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第5章 カルト教団集団自殺事件
首の後ろ
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俺は内倉さんに見せてもらった伽倻の写メを思い浮かべて夢に入った。当然ながら、あの写メは最近のものだ。けれども請園恭正が死んだのは少なくとも10年以上は前で、その頃にこの家を訪れていたとしたら、伽倻の容姿も変わっているだろう。だから俺は請園伽倻が請園恭正に会いに行った時ではなく、柚に呼ばれた時の家の記憶を見てしまった。
だから、おそらく伽倻が死ぬ直前の家に入った。写真の伽倻とあの家で繋がるのは、そのタイミングだからだ。
『夢』の中の家は酷く澱んでいた。最初からひどく首筋がざわめいていた。
『夢』の中で俺は記憶を保持できない。ここはどこだろうと俺はそのまま家の中をうろうろして、その時は誰かわからなかったがリビングにいる柚を見て話しかけた。けど、反応がなかった。ソファに座り、スマホをいじっていた。
そうすると和室の方から嫌な気配がして首筋がうずいた。柚のことも気になったが柚はこちらには全く反応がない。危険を確認するほうが先だ。そう思って和室を覗いた。
和室には黒いもので満ちていて、蠢いていた。中心に影があり、小さく蠢動していたように思える。部屋中に満ちた黒いものはだんだんその濃さを増し、影と同化していく。まるで影が黒いものに食べられているように。
急に額に強い痛みを感じた。極度の生命の危険。
逃げようとあわてて振り向くと、触れられる距離に柚が立っていた。まずい。直感する。俺は柚と和室の襖に挟まれている。距離を取ろうと柚の脇をすり抜けて庭に逃げようとしたとき、柚は俺の袖を掴んだ。いつも家がするように。
「いらっしゃい? 今日は見てるだけじゃなくて来てくれたのね?」
何のことだ? だがその声と呼応するように俺の後ろの襖の奥からこちらへ立ち上る気配を感じた。気付かれた。ヤバい。全身の皮膚が泡立ち、背中が汗でぐっしょりと濡れる。あの黒いものが、来る。部屋の温度が急速に下がる。嫌な予感というレベルを超えた首の震えは最高潮に達し、口から冷たい息が漏れる。
必死に振りほどこうともがいたが柚の腕を振りほどけない。その指で摘んでいるだけなのに。
和室の襖を透過してきた気配が俺の首筋にそっと触れた。額の古傷が最大の警鐘を鳴らす。
ヤバい、飲まれる。食われる。圧倒的な恐怖に気が遠くなる。そう思ったときだ。
「ハル、夢だ、起きて!! 早く!!」
何かが俺の背中を引っ張る感触とともに公理さんの声が聞こえた。公理さん、『夢』。強く揺さぶられた俺は思考を巡らせ、世界の崩壊を速める。
なんとか目をあけて公理さんの姿を確認して、息を吐いた。破れるような額の古傷の痛みは起きた途端スゥと消えたが、揺れるような頭の気持ち悪さが抜けるまでにはしばらく時間を要した。
リスクの検討。
今後『夢』に入るのは危険か。カタカタと奥歯が鳴っていた。嫌だ、入りたくない。怖い。心のなかで何かが悲鳴を上げている。だが。いや、今は検討、検討段階だ。落ち着け。落ちつくんだ俺。検討は、必須、だ。ねじ伏せろ、意志の力で。恐怖を。
……先ほどの夢は請園伽倻が請園恭生ではなく柚に会いに行った時の夢だ。請園伽倻が請園恭生に会いに行った時、と願えばそこにたどり着く、はずだ。
けれども今、柚はどういう立ち位置にいる?
今の呪いは請園恭正のバイアスだ。一方で、柚は現時点でも家に死を集めている。越谷泰斗と同じように柚が死んだら柚の呪いのバイアスが請園恭正のバイアスの上に構築されるんだと思っていた。
けれどもそれより前、現在の柚は何なんだ。
……どちらにしろ現在の柚と家と呪いは何らかの関連があるのだろう。何故なら呪いは柚に呼応したように見えた。
現在は請園恭正の呪いのバイアスと構築途中の柚のバイアスが重畳している、のだろうか。今回俺は柚が構築中のバイアスをターゲットとして足を踏み入れてしまったんだろう。
柚は生きている。だから呪いは未完成だ。他の過去のバイアスとは異なる。
これまでは呪われている影に話しかけることはできたが、接触はできなかった。橋屋事件の時に影を引き留めようとして手がすり抜けた。けれどもそれは濃度の問題なのだろうか。真っ黒な呪い自体には感触があった。
それに夢の中の柚は影ではなく、扉から覗いた時と同じように明確な姿があった。けれどももともと扉を覗いたときにも、柚の姿は越谷泰斗や喜友名晋司のバイアスの中でも明確に見えていたし、話すことはできた。
考えろ、柚と他は何が違う。考えなければ。生き残る可能性を。
柚が介在しないバイアスの過去の夢であれば柚は現れないのだろうか?
今まで柚がいる時間帯でも『夢』の中で柚の姿を確認したことはなかった。それは柚のいるバイアスではなく柚の存在しない過去のバイアス上の『夢』だからだと思っていた。いないところにはいない。過去だから。
しかし警戒すべきだ。越谷泰斗のバイアスが消滅する前は、柚は『扉』を覗く俺に気が付いていなかった。しかし俺の存在に気付いて以降は『扉』を覗く俺を認識するようになった。同様に『夢』でも俺の侵入に気づいた以上、柚は他のバイアス上の『夢』でも俺を認識できるようになったのだろうか。夢の中の俺はいわば魂だけの存在だ。
そうすると『夢』で柚に会うのは危険だ。夢では記憶を保持できない。夢の中での危険性を推し量れない今は特に。無理だ。怖い。心臓が絞られるように痛む。
いつもの『夢』と違いはあるだろうか。
……いつもとの違い。最初から思い出せ。いつもはどうだったかを。
『夢』の中ではいつもと違い、家が袖を引っ張る感触もなく、声もかけられなかった。家は存在したけれど、声をかけることはできなかったのか。それとも家はいなかったのか。あるいはやはり家は呪いと同じもので、あそこで黒い呪いとして存在していたのか。
まて、これは非常に重要だ。家とは結局、なんなんだ。
「ハル、一人で考え込まないで俺にも話して」
「……そうだな。公理さんの話も聞きたい。いつもと変わったことは?」
「多分ハルが夢を見始めたとき、柚から電話があった。それから……右手の親指と人差し指持ってかれた」
「なっ!? 入ったのか!?」
急いで公理さんの手を取る。見た目は変わらない。けれども手を開くように言っても親指と人差し指がついてこない。
「糞っ」
夢の中で俺の背中を引っ張ったのは公理さんだ。
いつもと違うこと。いつもは家が俺に起きるように言う。けれどもそれがなかった。
引っ張ってもらえないと起きれなかった可能性は高い。引っ張られるまで、俺はあれが夢だと全然気づけなかった。
「公理さんすまない」
「仕方ないよ。指2本ですんでよかったかもだし」
「嫌だ」
「ハル……」
嫌だ。それだけは。それだけは嫌だ。俺の代わりに誰かが失われる。そんなことは嫌だ。金輪際嫌だったのに。畜生!
「それよりハルは大丈夫なの?」
「俺……」
感触という側面から体を順に触れて確かめる。指、足は問題ない。
「首筋と肩まわりの感覚がない」
家が、呪いが俺にふれた部分だ。つまり。
「それって」
「今後は首筋から不運の予兆が感じられない」
「だめじゃないか!」
公理さんは目を見開き、叫んだ。頭が真っ白だ。
そう、駄目だ。かなりヤバい。本当に。生命線が断たれた。
額の古傷の予兆はギリギリにならないと感じないことが多い。けれども首筋の予兆は俺を不幸にする可能性のある不運の気配があれば広く反応する。これまで首筋の不運の予兆を感じて状況の分析と引き際を計算し、額の傷の命の危険の予兆で完全撤退する。この予兆を信じて踏み込んでいる部分も大きい。
再び体全体に震えが戻ってきた。
改めて考えると凄く、怖い。海で遭難している中で救命胴衣がなくなったような。手の震えが止まらない。
だが。ないんだ。
……仕方ない。
もうない。考えるな。
手持ちでなんとかするしかない。そうしないと、どっちみち死ぬ。切り替えろ。
心を落ち着けるために目を閉じると、奥歯が小さくカチカチ鳴る音が響く。
ゆっくり呼吸をして、考えるのを一旦全部止めよう。
頭の中を空っぽにして、一旦リセットして、全てを諦めて。そう、仕方ない。ないものは仕方ない。
ふぅ、そう、ない、仕方ない。
思い出せ。そもそも家に関わってから首筋は騒めきっぱなしだ。危険の程度の判定は困難になった。けれどもそんなものが必要ないくらい。元々ここは危険なんだ。それはわかってるだろ?
首の予兆はもうない、なくなった。ないんだ。だから、それを前提で。
大丈夫、額はまだ生きている。だから大丈夫。なんとか。撤退ラインを引き下げて、緊急時の対応を中心に再計算すればいい。うん、大丈夫。なんとかなる。なんとかするしかない。やれることをやるだけ、それは変わらない。
俺は運命に抵抗する。
そう決めただろ?
どのみち先は見えている。近かったゴールがさらに近くなっただけ。何も変わらない。
「あの、ハル、大丈夫?」
「……うん、もう大丈夫」
努めて精神をフラットに保て。よし、なんとか、少し、落ち着いた。落ち着いただろ? 無視だ無視。怯える暇はない。それどころじゃない。よし、切り替えて、分析を、しよう。酷く荒くなった呼吸も少し、落ち着いてきた。
そだ、生存率を少しでも上げるために、考えろ。うん。何が起きたか、考える。
……さっき呪いに首を触られるまでは両方の予兆が働いていた。
触られた首筋の予兆が失われた。その部分の魄が食われたんだろう。公理さんの親指と人差し指が食われたのと同じように。
夢から逃げる直前の額の予兆はこれまでにないレベルだった。
あの黒いのは本当にヤバい。そのまま喰われる。また手が無意識にピクリと震える。反対の手で押さえる。
ビビってても結局俺は死ぬ。それを織り込んで行動しないといけない。極力逃げ道を確保しつつ踏み込むしかない。俺はまだ大丈夫。そうだ、公理さんだ。公理さんは俺より酷い。まともに動く部分がもうほとんどない。公理さんはもう下手が打てない。そちらもなんとかしなければ。そのためにも俺がしっかりしなければ。
一番は早期の解決だ。それしかない。
「何から検討すればいいのか。やはり原因かな」
「……本当に大丈夫? 真っ青だ、休んだほうが」
「時間がない。お互いに」
「……原因より、何をしたら死ぬか、じゃないかな。死んだら何もできないよ」
「……そうだな」
そうだ。死なないことが最優先だ。
だから、おそらく伽倻が死ぬ直前の家に入った。写真の伽倻とあの家で繋がるのは、そのタイミングだからだ。
『夢』の中の家は酷く澱んでいた。最初からひどく首筋がざわめいていた。
『夢』の中で俺は記憶を保持できない。ここはどこだろうと俺はそのまま家の中をうろうろして、その時は誰かわからなかったがリビングにいる柚を見て話しかけた。けど、反応がなかった。ソファに座り、スマホをいじっていた。
そうすると和室の方から嫌な気配がして首筋がうずいた。柚のことも気になったが柚はこちらには全く反応がない。危険を確認するほうが先だ。そう思って和室を覗いた。
和室には黒いもので満ちていて、蠢いていた。中心に影があり、小さく蠢動していたように思える。部屋中に満ちた黒いものはだんだんその濃さを増し、影と同化していく。まるで影が黒いものに食べられているように。
急に額に強い痛みを感じた。極度の生命の危険。
逃げようとあわてて振り向くと、触れられる距離に柚が立っていた。まずい。直感する。俺は柚と和室の襖に挟まれている。距離を取ろうと柚の脇をすり抜けて庭に逃げようとしたとき、柚は俺の袖を掴んだ。いつも家がするように。
「いらっしゃい? 今日は見てるだけじゃなくて来てくれたのね?」
何のことだ? だがその声と呼応するように俺の後ろの襖の奥からこちらへ立ち上る気配を感じた。気付かれた。ヤバい。全身の皮膚が泡立ち、背中が汗でぐっしょりと濡れる。あの黒いものが、来る。部屋の温度が急速に下がる。嫌な予感というレベルを超えた首の震えは最高潮に達し、口から冷たい息が漏れる。
必死に振りほどこうともがいたが柚の腕を振りほどけない。その指で摘んでいるだけなのに。
和室の襖を透過してきた気配が俺の首筋にそっと触れた。額の古傷が最大の警鐘を鳴らす。
ヤバい、飲まれる。食われる。圧倒的な恐怖に気が遠くなる。そう思ったときだ。
「ハル、夢だ、起きて!! 早く!!」
何かが俺の背中を引っ張る感触とともに公理さんの声が聞こえた。公理さん、『夢』。強く揺さぶられた俺は思考を巡らせ、世界の崩壊を速める。
なんとか目をあけて公理さんの姿を確認して、息を吐いた。破れるような額の古傷の痛みは起きた途端スゥと消えたが、揺れるような頭の気持ち悪さが抜けるまでにはしばらく時間を要した。
リスクの検討。
今後『夢』に入るのは危険か。カタカタと奥歯が鳴っていた。嫌だ、入りたくない。怖い。心のなかで何かが悲鳴を上げている。だが。いや、今は検討、検討段階だ。落ち着け。落ちつくんだ俺。検討は、必須、だ。ねじ伏せろ、意志の力で。恐怖を。
……先ほどの夢は請園伽倻が請園恭生ではなく柚に会いに行った時の夢だ。請園伽倻が請園恭生に会いに行った時、と願えばそこにたどり着く、はずだ。
けれども今、柚はどういう立ち位置にいる?
今の呪いは請園恭正のバイアスだ。一方で、柚は現時点でも家に死を集めている。越谷泰斗と同じように柚が死んだら柚の呪いのバイアスが請園恭正のバイアスの上に構築されるんだと思っていた。
けれどもそれより前、現在の柚は何なんだ。
……どちらにしろ現在の柚と家と呪いは何らかの関連があるのだろう。何故なら呪いは柚に呼応したように見えた。
現在は請園恭正の呪いのバイアスと構築途中の柚のバイアスが重畳している、のだろうか。今回俺は柚が構築中のバイアスをターゲットとして足を踏み入れてしまったんだろう。
柚は生きている。だから呪いは未完成だ。他の過去のバイアスとは異なる。
これまでは呪われている影に話しかけることはできたが、接触はできなかった。橋屋事件の時に影を引き留めようとして手がすり抜けた。けれどもそれは濃度の問題なのだろうか。真っ黒な呪い自体には感触があった。
それに夢の中の柚は影ではなく、扉から覗いた時と同じように明確な姿があった。けれどももともと扉を覗いたときにも、柚の姿は越谷泰斗や喜友名晋司のバイアスの中でも明確に見えていたし、話すことはできた。
考えろ、柚と他は何が違う。考えなければ。生き残る可能性を。
柚が介在しないバイアスの過去の夢であれば柚は現れないのだろうか?
今まで柚がいる時間帯でも『夢』の中で柚の姿を確認したことはなかった。それは柚のいるバイアスではなく柚の存在しない過去のバイアス上の『夢』だからだと思っていた。いないところにはいない。過去だから。
しかし警戒すべきだ。越谷泰斗のバイアスが消滅する前は、柚は『扉』を覗く俺に気が付いていなかった。しかし俺の存在に気付いて以降は『扉』を覗く俺を認識するようになった。同様に『夢』でも俺の侵入に気づいた以上、柚は他のバイアス上の『夢』でも俺を認識できるようになったのだろうか。夢の中の俺はいわば魂だけの存在だ。
そうすると『夢』で柚に会うのは危険だ。夢では記憶を保持できない。夢の中での危険性を推し量れない今は特に。無理だ。怖い。心臓が絞られるように痛む。
いつもの『夢』と違いはあるだろうか。
……いつもとの違い。最初から思い出せ。いつもはどうだったかを。
『夢』の中ではいつもと違い、家が袖を引っ張る感触もなく、声もかけられなかった。家は存在したけれど、声をかけることはできなかったのか。それとも家はいなかったのか。あるいはやはり家は呪いと同じもので、あそこで黒い呪いとして存在していたのか。
まて、これは非常に重要だ。家とは結局、なんなんだ。
「ハル、一人で考え込まないで俺にも話して」
「……そうだな。公理さんの話も聞きたい。いつもと変わったことは?」
「多分ハルが夢を見始めたとき、柚から電話があった。それから……右手の親指と人差し指持ってかれた」
「なっ!? 入ったのか!?」
急いで公理さんの手を取る。見た目は変わらない。けれども手を開くように言っても親指と人差し指がついてこない。
「糞っ」
夢の中で俺の背中を引っ張ったのは公理さんだ。
いつもと違うこと。いつもは家が俺に起きるように言う。けれどもそれがなかった。
引っ張ってもらえないと起きれなかった可能性は高い。引っ張られるまで、俺はあれが夢だと全然気づけなかった。
「公理さんすまない」
「仕方ないよ。指2本ですんでよかったかもだし」
「嫌だ」
「ハル……」
嫌だ。それだけは。それだけは嫌だ。俺の代わりに誰かが失われる。そんなことは嫌だ。金輪際嫌だったのに。畜生!
