職業が占い師縛りなんて全然聞いていないんですけど!(旧Ver

Tempp

文字の大きさ
上 下
2 / 10

家族会議という名の右往左往

しおりを挟む
 丘の上の教会からとぼとぼと港町に戻る途中。それはまさに地獄へと下るような心持ちだった。
「どうすればよかったっていうのよ!」
「メイ……。とりあえず気をしっかり保つんだ。父さんもものすごく混乱している。一度帰って少し相談しよう。この道を必ず選ばなくてはならないわけでもないはずだ、きっと」
 結局のところ私たちはこの世界では聞いたこともない『辻占い』という職業のインパクトにどうしていいのかよくわからないまま、教会に充満する妙な空気に居たたまれず、本来喜ばしいはずのステータスカードの授受を葬式のような気分で今、逃げ帰っている。
「メイちゃん、どうだった? 料理人かい?」
「それとも給仕?」
「ええと、その。家族でお祝いするからまたあとで!」
 リストランテ・マイヤーズはこの港町で1,2を争うレストランだ。道すがら、常連さんや仕入先のおじちゃん、いろんな人に声をかけられながら大急ぎで家に飛び込み、かんぬきをかけた。お店は臨時休業にしてあるから問題はない。
「メイ、どうだった?」
「母さん……それが」
 実際の所、期待に満ちた母さんの声が一番私にダメージを与えたものだった。

 早速家族会議が開かれた。とはいっても3人しかいないんだけど。
「ねぇメイ。あなた本当は占い師になりたかった……なんてことはないわよ……ね?」
 母さんが混乱しながら私に尋ねる。
 それは多分、私が一番疑問に思っている。一体何故こんなことになったんだろう。
 占いなんて一体どこから沸いて出てきたの。皆目検討がつかなかった。
「あるわけないよ。それに私、占い師なんて会ったことがない……んだから想像がつかないんだけど。えっとどんな仕事なの?」
「占い師か。この街にもいるにはいるが、父さんも母さんも会ったことはないな」
「この街ってどこに?」
「商業組合に専任の占い師がいるんだが……」
 この街は港町だ。
 ルヴェリア王国のちょっと端っこの海際の街、フラルタ。
 爽やかな潮風に青く煌めく海、それからもくもくと水平線から立ち上がる真っ白な雲とライトブルーの空、その天頂から燦々と照りつける日差しを反射する白い低層の建物が海沿いに整然と立ち並ぶ美しい街。毎日たくさんの船が運行している。
 両親に聞く占い師というのは、よい航海を行うのに適する海路、つまり海賊やモンスターの少ない航路を占ってもらったりするもので、験担げんかつぎ的なところが大きいらしい。他に聞くのは例えば領主様がその領地を治めるための方針の参考にするために招聘しょうへいするもの、らしい。いずれにしても私たちの生活からはかけ離れすぎている。
 そしてどうやって占い師が占いをするのかはわからないけれど、やはり師匠について占いを習うそうだ。その内容は秘匿されていてさっぱりわからない。父さんが聞いたところでは占いの際には何らかの呪文を唱えているそうだから、きっと魔法で占っているのだと思う、らしい。
 全て又聞きで、根本的に両親も占いや占い師を見たことがなかった。

「あの、父さん、母さん。私には無理だと思うの。魔法使えないし」
「そう、だよな。けれどもステータスカードに書かれていることが間違い、の、はず、が、ない……よな?」
 通常はそう。そのはず。
「それに辻占いの『辻』っていうのは、何?」
「私も聞いたことがないわねぇ。辻ってことは道端で占う、のかしら。占いを?」
 そもそもこの世界に『辻占い』という職業はなさそうだ。
 私は前世、探偵助手をしていた。
 その前世の私の記憶で辻占いというと、道沿いに机と怪しげな四角いライトをおいて座っている人たちだ。占われたい人がその前の席に座り、占い師が占う。
 この世界に転生してから、私自身も道路で占いをしている人なんて見たことがない。そうすると、辻占いっていうのは何なんだ?
「普通はもう少し大雑把な内容なんだけどなぁ」
「そうなの?」
「ああ。父さんは料理人、漁師、それから船乗り、商人が出た」
「母さんは、商人、給仕人、教師、ええとそれから……詩人」
「え、詩人? 母さん詩を作れるの?」
 母さんは照れたようにうつむく。
「その、若い頃は好きだったの。けれども一番最後でしょう? だからうまくいっても大成したりはしないわ」
 適職というものは、適する順に記載されるらしい。
「母さんは商売の伝手もなかったから給仕の仕事をして、父さんに会ったの。普通はこんな感じで、大雑把に示されてるものよ」
「適職にはこれまでの生活や環境なんかも影響されるんだ。父さんはこの料理店を爺さんから引継いだ。だから一番に料理人があって、それから友達に漁師や船乗りが多いからきっとそれが出て、商売柄繋がるから商人が出たんだ。こういう職業ならついても上手くいくから」
 そして父さんの料理人も母さんの給仕人も、とても上手く行っている。
 このリストランテ・マイヤースは、十人ほどの従業員を雇うそれなりの規模のお店だ。
 港町ならではの新鮮な海の幸を豪快にグリルしたり、たくさんのハーブと一緒に繊細に煮込んだり、父さんの料理したそのカラフルなお味は、娘の私からしても贔屓目なしで美味しかった。この港町で1,2を争うと言い切れる自信がある。だから父さんが一番最初に出た料理人を選んだのは、最も正しかったんだろう。

 私は再び手の中の小さな名刺大のカードを再び見つめる。
 そこには『辻占い』以外に何もかかれていなかった。透かしても温めても文字は浮かび上がりそうにない。
「それにな、普通は例えば海鮮料理人とか雑貨商人とか、そんな指定があることも見たことがない。だから『占い師』なら『占い師』になるはずだ」
「そう言われればそうねえ」
 父さんと母さんは首を傾げた。『辻占い』なんて誰も聞いたことがない職業が乗るのを聞いたことはないらしい。
 つまりこの職業の記載もそもそもおかしい。でもそもそも論がある。
「私がその、占い師になれるとは思えない、んだけど、そうだよね?」
「けれども魔女様が間違うはずがない。……幸いなことに明日は休みだ。伝手を頼って何とか占い師に会えるように取り図ろう。いずれにせよ、きっちりしておかなければ困る」
 父さんの額には、ようやく苦悶が覗き始めた。
 このステータスカードが示す未来は、私だけでなく私の家族とこの料理店の未来をも全て覆すものだ。
 私は一人っ子で、いずれは婿を取る予定だった。私がこの店を継がないと、このままでは祖父が始めたこの店が父の代で絶えてしまう。こんなにみんなに愛されて、繁盛しているのに。
 その事実が、話し合いを続けるうちに、じわじわと私たち家族の間に浸透する。
 私が店を継がないなんて、そんな未来は誰も想像もしていなかった。明日は調理師になるお祝いに、コックコートやシェフ帽、それから包丁なんかの道具を揃えるためのお休みに決めていたのに。
 まるで私の全部が否定された気分。最悪な気持ちで夜が訪れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生家族の異世界紀行 ~中流家庭が異世界で大貴族になりました~

安曇野レイ
ファンタジー
ブラックなIT企業で働く主人公。人生で初めての家族旅行に出発したものの、あおり運転を受け、さらに逆走してくる車に遭遇し、大事故で一家は死に瀕する。 気がつくとそこはワームホールの真っ只中。 固い絆で結ばれた仲良し家族は、異世界でも挫けず、力を合わせて困難や危機に立ち向かっていく! はたして一家は異世界を救い、元の世界へ帰ることができるのか。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい

藤原遊
ファンタジー
悪役令嬢×婚約者の策略ラブコメディ! 「アイリス・ルクレール、その波乱の乙女ゲーム人生――」 社交界の華として名を馳せた公爵令嬢アイリスは、気がつくと自分が“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生していることに気づく。しかし破滅フラグなんて大した問題ではない。なぜなら――彼女には全力で溺愛してくれる最強の味方、「お父様」がいるのだから! 婚約者である王太子レオナードとともに、盗賊団の陰謀や宮廷の策略を華麗に乗り越える一方で、かつて傲慢だと思われた行動が実は周囲を守るためだったことが明らかに……?その冷静さと知恵に、王太子も惹かれていき、次第にアイリスを「婚約者以上の存在」として意識し始める。 しかし、アイリスにはまだ知らない事実が。前世で推しだった“お父様”が、実は娘の危機に備えて影で私兵を動かしていた――なんて話、聞いていませんけど!? さらに、無邪気な辺境伯の従兄弟や王宮の騎士たちが彼女に振り回される日々が続く中、悪役令嬢としての名を返上し、「新たな人生」を掴むための物語が進んでいく。 「悪役令嬢の未来は破滅しかない」そんな言葉を真っ向から覆す、策略と愛の物語。痛快で心温まる新しい悪役令嬢ストーリーをお楽しみください。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

ヘヴン・グローリー

kawa.kei
ファンタジー
事故に遭い、異世界召喚に巻き込まれた者達。 彼女達は召喚した者の求めに従い、魔族と呼ばれる敵との戦いに身を投じる。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

処理中です...