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9.新しい皮膚に変わらないキスを。大丈夫、何も変わらないから。
片桐さんが少しでも幸せに過ごせますように。
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翌朝目を覚ますと片桐さんが俺の頭をなでていた。
俺は片桐さんの裸の胸を枕にしていて、片桐さんの目が一瞬狼狽えたから、そのまま肌に頬擦りしてキスをする。
「おはようございます、啓介」
「おはようございます」
「……本当に嫌じゃないんですね」
「そうですよ。疑り深いですね?」
「ふふ、もう疑っていません。こんなに幸せでいいんでしょうか」
「いいんですよ」
片桐さんにキスをした。背中を抱きしめて、背中を抱きしめられて、お腹とお腹がくっついたまま、ゆっくりキスをする。朝だから軽く舌先が触れ合う程度。でもいつもより、ずいぶん満たされる。好きです。このおなかも背中も全てが愛しくくすぐったい。
「昨日は随分ぼんやりしていたようですけど大丈夫でした?」
「あの、なんだか記憶がはっきりしていなくて」
「そうですか。調子が悪ければすぐに言ってくださいね」
「大丈夫ですよ。それから……夢を見ました」
「夢?」
「とても幸せな夢で。でも中身は恥ずかしくて秘密です」
片桐さんが柔らかくはにかむ。こんな表情は初めてかもしれない。片桐さんの中では昨日のことは夢ということになっているのかな。
まあ、寝ぼけてたみたいだったしな。でも、肯定的に捕えているようでよかった。
もう一度キスをする。愛しい。大好きです。
ふと片桐さんの首元とお腹を見る。
「あの、やっぱり嫌ですか?」
「いいえ全然。絵について考えていました」
「絵ですか?」
首元。胸骨の先端と鎖骨の骨。触れるとその下に確かにその場所に胸骨と鎖骨がある。
その他は変な色や引き攣れがある。黒く定着しているところもある。穴が空いていない分、状態は背中よりはましといえばましなような気はするのだけど場所によって触感が違う。触っていると片桐さんから緊張した気配がある。本当に疑り深い。いや、思い込みが強い。そっと胸骨にキスをすると、ようやく安心したようだ。
絵か。
この絵は片桐さんとカウンセラーさんが相談して決めたと聞いている。皮膚があるように見えてしまうとまた剥がされてしまうんじゃないかと不安に思ってしまうから。
俺が片桐さんの皮膚を肯定してもそれは俺だけの話だ。直さなくてもいいと俺が言っても見られると怖がられるのは客観的に明らかだろう。どう考えても普通は怖い。しかも胸部は片桐さんが自分で見えてしまう。ふと見えた時に安心する絵がこれなんだろう。それなら基本路線は変えないほうがいい。でも空っぽの内蔵というのは少し寂しいな。片桐さんの中には色々詰まっているし、俺がこれから幸せを詰める予定なんだから。
「やっぱり気持ち悪いですか?」
「そんなことはないですが、骨の絵というのは何か寂しいんじゃないかなと思いまして」
「寂しい、ですか? そんなことを言われたのは初めてです」
「そうですか? まあそうかもしれないですね」
「違う絵にしたほうがいいでしょうか」
「ううん、でも上の方は描き始めてしまっているから今から路線変更は難しいのでしょう?」
「すみません」
「謝らなくていいんですよ、何も」
「そうですか?」
「それに骨が落ち着くんでしょう?」
「はい」
不安そうな片桐さんの胸にそっとキスをする。
骨の絵か。本来描かれるはずの肺が描かれていないということは胃や腸もないのだろう。胃腸が描かれるとぐにぐにしそうで触るのに少し躊躇する気はするけど。でも俺は片桐さんが空っぽとは思わない。中身か。中身がないなら描いたらいいんじゃないかな。何か楽しいものを。
「片桐さんが怖いのは自分の皮膚が剥がされることなんですよね」
「はい」
「内臓がないのも?」
「はい。右の腎臓とか、いくつかないそうです」
「……関係ないものを描くのはどうですか?」
「関係ないもの?」
「そう、片桐さんを守るもの。小さな騎士とか、幸運の妖精さんとか、お城?」
「お城、ですか?」
「そうですね、左の腎臓のあるあたりをお城で守りましょう。そこの前に騎士が2人くらい見張っていて」
腎臓の位置は正確にはわからないけど多分このあたり。片桐さんのお腹に指先で丸を描く。
「騎士とお城があるならお姫様がいたほうがいいですよね」
「お姫様?」
「そう。定番でしょう? それからええと、このあたりは肋骨か。鳥がとまってるのはどうでしょうか」
「鳥」
「そう、好きな鳥はありますか? 白鳥、は木に止まったりしないですよね、多分」
「白鳥なら湖でしょうか」
「いいですね、じゃあ湖はこのあたり?」
「膀胱のあたりが湖というのはなんだかその、ちょっと」
「そうですね、すみません。じゃあこのあたり、右の腰骨のあたり。でも山のほうがいいかな」
「山」
「どうでしょうか。そういうのを描き込むのは嫌ですか? 流石に山や湖なら取られないでしょう?」
「なんだか楽しそうです」
よかった。
「左腕は右腕と同じように奇麗に直しませんか?」
「奇麗なほうがいいですか?」
「左右揃えたほうが服が選びやすいと思って」
「服ですか?」
「そう、両方同じように直せば半袖を着れそうです」
「半袖」
「お揃いで半袖を着ましょう?」
「ええ」
あとは背中。片桐さんが一番気に病んでいる見えない背中。
「背中は見えないですから普通の肌色に治すのはアリですか?」
「……普通」
「怖い?」
「あの、少し。たまにお風呂の鏡で見えてしまうんです。お腹とおなじようにしようと思っていました。背中もお城を描きましょうか」
ううん、それはそれでどうなのかな。そもそも骨なのを何とかしようと思ったんだし。
「お腹に絵を描くのも何ヶ月か時間がかかるでしょう?」
「そうですね」
「じゃあお腹が終わった時点で相談してましょうか」
「わかりました。あの、ありがとうございます、啓介。その、嫌わないでいてくれて」
「片桐さん、俺は嫌わないんじゃなくて好きなんですよ。大好きです。愛してる。全部」
俺は片桐さんの裸の胸を枕にしていて、片桐さんの目が一瞬狼狽えたから、そのまま肌に頬擦りしてキスをする。
「おはようございます、啓介」
「おはようございます」
「……本当に嫌じゃないんですね」
「そうですよ。疑り深いですね?」
「ふふ、もう疑っていません。こんなに幸せでいいんでしょうか」
「いいんですよ」
片桐さんにキスをした。背中を抱きしめて、背中を抱きしめられて、お腹とお腹がくっついたまま、ゆっくりキスをする。朝だから軽く舌先が触れ合う程度。でもいつもより、ずいぶん満たされる。好きです。このおなかも背中も全てが愛しくくすぐったい。
「昨日は随分ぼんやりしていたようですけど大丈夫でした?」
「あの、なんだか記憶がはっきりしていなくて」
「そうですか。調子が悪ければすぐに言ってくださいね」
「大丈夫ですよ。それから……夢を見ました」
「夢?」
「とても幸せな夢で。でも中身は恥ずかしくて秘密です」
片桐さんが柔らかくはにかむ。こんな表情は初めてかもしれない。片桐さんの中では昨日のことは夢ということになっているのかな。
まあ、寝ぼけてたみたいだったしな。でも、肯定的に捕えているようでよかった。
もう一度キスをする。愛しい。大好きです。
ふと片桐さんの首元とお腹を見る。
「あの、やっぱり嫌ですか?」
「いいえ全然。絵について考えていました」
「絵ですか?」
首元。胸骨の先端と鎖骨の骨。触れるとその下に確かにその場所に胸骨と鎖骨がある。
その他は変な色や引き攣れがある。黒く定着しているところもある。穴が空いていない分、状態は背中よりはましといえばましなような気はするのだけど場所によって触感が違う。触っていると片桐さんから緊張した気配がある。本当に疑り深い。いや、思い込みが強い。そっと胸骨にキスをすると、ようやく安心したようだ。
絵か。
この絵は片桐さんとカウンセラーさんが相談して決めたと聞いている。皮膚があるように見えてしまうとまた剥がされてしまうんじゃないかと不安に思ってしまうから。
俺が片桐さんの皮膚を肯定してもそれは俺だけの話だ。直さなくてもいいと俺が言っても見られると怖がられるのは客観的に明らかだろう。どう考えても普通は怖い。しかも胸部は片桐さんが自分で見えてしまう。ふと見えた時に安心する絵がこれなんだろう。それなら基本路線は変えないほうがいい。でも空っぽの内蔵というのは少し寂しいな。片桐さんの中には色々詰まっているし、俺がこれから幸せを詰める予定なんだから。
「やっぱり気持ち悪いですか?」
「そんなことはないですが、骨の絵というのは何か寂しいんじゃないかなと思いまして」
「寂しい、ですか? そんなことを言われたのは初めてです」
「そうですか? まあそうかもしれないですね」
「違う絵にしたほうがいいでしょうか」
「ううん、でも上の方は描き始めてしまっているから今から路線変更は難しいのでしょう?」
「すみません」
「謝らなくていいんですよ、何も」
「そうですか?」
「それに骨が落ち着くんでしょう?」
「はい」
不安そうな片桐さんの胸にそっとキスをする。
骨の絵か。本来描かれるはずの肺が描かれていないということは胃や腸もないのだろう。胃腸が描かれるとぐにぐにしそうで触るのに少し躊躇する気はするけど。でも俺は片桐さんが空っぽとは思わない。中身か。中身がないなら描いたらいいんじゃないかな。何か楽しいものを。
「片桐さんが怖いのは自分の皮膚が剥がされることなんですよね」
「はい」
「内臓がないのも?」
「はい。右の腎臓とか、いくつかないそうです」
「……関係ないものを描くのはどうですか?」
「関係ないもの?」
「そう、片桐さんを守るもの。小さな騎士とか、幸運の妖精さんとか、お城?」
「お城、ですか?」
「そうですね、左の腎臓のあるあたりをお城で守りましょう。そこの前に騎士が2人くらい見張っていて」
腎臓の位置は正確にはわからないけど多分このあたり。片桐さんのお腹に指先で丸を描く。
「騎士とお城があるならお姫様がいたほうがいいですよね」
「お姫様?」
「そう。定番でしょう? それからええと、このあたりは肋骨か。鳥がとまってるのはどうでしょうか」
「鳥」
「そう、好きな鳥はありますか? 白鳥、は木に止まったりしないですよね、多分」
「白鳥なら湖でしょうか」
「いいですね、じゃあ湖はこのあたり?」
「膀胱のあたりが湖というのはなんだかその、ちょっと」
「そうですね、すみません。じゃあこのあたり、右の腰骨のあたり。でも山のほうがいいかな」
「山」
「どうでしょうか。そういうのを描き込むのは嫌ですか? 流石に山や湖なら取られないでしょう?」
「なんだか楽しそうです」
よかった。
「左腕は右腕と同じように奇麗に直しませんか?」
「奇麗なほうがいいですか?」
「左右揃えたほうが服が選びやすいと思って」
「服ですか?」
「そう、両方同じように直せば半袖を着れそうです」
「半袖」
「お揃いで半袖を着ましょう?」
「ええ」
あとは背中。片桐さんが一番気に病んでいる見えない背中。
「背中は見えないですから普通の肌色に治すのはアリですか?」
「……普通」
「怖い?」
「あの、少し。たまにお風呂の鏡で見えてしまうんです。お腹とおなじようにしようと思っていました。背中もお城を描きましょうか」
ううん、それはそれでどうなのかな。そもそも骨なのを何とかしようと思ったんだし。
「お腹に絵を描くのも何ヶ月か時間がかかるでしょう?」
「そうですね」
「じゃあお腹が終わった時点で相談してましょうか」
「わかりました。あの、ありがとうございます、啓介。その、嫌わないでいてくれて」
「片桐さん、俺は嫌わないんじゃなくて好きなんですよ。大好きです。愛してる。全部」
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