ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

文字の大きさ
上 下
74 / 234
5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し

ウォルターの祈りとアイス・ドラゴンの打倒

しおりを挟む
「1回だけやってみましょう。駄目なら撤退しましょう。一番の目的は誰も怪我をしないこと」
「そうそう『命を大事に』。痛いのは俺もごめんだ」
「……わかった。まぁそううまくはいかないと思うけどな。アレク、ジャスと調整できるか?」
「大丈夫だ。では10分後に決行する」

 アレクは踵を返し再び白銀に紛れた。ゴゴゥと唸る視界は白く染まっている。
 急いで陣を張る。陣の四隅の雪をかき分け、楔で地面に深く縫い止めてその中心にウォルターが立つ。
 私はグラシアノと一緒にデバフをかけるために予め掘っておいたクレバスに飛び込んだ。
 ソルは陣の設置を確認後、すでにアイス・ドラゴンの方角へ向かっていた。

「アイス・ドラゴンは一直線に俺をめがけてやってくる。一直線だ」
「ウォルター?」
「ああごめん。口に出したほうがうまくいく気がするんだ。それから耳栓するから音は聞こえなくなる。その方がおまじないが効きやすい気がするんだよ。大丈夫だよ、多分な。少なくともジャスティンは俺を運んでくれるだろう。今はマリーのパーティメンバーだからな」

 そりゃまぁジャスティンはウォルターを見捨てたりはしないでしょう。本心では嫌っているのは知っているけど、パーティというものは全員で生存率を高め合うものなんだから。
 ウォルターはポケットから何かを出して耳に詰めて目をつぶり、手を組んで何かに祈るようなポーズをしている。その顔に次々と雪がぶつかっていく。
 猛吹雪は更に強さを増してヒュゴゥという音が耳元を駆け抜けた。鼻は既に半ば機能を失い、うっかり鼻呼吸しようとするとツンと頭が痛くなる。荒ぶる風雪は目の前の地面の形を次々と変えていく。これじゃ場所なんて特定しようがない。

 あれ?
 ひょっとして吹雪が強くなった?
 そういえばさっきウォルターは吹雪が止むように祈ってた。けれどもアイス・ドラゴンに集中したからそちらの効果が切れた?
 そう思うとますます吹雪はひどくなりすでに視界は白しかみえなくなる。すぐ目の先にいるはずのウォルターの姿すら途切れ途切れ。
 この吹雪はアイス・ドラゴンが巻き起こしている。『幻想迷宮グローリーフィア』でも戦闘が進むに連れてその威力は強力になる。けれども今までそんな実感はなかった。とすればウォルターはそのラックで地形効果の上昇率を抑えていた?
 どうやって? アイス・ドラゴンにその機能を使わせなかった? モンスターに本能を失念させるということはありうるの?
 ラックってそんなに目に見えて効果があるものなの?

「一直線だ。こっちに来い」

 途切れ途切れの吹雪の合間に再びウォルターの声がする。それに呼応するように探知に動きがあった。
 私には探知があるからアイス・ドラゴンの場所はなんとなくわかる。けれどもアレクやソルには至近距離にこなければわからない。けれども動線に縛られるのなら、アイス・ドラゴンはそこを通過する。場所の特定ができる。
 探知の中のジャスティンがこちらに走り出し、ドラゴンはふわりと旋回した後、スピードを上げて一方向に舵を切る。確かにこちらの方向に。
 そして一定地点でその態勢がぐらりとゆらぐ。アレクがスタンバイしている位置。それでもドラゴンは一旦飛び退いてこちらにまっすぐ突進する。舞い散る吹雪を遥かに超える猛スピード。突然白い視界の先で複数の赤い光が舞い、少し遅れて大きな爆発音が複数響く。あれはソルが待機しているあたり。
 その頃には既に、アイス・ドラゴンが正しく陣に着地することは私の中で確信めいていた。

「グラシアノ、アイス・ドラゴンの位置はわかるよね。あれは必ずここに来る」
「うん、止めるよ」
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
「怖えぇ。でも俺に、俺をめがけてやってこい!」

 その瞬間、最初に訪れたのは猛烈な風だった。
 アイス・ドラゴンは暴風を巻き起こしながら飛翔する。その先鞭たる風がウォルターを吹き飛ばそうとするのをジャスティンが追いつき抱き止め、一瞬の経過後にアイス・ドラゴンと入れ替わるようにして2人は陣を飛び出す。
 2人を狙ったアイス・ドラゴンの巨体と重量が雪深く沈みこみ、その下に埋まる陣に触れて不自然に動きを止める。

ー全ての理力を凍結せよ!

