76 / 81
第5章 カルト教団集団自殺事件
家の夢 意味不明な会話
しおりを挟む
白い部屋の中にいた。どこかでみたような白い部屋だ。
「お兄さん、こんばんは」
「こんばんは」
なんだろう、何か少し頭が痛い。妙な感じがする。
「じゃあ行こう?」
「どこへ?」
「お兄さんが見たい場所。魔法が解けるから思い出そうとしないでね」
魔法が?
腑に落ちないまま手を引かれて扉をくぐれば、そこにはたくさんの影がいた。部屋の中もその影たちも、薄暗く黒ずんでモヤモヤとしていた。そのモヤモヤはその影たちから出ている気がした。気持ちが悪い。
見えない誰かの手が止まる。影の輪に入り耳を傾ける。嫌な印象とは裏腹に、聞こえてきたのは穏やかな声だった。
そろそろじかんよね
そうですね
ではよていどうりに
「何かあるんですか?」
わたしたちたましいだけになるの
そう みんなで
きっとうまくいくわ
次々と影たちが口を開く。そのたびにその影の口からダラダラと黒い何かが漏れ出ている。それがうっすらと床に積もっていく。
「魂だけ? 何でまた。嫌なことでも?」
いいえ? どうして
そこにかみさまがいるのよ
きっとうまくいく
みんなまってくれ なぜそんなことをしようとするんだ
突然慌てた声が話を遮る。
あら だってせんせい そういうものじゃないの
そうそう せんせいのごほんはとてもおもしろかったわ
ちがう そうじゃない なぜだ
1人だけ、反対している男の声がする。
なぜだ なぜしなないといけない?
かみさまをかんじるの
せんせいもそういってたじゃないありませんか
そうですよ せんせいがいってたんです
だがしかしなぜおれはそんなことを
「先生?」
そうだ なぜわたしは
へんなせんせいだわ
さいごにうたいましょうか
そうね
かみのめよ かみのめよ われらをみまもりみちびきたまえ
みんなまってくれ
影の口から洩れる黒いもやは一層黒く濃度を増し、部屋に満ちていく。
その時急に首筋がざわめき不吉の予兆が現れた。何だと思っていれば、窓のそばから視線を感じた。この集団とは少し離れたところにいる影。ぞわりと悪寒がする。それはじっと俺、というより影たちを眺めている。
ああじかんよ、きたわ
それじゃあみなさんさようなら
ではおげんきで
まて! みんなまつんだ! やめてくれ! ああ! ……なんでこんなことに
そうして、黒い影は消え失せた。先生と呼ばれた声のする影だけがオタオタとあわてた声を出す。
「お兄さん、今はここまで。これは僕の夢だよ、起きて」
夢。
そう認識した途端、白い世界がバラバラと足元からひび割れてゆく。そうか、これは家の夢。起きないといけない。
体がゆっくりとゆらされる。
目を開けると公理さんが俺を心配そうに見つめていた。
「起きた。大丈夫だ」
「よかった」
「窓の方は見た? 外は明るかったかな」
「窓? 窓は見てないな。扉はずっと廊下の方を向いていたし」
そういえば、『夢』の中で俺は振り返らなかったことを思い出す。
「でも外は明るかった。朝か昼かはわからないけど。それからたくさんの人がそろって、その、多分首を吊った」
公理さんは目をそらす。
「みんな笑ってて気持ち悪かった。意味が分からなくて怖い。何なのあれ。サイコパス?」
「さあな、実に宗教的な光景だと思うよ、集団自殺。そういうふうに精神を捻じ曲げる呪いなのかな。でもなんか変だったな。教祖がみんなを止めてた」
「教祖が? 何で?」
「わからない、本当に」
何があったのかわからないが信者を止めていたのは請園恭生だろう。先生と呼ばれていた。反応が一人だけ変だった。変というよりは寧ろ常識的だった。ホームページの印象とも違う。
信者と思われる影は『先生が言っていた』と述べていた。何がなんだかわからない。信者の反応からは、最初に自殺を示唆したのは請園恭生だろうか。しかし最後に請園恭生は正気に戻った。そうすると貝田弘江のパターン?
