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8.トロンプ・ルイユの本当の中身。
柔らかな毎日。触れたい。でも、触れない。
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色々考えた。
どうしたらいいのか。
俺と毎晩セックスすることは片桐さんを充足させている。これはきっと『俺を喜ばせる』という片桐さんの外装的行為。『俺を喜ばせる』を保全して片桐さんが安定する。でも、これだときっとずっとこのままだ。この充足で片桐さんは十分なんだから。
最近少しは気持ち良くなってくれてるような気もするけど、そもそも片桐さんは自分が気持ち良くなろうと思ってない。それは『俺を喜ばせる』に含まれない。多分それは片桐さんにとって価値がない余分なことなんだろう。副次的なもの。でもその『気持ちいい』は本当に片桐さんにとって無価値なの?
外装は片桐さんの心の少し外側にあって、片桐さんを守っている。でもその鉄壁の守りは片桐さん自身をも世界から遮断してきっちりと閉じ込めている。でも余分なものなんてない。片桐さんの全部が欲しい。余分で捨ててしまうなら俺が欲しい。俺は欲張りだから。
そもそもこの流れがダメだ。帰ったらベッドになだれ込む。気がついたら意識が飛んでいる。手をつけるなら抜本的にやらないと太刀打ちできない。
それで、どうするかを考えよう。
日中指針を考えた。俺が好きなことじゃダメなんだ。それでは片桐さんの中であっという間にスキップされて『俺を喜ばせる』行為に、つまり俺の好きな行動フォルダに入ってしまって取り出せなくなる。『俺を喜ばせる』を消したら片桐さんが残らないかな。とりあえず手当り次第ためそう。俺の好きな最たるものと認識されているセックスを中断しよう。それでまずは様子を見る。俺と片桐さんは『付き合ってる』んだから、時間はいくらでもあるはず。
昨日オセロをすると言ったから100円ショップでオセロを買った。プラスチックの安い板。別にチェスでも麻雀でも何でもよかったんだけど。
じゃんけんして俺が白で片桐さんが黒。
オセロなんて久しぶりだ。高校生ぶりくらいじゃないかな。あまり強くはないけど構わない。
何回かやっていると片桐さんの勝率が上がってきた。俺はどうもこういうアブストラクトなゲームは得意じゃないな。細かいことが得意な片桐さんのほうが強そうだ。ふと顔を覗くと、何やら真剣そうに考えていた。眉毛と眉毛の間にしわがよっている。愛しい。でも楽しんでくれている感じではない。でももう少し試してみよう。
さすがに10回戦もやると飽きてくる。片桐さんはオセロは楽しいのかな。表情からはよくわからない。
「トランプもしますか?」
「はい」
ブラックジャックをやる。うーん、駆け引きでは歯が立たないな。俺の頭の中なんてすっかり把握されてるだろうし。スピードならいい線いけた。なんだかムキになってる気がする。俺も30近いのに年甲斐もない。
片桐さんがチラチラ時計の方を気にしだした。0時か。
「あの」
「時計が気になりますか?」
「そろそろ寝た方がいいかと」
「そうですね。じゃあ今日はこんな感じで」
不安そうな片桐さんにそっとキスをして抱きしめた。温かい。
「片桐さん、大好きです」
「私もです、啓介」
すこしほっとしたようだ。十分を下回っちゃ駄目。片桐さんの反応を見てキスをする。何かこういう作業的にするキスは好きじゃない。
そういえばいつも片桐さんから積極的にキスをしてくれていた。『俺を喜ばせる』ために。これがいつもの片桐さんのキスでセックスなのかな。片桐さん、俺とキスしたくはならない? 俺はキスしたい時にしたい。それから。そう思うと体が疼く。繋がりたい。でも駄目だ。
とりあえず2日目は映画を見た。前にも一度こんな日があった。あの時から片桐さんと色々なことをするようになった。縁起を担ごう。
「とりあえずおすすめ一覧の上から10番目のものを見てみましょうか。何かはわからないけどものはためしです。そういうのもたまにはいいですね。片桐さんが好きな映画だったら嬉しいんだけど」
「はい」
選ばれたのは刑事ドラマ。なかなか面白そう。でも俺は面白いと思っていることを表情には出さない。決して。俺が面白いと思ったから片桐さんが面白いと思う、それでは意味がないんだ。
