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4.体を重ねるほど、遠く感じるのは何故だろう。
ただ話をしたい、それがなんだかとても難しい。
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本当は薬なんかないのがいい。
どちらかが動けないというのは悲しくて。でも片桐さんが動けると多分愛されてしまう。それはそれで半端ないほど気持ちいいんだけど一方的で、抱かれれば抱かれるほど心がバラバラになって何かますます距離が遠ざかるような、そんな気がする。
だって片桐さんは行為の時に俺が気持ちいいかどうかしか聞かないから。俺も気持ちいいしか答えられなくなる。俺と片桐さんの間には仕事以外は好きという言葉と俺が気持ちいいかどうかしかない。
「ただ、一緒に、2人だけでいる時間をください」
「そうですか?」
その夜、片桐さんが薬を飲んだ。
ホッと息をつく。これで今日は抱かれなくていい。
ベッドに倒れる片桐さんを抱きしめる。暖かくて気持ちいい。でも抱き返されたりはしない。少し寂しい。片桐さんはそんな俺を毎晩抱いている。
それは、楽しいのかな。
片桐さんが俺を好きなのはとても感じるのだけど、ただ抱きしめられたかったり触れ合ったり、そういう行為を嬉しく思ったりはしないのだろうか。この前、今日はセックスなしでどうか、と尋ねた時、ひどく悲しそうな顔をした。片桐さんがよくわからない。したいにしては、片桐さんは気持ちよさそうにも見えない。
片桐さんの手のひらに触れる。暖かい。
持ち上げて、頬に当てる。
普通に、くっついていたい。
「啓介?」
「あの、片桐さんは俺にして欲しいことはありますか?」
「ふふ、いつもと逆ですね。キスしてください」
片桐さんがいつもするように唇を優しく舐めてから舌を差し入れて絡ませる。それから片桐さんの頭を抱き寄せる。そうすると片桐さんの舌が首筋を這う。違う、体を求めたいんじゃなくて。
「俺は片桐さんの心が欲しいんです」
「心?」
「そう」
「私の心は啓介で占められています」
どう言ったらいいのかな。今日はただ、話をして、くっついて眠りたい。片桐さんの胸に頬をつける。柔らかいシャツの感触。でも、そのシャツの下はざらざらしている。
頭を撫でてほしい。抱きしめ合いたい。そういうやりとりがしたい。セックス抜きで。本当に。でも片桐さんは動かない。
「啓介?」
「こういう、ただくっつくだけというのがしたかった」
「そう、ですか」
「片桐さんはこれからどうしたいとかありますか?」
「これから? 啓介と一緒にいたいです」
「それはとても嬉しいんだけど」
「駄目ですか?」
「駄目じゃなくて、もう少し、具体的な小さな目標というか」
そう。俺は一方的に愛されていて。
片桐さんも俺に愛されて欲しい。できれば双方向で。
それは変な感覚なんだろうか。
この硬そうな心の壁を貫通して、俺に愛されて欲しい。
俺は片桐さんと気持ちいいことがしたいわけじゃなくて、いや気持ちいいことをしたいかと言えばしたいんだけど、片桐さんに俺が片桐さんを好きだということを伝えたい。そうだ、一方通行。俺の気持ちは伝わってない、弾き返されている、感じ。
片桐さんは俺に何も求めてないように思えて寂しい。
「少しもどかしいです」
「慣れてください」
「そういうプレイですか?」
「……そう」
片桐さんからほっとしたような息が漏れる。
片桐さんから感じる不安定さ。
「安心した?」
「安心しては駄目ですか?」
「よくわかりません」
「そう、ですか」
やはり少し戸惑ったような表情。額にキスをする。
ただくっついて、言葉を交換する。
できれば一方的じゃなくて、お互いに少しずつ意味をつけたし合いながら。
「片桐さんは俺のどこが1番好き? 全部じゃなくて」
「全部じゃなくて?」
「そう」
「全部としか言えません」
「そっか」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないです。でも俺は全部という感覚とは少し違って、片桐さんの好きなところがたくさんあって」
「そうですか?」
「例えば優しいところ、仕事が早くて何でも知っていてすごいこと、あと姿勢がすらっとしてて奇麗なこと、他にもたくさん」
「そうですか?」
「そうです、好きです、片桐さん」
「私も啓介が好きです」
頬と頬をくっつける。暖かい。
片桐さんが首を動かして俺の頬を舐めたから、キスをした。片桐さんの舌は俺の中を舐めるようで、やっぱり少しエロい感じがした。今はエロくなくていいのに。
「こうやって話をするのが好きなんです。話に中身があってもなくても」
「そう、ですか」
「片桐さんは嫌ですか?」
「嫌ではないですが、話は日中もたくさんしているので」
「それは全部仕事の話でしょう?」
「そうですね」
「仕事以外の話がしたいんです」
「仕事、以外」
片桐さんは難しい顔をする。
今、俺と片桐さんの間には仕事の話しかないからうまくいかないんだろうか。
他の話。
でも片桐さんは自分の話をしたくない。
「……じゃあ俺の話を聞いててください」
「わかりました」
◇◇◇
仕事以外の話を聞いた。
啓介の大学の時の話とか、高校の時の話とか、中学の時の話まで聞いて、啓介は寝てしまった。いつも見る寝顔と少し違うような。
布団をかけたいけど動けない。
23時。もうすぐ動けるようになる。啓介が風邪をひかないといいのだけど。
私の話もしましょうか、と聞いたけど、話したくないならいいですと言われた。話したくないというよりは、話すことがない。啓介を楽しませるような話題がない。話では、私は啓介を幸せにできない。
でも色々聞く啓介の話の中の啓介は楽しそうだった。
よかった、啓介が幸せで。
私が知っていた『啓介の全部』が少し増えた。
愛しい。胸の上で寝息を立てる啓介の重さが気持ちいい。抱きしめたいけど、体が動かない。
……抱きしめたい。
啓介もそうだったんでしょうか。抱きしめることは啓介にとって気持ちいいことなんですね?
もう少し、薬を飲んでもらう前にお互いに抱き合う時間を作りましょうか。啓介はそれが好きなんですよね。
……お互いに。そういえば私はこれまでそういうことはあまり考えていなかったような気がします。気がつかなくてごめんなさい。
手指の先がピクリと動いた。
体が少しづつ機能を取り戻していく。啓介に布団を……。腕を少し伸ばしたら、胸の上で寝ている啓介が、ううん、と呻いた。かわいい。大好きです。
だいぶん動きを取り戻した腕でなんとか布団を引っ張って私の上の啓介に被せる。柔らかい髪の毛を撫でる。いつもと少し違う香り。体を交えた後とは少し違うふわふわした香りがした。啓介の好きなところがまた増えた。
暖かい。
いつまでも眺めていたい。
いなくならないで。
どうか。
どちらかが動けないというのは悲しくて。でも片桐さんが動けると多分愛されてしまう。それはそれで半端ないほど気持ちいいんだけど一方的で、抱かれれば抱かれるほど心がバラバラになって何かますます距離が遠ざかるような、そんな気がする。
だって片桐さんは行為の時に俺が気持ちいいかどうかしか聞かないから。俺も気持ちいいしか答えられなくなる。俺と片桐さんの間には仕事以外は好きという言葉と俺が気持ちいいかどうかしかない。
「ただ、一緒に、2人だけでいる時間をください」
「そうですか?」
その夜、片桐さんが薬を飲んだ。
ホッと息をつく。これで今日は抱かれなくていい。
ベッドに倒れる片桐さんを抱きしめる。暖かくて気持ちいい。でも抱き返されたりはしない。少し寂しい。片桐さんはそんな俺を毎晩抱いている。
それは、楽しいのかな。
片桐さんが俺を好きなのはとても感じるのだけど、ただ抱きしめられたかったり触れ合ったり、そういう行為を嬉しく思ったりはしないのだろうか。この前、今日はセックスなしでどうか、と尋ねた時、ひどく悲しそうな顔をした。片桐さんがよくわからない。したいにしては、片桐さんは気持ちよさそうにも見えない。
片桐さんの手のひらに触れる。暖かい。
持ち上げて、頬に当てる。
普通に、くっついていたい。
「啓介?」
「あの、片桐さんは俺にして欲しいことはありますか?」
「ふふ、いつもと逆ですね。キスしてください」
片桐さんがいつもするように唇を優しく舐めてから舌を差し入れて絡ませる。それから片桐さんの頭を抱き寄せる。そうすると片桐さんの舌が首筋を這う。違う、体を求めたいんじゃなくて。
「俺は片桐さんの心が欲しいんです」
「心?」
「そう」
「私の心は啓介で占められています」
どう言ったらいいのかな。今日はただ、話をして、くっついて眠りたい。片桐さんの胸に頬をつける。柔らかいシャツの感触。でも、そのシャツの下はざらざらしている。
頭を撫でてほしい。抱きしめ合いたい。そういうやりとりがしたい。セックス抜きで。本当に。でも片桐さんは動かない。
「啓介?」
「こういう、ただくっつくだけというのがしたかった」
「そう、ですか」
「片桐さんはこれからどうしたいとかありますか?」
「これから? 啓介と一緒にいたいです」
「それはとても嬉しいんだけど」
「駄目ですか?」
「駄目じゃなくて、もう少し、具体的な小さな目標というか」
そう。俺は一方的に愛されていて。
片桐さんも俺に愛されて欲しい。できれば双方向で。
それは変な感覚なんだろうか。
この硬そうな心の壁を貫通して、俺に愛されて欲しい。
俺は片桐さんと気持ちいいことがしたいわけじゃなくて、いや気持ちいいことをしたいかと言えばしたいんだけど、片桐さんに俺が片桐さんを好きだということを伝えたい。そうだ、一方通行。俺の気持ちは伝わってない、弾き返されている、感じ。
片桐さんは俺に何も求めてないように思えて寂しい。
「少しもどかしいです」
「慣れてください」
「そういうプレイですか?」
「……そう」
片桐さんからほっとしたような息が漏れる。
片桐さんから感じる不安定さ。
「安心した?」
「安心しては駄目ですか?」
「よくわかりません」
「そう、ですか」
やはり少し戸惑ったような表情。額にキスをする。
ただくっついて、言葉を交換する。
できれば一方的じゃなくて、お互いに少しずつ意味をつけたし合いながら。
「片桐さんは俺のどこが1番好き? 全部じゃなくて」
「全部じゃなくて?」
「そう」
「全部としか言えません」
「そっか」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないです。でも俺は全部という感覚とは少し違って、片桐さんの好きなところがたくさんあって」
「そうですか?」
「例えば優しいところ、仕事が早くて何でも知っていてすごいこと、あと姿勢がすらっとしてて奇麗なこと、他にもたくさん」
「そうですか?」
「そうです、好きです、片桐さん」
「私も啓介が好きです」
頬と頬をくっつける。暖かい。
片桐さんが首を動かして俺の頬を舐めたから、キスをした。片桐さんの舌は俺の中を舐めるようで、やっぱり少しエロい感じがした。今はエロくなくていいのに。
「こうやって話をするのが好きなんです。話に中身があってもなくても」
「そう、ですか」
「片桐さんは嫌ですか?」
「嫌ではないですが、話は日中もたくさんしているので」
「それは全部仕事の話でしょう?」
「そうですね」
「仕事以外の話がしたいんです」
「仕事、以外」
片桐さんは難しい顔をする。
今、俺と片桐さんの間には仕事の話しかないからうまくいかないんだろうか。
他の話。
でも片桐さんは自分の話をしたくない。
「……じゃあ俺の話を聞いててください」
「わかりました」
◇◇◇
仕事以外の話を聞いた。
啓介の大学の時の話とか、高校の時の話とか、中学の時の話まで聞いて、啓介は寝てしまった。いつも見る寝顔と少し違うような。
布団をかけたいけど動けない。
23時。もうすぐ動けるようになる。啓介が風邪をひかないといいのだけど。
私の話もしましょうか、と聞いたけど、話したくないならいいですと言われた。話したくないというよりは、話すことがない。啓介を楽しませるような話題がない。話では、私は啓介を幸せにできない。
でも色々聞く啓介の話の中の啓介は楽しそうだった。
よかった、啓介が幸せで。
私が知っていた『啓介の全部』が少し増えた。
愛しい。胸の上で寝息を立てる啓介の重さが気持ちいい。抱きしめたいけど、体が動かない。
……抱きしめたい。
啓介もそうだったんでしょうか。抱きしめることは啓介にとって気持ちいいことなんですね?
もう少し、薬を飲んでもらう前にお互いに抱き合う時間を作りましょうか。啓介はそれが好きなんですよね。
……お互いに。そういえば私はこれまでそういうことはあまり考えていなかったような気がします。気がつかなくてごめんなさい。
手指の先がピクリと動いた。
体が少しづつ機能を取り戻していく。啓介に布団を……。腕を少し伸ばしたら、胸の上で寝ている啓介が、ううん、と呻いた。かわいい。大好きです。
だいぶん動きを取り戻した腕でなんとか布団を引っ張って私の上の啓介に被せる。柔らかい髪の毛を撫でる。いつもと少し違う香り。体を交えた後とは少し違うふわふわした香りがした。啓介の好きなところがまた増えた。
暖かい。
いつまでも眺めていたい。
いなくならないで。
どうか。
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