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1章 噂の乙女ゲー転生と魔王様へと至る道、その阻害要因である王子

打算的な攻略ルート

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 ぱちりと目を覚まし、私は全てを拒絶する、いや、したい。
 思い出したくもない。
 それはあの禍々しい結婚式だ。
 ウォルター王子とキスをして、その衝撃でふらっと後ろに倒れた瞬間、私に衝撃と絶望を与えたもの。それは凍りつくような周囲の空気とアレクとソルから向けられた気持ち悪いものでも見るような冷たい視線。

 幻想迷宮グローリーフィア。
 ここは私が前世で散々プレイした乙女ゲー。そして私の今世。
 よくある転生令嬢ものよろしく、私の魂はゲーム世界に入り込んでしまったみたい。そしてアレクとソルは私の推しキャラ。アレクとソル関連のハッピーエンドは全部網羅した。他にもコンプキャラはたくさんいるけれど。

 アレクは騎士身分でこの国を訪れた実は隣の大陸の王子様。
 夏の風のような爽やかさとしなやかさを兼ね備えた前衛キャラ。少し鋭い切れ長の緑色の瞳に栗色の真っ直ぐな長めの髪を後ろで束ね、183センチの高身長でよく鍛えられた体つきというグラフィック。そこから必殺の剣技が繰り出される、このゲームでもトップクラスの武力を誇るまさに物理系王子様。
 ソルは賢者の塔というこの世界でも選ばれた者しか居住を許されない特殊な場所からこの国を訪れた、ありとあらゆる魔法を扱う賢者様。人懐っこいけどその知識は海の底のように深く、情熱という名の探究心と冷静さを兼ね備えた魔法使いキャラ。それなのに一見子供っぽく愛くるしく見える丸っこい茶色の瞳に燃えるような赤毛のグラフィック。身長は165センチとこのゲームの中では少し低め。体力面では貧弱だけれどもその魔法の力はこのゲームでもトップクラスの賢者様。

 どうしてこうなった⁉︎
 たくさんのイケメンがいる中で何故寄りにも寄ってウォルター、しかもこれは悪名高きノーマルエンド。
 結局の所その二人の表情と視線の衝撃で、私の意識はふぅと途切れた。糸が切れたように。
 そして私は今しがた、間抜けな声で息を吹き返した。厳密に言うと寝ていたところを無理やり揺すり起こされた。イラつく。

「マリー大丈夫? まだ調子悪い?」
「ええ、もうすっかり大丈夫です」
「ちゃんとみんなにはマリーがまだ調子が悪いと言っていおいたから。だからしっかり休んで。それにしてもマリーは本当にかわいいね」

 『かわいいから倒れても仕方がない』とかそんな馬鹿な理由が通るはずがあるか‼︎
 頭が痛い。見渡すとここは王城内のマリーの私室。ベッドに横たわる私にウォルターが優しく微笑みかけている。
 なるべく正気を保ちながら怒りを内に押し殺す。ゲームの世界観とこの世界で生まれて培ってきた常識がせめぎ合って頭の中でピキピキ血管が切れる音がする。

 公式の場で意識を失うなんて貴族としては恥でしかない。
 気絶したのは私が悪いけど、それを肯定なんかしたら私の、というよりは自分自身とこの国の評判をいかに貶めるかなんて全く考えてすらいないだろうな。

 第一王子の結婚式だから外国公使も来ていたはず。
 皇太子夫妻は無能というレッテルを張られたに違いない。ただでさえ第一王子が男爵令嬢という木っ端貴族を正妃に迎えるそのこと自体が正気を疑われる行為なのに。そして欠席という形で今も不名誉は積み重なっている。

 それにお父様もいかに面目を潰したか。
 けれどもそれは私の頭がおかしくなったせいでもある。多分ゲームのメインストーリーに入った影響で。
 えっと、これ私は本気で今後王太子妃を続けないといけないの?

「早く元気になって結婚式をやり直そう」
「え?」
「だってまだ正式に誓いの議を行えてないじゃないか。だから残念ながら結婚式は保留になっていて、僕とマリーはまだ婚約状態」
「なん……てこと」

 結婚はまだ達成されていない?
 微かに残る記憶を漁る。確かに神父に『はい』と答えただけで、結婚を誓っては……いない。それにその後に行われる魔女様に結婚を報告する儀式を終えていない。
 とすれば、とすると。私とウォルターはまだ結婚していない⁉︎
 正式にエンディングを向かえていないの⁉︎

 パンドラの箱の底に希望が残った。ぱぁと小さな明かりが灯った気分。
 必死で頭の中でウォルターエンド回避ルートを模索する。

 幻想迷宮グローリーフィア。
 私は主人公の男爵令嬢として生まれ、普通の深窓の令嬢として暮らし、近所の社交界で細々と活動していた。お父様は小さな領地を治めていた。けれども昨年は不作でお金に困っていた。
 ゲームのスタートを告げる鐘が打ち鳴らされた時、私は突然冒険者を志す。
 その時の心境は筆舌に尽くしがたい。
 けれどもまるで天啓が頭に降ってきたようだった。冒険者になればお金が稼げるに違いない!
 どう考えても頭が沸いている。

 多分コレがゲームのプログラミング的作用だろうけど、客観的には剣なんて握ったこともない私が冒険者を志すなんて正気を失ったとしか思えない、よね。私もそう思う。そして皆もそう思った。
 それで私は実家を飛び出し心配して追いかけてきた従者ジャスティンを振り切って冒険者ギルドで冒険者登録をして、メンバー募集していたウォルターとアレクとソルという男ばかりと4人パーティーを組んだ。
 振り返るとそんな信じがたい記憶がおぼろげに脳内に残っている。どう考えても正気を失っている……。
 その結果がこれか。

「それじゃぁ僕は行くね。くれぐれもお大事に」
「ありがとうウォルター」
「いつもどおりウィルと呼んで、マリー」

 私の額にキスをして、それからウォルターは手をふって部屋から出ていく。
 やっといなくなったと胸をなでおろす。
 ようやく頭もまともに働くようになってきた。
 状況は結構絶望的だ。体力が回復すれば再び式は行われる。
 身分制度のあるこの世界。立場上、誰にも祝福されてなくても結婚式は断れない。
 けれども私は元の世界には戻れない。この世界で暮らしていくしか道はない。

 ここは幻想迷宮グローリーフィア。
 大事だから3回言った。そう、これは極めて大事なこと。
 既に地球の日本じゃない。ちゃんと覚悟を決めないと。
 私はこのゲームに詳しい。勝機があるとしたらそこだ。

 このゲームはイチャラブトークだけで構成される普通の乙女恋愛シミュレーションと違って基本はきっちりダンジョン攻略RPG。
 そして山盛りの派生要素。自由度が大きくダンジョンで得られた宝物や資金を原資として街や技術を開発していく経営シミュレーションも兼ねている。効率よくダンジョンを攻略するためには街や技術の発展も必要不可欠。その他にもダンジョン放置でひたすら商人プレイや酒場プレイをするのもアリ。

 けれどもこのゲームの目的は魔王を倒すこと。
 ある日突然グローリーフィアと呼ばれるダンジョンと迷宮を支配する魔王グローリーフィアが現れる。
 魔王の目的は魔王エンド後に明らかになるけれど、魔王が無害であることをプレイヤーだけが知っている。魔王はダンジョンから一歩も外に出てこない。魔王はエスターライヒ王国に何の被害ももたらさず、ただ迷宮の奥底に引きこもって迷宮を堀り続けている。だからそんな引きこもりを討伐して財宝を奪うという行為は冷静に考えるとカツアゲのようだ?
 なお魔王は黒髪長髪の病んデレイケメンでこのゲーム最強の能力をもつ攻略対象の1人。屈指の攻略難度を誇るけれど人気は高い。

 それで主人公は王子をはじめ様々な騎士や魔法使いといったイケメンとともに魔王討伐を試みる。冒険を求めてとかフレーバーテキストには書いてあったけれどようは金目あてと玉の輿狙いなわけで冒険の間に距離を縮めて魔王討伐して最終的なトゥルーエンドを目指す。
 そして数限りなくあるルート中の、今は生理的に無理なウォルター王子とのノーマルエンド、その後の世界線。私はまずこの事象からの脱出を試みなければならない。

 ゲームではなく現実世界としての攻略可能性の分析再開する。
 思い出したくないけど思い出さないと。
 ふうと一つ深呼吸して覚悟を決めて。まずはこの王国の現状把握だ。
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