 その瞬間、アイス・ドラゴンの背後から追いすがるように放たれたたくさんの光弾がその背に突き刺さりアイス・ドラゴンはぐごぁと咆哮を響き渡らせた。飛び立とうとして一瞬もがき、ぐるると低い唸りを上げる。アイスブレスが来る。
 デバフを発動させた直後から私はグラシアノに手を牽かれて走っていた。頭と体に力は全然入らなくて心臓がバクバクいっている。足元に絡む雪がもどかしい。でもフレイム・ドラゴン戦と同じ結果にはさせない。おそらくもう少しでブレスの効力範囲が離脱する。ジャスティンとウォルターも脱しているはずだ。
 背後からギオォウという大きな音が聞こえてそして雪がはらりと途絶えた。
 雪が止まった。
 止まったってことは……倒した。倒した?
 倒した、アイス・ドラゴンを!
 やった!
 本当に?
 急いで振り返ると20メートルほど先でアイス・ドラゴンの巨体がドゥと大きな音をたてて雪原に沈み込むところだった。
 急いで左右を探る。
 立っている。アレクとソル。それから少し離れたところにジャスティンとウォルター。
 ほっと胸を撫で下ろして、膝がガクガク震えていたことに気がついた。よかった。誰も怪我をしていない。少なくとも大怪我は。
 そう思っていると急にウォルターがふわりと倒れた。慌てて駆け寄ろうとしたけれど、雪原は未だ深く足がなかなか進まない。

「ウォルター⁉︎」
「マリオン様ご安心ください。ウォルターに怪我はありません」
「はっ、めっちゃ怖かった。糞ファンタジーめ、死ぬかと思ったぜ」
「ハハ、だっせぇ」
「んなこといっても俺は紙防御なんだよ」
「ジャスはお前よりさらに薄いんだよ」
「頭おかしんじゃねぇか」

 ジャスティンが手を差し伸べてウォルターを起こす。
 改めて皆を見渡す。確かに。確かに誰も怪我をしていない。
 よかった。
 よかった。
 本当に。
 今度はみんな無事に、ドラゴンを抜けた。
 よかった。

「それにしてもあんなにうまくいくとはな」
「俺は運がいいって言っただろ」
「たまたまだろ」
「でも上手くいきました。まずは素材を剥ぎましょう」
「素材?」
「ええ、ウォルターにも手伝ってもらいます。とは言っても剥いだところは自分で持っていっていいんだけど」
「めんどうだなぁ」
「いらないなら頂戴。それで装備を作ってあげる」

 素材剥ぎは装備の新調にも資金稼ぎにも必要だ。私はこのアイス・ドラゴンの皮革が欲しい。みんな三々五々に欲しい部位を剥ぎ取り始める。
 黙々と剥ぐうちにいつしか灰色だった空は晴れ渡って虹色が現れた。夕焼けのような朝焼けのような、まるで世界が叫んでいるような不思議な色の空。そこにもう冷たくはなくなってしまった風がふわりと舞う。冬をもたらすアイス・ドラゴンの死骸のそばから雪は順番に溶けていき、その血が流れたところに黄緑色の若葉がにょきりにょきりと芽吹いていく。
 なんとなく、ここにはこれから春が来る、そんな予感がする。

「なぁマリー。お前のその陣を外注したいが可能か?」
「外注?」
「敷いてるだけで多少は効果はあるんだろ? 俺は今道路つくってっからさ、辻とかそういうところに道が壊れないやつ敷いとけば保ちがよくなるかと思って」
「え? でもバフは一定時間で効果が切れるよ?」
「そりゃわかってるけど模様だけで効果があんだろ? 敷いておしまいで効果が出るなら楽じゃんか」
「そうすると防御力上昇?」
「硬化とかリジェネとかかな」

 確かに置いているだけでも多少は効果がある。
 そうすると陣の形式で作れるものは需要があるのかな。例えば病院を建てる時にその基礎に回復力上昇の術式を刻む、とか。そう考えるとやはり汎用性が高そう。帰ったらセバスチアンに相談しよう。
 帰ったら。そうだ。帰った後のことを考えられる。明日が無事に続いていく。
 よかった。ほんとうによかった。
 みんなが無事で。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

現代転生 _その日世界は変わった_

胚芽米
ファンタジー
異世界。そこは魔法が発展し、数々の王国、ファンタジーな魔物達が存在していた。 ギルドに務め、魔王軍の配下や魔物達と戦ったり、薬草や資源の回収をする仕事【冒険者】であるガイムは、この世界、 そしてこのただ魔物達と戦う仕事に飽き飽き していた。 いつも通り冒険者の仕事で薬草を取っていたとき、突然自身の体に彗星が衝突してしまい 化学や文明が発展している地球へと転生する。 何もかもが違う世界で困惑する中、やがてこの世界に転生したのは自分だけじゃないこと。 魔王もこの世界に転生していることを知る。 そして地球に転生した彼らは何をするのだろうか…

処理中です...