なんのために? 何故途中で正気に戻った。
貝田弘江のときとは違い、死、つまり自殺はまだ完成していないだろう?
それに請園恭生が正気に戻ったとしたら目をくり抜いたりはしないよな?
あるいはみんなが自殺した後にまた正気を失ったのか、それとも第三者が現れて目をくり抜いたのか。
俺は事件の中核、集団自殺が行われる直前を思って『夢』を見た。そして俺は恐らく呪いの中心たる請園恭生が死ぬ前に『夢』から覚めた。結局今回の呪いは何だ。何をしようとしている。
信者も請園恭生も夢の中では等しく影だった。濃さの違いはあまり感じない。信者たちは黒くてモヤモヤしたもの、おそらく呪いを口から吐き出し、それに包まれていた。やはり貝田弘江と同じパターンかな?
それから……窓のところにいたのは誰だ? 請園恭生は近くにいたから違う。
他に第三者がいるのだろうか。請園伽耶? けれども自殺のときにはいなかったんだよな?
進展がなかったわけではないが、周辺をぐるぐる回ってる気がする。どうしたものか。次に調べるべきは、あのあと請園恭生がどうなったのか、だろうか。止めていたからには集団自殺には混ざってはいないだろう。実際、行方不明になっている。
時間帯から考えよう。
一昨日に喜友名晋司のバイアスが消滅した時、時刻は18時ごろだった。その際に公理さんから聞いた死斑の沈着具合からすると、おそらく死後2~3時間程度ではないかと思われる。
公理さんは今、『夢』の中は明るかったといっていた。それであれば日中だろう。『夢』の場面の後に蘇生されずそのまま死んだとすれば、死亡時刻を広くとっても『夢』、つまり死亡時点はおそらく14時から16時前の可能性が高い。そこから41人分の目をくり抜く。
手馴れてるのかどうかはわからないか、それなりに時間はかかるだろう。横たわっているのではなく吊られた人体から目をくり抜くのだから、なかなかに重労働だ。そして18時には不在になった、と思われる。まだ家の中にいた可能性はあるけれども、少なくとも2階のあの部屋にはいなかった。
そうすると次の調査すべきことの割り出しだ。
今回の呪いが何かを突き止めないといけない。集団自殺をしてから目がくり抜かれるまでの間、何が起こったのかを確認したい。それなら明日の夕方に覗くのがいいんだろう。
明日か。だが。
窓にいたものの見極めもしなければならない。徒手空拳で調べるべきことは多い。『夢』の中は記憶が保てない。だから確かめられるなら『扉』から確認したほうがよい。ただし相手は宗教だ。まさか見ていたのが神ということはないだろうが、俺たちの認識を侵食してくるものなら鉢合わせたくない。
一番の問題は、公理さんに時間がないことだ。漫然と明日まで待つことはできない。
請園恭正はどうなったのか。今の時間はおそらく柚は家にいない。だから『扉』の中を覗くべきか。あるいは今日もう一度『夢』で入るとしたらどの時点がよいだろう。
「ハル、伽耶ちゃんが教団に来た時に何をしていたのか調べるのはどうかな」
隣から声がかかる。
「何故?」
「伽耶ちゃんは多分、部外者だ。うっちーの話でも教団に興味がなさそうだった。じゃあ何で呼ばれたのかなと思って。伽耶ちゃんがどういう役割を担っていたのかわかれば、全体像が見えるかもしれないと思ったんだよ」
なるほど。集団ではなく個人についてはあまり考えていなかった。
内倉さんの話では請園伽耶は健康診断のようなものをしていたそうだ。検査か。何を調べていたんだろう。それがわかったところで関係の有無はわからないかもしれない。けれども今はヒントが少なすぎる。だが少しでも手掛かりは欲しい。やってみようか。時間もない。
請園伽耶があの家にいる時、と念じて枕に頭を横たえた。
そして失敗した。
「お兄さん、こんばんは」
「こんばんは」
なんだろう、何か少し頭が痛い。妙な感じがする。
「じゃあ行こう?」
「どこへ?」
「お兄さんが見たい場所。魔法が解けるから思い出そうとしないでね」
魔法が?
腑に落ちないまま手を引かれて扉をくぐれば、そこにはたくさんの影がいた。部屋の中もその影たちも、薄暗く黒ずんでモヤモヤとしていた。そのモヤモヤはその影たちから出ている気がした。気持ちが悪い。
見えない誰かの手が止まる。影の輪に入り耳を傾ける。嫌な印象とは裏腹に、聞こえてきたのは穏やかな声だった。
そろそろじかんよね
そうですね
ではよていどうりに
「何かあるんですか?」
わたしたちたましいだけになるの
そう みんなで
きっとうまくいくわ
次々と影たちが口を開く。そのたびにその影の口からダラダラと黒い何かが漏れ出ている。それがうっすらと床に積もっていく。
「魂だけ? 何でまた。嫌なことでも?」
いいえ? どうして
そこにかみさまがいるのよ
きっとうまくいく
みんなまってくれ なぜそんなことをしようとするんだ
突然慌てた声が話を遮る。
あら だってせんせい そういうものじゃないの
そうそう せんせいのごほんはとてもおもしろかったわ
ちがう そうじゃない なぜだ
1人だけ、反対している男の声がする。
なぜだ なぜしなないといけない?
かみさまをかんじるの
せんせいもそういってたじゃないありませんか
そうですよ せんせいがいってたんです
だがしかしなぜおれはそんなことを
「先生?」
そうだ なぜわたしは
へんなせんせいだわ
さいごにうたいましょうか
そうね
かみのめよ かみのめよ われらをみまもりみちびきたまえ
みんなまってくれ
影の口から洩れる黒いもやは一層黒く濃度を増し、部屋に満ちていく。
その時急に首筋がざわめき不吉の予兆が現れた。何だと思っていれば、窓のそばから視線を感じた。この集団とは少し離れたところにいる影。ぞわりと悪寒がする。それはじっと俺、というより影たちを眺めている。
ああじかんよ、きたわ
それじゃあみなさんさようなら
ではおげんきで
まて! みんなまつんだ! やめてくれ! ああ! ……なんでこんなことに
そうして、黒い影は消え失せた。先生と呼ばれた声のする影だけがオタオタとあわてた声を出す。
「お兄さん、今はここまで。これは僕の夢だよ、起きて」
夢。
そう認識した途端、白い世界がバラバラと足元からひび割れてゆく。そうか、これは家の夢。起きないといけない。
体がゆっくりとゆらされる。
目を開けると公理さんが俺を心配そうに見つめていた。
「起きた。大丈夫だ」
「よかった」
「窓の方は見た? 外は明るかったかな」
「窓? 窓は見てないな。扉はずっと廊下の方を向いていたし」
そういえば、『夢』の中で俺は振り返らなかったことを思い出す。
「でも外は明るかった。朝か昼かはわからないけど。それからたくさんの人がそろって、その、多分首を吊った」
公理さんは目をそらす。
「みんな笑ってて気持ち悪かった。意味が分からなくて怖い。何なのあれ。サイコパス?」
「さあな、実に宗教的な光景だと思うよ、集団自殺。そういうふうに精神を捻じ曲げる呪いなのかな。でもなんか変だったな。教祖がみんなを止めてた」
「教祖が? 何で?」
「わからない、本当に」
何があったのかわからないが信者を止めていたのは請園恭生だろう。先生と呼ばれていた。反応が一人だけ変だった。変というよりは寧ろ常識的だった。ホームページの印象とも違う。
信者と思われる影は『先生が言っていた』と述べていた。何がなんだかわからない。信者の反応からは、最初に自殺を示唆したのは請園恭生だろうか。しかし最後に請園恭生は正気に戻った。そうすると貝田弘江のパターン?
なんのために? 何故途中で正気に戻った。
貝田弘江のときとは違い、死、つまり自殺はまだ完成していないだろう?
それに請園恭生が正気に戻ったとしたら目をくり抜いたりはしないよな?
あるいはみんなが自殺した後にまた正気を失ったのか、それとも第三者が現れて目をくり抜いたのか。
俺は事件の中核、集団自殺が行われる直前を思って『夢』を見た。そして俺は恐らく呪いの中心たる請園恭生が死ぬ前に『夢』から覚めた。結局今回の呪いは何だ。何をしようとしている。
信者も請園恭生も夢の中では等しく影だった。濃さの違いはあまり感じない。信者たちは黒くてモヤモヤしたもの、おそらく呪いを口から吐き出し、それに包まれていた。やはり貝田弘江と同じパターンかな?
それから……窓のところにいたのは誰だ? 請園恭生は近くにいたから違う。
他に第三者がいるのだろうか。請園伽耶? けれども自殺のときにはいなかったんだよな?
進展がなかったわけではないが、周辺をぐるぐる回ってる気がする。どうしたものか。次に調べるべきは、あのあと請園恭生がどうなったのか、だろうか。止めていたからには集団自殺には混ざってはいないだろう。実際、行方不明になっている。
時間帯から考えよう。
一昨日に喜友名晋司のバイアスが消滅した時、時刻は18時ごろだった。その際に公理さんから聞いた死斑の沈着具合からすると、おそらく死後2~3時間程度ではないかと思われる。
公理さんは今、『夢』の中は明るかったといっていた。それであれば日中だろう。『夢』の場面の後に蘇生されずそのまま死んだとすれば、死亡時刻を広くとっても『夢』、つまり死亡時点はおそらく14時から16時前の可能性が高い。そこから41人分の目をくり抜く。
手馴れてるのかどうかはわからないか、それなりに時間はかかるだろう。横たわっているのではなく吊られた人体から目をくり抜くのだから、なかなかに重労働だ。そして18時には不在になった、と思われる。まだ家の中にいた可能性はあるけれども、少なくとも2階のあの部屋にはいなかった。
そうすると次の調査すべきことの割り出しだ。
今回の呪いが何かを突き止めないといけない。集団自殺をしてから目がくり抜かれるまでの間、何が起こったのかを確認したい。それなら明日の夕方に覗くのがいいんだろう。
明日か。だが。
窓にいたものの見極めもしなければならない。徒手空拳で調べるべきことは多い。『夢』の中は記憶が保てない。だから確かめられるなら『扉』から確認したほうがよい。ただし相手は宗教だ。まさか見ていたのが神ということはないだろうが、俺たちの認識を侵食してくるものなら鉢合わせたくない。
一番の問題は、公理さんに時間がないことだ。漫然と明日まで待つことはできない。
請園恭正はどうなったのか。今の時間はおそらく柚は家にいない。だから『扉』の中を覗くべきか。あるいは今日もう一度『夢』で入るとしたらどの時点がよいだろう。
「ハル、伽耶ちゃんが教団に来た時に何をしていたのか調べるのはどうかな」
隣から声がかかる。
「何故?」
「伽耶ちゃんは多分、部外者だ。うっちーの話でも教団に興味がなさそうだった。じゃあ何で呼ばれたのかなと思って。伽耶ちゃんがどういう役割を担っていたのかわかれば、全体像が見えるかもしれないと思ったんだよ」
なるほど。集団ではなく個人についてはあまり考えていなかった。
内倉さんの話では請園伽耶は健康診断のようなものをしていたそうだ。検査か。何を調べていたんだろう。それがわかったところで関係の有無はわからないかもしれない。けれども今はヒントが少なすぎる。だが少しでも手掛かりは欲しい。やってみようか。時間もない。
請園伽耶があの家にいる時、と念じて枕に頭を横たえた。
そして失敗した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
Catastrophe
アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。
「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」
アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。
陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は
親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。
ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。
家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。
4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる