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8.トロンプ・ルイユの本当の中身。
オセロをして、映画を見る。
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「今週はセックスしません」
月曜の朝、トーストにバターを塗る啓介に突然言われた。
「どこか調子が悪いんですか?」
「休肝日みたいなものです。たまには休んだほうがいいと思います。片桐さんも無理しない方がいいと思います」
「無理ではないのですが」
啓介は私の右腕に触れる。3分の1くらい、普通の皮膚の色に覆われてきた。近くで見ると凹凸はあるし遠くからでも腕を動かすと不自然な影はできるけど、修復した部分のぱっと見の違和感は格段に乏しくなっている。
けれども少しずつ進めているから特に安静にするようには言われていません。体に異常もありませんし。
「だから家でゆっくり映画を見たり何かしたりしましょう」
「何か、ですか」
「そう、音楽を聴いたりとか。オセロでもしましょうか?」
オセロ?
そういうものなのでしょうか。どうしたらいいんでしょう。
その日はなんだか頭が落ち着かなかった。午前中に資料の内容を検討して午後からは外回り。いくつかの商社で打ち合わせ。どことなく所在がない感じ。
夜が来て、会社のみんながいなくなって、晩御飯を食べて家に戻って抱き合う。でも、しない?
私が嫌いになった? やっぱり気持ち悪いでしょうか?
混乱する。嫌がっている様子ではなさそうだけど。今も啓介は私の右腕のまだ治していないあたりを撫でている。
「あの、してはいけないのでしょうか」
「落ち着かない?」
「そう、ですね」
「嫌ですか?」
「嫌というわけでは」
なんだか、ふわふわと不安定な気持ち。
何か、落ち着かない。どうしたらいいんでしょう。
「音楽を適当にかけましょうか。ヒットチャートでいいかな。適当にかけているものだから、俺が特に好きな音楽というわけでもないですからね? わかりました?」
「はい」
なんだかよくわからない確認。
好きなわけでもない曲をかける? どうせなら好きな音楽の方がいいと思うのですが。
「じゃあオセロでもしましょうか。あまり俺も得意なわけでもないけど」
「得意じゃないんですか?」
「うん、いつくらいぶりだろう。俺の友達に強い奴がいて負けてばっかりでした」
「それなのに好きなんですか?」
「好きなわけではないですよ?」
変な時間。
好きでもないことをする。思い出? よくわからない。どうせなら啓介の喜ぶことをしたほうがいいんじゃないかな。
パチパチと黒と白をひっくり返してただ時間が過ぎていく。勝負は大体3分の2くらい私が勝つ。啓介は負けても嫌だったりはしないようだ。
「次はトランプにしますか? 2人でできるというとスピードとかブラックジャックとかかな」
ぱらぱらと札が捲られる。そうしていると時間が過ぎていく。0時。そろそろ寝た方がいいんじゃないかな。
「時計が気になりますか?」
「そろそろ寝た方がいいかと」
「そうですね。じゃあ今日はこんな感じで」
啓介が私を抱きしめてキスをしてくれる。唇が柔らかい。私も抱きしめても、いいんでしょうか。今日は何もしてあげられていないのに。
「啓介、何かして欲しいことはありませんか?」
「一緒にいてください」
それは私がしたいことなので。
何もせずにベッドに入る。いつも通りに抱きしめる。
抱きしめるのは好きですよね? 喜んでもらえるかな。
「片桐さん大好きです」
「私もです」
よかった。
次の日もなんだか同じような感じで、洋楽が流れて話をして、そのあとランダムに選ばれた映画をソファで並んで見た。啓介の頭が肩にもたれかかる。ふわふわした髪の毛からいい香りがする。どうしたらいいんだろう。頭を撫でる。
「気持ちいいですか?」
「今週はしませんよ」
「はい」
テレビを向いたまま返事がある。頭は撫でない方がいいんでしょうか。行為の最中は喜んでくれるけど、映画を見ているときは邪魔になるのかもしれない。よくわからない。
「あの、体調が悪いんですか?」
「どこも悪くないですよ」
映画が終わってベッドに入って抱きしめる。それだけ。
啓介が少し勃っている。なんとなく手を伸ばすと止められた。
「駄目ですか?」
「駄目です。でももし片桐さんがどうしてもしたいならいいですよ。嫌なわけではないので」
「私が?」
「そうです。休んでいるだけなので」
よくわからない。なんだか落ち着きません。服の下に啓介の手が伸びて私の肌を撫でる。混乱する。私はどうしたらいいんでしょう。
啓介と目が合う。嫌がってはない、ですよね?
