37 / 37
二年間の関係 side 樺島成彰
8か月前(4)
しおりを挟む
翌朝、ゆっくりと目を開ければ伸ばした左腕に頭を乗せた樹がこちらを見ていた。腕がじんわりと重い。このまま力を入れて腕を持ち上げればきっと蜃気楼のようにその頭をすり抜けるのだろう。けれども今は、そのあるのか無いのかわからない僅かな隙間の表面に、そのサラサラとした髪の感触が指先に触れる。
「おはよう、成彰さん」
「おはよう」
樹の頬にキスをすれば、目を細め、耳元を空気が通過する。なにか、おかしいな。でもこれはもともと、樹じゃない。これは俺が樹と隔ててしまった、俺の妄想だ。これまで誰かと付き合った時は、この妄想が全てを駄目にした。じゃあ、妄想がはがれれば、上手くいくのだろうか。上手くはいっている。上手くいって樹と平穏に暮らせている。樹はきっと、俺が誰かと付き合ってたって気にしない。そんなこともわかってる。じゃあその誰かが、樹の蜃気楼なら?
「どうかした?」
「どうもしない」
馬鹿馬鹿しい。考えても仕方がない。樹が俺を好きになることはない。だから、一緒に暮らしている。それとも俺は樹が好きなんだろうか。本物の樹が。いや、きっとそれは違う。でも仮に好きだと仮定するなら、一体どこが?
俺は樹のことをよく知らない。知っているものといえばその外形だけだ。綺麗だなとは思うけれど、そんなもの、モデルの中に混ぜれば埋まってしまう程度の美しさ。
記憶の中で樹の瞳が俺を見ていた。じっと。あれはいつの瞳だろう。ソファで隣に座っていた時。食事をしていた時。いつも樹はまっすぐに俺を見る。
「調子が悪そうだ」
気がつけば、また嘔吐感がぶりかえしていた。
「今日は休んでたら?」
「いや、食事はつくる。トーストと、目玉焼きだけ」
起こした体は鉛のように重かった。それでも扉をあけたリビングは日差しが差し込んで暖かかった。そういえばもうすぐ春だ。暖かく、なっている。春。それが一般的には新しい世界の訪れを意味することは知っている。けれど、俺はたいていずっと家にいて、それを感じるのは宅配の商品の品ぞろえと値段の変化くらいだ。
俺は変化なんて求めていない。このままずっと、樹と一緒に暮らせれば、それでいい。俺は本物の樹と平穏に暮らして、蜃気楼の樹と少しだけ性欲を満たす。足りないものと思えば恋愛だけど、それはなるべく回避したい。これまでも恋愛はいつか終わるものだと思っていたけれど、樹に恋愛感情を抱けば、きっとこの関係は即座に終わるだろう。樹はいつでもこの家を出ていくことができる。突然この家に現れたのと同じ用に。
俺にとってこのとても居心地がいい、人寂しさを埋める関係。樹には本来不要の関係。壊したくない。でもそう思うということは、俺はひょっとしたら樹が好きなんだろうか。そう考えれば、頭がくらくらとした。
「おはようございます、先生」
「おはよう。もうすぐトーストが焼き上がるから」
樹は冷蔵庫からバターとジャムを出す。いつもと変わらない日常。これがずっと続いていてほしい。
(日付の区切りの関係で中途半端なところでとまってすみません)
「おはよう、成彰さん」
「おはよう」
樹の頬にキスをすれば、目を細め、耳元を空気が通過する。なにか、おかしいな。でもこれはもともと、樹じゃない。これは俺が樹と隔ててしまった、俺の妄想だ。これまで誰かと付き合った時は、この妄想が全てを駄目にした。じゃあ、妄想がはがれれば、上手くいくのだろうか。上手くはいっている。上手くいって樹と平穏に暮らせている。樹はきっと、俺が誰かと付き合ってたって気にしない。そんなこともわかってる。じゃあその誰かが、樹の蜃気楼なら?
「どうかした?」
「どうもしない」
馬鹿馬鹿しい。考えても仕方がない。樹が俺を好きになることはない。だから、一緒に暮らしている。それとも俺は樹が好きなんだろうか。本物の樹が。いや、きっとそれは違う。でも仮に好きだと仮定するなら、一体どこが?
俺は樹のことをよく知らない。知っているものといえばその外形だけだ。綺麗だなとは思うけれど、そんなもの、モデルの中に混ぜれば埋まってしまう程度の美しさ。
記憶の中で樹の瞳が俺を見ていた。じっと。あれはいつの瞳だろう。ソファで隣に座っていた時。食事をしていた時。いつも樹はまっすぐに俺を見る。
「調子が悪そうだ」
気がつけば、また嘔吐感がぶりかえしていた。
「今日は休んでたら?」
「いや、食事はつくる。トーストと、目玉焼きだけ」
起こした体は鉛のように重かった。それでも扉をあけたリビングは日差しが差し込んで暖かかった。そういえばもうすぐ春だ。暖かく、なっている。春。それが一般的には新しい世界の訪れを意味することは知っている。けれど、俺はたいていずっと家にいて、それを感じるのは宅配の商品の品ぞろえと値段の変化くらいだ。
俺は変化なんて求めていない。このままずっと、樹と一緒に暮らせれば、それでいい。俺は本物の樹と平穏に暮らして、蜃気楼の樹と少しだけ性欲を満たす。足りないものと思えば恋愛だけど、それはなるべく回避したい。これまでも恋愛はいつか終わるものだと思っていたけれど、樹に恋愛感情を抱けば、きっとこの関係は即座に終わるだろう。樹はいつでもこの家を出ていくことができる。突然この家に現れたのと同じ用に。
俺にとってこのとても居心地がいい、人寂しさを埋める関係。樹には本来不要の関係。壊したくない。でもそう思うということは、俺はひょっとしたら樹が好きなんだろうか。そう考えれば、頭がくらくらとした。
「おはようございます、先生」
「おはよう。もうすぐトーストが焼き上がるから」
樹は冷蔵庫からバターとジャムを出す。いつもと変わらない日常。これがずっと続いていてほしい。
(日付の区切りの関係で中途半端なところでとまってすみません)
5
お気に入りに追加
9
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
年上の許嫁女教師は大胆な帰国子女
naomikoryo
恋愛
里崎亨は、高校生活を送る普通の男子高校生。
彼の幼馴染であり、3歳年上の美咲は、アメリカに移住してから数年後に帰国した。
彼女は英語、数学、体育の教員免許を持つ優秀な帰国子女であり、学校で臨時の英語教師として教壇に立つことになった。
久しぶりの再会に胸を躍らせる亨だが、彼女の存在は彼にとって特別なものであり、心の奥に秘めた思いが浮かび上がる。
美咲は大胆でサバサバした性格であり、教室内での彼女の存在感は抜群。亨は、彼女の教え方や魅力に惹かれ、授業中も彼女のことばかり考えてしまう。しかし、彼女が何気なく送るウインクや、思わず触れた手が心に残り、彼の心は高鳴るばかりだ。
ある日、美咲が亨の家庭を訪れ、二人は楽しい時間を過ごす。
その中で、彼女の過去の経験やアメリカでの生活について話が弾む。
気づけば、彼女との距離が徐々に縮まり、思いがけないキスを交わすことに。
亨は彼女に対する想いが募り、年上の彼女が実は自分の許嫁であることに気づく。
二人の関係は、幼馴染から年上の許嫁へと発展し、甘く、時には困難な恋愛模様が描かれていく。
果たして、亨は美咲との関係を深められるのか。
彼女の大胆さと優しさに触れながら、彼自身も成長していく姿が描かれる青春ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる