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3.片桐さんは何かおかしいのじゃないか、とふと思った。
なんだかよくわからないこの関係は、すれ違っているのかな。
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私は啓介が好きだった。
これまでの私にとって世界はずっとモノクロで、全てがどうでもよかった。
西園寺商会に入ったのは前社長と縁があったから。前社長には拾って頂いた恩がある。縁。素敵な縁。そこで啓介と出会えた。会社では秘書の仕事をした。秘書の仕事は性にあっていた。
毎日淡々と業務を最適化して、無駄を省き、筋道を組み立てる。
私のモノクロの世界で啓介は最初、他のものと同じようにモノクロだった。
前社長から不詳の息子だが面倒を見てやってくれ、と言われて啓介を紹介された。初めて会った啓介は少し緊張しながら『よろしくお願いします』と頭を下げた。私より6歳若い。新卒らしい。私が面倒を見るのか。そんな仕事は初めてで、どうしたらいいのか戸惑った。
西園寺商会は医療商社だ。
普通の商社と違って取得しなければならない知識は山のように多い。どういう許認可を受けて販売しているのか。取引先の業種と取り扱える商材の種類。特に正しい商材の取扱方法は必須。注意すべき点も山のよう。
啓介は飲み込みが早くて、製薬や化学の分野は少し苦手なようだったけど、機材や工学の分野はとても覚えが早かった。機械類が好きなのかもしれない。
歳の近い人物というのはこれまで私の周りにほとんどいなかった。弟くらいだろうか。
私は大きな怪我をして、そのせいで入院も長かったし今もまだ傷の修復を続けている。色々な要因で学校へはほとんど行っていない。
だから、正直なところこの『同年代の人物』とどう接していいかよくわからなかった。手探りで、今から思うと、これが『腫れ物に接する』というものだったのかもしれない。
前社長が亡くなった。
突然のことだった。会社の業務は幅広くて専門分野は多い。啓介の5年程度の経験ではカバーできない。前社長も長年かけて培ってきたものだったから。啓介は生まれたばかりの小鳥が親を頼るように私を頼った。どうしたらいいか、私に尋ねた。全面的に私を頼ってよりかかってくる。
なんだかかわいい。私が守ってあげましょう。一緒に頑張ってなんとかしましょうね。
私は啓介のために予定をたてて、啓介のために会社をまわした。
そんな中で、いつしか啓介は私のモノクロの世界で唯一色を持つようになっていた。
何かを愛おしいと思うのは初めてだったかもしれない。暖かい。守ってあげたい。そう思った。いつか独り立ちできるようになるまで見守りたい。
啓介が一番いいように、一番すごしやすいよう、いろいろなものを組み立てた。この場合はこうすればよいでしょう。次はこうしましょうね。
私にとって啓介のような存在は初めてで、正直なところどうしていいのかよくわからなかった。
だから大切にしようと思った。啓介のためになんでもしてあげようと思った。
愛おしい。そう思っていた。
まるで籠の中で大切に小鳥を飼うように大事にしたつもりだった。
愛しくて、触れて抱きしめたいと淡く思った。こんなことも初めてだ。
そんな感情を持ちながら毎日過ごしていた。
愛しい。
その愛しいという意味、それが何を意味していたかに気がついたのはクリスマスだ。
その日も啓介と一緒に会社で遅くまで仕事をしていた。
「好きです」
その言葉が唐突に降ってきた。
それで私も気がついた。このぼんやりとした愛しいという感情は好きという意味だということに。
これまで、というかそもそも人にこんな感情を懐いたことなんてなかった。
これまで出会った人はみんなモノクロのままで、こんな気持ちになることはなかった。
全然考えてもいなかった。それに恋愛というのは男女に発生するものだと思っていたし。
ああ、性別か。性別なんて別にどうだっていい。そもそも私の中には啓介しかいない。啓介さえいれば。
私は啓介が好きだ。この人が愛おしい。
私のものだ。今でも私の籠の中にいるけれど、そのすべてを手に入れたい。好き。その髪の毛の一本も、汗の一雫も全て。もうここから出ていって欲しくない。ずっと私の手の中にいて欲しい。でも、それは多分無理なこと。そのうちこの籠が要らなくなるほど強くなれば、飛び立ってしまう。それもわかっていた。
私はこの美しい鳥ではなく醜い籠だ。だからせめて、最後の時間をなるべく遠ざけたかった。私を嫌わないで。
ふと、後悔した。
自分が色々なことに無頓着だったことに。私は体に絵を描いている。この体の傷を隠すために。勧められた通りやはり夕焼けとか、無難な風景にしておいた方が良かったのかな。これでは嫌われてしまうだろうか。
まさかこんなに『好き』な人ができるとは思わなかったから。
◇◇◇
久しぶりに片桐さんと長々とキスをして抱き合った。
たまにはこんな日もいいんじゃないかな。抱き合ったままベットに転がって片桐さんを抱き寄せる。暖かくてとても気持ちいい。なんとなく、片桐さんは基礎体温が高いような。暖かい。
でもいつのまにか片桐さんが俺に腕枕をしていて、いつのまにか抱きしめられて頭を優しく撫でられている。片桐さんの涼やかな香りがする。片桐さんの首元に頭をこすりつける。好きです。
「たまにはこういう日もいいんじゃないでしょうか」
セックスをしなくても。
恐る恐る尋ねると片桐さんは少し考えて、俺の腰を引き寄せて喉もとにキスをした。ふれる髪が柔らかくてくすぐったい。そう思っているとまたぷちぷちとボタンが外される。そうではなくて。静かに抱き合っている時間も欲しくて。
恋人みたいに。
「あの、一緒にくっついて寝るだけなのもたまに」
「ダメですか?」
「ダメじゃないんですが、あの、たまには、普通にくっつくだけとか」
「くっつきましょう?」
「あの、なんていうか、アレは、俺が俺じゃなくなるような気がして」
「変な啓介ですね。全部啓介でしょう?」
「まぁ、それはそうなのですが、なんていうか」
駄目だ。なんだか話が通じない。
また、愛される。怖い。
体が次第に違和感に慣れていく。少しずつ大きな器具を飲み込むようになってきてしまった。もう痛くもない。それどころか……気持ちいい。多分もうすぐ片桐さんのが入るようになる。それは今日かもしれなくて。片桐さんが俺に入る。体が器具を飲み込むようになってからも、その事実は何だか妙に非現実的だった。
片桐さんを受け入れてしまったらこの関係が固定されてしまうよう気がする。
だいたいの場合、繋がることは最終目標だろう? でもこんなよくわからない関係で固定するのは何か嫌だ。今のどこか一方的な関係は何だか嫌。この関係は俺の頭の中の恋人像とは少し違う。俺は片桐さんと恋人になりたい。
このままじゃ、だめなのかな。
この、踏みとどまった、なんだかふわふわとした関係のままでは。そのうちそうなるのだとしてももう少し時間を置きたい。
けれども唇の中に薬が押し込まれる。
これまでの私にとって世界はずっとモノクロで、全てがどうでもよかった。
西園寺商会に入ったのは前社長と縁があったから。前社長には拾って頂いた恩がある。縁。素敵な縁。そこで啓介と出会えた。会社では秘書の仕事をした。秘書の仕事は性にあっていた。
毎日淡々と業務を最適化して、無駄を省き、筋道を組み立てる。
私のモノクロの世界で啓介は最初、他のものと同じようにモノクロだった。
前社長から不詳の息子だが面倒を見てやってくれ、と言われて啓介を紹介された。初めて会った啓介は少し緊張しながら『よろしくお願いします』と頭を下げた。私より6歳若い。新卒らしい。私が面倒を見るのか。そんな仕事は初めてで、どうしたらいいのか戸惑った。
西園寺商会は医療商社だ。
普通の商社と違って取得しなければならない知識は山のように多い。どういう許認可を受けて販売しているのか。取引先の業種と取り扱える商材の種類。特に正しい商材の取扱方法は必須。注意すべき点も山のよう。
啓介は飲み込みが早くて、製薬や化学の分野は少し苦手なようだったけど、機材や工学の分野はとても覚えが早かった。機械類が好きなのかもしれない。
歳の近い人物というのはこれまで私の周りにほとんどいなかった。弟くらいだろうか。
私は大きな怪我をして、そのせいで入院も長かったし今もまだ傷の修復を続けている。色々な要因で学校へはほとんど行っていない。
だから、正直なところこの『同年代の人物』とどう接していいかよくわからなかった。手探りで、今から思うと、これが『腫れ物に接する』というものだったのかもしれない。
前社長が亡くなった。
突然のことだった。会社の業務は幅広くて専門分野は多い。啓介の5年程度の経験ではカバーできない。前社長も長年かけて培ってきたものだったから。啓介は生まれたばかりの小鳥が親を頼るように私を頼った。どうしたらいいか、私に尋ねた。全面的に私を頼ってよりかかってくる。
なんだかかわいい。私が守ってあげましょう。一緒に頑張ってなんとかしましょうね。
私は啓介のために予定をたてて、啓介のために会社をまわした。
そんな中で、いつしか啓介は私のモノクロの世界で唯一色を持つようになっていた。
何かを愛おしいと思うのは初めてだったかもしれない。暖かい。守ってあげたい。そう思った。いつか独り立ちできるようになるまで見守りたい。
啓介が一番いいように、一番すごしやすいよう、いろいろなものを組み立てた。この場合はこうすればよいでしょう。次はこうしましょうね。
私にとって啓介のような存在は初めてで、正直なところどうしていいのかよくわからなかった。
だから大切にしようと思った。啓介のためになんでもしてあげようと思った。
愛おしい。そう思っていた。
まるで籠の中で大切に小鳥を飼うように大事にしたつもりだった。
愛しくて、触れて抱きしめたいと淡く思った。こんなことも初めてだ。
そんな感情を持ちながら毎日過ごしていた。
愛しい。
その愛しいという意味、それが何を意味していたかに気がついたのはクリスマスだ。
その日も啓介と一緒に会社で遅くまで仕事をしていた。
「好きです」
その言葉が唐突に降ってきた。
それで私も気がついた。このぼんやりとした愛しいという感情は好きという意味だということに。
これまで、というかそもそも人にこんな感情を懐いたことなんてなかった。
これまで出会った人はみんなモノクロのままで、こんな気持ちになることはなかった。
全然考えてもいなかった。それに恋愛というのは男女に発生するものだと思っていたし。
ああ、性別か。性別なんて別にどうだっていい。そもそも私の中には啓介しかいない。啓介さえいれば。
私は啓介が好きだ。この人が愛おしい。
私のものだ。今でも私の籠の中にいるけれど、そのすべてを手に入れたい。好き。その髪の毛の一本も、汗の一雫も全て。もうここから出ていって欲しくない。ずっと私の手の中にいて欲しい。でも、それは多分無理なこと。そのうちこの籠が要らなくなるほど強くなれば、飛び立ってしまう。それもわかっていた。
私はこの美しい鳥ではなく醜い籠だ。だからせめて、最後の時間をなるべく遠ざけたかった。私を嫌わないで。
ふと、後悔した。
自分が色々なことに無頓着だったことに。私は体に絵を描いている。この体の傷を隠すために。勧められた通りやはり夕焼けとか、無難な風景にしておいた方が良かったのかな。これでは嫌われてしまうだろうか。
まさかこんなに『好き』な人ができるとは思わなかったから。
◇◇◇
久しぶりに片桐さんと長々とキスをして抱き合った。
たまにはこんな日もいいんじゃないかな。抱き合ったままベットに転がって片桐さんを抱き寄せる。暖かくてとても気持ちいい。なんとなく、片桐さんは基礎体温が高いような。暖かい。
でもいつのまにか片桐さんが俺に腕枕をしていて、いつのまにか抱きしめられて頭を優しく撫でられている。片桐さんの涼やかな香りがする。片桐さんの首元に頭をこすりつける。好きです。
「たまにはこういう日もいいんじゃないでしょうか」
セックスをしなくても。
恐る恐る尋ねると片桐さんは少し考えて、俺の腰を引き寄せて喉もとにキスをした。ふれる髪が柔らかくてくすぐったい。そう思っているとまたぷちぷちとボタンが外される。そうではなくて。静かに抱き合っている時間も欲しくて。
恋人みたいに。
「あの、一緒にくっついて寝るだけなのもたまに」
「ダメですか?」
「ダメじゃないんですが、あの、たまには、普通にくっつくだけとか」
「くっつきましょう?」
「あの、なんていうか、アレは、俺が俺じゃなくなるような気がして」
「変な啓介ですね。全部啓介でしょう?」
「まぁ、それはそうなのですが、なんていうか」
駄目だ。なんだか話が通じない。
また、愛される。怖い。
体が次第に違和感に慣れていく。少しずつ大きな器具を飲み込むようになってきてしまった。もう痛くもない。それどころか……気持ちいい。多分もうすぐ片桐さんのが入るようになる。それは今日かもしれなくて。片桐さんが俺に入る。体が器具を飲み込むようになってからも、その事実は何だか妙に非現実的だった。
片桐さんを受け入れてしまったらこの関係が固定されてしまうよう気がする。
だいたいの場合、繋がることは最終目標だろう? でもこんなよくわからない関係で固定するのは何か嫌だ。今のどこか一方的な関係は何だか嫌。この関係は俺の頭の中の恋人像とは少し違う。俺は片桐さんと恋人になりたい。
このままじゃ、だめなのかな。
この、踏みとどまった、なんだかふわふわとした関係のままでは。そのうちそうなるのだとしてももう少し時間を置きたい。
けれども唇の中に薬が押し込まれる。
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