「それよりハルは大丈夫なの?」
「俺……」
感触という側面から体を順に触れて確かめる。指、足は問題ない。
「首筋と肩まわりの感覚がない」
家が、呪いが俺にふれた部分だ。つまり。
「それって」
「今後は首筋から不運の予兆が感じられない」
「だめじゃないか!」
公理さんは目を見開き、叫んだ。頭が真っ白だ。
そう、駄目だ。かなりヤバい。本当に。生命線が断たれた。
額の古傷の予兆はギリギリにならないと感じないことが多い。けれども首筋の予兆は俺を不幸にする可能性のある不運の気配があれば広く反応する。これまで首筋の不運の予兆を感じて状況の分析と引き際を計算し、額の傷の命の危険の予兆で完全撤退する。この予兆を信じて踏み込んでいる部分も大きい。
再び体全体に震えが戻ってきた。
改めて考えると凄く、怖い。海で遭難している中で救命胴衣がなくなったような。手の震えが止まらない。
だが。ないんだ。
……仕方ない。
もうない。考えるな。
手持ちでなんとかするしかない。そうしないと、どっちみち死ぬ。切り替えろ。
心を落ち着けるために目を閉じると、奥歯が小さくカチカチ鳴る音が響く。
ゆっくり呼吸をして、考えるのを一旦全部止めよう。
頭の中を空っぽにして、一旦リセットして、全てを諦めて。そう、仕方ない。ないものは仕方ない。
ふぅ、そう、ない、仕方ない。
思い出せ。そもそも家に関わってから首筋は騒めきっぱなしだ。危険の程度の判定は困難になった。けれどもそんなものが必要ないくらい。元々ここは危険なんだ。それはわかってるだろ?
首の予兆はもうない、なくなった。ないんだ。だから、それを前提で。
大丈夫、額はまだ生きている。だから大丈夫。なんとか。撤退ラインを引き下げて、緊急時の対応を中心に再計算すればいい。うん、大丈夫。なんとかなる。なんとかするしかない。やれることをやるだけ、それは変わらない。
俺は運命に抵抗する。
そう決めただろ?
どのみち先は見えている。近かったゴールがさらに近くなっただけ。何も変わらない。
「あの、ハル、大丈夫?」
「……うん、もう大丈夫」
努めて精神をフラットに保て。よし、なんとか、少し、落ち着いた。落ち着いただろ? 無視だ無視。怯える暇はない。それどころじゃない。よし、切り替えて、分析を、しよう。酷く荒くなった呼吸も少し、落ち着いてきた。
そだ、生存率を少しでも上げるために、考えろ。うん。何が起きたか、考える。
……さっき呪いに首を触られるまでは両方の予兆が働いていた。
触られた首筋の予兆が失われた。その部分の魄が食われたんだろう。公理さんの親指と人差し指が食われたのと同じように。
夢から逃げる直前の額の予兆はこれまでにないレベルだった。
あの黒いのは本当にヤバい。そのまま喰われる。また手が無意識にピクリと震える。反対の手で押さえる。
ビビってても結局俺は死ぬ。それを織り込んで行動しないといけない。極力逃げ道を確保しつつ踏み込むしかない。俺はまだ大丈夫。そうだ、公理さんだ。公理さんは俺より酷い。まともに動く部分がもうほとんどない。公理さんはもう下手が打てない。そちらもなんとかしなければ。そのためにも俺がしっかりしなければ。
一番は早期の解決だ。それしかない。
「何から検討すればいいのか。やはり原因かな」
「……本当に大丈夫? 真っ青だ、休んだほうが」
「時間がない。お互いに」
「……原因より、何をしたら死ぬか、じゃないかな。死んだら何もできないよ」
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