた。よかった。誰も怪我をしていない。少なくとも大怪我は。
そう思っていると急にウォルターがふわりと倒れた。慌てて駆け寄ろうとしたけれど、雪原は未だ深く足がなかなか進まない。
「ウォルター⁉︎」
「マリオン様ご安心ください。ウォルターに怪我はありません」
「はっ、めっちゃ怖かった。糞ファンタジーめ、死ぬかと思ったぜ」
「ハハ、だっせぇ」
「んなこといっても俺は紙防御なんだよ」
「ジャスはお前よりさらに薄いんだよ」
「頭おかしんじゃねぇか」
ジャスティンが手を差し伸べてウォルターを起こす。
改めて皆を見渡す。確かに。確かに誰も怪我をしていない。
よかった。
よかった。
本当に。
今度はみんな無事に、ドラゴンを抜けた。
よかった。
「それにしてもあんなにうまくいくとはな」
「俺は運がいいって言っただろ」
「たまたまだろ」
「でも上手くいきました。まずは素材を剥ぎましょう」
「素材?」
「ええ、ウォルターにも手伝ってもらいます。とは言っても剥いだところは自分で持っていっていいんだけど」
「めんどうだなぁ」
「いらないなら頂戴。それで装備を作ってあげる」
素材剥ぎは装備の新調にも資金稼ぎにも必要だ。私はこのアイス・ドラゴンの皮革が欲しい。みんな三々五々に欲しい部位を剥ぎ取り始める。
黙々と剥ぐうちにいつしか灰色だった空は晴れ渡って虹色が現れた。夕焼けのような朝焼けのような、まるで世界が叫んでいるような不思議な色の空。そこにもう冷たくはなくなってしまった風がふわりと舞う。冬をもたらすアイス・ドラゴンの死骸のそばから雪は順番に溶けていき、その血が流れたところに黄緑色の若葉がにょきりにょきりと芽吹いていく。
なんとなく、ここにはこれから春が来る、そんな予感がする。
「なぁマリー。お前のその陣を外注したいが可能か?」
「外注?」
「敷いてるだけで多少は効果はあるんだろ? 俺は今道路つくってっからさ、辻とかそういうところに道が壊れないやつ敷いとけば保ちがよくなるかと思って」
「え? でもバフは一定時間で効果が切れるよ?」
「そりゃわかってるけど模様だけで効果があんだろ? 敷いておしまいで効果が出るなら楽じゃんか」
「そうすると防御力上昇?」
「硬化とかリジェネとかかな」
確かに置いているだけでも多少は効果がある。
そうすると陣の形式で作れるものは需要があるのかな。例えば病院を建てる時にその基礎に回復力上昇の術式を刻む、とか。そう考えるとやはり汎用性が高そう。帰ったらセバスチアンに相談しよう。
帰ったら。そうだ。帰った後のことを考えられる。明日が無事に続いていく。
よかった。ほんとうによかった。
みんなが無事で。
「そうそう『命を大事に』。痛いのは俺もごめんだ」
「……わかった。まぁそううまくはいかないと思うけどな。アレク、ジャスと調整できるか?」
「大丈夫だ。では10分後に決行する」
アレクは踵を返し再び白銀に紛れた。ゴゴゥと唸る視界は白く染まっている。
急いで陣を張る。陣の四隅の雪をかき分け、楔で地面に深く縫い止めてその中心にウォルターが立つ。
私はグラシアノと一緒にデバフをかけるために予め掘っておいたクレバスに飛び込んだ。
ソルは陣の設置を確認後、すでにアイス・ドラゴンの方角へ向かっていた。
「アイス・ドラゴンは一直線に俺をめがけてやってくる。一直線だ」
「ウォルター?」
「ああごめん。口に出したほうがうまくいく気がするんだ。それから耳栓するから音は聞こえなくなる。その方がおまじないが効きやすい気がするんだよ。大丈夫だよ、多分な。少なくともジャスティンは俺を運んでくれるだろう。今はマリーのパーティメンバーだからな」
そりゃまぁジャスティンはウォルターを見捨てたりはしないでしょう。本心では嫌っているのは知っているけど、パーティというものは全員で生存率を高め合うものなんだから。
ウォルターはポケットから何かを出して耳に詰めて目をつぶり、手を組んで何かに祈るようなポーズをしている。その顔に次々と雪がぶつかっていく。
猛吹雪は更に強さを増してヒュゴゥという音が耳元を駆け抜けた。鼻は既に半ば機能を失い、うっかり鼻呼吸しようとするとツンと頭が痛くなる。荒ぶる風雪は目の前の地面の形を次々と変えていく。これじゃ場所なんて特定しようがない。
あれ?
ひょっとして吹雪が強くなった?
そういえばさっきウォルターは吹雪が止むように祈ってた。けれどもアイス・ドラゴンに集中したからそちらの効果が切れた?
そう思うとますます吹雪はひどくなりすでに視界は白しかみえなくなる。すぐ目の先にいるはずのウォルターの姿すら途切れ途切れ。
この吹雪はアイス・ドラゴンが巻き起こしている。『幻想迷宮グローリーフィア』でも戦闘が進むに連れてその威力は強力になる。けれども今までそんな実感はなかった。とすればウォルターはそのラックで地形効果の上昇率を抑えていた?
どうやって? アイス・ドラゴンにその機能を使わせなかった? モンスターに本能を失念させるということはありうるの?
ラックってそんなに目に見えて効果があるものなの?
「一直線だ。こっちに来い」
途切れ途切れの吹雪の合間に再びウォルターの声がする。それに呼応するように探知に動きがあった。
私には探知があるからアイス・ドラゴンの場所はなんとなくわかる。けれどもアレクやソルには至近距離にこなければわからない。けれども動線に縛られるのなら、アイス・ドラゴンはそこを通過する。場所の特定ができる。
探知の中のジャスティンがこちらに走り出し、ドラゴンはふわりと旋回した後、スピードを上げて一方向に舵を切る。確かにこちらの方向に。
そして一定地点でその態勢がぐらりとゆらぐ。アレクがスタンバイしている位置。それでもドラゴンは一旦飛び退いてこちらにまっすぐ突進する。舞い散る吹雪を遥かに超える猛スピード。突然白い視界の先で複数の赤い光が舞い、少し遅れて大きな爆発音が複数響く。あれはソルが待機しているあたり。
その頃には既に、アイス・ドラゴンが正しく陣に着地することは私の中で確信めいていた。
「グラシアノ、アイス・ドラゴンの位置はわかるよね。あれは必ずここに来る」
「うん、止めるよ」
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
「怖えぇ。でも俺に、俺をめがけてやってこい!」
その瞬間、最初に訪れたのは猛烈な風だった。
アイス・ドラゴンは暴風を巻き起こしながら飛翔する。その先鞭たる風がウォルターを吹き飛ばそうとするのをジャスティンが追いつき抱き止め、一瞬の経過後にアイス・ドラゴンと入れ替わるようにして2人は陣を飛び出す。
2人を狙ったアイス・ドラゴンの巨体と重量が雪深く沈みこみ、その下に埋まる陣に触れて不自然に動きを止める。
ー全ての理力を凍結せよ!
その瞬間、アイス・ドラゴンの背後から追いすがるように放たれたたくさんの光弾がその背に突き刺さりアイス・ドラゴンはぐごぁと咆哮を響き渡らせた。飛び立とうとして一瞬もがき、ぐるると低い唸りを上げる。アイスブレスが来る。
デバフを発動させた直後から私はグラシアノに手を牽かれて走っていた。頭と体に力は全然入らなくて心臓がバクバクいっている。足元に絡む雪がもどかしい。でもフレイム・ドラゴン戦と同じ結果にはさせない。おそらくもう少しでブレスの効力範囲が離脱する。ジャスティンとウォルターも脱しているはずだ。
背後からギオォウという大きな音が聞こえてそして雪がはらりと途絶えた。
雪が止まった。
止まったってことは……倒した。倒した?
倒した、アイス・ドラゴンを!
やった!
本当に?
急いで振り返ると20メートルほど先でアイス・ドラゴンの巨体がドゥと大きな音をたてて雪原に沈み込むところだった。
急いで左右を探る。
立っている。アレクとソル。それから少し離れたところにジャスティンとウォルター。
ほっと胸を撫で下ろして、膝がガクガク震えていたことに気がついた。よかった。誰も怪我をしていない。少なくとも大怪我は。
そう思っていると急にウォルターがふわりと倒れた。慌てて駆け寄ろうとしたけれど、雪原は未だ深く足がなかなか進まない。
「ウォルター⁉︎」
「マリオン様ご安心ください。ウォルターに怪我はありません」
「はっ、めっちゃ怖かった。糞ファンタジーめ、死ぬかと思ったぜ」
「ハハ、だっせぇ」
「んなこといっても俺は紙防御なんだよ」
「ジャスはお前よりさらに薄いんだよ」
「頭おかしんじゃねぇか」
ジャスティンが手を差し伸べてウォルターを起こす。
改めて皆を見渡す。確かに。確かに誰も怪我をしていない。
よかった。
よかった。
本当に。
今度はみんな無事に、ドラゴンを抜けた。
よかった。
「それにしてもあんなにうまくいくとはな」
「俺は運がいいって言っただろ」
「たまたまだろ」
「でも上手くいきました。まずは素材を剥ぎましょう」
「素材?」
「ええ、ウォルターにも手伝ってもらいます。とは言っても剥いだところは自分で持っていっていいんだけど」
「めんどうだなぁ」
「いらないなら頂戴。それで装備を作ってあげる」
素材剥ぎは装備の新調にも資金稼ぎにも必要だ。私はこのアイス・ドラゴンの皮革が欲しい。みんな三々五々に欲しい部位を剥ぎ取り始める。
黙々と剥ぐうちにいつしか灰色だった空は晴れ渡って虹色が現れた。夕焼けのような朝焼けのような、まるで世界が叫んでいるような不思議な色の空。そこにもう冷たくはなくなってしまった風がふわりと舞う。冬をもたらすアイス・ドラゴンの死骸のそばから雪は順番に溶けていき、その血が流れたところに黄緑色の若葉がにょきりにょきりと芽吹いていく。
なんとなく、ここにはこれから春が来る、そんな予感がする。
「なぁマリー。お前のその陣を外注したいが可能か?」
「外注?」
「敷いてるだけで多少は効果はあるんだろ? 俺は今道路つくってっからさ、辻とかそういうところに道が壊れないやつ敷いとけば保ちがよくなるかと思って」
「え? でもバフは一定時間で効果が切れるよ?」
「そりゃわかってるけど模様だけで効果があんだろ? 敷いておしまいで効果が出るなら楽じゃんか」
「そうすると防御力上昇?」
「硬化とかリジェネとかかな」
確かに置いているだけでも多少は効果がある。
そうすると陣の形式で作れるものは需要があるのかな。例えば病院を建てる時にその基礎に回復力上昇の術式を刻む、とか。そう考えるとやはり汎用性が高そう。帰ったらセバスチアンに相談しよう。
帰ったら。そうだ。帰った後のことを考えられる。明日が無事に続いていく。
よかった。ほんとうによかった。
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