72 / 81
第5章 カルト教団集団自殺事件
扉の向こう側 認識の食い違い
しおりを挟む
さて、どうするか。
時刻は20時半。柚は家に帰っているかもしれないし、帰っていないかもしれない。
けれどもそれはすでにたいして意味がないことなのかもしれない。帰っていても帰っていなくても、いずれ俺が家の中を覗いていることはバレている。
けれども柚と呪いの関係の検討の必要だ。例えば柚はいつ、呪いから情報を受け取っているのか。『夢』で見た越谷泰斗は家に入ったときに呪いに包まれた。越谷泰斗であれば家に帰ったタイミングな気がする。あの家からはリアルタイムで呪いが零れ落ちている。俺はその呪いを見ることができる。けれども昼に柚に会ったとき、柚から呪いが溢れ出ることはなかった。とすれば、家の外では呪いの力は限定的にしか及んでいないのかもしれない。
柚が家への出入りをリアルタイムで認識できるのか、あるいは帰宅した時に何らかの方法で家か呪いから情報を取得するのか。それはわからない。けれどもいずれ柚に知られる以上、もはや侵入の時間を調整する意味は、柚に家から追い出される可能性の有無程度の違いしかないのかもしれない。
俺は家に招かれた。だから追い出されはしない、気はする。
そうであれば一度『扉』の中で話をするのも手だろうか。けれども今は公理さんがダメージを負っている。下手は打ちたくない。公理さんをこれ以上負傷するのは嫌だ。視覚は俺の生命線だ。
公理さんが『扉』から家に入ったように、柚があの家からこのマンションに出てくる可能性はあるだろうか。越谷泰斗の時は呪いは扉を超えて現れていた。けれどもあれは単純に呪いの欠片で、蠅の実体を伴うものではなかった。公理さんがあの家に入ったときも実体を伴うものではなかった。あの家とマンションは物理的に隔絶している。空間をワープしたり、ワープ先のマンションで物体を構成できるとは思えない。それこそSFだ。
「ねえ、ハル」
「何?」
「話し合いをしよう」
「話し合い?」
「また、何も話してくれなくなった」
公理さんに話すことのメリット。俺が知りたい所を注視してくれるだろう。
公理さんに話すことのデメリット。公理さんは独断で行動しかねない。今目の前にいる公理さんの体の半分は動かない。けれども『扉』の中に入ることはできるだろう。入ってしまえば俺には何もできない。止められない。
「話してるだろ。今日だって内倉さんと」
「それは! そうだけど、なんでそう考えるのかとか、教えてくれない」
「まだ考えがまとまってないんだよ、俺も。第一バイアスが変わってから、まだ一度も中を見てない」
「それは……そうだけど」
公理さんから情報を取得したいこと。
柚と接触するべきかどうか。
柚と交流する目的と効果の検討。
そもそも俺の一番大きな目的は、俺に降りかかった家の呪いの解消だ。俺にくっついた扉の消去。2つ目は公理さんの魂の奪還。3つ目はあの家から柚を連れ出すこと、だ。
柚の意思と状況認識を確認することは肯定にしろ否定にしろ3番目の解決に必要だろう。もし嫌がっているのなら、何らかの手立てが必要だ。これまで解消させたバイアスのように。
だからいずれのタイミングかで柚に接触せざるをえない。これまで家と話した結果、家は呪いの存在を望んでいない。けれども柚は人を殺しているのは家と言っていた。認識は真っ向から食い違っている。
仮に柚の言うことが本当で家が人を殺しているのだとしても、人を家に連れて来るのは柚だ。柚は多くの人間を家に招いている。つまり柚は人が死ぬことを前提に家に人を連れて帰っているとしか思えない。全員かどうかはわからないが、柚が連れてきた人間の多くは死んで2階の冷蔵庫に詰まっている。つまり、柚は既に呪いを実行し不幸を拡散する存在になっている。越谷泰斗や喜友名晋司のように。
公理さんも俺も招かれた。普通に考えれば家に入れば殺される。家に? 柚に? それはわからないが、柚が家にいる場合はそのリスクが高まる。だが『扉』を覗く限りなら、目を開ければ逃げられるはずだ。柚は物理的には扉を超えては来ないだろう。だから公理さんは安全だろう。きっと。どうしたものかな。
「今『扉』に入るか考えている。柚がいるかもしれない」
「ハル、柚に会いに行こう? 俺も直接話したい」
柚に直接話す。俺が話すよりは公理さんが話したほうがスムーズではあるんだろう。昔からの知り合いだ。けれども今の柚は公理さんが知っている柚とは異なる、と思う。呪いのせいで変質している、と思う。
堂々巡りだ。けれども結局、入るか入らないかだ。後回しにしてなにか意味があるだろうか。
「……わかった。ただし、ヤバいと思ったらすぐ戻る。公理さんは絶対に中に入っちゃだめだ。もし次入るようなら、もう一緒にいられない」
「……わかった」
その声は少し不貞腐れているように聞こえた。内倉さんが飲ませた酒が残っている。
「本当に駄目だよ。それからもし呪いか柚が扉を通ってこちらに来そうになった場合はすぐに言ってくれ。言えない状況なら、そうだな手に爪を立てるとか、なんらかの方法で知らせてくれ。すぐ打ち切るから」
「わかった」
ソファの前にローテーブルを寄せて位置を調節し、手を握る。公理さんの目を覗き込む。少し酔っている。大丈夫だろうか。けれどもじゃあ、一人で入るべきなのか? いや、そもそも中がどんな状態か、今は全くわからない。
「本当に『扉』の中には入るなよ、絶対だ」
「わかったってば。しつこい」
時刻は20時半。柚は家に帰っているかもしれないし、帰っていないかもしれない。
けれどもそれはすでにたいして意味がないことなのかもしれない。帰っていても帰っていなくても、いずれ俺が家の中を覗いていることはバレている。
けれども柚と呪いの関係の検討の必要だ。例えば柚はいつ、呪いから情報を受け取っているのか。『夢』で見た越谷泰斗は家に入ったときに呪いに包まれた。越谷泰斗であれば家に帰ったタイミングな気がする。あの家からはリアルタイムで呪いが零れ落ちている。俺はその呪いを見ることができる。けれども昼に柚に会ったとき、柚から呪いが溢れ出ることはなかった。とすれば、家の外では呪いの力は限定的にしか及んでいないのかもしれない。
柚が家への出入りをリアルタイムで認識できるのか、あるいは帰宅した時に何らかの方法で家か呪いから情報を取得するのか。それはわからない。けれどもいずれ柚に知られる以上、もはや侵入の時間を調整する意味は、柚に家から追い出される可能性の有無程度の違いしかないのかもしれない。
俺は家に招かれた。だから追い出されはしない、気はする。
そうであれば一度『扉』の中で話をするのも手だろうか。けれども今は公理さんがダメージを負っている。下手は打ちたくない。公理さんをこれ以上負傷するのは嫌だ。視覚は俺の生命線だ。
公理さんが『扉』から家に入ったように、柚があの家からこのマンションに出てくる可能性はあるだろうか。越谷泰斗の時は呪いは扉を超えて現れていた。けれどもあれは単純に呪いの欠片で、蠅の実体を伴うものではなかった。公理さんがあの家に入ったときも実体を伴うものではなかった。あの家とマンションは物理的に隔絶している。空間をワープしたり、ワープ先のマンションで物体を構成できるとは思えない。それこそSFだ。
「ねえ、ハル」
「何?」
「話し合いをしよう」
「話し合い?」
「また、何も話してくれなくなった」
公理さんに話すことのメリット。俺が知りたい所を注視してくれるだろう。
公理さんに話すことのデメリット。公理さんは独断で行動しかねない。今目の前にいる公理さんの体の半分は動かない。けれども『扉』の中に入ることはできるだろう。入ってしまえば俺には何もできない。止められない。
「話してるだろ。今日だって内倉さんと」
「それは! そうだけど、なんでそう考えるのかとか、教えてくれない」
「まだ考えがまとまってないんだよ、俺も。第一バイアスが変わってから、まだ一度も中を見てない」
「それは……そうだけど」
公理さんから情報を取得したいこと。
柚と接触するべきかどうか。
柚と交流する目的と効果の検討。
そもそも俺の一番大きな目的は、俺に降りかかった家の呪いの解消だ。俺にくっついた扉の消去。2つ目は公理さんの魂の奪還。3つ目はあの家から柚を連れ出すこと、だ。
柚の意思と状況認識を確認することは肯定にしろ否定にしろ3番目の解決に必要だろう。もし嫌がっているのなら、何らかの手立てが必要だ。これまで解消させたバイアスのように。
だからいずれのタイミングかで柚に接触せざるをえない。これまで家と話した結果、家は呪いの存在を望んでいない。けれども柚は人を殺しているのは家と言っていた。認識は真っ向から食い違っている。
仮に柚の言うことが本当で家が人を殺しているのだとしても、人を家に連れて来るのは柚だ。柚は多くの人間を家に招いている。つまり柚は人が死ぬことを前提に家に人を連れて帰っているとしか思えない。全員かどうかはわからないが、柚が連れてきた人間の多くは死んで2階の冷蔵庫に詰まっている。つまり、柚は既に呪いを実行し不幸を拡散する存在になっている。越谷泰斗や喜友名晋司のように。
公理さんも俺も招かれた。普通に考えれば家に入れば殺される。家に? 柚に? それはわからないが、柚が家にいる場合はそのリスクが高まる。だが『扉』を覗く限りなら、目を開ければ逃げられるはずだ。柚は物理的には扉を超えては来ないだろう。だから公理さんは安全だろう。きっと。どうしたものかな。
「今『扉』に入るか考えている。柚がいるかもしれない」
「ハル、柚に会いに行こう? 俺も直接話したい」
柚に直接話す。俺が話すよりは公理さんが話したほうがスムーズではあるんだろう。昔からの知り合いだ。けれども今の柚は公理さんが知っている柚とは異なる、と思う。呪いのせいで変質している、と思う。
堂々巡りだ。けれども結局、入るか入らないかだ。後回しにしてなにか意味があるだろうか。
「……わかった。ただし、ヤバいと思ったらすぐ戻る。公理さんは絶対に中に入っちゃだめだ。もし次入るようなら、もう一緒にいられない」
「……わかった」
その声は少し不貞腐れているように聞こえた。内倉さんが飲ませた酒が残っている。
「本当に駄目だよ。それからもし呪いか柚が扉を通ってこちらに来そうになった場合はすぐに言ってくれ。言えない状況なら、そうだな手に爪を立てるとか、なんらかの方法で知らせてくれ。すぐ打ち切るから」
「わかった」
ソファの前にローテーブルを寄せて位置を調節し、手を握る。公理さんの目を覗き込む。少し酔っている。大丈夫だろうか。けれどもじゃあ、一人で入るべきなのか? いや、そもそも中がどんな状態か、今は全くわからない。
「本当に『扉』の中には入るなよ、絶対だ」
「わかったってば。しつこい」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
春と冬
Tempp
ホラー
桜が散る春、成(なり)と紫帆(しほ)は出会ってしまった。
会った以上は離れがたい。その瞬間、運命が転がり始める。
これは二人が皮を剥ぐまでの1年の愛の物語(頭弱。
(注意)
二部構成の狂愛の話です。変態注意です。
全部で4万5000字くらいで書き終わってますが改稿しながら投下しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
幸せの島
土偶の友
ホラー
夏休み、母に連れられて訪れたのは母の故郷であるとある島。
初めて会ったといってもいい祖父母や現代とは思えないような遊びをする子供たち。
そんな中に今年10歳になる大地は入っていく。
彼はそこでどんな結末を迎えるのか。
完結しましたが、不明な点があれば感想などで聞いてください。
エブリスタ様、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも投稿しています。
祓い屋・彼岸堂 怪異奇譚
如月 仍
ホラー
神無木 蒼波[かんなぎ あおば]の眼には、
他人には見えないモノが〈視える〉──。
春休み明け、四月某日。教授である朝香の混沌とした部屋で見つけたのは、いわく付きの寄木細工の秘密箱だった。
人生、果たして何度目か。怪異にまつわる面倒事に巻き込まれた蒼波は、箱の持ち主である九十九里 咲月[つくもり さつき]の元へと赴くことになる。
ひっそりとした商店街の一角で〈彼岸堂〉という名の古本屋を営む彼女は、古本屋店主の表の顔とは別に〈祓い屋〉としての裏の顔も持っていた。
神無木 蒼波は、単に怪異に寄り憑かれやすいだけでは無い。
彼と共に過ごしたのは、たったの数時間。
それでも。蒼波にとっても、咲月にとっても。
この出会いは、運命に等しかった。
「それを活かして、私の助手をやらない?その代わり。ここで働く間は、キミが求める普通の暮らしを保証しよう。時給3000円、破格だと思うよ?」
蒼波の潜在的な能力に気付いた咲月は、
とんでもない誘いをもちかけたのであった──。
Illustrator・アメユジ様
[HP]https://ameyuji.myportfolio.com/
[Twitter ID]@ameyuji22
✄--------------- キ リ ト リ ---------------✄
体裁を整えるため、一旦削除しました。
なお、他サイトでも連載中です。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる