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二年間の関係 side 樺島成彰

8か月前(4)

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 翌朝、ゆっくりと目を開ければ伸ばした左腕に頭を乗せた樹がこちらを見ていた。腕がじんわりと重い。このまま力を入れて腕を持ち上げればきっと蜃気楼のようにその頭をすり抜けるのだろう。けれども今は、そのあるのか無いのかわからない僅かな隙間の表面に、そのサラサラとした髪の感触が指先に触れる。
「おはよう、成彰さん」
「おはよう」
 樹の頬にキスをすれば、目を細め、耳元を空気が通過する。なにか、おかしいな。でもこれはもともと、樹じゃない。これは俺が樹と隔ててしまった、俺の妄想だ。これまで誰かと付き合った時は、この妄想が全てを駄目にした。じゃあ、妄想がはがれれば、上手くいくのだろうか。上手くはいっている。上手くいって樹と平穏に暮らせている。樹はきっと、俺が誰かと付き合ってたって気にしない。そんなこともわかってる。じゃあその誰かが、樹の蜃気楼なら?
「どうかした?」
「どうもしない」
 馬鹿馬鹿しい。考えても仕方がない。樹が俺を好きになることはない。だから、一緒に暮らしている。それとも俺は樹が好きなんだろうか。本物の樹が。いや、きっとそれは違う。でも仮に好きだと仮定するなら、一体どこが?
 俺は樹のことをよく知らない。知っているものといえばその外形だけだ。綺麗だなとは思うけれど、そんなもの、モデルの中に混ぜれば埋まってしまう程度の美しさ。
 記憶の中で樹の瞳が俺を見ていた。じっと。あれはいつの瞳だろう。ソファで隣に座っていた時。食事をしていた時。いつも樹はまっすぐに俺を見る。
「調子が悪そうだ」
 気がつけば、また嘔吐感がぶりかえしていた。
「今日は休んでたら?」
「いや、食事はつくる。トーストと、目玉焼きだけ」

 起こした体は鉛のように重かった。それでも扉をあけたリビングは日差しが差し込んで暖かかった。そういえばもうすぐ春だ。暖かく、なっている。春。それが一般的には新しい世界の訪れを意味することは知っている。けれど、俺はたいていずっと家にいて、それを感じるのは宅配の商品の品ぞろえと値段の変化くらいだ。
 俺は変化なんて求めていない。このままずっと、樹と一緒に暮らせれば、それでいい。俺は本物の樹と平穏に暮らして、蜃気楼の樹と少しだけ性欲を満たす。足りないものと思えば恋愛だけど、それはなるべく回避したい。これまでも恋愛はいつか終わるものだと思っていたけれど、樹に恋愛感情を抱けば、きっとこの関係は即座に終わるだろう。樹はいつでもこの家を出ていくことができる。突然この家に現れたのと同じ用に。
 俺にとってこのとても居心地がいい、人寂しさを埋める関係。樹には本来不要の関係。壊したくない。でもそう思うということは、俺はひょっとしたら樹が好きなんだろうか。そう考えれば、頭がくらくらとした。
「おはようございます、先生」
「おはよう。もうすぐトーストが焼き上がるから」
 樹は冷蔵庫からバターとジャムを出す。いつもと変わらない日常。これがずっと続いていてほしい。



(日付の区切りの関係で中途半端なところでとまってすみません)
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