15 / 44
5.薬なしの絶望的なセックスと、その後に訪れた温かい朝食。
触れているのに遠い。何か、果てしなく遠く隔たれている。
しおりを挟む
絶望的に悲しかった。
俺と片桐さんが一方通行なのがわかってしまった。少なくとも俺が考えていた恋人とは違う。どちらかと言うと風俗に近いようなイメージを抱く。よくわからない。
片桐さんは俺をとても愛してくれている。それはよくわかる。でもその愛って一方的だ。でも昨日は片桐さんもいつもより興奮してくれていたように思った。俺を求めてくれたような。はじめてセックスの最中に心が少し繋がった気がしてとても嬉しかった。けど、片桐さんは躊躇いなく途中でやめてしまった。
俺は片桐さんにも気持ちよくなって欲しいんだけど。俺じゃなくて片桐さんもしたいようにして欲しいんだけど。愛し合うというか、そういう感じでしたい。俺を気持ちよくするための作業みたいにするんじゃなくて、俺としたいと思って欲しい。そうじゃないなら俺は別に、したいわけでは……。俺は片桐さんに俺を求めて欲しくて。昨日たった一度だけ、少しだけいつもと違って片桐さんは乱暴に俺を突き上げた。初めて片桐さんが小さく喘いだのを聞いた気がする。なんだか無性に嬉しかった。俺を求めてくれたみたいで。
でも、その1回だけだった。
嬉しいとはいえない。そういう風にして欲しいと言ってしまえば、それは片桐さんの中で遠ざかって心が切り離された作業になってしまう。でも昨日のように、片桐さんがしたいようにしてほしい。
これは両片思いという状態なんだろうか。体を重ねているのに。
行為を特定してお願いすれば多分、そうしてくれるだろう。でもそれはいつもと同じレベルの『お願い』に成り下がってしまう。『そういうプレイがしたいんですね』。そうじゃなくて。そうじゃない。違う。それは耐え難い。なんて言っていいのかわからない。『俺が中で出されるのが好きだから中で出す』プレイをすることにする。それは嫌だ、絶対。嫌だ。片桐さんの中で行為がそう定義づけられてしまうと多分もう戻れない。
そうじゃなくて。片桐さんに求められたい。
何かうまくいかない。
目の前に片桐さんの寝顔がある。愛しい。眼鏡を外した奇麗な寝顔。大好き。唇に触れる程度のキスをした。
『朝まで隣で寝たいです』『わかりました』
これも『プレイ』としてしたいことじゃなかった。片桐さんに朝まで隣で寝たいと思ってほしかったのに、俺が喜ぶから『プレイとして朝までそばにいる』。なんて空虚な関係だろう。プレイ。演技。芝居。添い寝する役割、添い寝される役割。そういうものだから、そうする。
酷く、空虚だ。
一度そうなってしまうと行為に『俺が喜ぶ』という意味しかなくなって、片桐さんの心はすっかり消えて無くなってしまう。唇が振れるほど近いのにその心はとても遠い。
抱かれる役割として、俺は抱かれ続ける。抱かれる側であることはもういい。むしろ抱く側にまわりたくない。『抱く役割』。俺は俺が気持ち良くなるために、片桐さんを抱いて、役割として片桐さんが抱かれる。喘いで欲しいといえば喘いでくれるだろうな。きっと何でも俺のいう通りに。
でもそれは『俺が喜ぶ』から。
それは絶望的な、関係。自分のために自分の欲望を吐き出す。俺が満足するように片桐さんが振る舞う。それは凍りつくような一人芝居。まだ、抱かれる方がまし。片桐さんがいろいろ考えて積極的に俺を気持ち良くしてくれる。そのほうが、まだ、俺の方を見てくれている気がして。少しまし。片桐さんが俺を抱きたいと思ってくれているのは多分間違い無くて、その気持ちがもらえているようで。
でも薬。薬か。もうあきらめて、この関係でもいい気もしてきた。毎晩愛されて、意識を飛ばして、朝起きたら一緒に仕事をして。その中で小さなお願いごとというやりとりをして。きっとそれが片桐さんが求める形なのかもしれない。それで片桐さんが満足するのであれば。
薬がないと、駄目だった。薬は俺の体を抑制していたことに気がついた。薬なしはとても気持ちよかった。気持ち良すぎた。動いて、抱きしめることができてしまうと、俺の体がもっと欲しい欲しいと我慢ができなくなってしまう。動けるものだから積極的に気持ちいいところに当たるように自分で腰を振って、求めて、よがって、はしたなく欲しがって。片桐さんが反応してくれたのは、嬉しかったんだけど。好きな人に求められる、それはたまらなく嬉しかった。
俺の体はこの『抱かれる役割』にすっかり慣れてしまっている。その役割にいることに喜んですっかり満足していて、犬が尻尾を振るように片桐さんを求めた。
でも俺は快楽を得たかったのではなくて、片桐さんと普通に触れ合いたかっただけなんだ。なのにまるで逆効果。感じてしまってはいけなかったんだ。ああ。
多分、片桐さんは俺から何かを受け取るつもりがない。一方的に俺に与えるだけ。片桐さんが欲しいものはないのかな。俺にして欲しいことはないのかな。小さなことでもなんでもいい。
好きです。片桐さん。
好きなのに、とても遠い。どうして?
◇◇◇
上がってきた会計書類をざっとチェックして決済印を押す。
月末の今日は外回りはなく、末日決済になる書類の確認が主な仕事。昨日の行為のためか体はぐったりと重く、動かなくていいことに少しホッとしている。ペタペタ判子を押す腕が少し重たい。
山が一つ片付くと新しい山が運ばれてくる。すでに片桐さんが目を通しているから基本的にはそのまま判子を押すのでも問題ないけど、一応ざっとは全て目を通すようにしている。これは片桐さんと付き合うようになってから注意するようになったこと。
あまりに片桐さんに頼りすぎていることに気がついたから。
そうするようになって以降は注意すべき点やわかりにくい細かいポイントとかに付箋が貼られるようになった。
片桐さんをみると目があって、にこりと優しく微笑まれた。
「何かわからないところはありますか?」
「今のところ大丈夫です」
前はもっとずっと依存していた。色々考えた結果、多分俺が頼りなさすぎるんだと思った。だから、対等な関係になれないんじゃないか。
それはそうだと思ったし、できることはなるべく自分でやるように心がけた。そもそも俺の継いだ会社だ。いきなり全部は無理だけど、なるべく会社の重要な部分に目が届くように。そうすると社員の姿も見えてきた。これまではいっぱいいっぱいで片桐さんに任せきりで。
これまではそんな俺をみんなが支えてくれた。けど、本来は俺が会社を支えないといけない。俺が屋台骨で、親父がやっていたようにこの会社は大丈夫なんだとみんなに示して安心してもらえるように。
普段は外出することが多いけど、社内にいる時はなるべく休憩室や食堂で過ごすようにした。最初は少し遠巻きにされていたけど、今はいると誰がしかが話しかけてくれる。俺も気軽に話しかけられる人、というのができた。
そんな時、片桐さんはいつのまにか席を外していた。仕事上、俺の人脈を深めるにはその方が都合がいい。それはわかってるんだけど。なにか少し寂しい。やっぱり俺との関係は仕事上にしかないようで。
家に帰れば少し抱き合って話をする『プレイ』をして、そのあと抱かれて朝が来る。その行為はその行為で特別な物ではあるのだけど、俺が望んでいる関係とは少し違う。でも片桐さんにとってはこの関係が望ましいのかな。それならそれで、片桐さんが望むのならばそれでいいような気もすでに少ししている。片桐さんが本当にこれを望んでいるのなら。片桐さんがこうしたいなら。
でも多分、これは俺の感覚に過ぎないけど、多分違う。それで満足しているにしては、何かやけに片桐さんが不安定なように感じる。行為が終わった後にとても不安そうに抱きしめられる。何故? 片桐さんはこうしたいんじゃないの?