「面白かったですか?」
「はい」
「そうですか。よかったです」
でも面白かったと言うよりは少し困った顔をしている。構わない。もともと数打ちゃ当たる作戦の1つなんだから。そのうち当たりを引き当てたい。布団に入ってキスをする。大好きです、片桐さん。そう思って唇を合わせるとこれ以上を求めて体が反応する。
片桐さんが触れようとするのを止める。駄目だ、これは俺が反応したからだ。片桐さんがしたいからじゃない。
「片桐さんがどうしてもしたいならいいですよ」
本当は、してほしい。体は片桐さんをとても求めているけどねじ伏せる。体じゃなくて心で繋がりたい。片桐さんから腰を離して頭だけ抱きしめる。俺は片桐さんから求められたい。俺がしたいから、はもう『十分』貰った。
その次の日、早くもネタが切れた。また映画を見てもいいけれど、セックスしない日は映画を見ると刷り込まれるのは嫌だな。
だから何か話をすることにしよう。『お話』はもう俺の好きなものフォルダに入ってはいるけれども中身次第だ。これは結構ハードルが高い。片桐さんから何かを話して欲しい。過去じゃなくて今のことでも将来のことでもいい。
何か少し、片桐さんの精神状態が不安定そうだ。セックスをねだったら片桐さんは落ち着くんだろうけど。でも何もしなくても俺は片桐さんが好きなんだ。セックスしなくても好き。
片桐さんがオセロを選んだ。たぶん消去法なんだろうけど嬉しい。俺は片桐さんがしたいことをしたい。
抱き合って片桐さんが少し勃ってることに気がついた。俺に挿れたいと思ってくれてるってことかな。俺の体も欲しがってる。でもこのままセックスを始めると、きっと『俺を喜ばせる』方にスイッチが入ってしまって、片桐さんの挿れたいっていう気持ちは霧散してしまう。だから俺から求めちゃ駄目。駄目な週なんだから。俺も反応してるけど。
「片桐さん、したいですか?」
「はい」
「でも今週はお休みだから俺はするつもりはないんです。でも片桐さんがしたいなら構わないですよ」
「私が」
「そうそう。片桐さんが」
難しそうな顔をする。寄っている眉根にキスをする。もっと俺としたいと思ってください。唇にキスをするのもやめておこう。本当はとてもしたいけど。好きです片桐さん。
その日は片桐さんの背中に触れて眠った。
どうしたらいいのか。
俺と毎晩セックスすることは片桐さんを充足させている。これはきっと『俺を喜ばせる』という片桐さんの外装的行為。『俺を喜ばせる』を保全して片桐さんが安定する。でも、これだときっとずっとこのままだ。この充足で片桐さんは十分なんだから。
最近少しは気持ち良くなってくれてるような気もするけど、そもそも片桐さんは自分が気持ち良くなろうと思ってない。それは『俺を喜ばせる』に含まれない。多分それは片桐さんにとって価値がない余分なことなんだろう。副次的なもの。でもその『気持ちいい』は本当に片桐さんにとって無価値なの?
外装は片桐さんの心の少し外側にあって、片桐さんを守っている。でもその鉄壁の守りは片桐さん自身をも世界から遮断してきっちりと閉じ込めている。でも余分なものなんてない。片桐さんの全部が欲しい。余分で捨ててしまうなら俺が欲しい。俺は欲張りだから。
そもそもこの流れがダメだ。帰ったらベッドになだれ込む。気がついたら意識が飛んでいる。手をつけるなら抜本的にやらないと太刀打ちできない。
それで、どうするかを考えよう。
日中指針を考えた。俺が好きなことじゃダメなんだ。それでは片桐さんの中であっという間にスキップされて『俺を喜ばせる』行為に、つまり俺の好きな行動フォルダに入ってしまって取り出せなくなる。『俺を喜ばせる』を消したら片桐さんが残らないかな。とりあえず手当り次第ためそう。俺の好きな最たるものと認識されているセックスを中断しよう。それでまずは様子を見る。俺と片桐さんは『付き合ってる』んだから、時間はいくらでもあるはず。
昨日オセロをすると言ったから100円ショップでオセロを買った。プラスチックの安い板。別にチェスでも麻雀でも何でもよかったんだけど。
じゃんけんして俺が白で片桐さんが黒。
オセロなんて久しぶりだ。高校生ぶりくらいじゃないかな。あまり強くはないけど構わない。
何回かやっていると片桐さんの勝率が上がってきた。俺はどうもこういうアブストラクトなゲームは得意じゃないな。細かいことが得意な片桐さんのほうが強そうだ。ふと顔を覗くと、何やら真剣そうに考えていた。眉毛と眉毛の間にしわがよっている。愛しい。でも楽しんでくれている感じではない。でももう少し試してみよう。
さすがに10回戦もやると飽きてくる。片桐さんはオセロは楽しいのかな。表情からはよくわからない。
「トランプもしますか?」
「はい」
ブラックジャックをやる。うーん、駆け引きでは歯が立たないな。俺の頭の中なんてすっかり把握されてるだろうし。スピードならいい線いけた。なんだかムキになってる気がする。俺も30近いのに年甲斐もない。
片桐さんがチラチラ時計の方を気にしだした。0時か。
「あの」
「時計が気になりますか?」
「そろそろ寝た方がいいかと」
「そうですね。じゃあ今日はこんな感じで」
不安そうな片桐さんにそっとキスをして抱きしめた。温かい。
「片桐さん、大好きです」
「私もです、啓介」
すこしほっとしたようだ。十分を下回っちゃ駄目。片桐さんの反応を見てキスをする。何かこういう作業的にするキスは好きじゃない。
そういえばいつも片桐さんから積極的にキスをしてくれていた。『俺を喜ばせる』ために。これがいつもの片桐さんのキスでセックスなのかな。片桐さん、俺とキスしたくはならない? 俺はキスしたい時にしたい。それから。そう思うと体が疼く。繋がりたい。でも駄目だ。
とりあえず2日目は映画を見た。前にも一度こんな日があった。あの時から片桐さんと色々なことをするようになった。縁起を担ごう。
「とりあえずおすすめ一覧の上から10番目のものを見てみましょうか。何かはわからないけどものはためしです。そういうのもたまにはいいですね。片桐さんが好きな映画だったら嬉しいんだけど」
「はい」
選ばれたのは刑事ドラマ。なかなか面白そう。でも俺は面白いと思っていることを表情には出さない。決して。俺が面白いと思ったから片桐さんが面白いと思う、それでは意味がないんだ。
「面白かったですか?」
「はい」
「そうですか。よかったです」
でも面白かったと言うよりは少し困った顔をしている。構わない。もともと数打ちゃ当たる作戦の1つなんだから。そのうち当たりを引き当てたい。布団に入ってキスをする。大好きです、片桐さん。そう思って唇を合わせるとこれ以上を求めて体が反応する。
片桐さんが触れようとするのを止める。駄目だ、これは俺が反応したからだ。片桐さんがしたいからじゃない。
「片桐さんがどうしてもしたいならいいですよ」
本当は、してほしい。体は片桐さんをとても求めているけどねじ伏せる。体じゃなくて心で繋がりたい。片桐さんから腰を離して頭だけ抱きしめる。俺は片桐さんから求められたい。俺がしたいから、はもう『十分』貰った。
その次の日、早くもネタが切れた。また映画を見てもいいけれど、セックスしない日は映画を見ると刷り込まれるのは嫌だな。
だから何か話をすることにしよう。『お話』はもう俺の好きなものフォルダに入ってはいるけれども中身次第だ。これは結構ハードルが高い。片桐さんから何かを話して欲しい。過去じゃなくて今のことでも将来のことでもいい。
何か少し、片桐さんの精神状態が不安定そうだ。セックスをねだったら片桐さんは落ち着くんだろうけど。でも何もしなくても俺は片桐さんが好きなんだ。セックスしなくても好き。
片桐さんがオセロを選んだ。たぶん消去法なんだろうけど嬉しい。俺は片桐さんがしたいことをしたい。
抱き合って片桐さんが少し勃ってることに気がついた。俺に挿れたいと思ってくれてるってことかな。俺の体も欲しがってる。でもこのままセックスを始めると、きっと『俺を喜ばせる』方にスイッチが入ってしまって、片桐さんの挿れたいっていう気持ちは霧散してしまう。だから俺から求めちゃ駄目。駄目な週なんだから。俺も反応してるけど。
「片桐さん、したいですか?」
「はい」
「でも今週はお休みだから俺はするつもりはないんです。でも片桐さんがしたいなら構わないですよ」
「私が」
「そうそう。片桐さんが」
難しそうな顔をする。寄っている眉根にキスをする。もっと俺としたいと思ってください。唇にキスをするのもやめておこう。本当はとてもしたいけど。好きです片桐さん。
その日は片桐さんの背中に触れて眠った。
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