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5章 等比的に増加するバグと、とうとう世界に現れた崩壊の兆し

グラシアノがパーティメンバーになったことによる変化

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 少しの慣らしの後、アレグリット商会で新しく作られた大剣はストルスロットを容易に撃破し、私たちは29階層を突破した。
 それを機にジャスティンもアレグリット商会で2本ショートソードを新調した。薄く軽い剣と硬度が高くやや重い細い剣。予備の剣は普段はグラシアノが持ち歩く。魔族は子どもでも力が強いから、そのくらい問題はない。なんだか輜重しちょう兵みたいで役割ができた。ようやく同じパーティのメンバーになったみたい。ゲームと同じように、ゲームとは大分違う形で。

 変わったことが3つ。
 1つはソルがグラシアノを封印しなくなった。理由を聞いた。昨日アレクと2人で少し探索したらしくて、そこでグラシアノがモンスターの居所を察知できることに気がついたらしい。それから一瞬であればモンスターの動きが止められることも。それはストルスロット戦でもとても役に立った。戦闘では一瞬の差というものが明暗を大きく分ける。
 その作用は魔力の作用らしく、封印をしている状態では使えない力らしい。

 グラシアノはモンスターが察知できる。そしてモンスターに命令ができる。
 それはまさに魔王としてのプログラム。グラシアノはやはり、ゲームと同じようにこれから魔王に近づこうとするのか。その性格は全く異なっているけれども。
 結局のところ、この世界の魔王が私の思う通りの、つまり『幻想迷宮グローリーフィア』通りの魔王かどうかはよくわからない。魔王は1年目はダンジョンをひたすら掘っていた。ゲームの中でもこの世界でも。2年目はどうなるのだろう。1年目は地上には全く無関心だったけれど、魔王が地上に攻め入ってくる、なんて可能性はあるんだろうか。
 けれどもこのダンジョンは王都エスターライヒにほど近い。一旦魔王が地上に牙を向けば、ダンジョン入り口は地獄の門と化す。エスターライヒ王国は国を上げて防衛・撃破しなければならない。そこから溢れ出る無数の魔物を人間が襲う。果たして防御しきれるものなのだろうか。他の国との戦争と違うのは、一旦戦争が起こればおそらく交渉の余地がないことだ。

 そのような状況を前提としても、魔王に対抗しうるグラシアノを育てるのは有利に働く、はず。
 同種の能力を持つ魔王が地上に出てこない限り、ダンジョンの入口でモンスターの帰還を命じることもできる、よね。

 それから28階層のグラシアノ関係のイベントがスルーされていたのは封印されていたから?
 けれどもグラシアノは転移陣が使えない。だから今更上層には戻れない。戻るべき、なのかな。

 変わったことの2つ目は、定期的に自由行動日を取ることになった。
 ソルには欲しい素材があるらしい。一緒に探そうと言ったけれど、これはあくまで私的に必要なものだからアレクと2人で潜るという。その提案は私にとっても渡りに船だった。
 私も王都の開発の必要性を感じていた。
 流通は今、ウォルターが整えている。魅力的な武器防具というコンテンツもある。けれどもそこから1つ超えるためにはエスターライヒという国自体の発展が必要なんだ。今は行商商人は増えているけれど過ぎ去るだけでこの国の人口自体が増加しているわけではない。
 ここからは国全体にお金を回して周辺や諸外国から人口を集め、つまり経済規模を大きくして様々なギルドを発達させ、それぞれが独自の技術開発や投資を行うことで国が指数関数的な速度で拡大し、爆発的な発展を促す。いわゆるシンギュラリティを超えるっていう奴。
 アレグリットさんは吟遊詩人だというけれど、文化的にも魅力を高めていったほうがいい、んだよね。うーん。その方面で私が貢献できるとしたらやはり服飾とかデザイン、なのかも。
 だから私は自由行動の日にそういった開発に着手しようと思う。
 そして3つ目。

「あの、さ、俺にも何かできることはないかな」
「ないわね」
「ねぇよ」
「ないな」
「幸運をお祈り下さい」
「お、おう」

 ウォルターが私たちに追いついた。
 ウォルターは主要街道まで石畳を敷き詰めた。いや、敷き詰めるのは時間の問題というところまできている。
 次に必要なのは土瀝青どせきれいだという。つまり天然アスファルトの材料だ。道路を改良すれば流通量は爆発的に増加する。車両や鉄道網開発の足がかり。たしかにそれは技術ツリーのその先にある技術。けれどもその技術ツリーが開放されるのはゲームでも随分あとのこと。後半、40階層到達前後のタイミングのはず。
 私はゲームではダンジョン探索をすることが多い。RPGは好きだし、推しがダンジョン攻略メンバーに多く偏ってるのもあったから。だからシミュレーションパートは最低限をこなして、道路のアスファルト舗装まで手を付けることは滅多にない。だから技術ツリーの解放条件ははっきりとは思い出せないけど、街の発展具合から考えて、どう考えてもそれはまだ満たしていない気がする。
 素材だけあっても仕方がない気はするけど、どうするつもりなんだろう。

「ギルドで土瀝青が32階層以下の森林で出ると聞いた。それが欲しい」
「そんなもん、何に使うんだよ」
「道を舗装するんだ。そうするととてもいい道路ができる。丈夫で平坦で、水はけのとてもいい道が」
「じゃあ取ってきてやるよ」
「だめだ。上質な土瀝青じゃないと。その、だから俺が見に行く」
「条件を教えてもらえれば俺が探してくるよ。素材の判断は俺がする。試金が貰えれば可能だろ」
「嫌だ。一緒に行きたい」

 困惑と迷惑。
 プローレス家の客間を借りて二度目の会合が行われた時、その空気は随分と歪んでいた。
 ソルが怒気を顕にし、アレクも不快感を隠そうとしなかった。ジャスティンはその日、朝から僅かに沈んでいた。
 私以外に誰も望まない加入。私も心情的には積極的に望んでいるわけではない。ウォルターは気に食わない。けれどもその幸運値というスキルは何者にも代えがたいものではあるんだ。『幻想迷宮グローリーフィア』でも他の戦闘職の代わりに戦闘に役立たずのウォルターをいれる程には。
 けれども『ウォルターが加入するとラックが上がる』というのは説明し難い。ウォルターとパーティを組んでいた間、誰も致命傷を負っていない。その効果は確かに健在している。けれどもそれは、何度もこのゲームを周回して、他のプレイと比べて初めて、その圧倒的な効果の違いを実感できる代物だから。最初から当然のようにパーティにいる今世では、その違いには気づきようがない。
 今世? あれ。なんだか違和感。いやでも。

「セバスチアンもこれは理由になると言っていたぞ」
「それは、まぁ」

 ウォルターの道路建設の効果は目に見えるレベルだ。それほど王都は活気づいている。
 よりよい道路を敷設するため、他のパーティに加入できないウォルターが『もとのパーティに収まる』というのは説得力のある理由に、ならなくはない。
 けれども。
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