わからない。何かおかしい。
俺は片桐さんを幸せにしたい。何か方法はないのかな。俺は片桐さんに求められたい。前に他の人と付き合った時にはそんなことをわざわざあんまり考えたことがなかったけど、なにか酷く難しい。
距離が縮まらない。肌を重ねていても、月のように遠い。
遠くから俺に月の光が降り注いでいる、そんな関係。
俺と片桐さんが一方通行なのがわかってしまった。少なくとも俺が考えていた恋人とは違う。どちらかと言うと風俗に近いようなイメージを抱く。よくわからない。
片桐さんは俺をとても愛してくれている。それはよくわかる。でもその愛って一方的だ。でも昨日は片桐さんもいつもより興奮してくれていたように思った。俺を求めてくれたような。はじめてセックスの最中に心が少し繋がった気がしてとても嬉しかった。けど、片桐さんは躊躇いなく途中でやめてしまった。
俺は片桐さんにも気持ちよくなって欲しいんだけど。俺じゃなくて片桐さんもしたいようにして欲しいんだけど。愛し合うというか、そういう感じでしたい。俺を気持ちよくするための作業みたいにするんじゃなくて、俺としたいと思って欲しい。そうじゃないなら俺は別に、したいわけでは……。俺は片桐さんに俺を求めて欲しくて。昨日たった一度だけ、少しだけいつもと違って片桐さんは乱暴に俺を突き上げた。初めて片桐さんが小さく喘いだのを聞いた気がする。なんだか無性に嬉しかった。俺を求めてくれたみたいで。
でも、その1回だけだった。
嬉しいとはいえない。そういう風にして欲しいと言ってしまえば、それは片桐さんの中で遠ざかって心が切り離された作業になってしまう。でも昨日のように、片桐さんがしたいようにしてほしい。
これは両片思いという状態なんだろうか。体を重ねているのに。
行為を特定してお願いすれば多分、そうしてくれるだろう。でもそれはいつもと同じレベルの『お願い』に成り下がってしまう。『そういうプレイがしたいんですね』。そうじゃなくて。そうじゃない。違う。それは耐え難い。なんて言っていいのかわからない。『俺が中で出されるのが好きだから中で出す』プレイをすることにする。それは嫌だ、絶対。嫌だ。片桐さんの中で行為がそう定義づけられてしまうと多分もう戻れない。
そうじゃなくて。片桐さんに求められたい。
何かうまくいかない。
目の前に片桐さんの寝顔がある。愛しい。眼鏡を外した奇麗な寝顔。大好き。唇に触れる程度のキスをした。
『朝まで隣で寝たいです』『わかりました』
これも『プレイ』としてしたいことじゃなかった。片桐さんに朝まで隣で寝たいと思ってほしかったのに、俺が喜ぶから『プレイとして朝までそばにいる』。なんて空虚な関係だろう。プレイ。演技。芝居。添い寝する役割、添い寝される役割。そういうものだから、そうする。
酷く、空虚だ。
一度そうなってしまうと行為に『俺が喜ぶ』という意味しかなくなって、片桐さんの心はすっかり消えて無くなってしまう。唇が振れるほど近いのにその心はとても遠い。
抱かれる役割として、俺は抱かれ続ける。抱かれる側であることはもういい。むしろ抱く側にまわりたくない。『抱く役割』。俺は俺が気持ち良くなるために、片桐さんを抱いて、役割として片桐さんが抱かれる。喘いで欲しいといえば喘いでくれるだろうな。きっと何でも俺のいう通りに。
でもそれは『俺が喜ぶ』から。
それは絶望的な、関係。自分のために自分の欲望を吐き出す。俺が満足するように片桐さんが振る舞う。それは凍りつくような一人芝居。まだ、抱かれる方がまし。片桐さんがいろいろ考えて積極的に俺を気持ち良くしてくれる。そのほうが、まだ、俺の方を見てくれている気がして。少しまし。片桐さんが俺を抱きたいと思ってくれているのは多分間違い無くて、その気持ちがもらえているようで。
でも薬。薬か。もうあきらめて、この関係でもいい気もしてきた。毎晩愛されて、意識を飛ばして、朝起きたら一緒に仕事をして。その中で小さなお願いごとというやりとりをして。きっとそれが片桐さんが求める形なのかもしれない。それで片桐さんが満足するのであれば。
薬がないと、駄目だった。薬は俺の体を抑制していたことに気がついた。薬なしはとても気持ちよかった。気持ち良すぎた。動いて、抱きしめることができてしまうと、俺の体がもっと欲しい欲しいと我慢ができなくなってしまう。動けるものだから積極的に気持ちいいところに当たるように自分で腰を振って、求めて、よがって、はしたなく欲しがって。片桐さんが反応してくれたのは、嬉しかったんだけど。好きな人に求められる、それはたまらなく嬉しかった。
俺の体はこの『抱かれる役割』にすっかり慣れてしまっている。その役割にいることに喜んですっかり満足していて、犬が尻尾を振るように片桐さんを求めた。
でも俺は快楽を得たかったのではなくて、片桐さんと普通に触れ合いたかっただけなんだ。なのにまるで逆効果。感じてしまってはいけなかったんだ。ああ。
多分、片桐さんは俺から何かを受け取るつもりがない。一方的に俺に与えるだけ。片桐さんが欲しいものはないのかな。俺にして欲しいことはないのかな。小さなことでもなんでもいい。
好きです。片桐さん。
好きなのに、とても遠い。どうして?
◇◇◇
上がってきた会計書類をざっとチェックして決済印を押す。
月末の今日は外回りはなく、末日決済になる書類の確認が主な仕事。昨日の行為のためか体はぐったりと重く、動かなくていいことに少しホッとしている。ペタペタ判子を押す腕が少し重たい。
山が一つ片付くと新しい山が運ばれてくる。すでに片桐さんが目を通しているから基本的にはそのまま判子を押すのでも問題ないけど、一応ざっとは全て目を通すようにしている。これは片桐さんと付き合うようになってから注意するようになったこと。
あまりに片桐さんに頼りすぎていることに気がついたから。
そうするようになって以降は注意すべき点やわかりにくい細かいポイントとかに付箋が貼られるようになった。
片桐さんをみると目があって、にこりと優しく微笑まれた。
「何かわからないところはありますか?」
「今のところ大丈夫です」
前はもっとずっと依存していた。色々考えた結果、多分俺が頼りなさすぎるんだと思った。だから、対等な関係になれないんじゃないか。
それはそうだと思ったし、できることはなるべく自分でやるように心がけた。そもそも俺の継いだ会社だ。いきなり全部は無理だけど、なるべく会社の重要な部分に目が届くように。そうすると社員の姿も見えてきた。これまではいっぱいいっぱいで片桐さんに任せきりで。
これまではそんな俺をみんなが支えてくれた。けど、本来は俺が会社を支えないといけない。俺が屋台骨で、親父がやっていたようにこの会社は大丈夫なんだとみんなに示して安心してもらえるように。
普段は外出することが多いけど、社内にいる時はなるべく休憩室や食堂で過ごすようにした。最初は少し遠巻きにされていたけど、今はいると誰がしかが話しかけてくれる。俺も気軽に話しかけられる人、というのができた。
そんな時、片桐さんはいつのまにか席を外していた。仕事上、俺の人脈を深めるにはその方が都合がいい。それはわかってるんだけど。なにか少し寂しい。やっぱり俺との関係は仕事上にしかないようで。
家に帰れば少し抱き合って話をする『プレイ』をして、そのあと抱かれて朝が来る。その行為はその行為で特別な物ではあるのだけど、俺が望んでいる関係とは少し違う。でも片桐さんにとってはこの関係が望ましいのかな。それならそれで、片桐さんが望むのならばそれでいいような気もすでに少ししている。片桐さんが本当にこれを望んでいるのなら。片桐さんがこうしたいなら。
でも多分、これは俺の感覚に過ぎないけど、多分違う。それで満足しているにしては、何かやけに片桐さんが不安定なように感じる。行為が終わった後にとても不安そうに抱きしめられる。何故? 片桐さんはこうしたいんじゃないの?
わからない。何かおかしい。
俺は片桐さんを幸せにしたい。何か方法はないのかな。俺は片桐さんに求められたい。前に他の人と付き合った時にはそんなことをわざわざあんまり考えたことがなかったけど、なにか酷く難しい。
距離が縮まらない。肌を重ねていても、月のように遠い。
遠くから俺に月の光が降り注いでいる、そんな関係。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる