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3章 私たちが立脚するファンタジーという名のままならない現実

アルバート王子と冒険者マリオン・ゲンスハイマー

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 王城から眺める景色はゆるやかに雪で白く染まり、そして賑やかだった。
 私は自室から眺める四季折々の風景が好きだった。冬の足音はすでに街の外まで迫り、遠くに見える山の雪は既に深い。かつて小麦色で埋め尽くされた田畑もその姿をまだらに白く染めている。もうすぐ冬将軍がこの街を攻めたてるだろう。だがそれを耐え抜けば、そのうち春の女神が訪れる。

 私はずっとこの城に捕われている。改めてそう思うことはあまりないが、最近は多い。ふとした瞬間そう思い、城外でせわしなく冬支度に奔走する国民が時折だがなんだか羨ましくなる。

 私はアルバート=エスターライヒ。エスターライヒ国の第二順位王子だ。ウォルター=エスターライヒは1歳年下の異母兄にあたる。
 私の方が年上であるのに弟なのは、ひとえに母の身分が低いからだ。ウォルターの母君、つまり第一妃は公爵家の出身であり、現王の叔母の娘である。私の母は伯爵家の出身であり第三妃だ。伯爵家は貴族の中でも公・侯・伯・子・男の序列の3番目。第三妃として相応な地位にある。
 王には4人の妃に4人の男子と2人の女子がいる。公爵家である第一妃にはウォルターと第三順位王子であるエリザベート。子爵家である第四夫人には2人の男子と1人の女子がいるが、母親の身分が低く王位継承権はない。なお第二妃は侯爵家男子だから子はいない。

 エスターライヒ王家には今まで嫡子争いというものはなかった。そんなものが起こるとも思ってもいなかった。エスターライヒ王国はそれほど裕福ではないが、それなりに安定していたからだ。

 私とウォルター、エリザベートは皇位継承権がある。だから国を運営するために必要な教育を等しく受けている。
 私たちの仲はそれほど悪くはなかったように思う。座学で最も成績が良いのは私だが、魔法はエリザベートが群を抜いていた。ウォルターはさしてパッとはしなかったがそれでも及第点を大幅に上回っていた。平均としてはウォルターが最も優れているかもしれない。だから平時の王としてウォルターはふさわしいのだろう、と思っていた。
 第四夫人の子女は臣下となるために騎士団や学府に入っている。いずれにせよ第四夫人の子女は社交界で他の貴族の子女と同程度にしか会うことはない。私たちが王となった時に臣下に軽重をつけてはならないからだ。

 その関係に変化が生じたのはウォルターが新しく発生したダンジョンに潜るようになった頃からだ。
 ウォルターはパーティに3人の冒険者を雇った。王家もその素性は調べた。一人は隣の大陸の国の王子で騎士身分で入国していた。一人は賢者の塔の出でその身は賢者の塔が保証する。身分素性としても問題ない。
 バッファーについては少々議論が起こった。国内の男爵家の娘だった。年頃の貴族令嬢が自らの家でパーティを主催するのではなく、1冒険者として登録するなど、貴族としての自らの将来を捨てるに等しい。不審に思って調べさせたところ、男爵家は恒常的な資金難に陥っていた。つまりメンバーを雇い、パーティを運営する資金がないのだ。そして資金難を解消するために一攫千金を狙い冒険者となったのだろうとの報告だった。
 なるほどダンジョンから得られる資源は時により莫大な財を生む。

 それを聞いた時、何とはなく不憫だなと思い気にかかった。
 男爵令嬢か。貴族といえども実質は平民とさほど変わらない。おそらく社交界に出て良い縁談を得ても、それだけでは男爵家の苦境を救うことは難しいだろう。そして男爵家が苦境であるからこそ、良い縁談というものは遠ざかるのだ。その間に適齢期をすぎればいずれ婚姻の可能性は低くなる。だからこのマリオンという娘は貴族という地位を捨て、平民も同様の冒険者として家や領地に尽くそうとしている。貴族の子女であるからこそ。
 私と同じような年頃なのに見事なノブレス・オブリージュだ。それを知った者たちは密かに驚嘆し、畏敬の念を持っただろう。そう思ったからこそ、誰も何もいわなかった。

 ウォルターは何故か4人だけでダンジョンに潜った。
 騎士、賢者、バッファーという構成は少し珍しい取り合わせだが、面白いとは思う。物理と魔法に特化した強力な戦力が2、その補助が1。ダンジョンは狭いフィールドが多い。だから戦える人数というものは自ずと限られることもある。4人から6人程度をメインとしてその他に交代要員や補給部隊を伴い10人程度を1パーティとするのが基本だ。
 なのに何故ウォルターは4人だけで潜るのか。その疑問を投げかけたことがある。

「ダンジョン攻略っていうと4人から6人だろ?」
「それじゃ効率が悪いんじゃないか。10人くらいいないと」
「そうかなぁ? 10人もいたら平均的な能力が下がるだろ?」
「平均的な能力……? そういうものか?」

 私は戦略や戦術という意味ではそれなりに理解しているとは自負しているが、一個隊の戦闘という観点ではよく知らない。そもそも王は直接戦闘という行為は行わないものだ。だから納得はしかねるものの、実際にダンジョンに潜っているウォルターの意見は実感と理由があってのものだろうと放置した。
 どことなく、何かがずれている。初めてそう思ったのはその時だったかもしれない。

 ウォルターは昔から子供っぽいところがある。
 だから単純に、物語の英雄譚のように未踏の地を仲間たちと踏破する、という冒険のような行為に憧れているのかもしれない。なんとなく、そうも思った。
 まあそれならそれで構わない。ダンジョンが発生するなんてそんな珍しいことに浮かれる気持ちは私にもある。まだ見ぬ財宝、強力なモンスター。寝物語に聞いたたくさんの英雄の活躍と冒険。

 しかしそもそもダンジョンというものは資源だ。危険をはらむ資源。そしてその資源の採掘は基本的には貴族たちに任されている。そして貴族たちがそれぞれの資源を活用し、その領地を富ませて最終的にその利益は税や兵役という形で国に還元される。

 だからウォルターが適当にダンジョンに潜ってもかまわない。そしてそのつましい小規模探索はダンジョンを大規模に開拓する大貴族たちにはかえって好評だった。
 王族には1枚だけ無条件のダンジョン探索許可状が発布される。だから軍を用いて探索を行うことができなくはないのだがそれは顰蹙も甚だしい。10人程度で小規模で潜るのであれば4人もさほど変わらないかもしれない。そう思って特に誰も何もいわなかった。

 けれども私は少し気にかかっていた。
 ウォルターはダンジョンに潜ってもすぐに帰ってくることがある。しかも大した資源も得ず。分配はきちんと行われているのだろうか。
 私の心に棘のように引っかかっていた名前。マリオン・ゲンスハイマー。
 会ったことはないが、彼女は領地のためにダンジョンに潜っている。4人のパーティではまとまった収入を得られず困窮しているのではないだろうか。

 男爵家は貴族とはいえ力は弱い。けれども貴族である以上、領地を運営する責務がある。同様に王家は国を運営する責務がある。そう考えると、そのマリオン嬢の苦境も国の責任としてなんとかすべき義務がある、ような、そんな気もしていた。

 そこまで思ってなんだか妙な気分に陥った。
 個別の対象や事象に対して利益を供与することは不平等を生む。だからよくないはずだ。
 まだ会ったことすらないマリオン嬢。何故そんなに気にかかるのだろう。
 それはおそらくマリオン嬢が私にとって物語の登場人物のような存在だったからだ。
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