「あの……」
「何でしょう?」
「どうしたらいいでんしょう」
「どうもしなくていいですよ。片桐さんの好きにしてください」
「私の?」
恐る恐る抱きしめる。暖かくていい香りがする。ぽかぽかした日なたみたいな香り。暖かい。啓介がここにいる。隣にいて、抱きしめさせてくれる。好きです、啓介。
それから朝起きてまた仕事をして。
仕事をする時間は落ち着く。やるべきことが明確で、それを啓介と共有して、相談して、書類を作って、顧客と話して。
でも家に帰ると混乱する。
「今日はどうしましょうか」
「どう……」
「昨日と一昨日で気に入ったことはありますか?」
「あの……」
どう答えるのがいいんだろう。昨日は映画で、一昨日はオセロで。
月曜の朝、トーストにバターを塗る啓介に突然言われた。
「どこか調子が悪いんですか?」
「休肝日みたいなものです。たまには休んだほうがいいと思います。片桐さんも無理しない方がいいと思います」
「無理ではないのですが」
啓介は私の右腕に触れる。3分の1くらい、普通の皮膚の色に覆われてきた。近くで見ると凹凸はあるし遠くからでも腕を動かすと不自然な影はできるけど、修復した部分のぱっと見の違和感は格段に乏しくなっている。
けれども少しずつ進めているから特に安静にするようには言われていません。体に異常もありませんし。
「だから家でゆっくり映画を見たり何かしたりしましょう」
「何か、ですか」
「そう、音楽を聴いたりとか。オセロでもしましょうか?」
オセロ?
そういうものなのでしょうか。どうしたらいいんでしょう。
その日はなんだか頭が落ち着かなかった。午前中に資料の内容を検討して午後からは外回り。いくつかの商社で打ち合わせ。どことなく所在がない感じ。
夜が来て、会社のみんながいなくなって、晩御飯を食べて家に戻って抱き合う。でも、しない?
私が嫌いになった? やっぱり気持ち悪いでしょうか?
混乱する。嫌がっている様子ではなさそうだけど。今も啓介は私の右腕のまだ治していないあたりを撫でている。
「あの、してはいけないのでしょうか」
「落ち着かない?」
「そう、ですね」
「嫌ですか?」
「嫌というわけでは」
なんだか、ふわふわと不安定な気持ち。
何か、落ち着かない。どうしたらいいんでしょう。
「音楽を適当にかけましょうか。ヒットチャートでいいかな。適当にかけているものだから、俺が特に好きな音楽というわけでもないですからね? わかりました?」
「はい」
なんだかよくわからない確認。
好きなわけでもない曲をかける? どうせなら好きな音楽の方がいいと思うのですが。
「じゃあオセロでもしましょうか。あまり俺も得意なわけでもないけど」
「得意じゃないんですか?」
「うん、いつくらいぶりだろう。俺の友達に強い奴がいて負けてばっかりでした」
「それなのに好きなんですか?」
「好きなわけではないですよ?」
変な時間。
好きでもないことをする。思い出? よくわからない。どうせなら啓介の喜ぶことをしたほうがいいんじゃないかな。
パチパチと黒と白をひっくり返してただ時間が過ぎていく。勝負は大体3分の2くらい私が勝つ。啓介は負けても嫌だったりはしないようだ。
「次はトランプにしますか? 2人でできるというとスピードとかブラックジャックとかかな」
ぱらぱらと札が捲られる。そうしていると時間が過ぎていく。0時。そろそろ寝た方がいいんじゃないかな。
「時計が気になりますか?」
「そろそろ寝た方がいいかと」
「そうですね。じゃあ今日はこんな感じで」
啓介が私を抱きしめてキスをしてくれる。唇が柔らかい。私も抱きしめても、いいんでしょうか。今日は何もしてあげられていないのに。
「啓介、何かして欲しいことはありませんか?」
「一緒にいてください」
それは私がしたいことなので。
何もせずにベッドに入る。いつも通りに抱きしめる。
抱きしめるのは好きですよね? 喜んでもらえるかな。
「片桐さん大好きです」
「私もです」
よかった。
次の日もなんだか同じような感じで、洋楽が流れて話をして、そのあとランダムに選ばれた映画をソファで並んで見た。啓介の頭が肩にもたれかかる。ふわふわした髪の毛からいい香りがする。どうしたらいいんだろう。頭を撫でる。
「気持ちいいですか?」
「今週はしませんよ」
「はい」
テレビを向いたまま返事がある。頭は撫でない方がいいんでしょうか。行為の最中は喜んでくれるけど、映画を見ているときは邪魔になるのかもしれない。よくわからない。
「あの、体調が悪いんですか?」
「どこも悪くないですよ」
映画が終わってベッドに入って抱きしめる。それだけ。
啓介が少し勃っている。なんとなく手を伸ばすと止められた。
「駄目ですか?」
「駄目です。でももし片桐さんがどうしてもしたいならいいですよ。嫌なわけではないので」
「私が?」
「そうです。休んでいるだけなので」
よくわからない。なんだか落ち着きません。服の下に啓介の手が伸びて私の肌を撫でる。混乱する。私はどうしたらいいんでしょう。
啓介と目が合う。嫌がってはない、ですよね?
「あの……」
「何でしょう?」
「どうしたらいいでんしょう」
「どうもしなくていいですよ。片桐さんの好きにしてください」
「私の?」
恐る恐る抱きしめる。暖かくていい香りがする。ぽかぽかした日なたみたいな香り。暖かい。啓介がここにいる。隣にいて、抱きしめさせてくれる。好きです、啓介。
それから朝起きてまた仕事をして。
仕事をする時間は落ち着く。やるべきことが明確で、それを啓介と共有して、相談して、書類を作って、顧客と話して。
でも家に帰ると混乱する。
「今日はどうしましょうか」
「どう……」
「昨日と一昨日で気に入ったことはありますか?」
「あの……」
どう答えるのがいいんだろう。昨日は映画で、一昨日はオセロで。
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