叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver

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第5章 カルト教団集団自殺事件

意見の違い 構造の検討

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 飯を食えばいささか冷静を取り戻せた。
 文句を言っても既に発生してしまった結果は変わらない。
 悔いること自体に意味がない。
 結果の評価をしよう。思考を前向きにしなければ。
 結局のところ、結果はかわらなかったかもしれない。正直、俺にはどうしようもなかった。仮に俺が同じように呪いに飲まれても、公理さんと同じようにはできない。無理だ。俺には喜友名晋司が何を考えているのか、そもそも絵のことなんてわからない。公理さんと違って芸術なんて無縁だ。素養がない俺には感覚的な部分は何を言っているのかさえ、さっぱりわからない。

 ……公理さんは喜友名晋司と魂を混ぜた。そして呪いに飲まれた。
 理屈として切り分ければ、わからなくもない。喜友名晋司は絵になりたい。だからその望みを叶えるために喜友名晋司を絵にした。喜友名晋司は絵が完成すればはじき出されると言っていた。それがどういうことなのか俺にはわからないが、完成した絵は呪いそのものだ。喜友名晋司自体が呪いになれば、絵に固着する可能性がある、のかもしれない。
 しかしそれがどういう意味を持つ。絵になって、満足して、絵から出ていくのか?
 わからない。そのまま絵に留まるのなら、結局は自殺と同じだ。喜友名晋司を満足させて家から出さなければ1日は超えられない。
 そこからの説明は更に意味がわからなかった。
「今回の呪い、というか喜友名晋司が描いた絵はさ。喜友名晋司が殺した呪われた魂に導かれるまま、その希望を描いたものなんだよ。だからもともと喜友名晋司と呪いは親和性があるはずなんだ」
 公理さんは動く方の右腕を膝枕にソファに寝転がっている。
「そこまではまだ、何とかわかる」
 これまでの呪いの中心にいた者たちも呪いを操り、人を殺していた。
「だから喜友名晋司の希望を描かせようと思ってさ」
「そこからがわからない」
「喜友名晋司は絵を描いて褒められたかったんだ。だからその魂を絵にすればいいんだよ」
 さも簡単なことをいうような公理さんの言葉は、俺にとっては極めて難解だった。
「どうやって」
「どうやってって。何を望んでいるかを知るためにさ、俺はずっと喜友名晋司と話してたんじゃん。だからそれをもとに喜友名晋司の記憶と希望が乗るように調整したんだよ」
 確かにそんなような話をしていた。
 けれども本当に何をいっているのかわからないし、何をどうしたらそうなるのかもわからない。
「だからどうやってその希望を乗せたんだ」
「喜友名晋司と話しててさ、描いているのが抽象画じゃないってわかったんだ。喜友名晋司は見ているものを描いているだけだ。あの絵はさ、喜友名晋司が食べた魂そのままなんだ。喜友名晋司は魂を絵の具にして、その絵の具を見ながら絵の具の通りに絵を描いてる。だからあんなに強烈でインプレッションを与える絵を描くんだよ。だって魂を描いてるんだよ? でもさ、具象っていうのは、目の前に無いと描けないんだ。だって見たままを描いてるわけだから」
「見たまま……?」
「そう。自分の魂なんて見えないでしょ? だから俺が喜友名晋司になって喜友名晋司自身に描きたい自分を見せて、それを描かせれば簡単だと思って」
 頭が痛い。やはり何を言っているのかわからない。
「それで公理さんも呪いに閉じ込められたら元も子もないだろ」
 ハハハと笑うその意味もわからない。
「流石に自分が絵になるつもりはないよ。でも喜友名晋司が他の絵に魂が満ちた時に追い出されたように、喜友名晋司を全部絵に詰めたら俺が追い出されると思ったんだ。同じところに2つの魂が収まるのは無理だと思うからさ。だから安全だと思ったし、実際うまくいったんだと思ってる。ただ逃げ出すタイミングをちょっと失敗したけど」
「ふざけるな! ちょっとじゃないだろ!」
 その言葉に思わず出た言葉は予想より大きくて乱暴だった。公理さんはわずかに目を顰め、そして伏せる。責めたいわけじゃない。それに責めてプラスになることなんてない。もう結果は出ている。
 公理さんが何を言っているのか、心の底から欠片もわからない。
 俺では、無理だ。確かに無理だ。……そして俺には解決に至る道筋は未だに全く思い浮かばない。

 喜友名晋司が満足するには喜友名晋司を理解することが必要なのかもしれない。
 あらかじめ相談してもらえれば他の方法が検討で来たかもしれない、できないな。今説明されてもさっぱりわからないんだから。
 結局は公理さんしかどうしようもなかったんだろう。だが、他にやりようはあったはずだ。相談してもらえればもう1日かけて検証が出来たかもしれない。少しだけ混ぜて外に出た場合の損耗率とか……。そこで下手を打てば間に合わなかった可能性がある。喜友名晋司が絵を描き終わったのは多分ギリギリだった。
 そもそも、ギリギリだ。ギリギリなんだ。
 俺に出来ることは説得しか無い。説得できない相手には俺は無力だ。俺は『扉』の中の霊に干渉なんてできないんだ。そもそも。

 糞、胃が痛ぇ。
 全ては結果だ。
 もう過ぎ去った。
 回顧することに意味はない。
 無駄だ。
 無駄なことをする余裕はない。
 現状、呪いを解くのに支障はない。
 俺の頭はそう告げている。
 夢の中では扉は閉じている。だから、そもそも公理さんは俺を起こすことしかできない。『扉』を覗いていてもこれまで通り立ち入らない限りは、ただ外から中を見ているだけだ。外出での調べ物は俺がしている。公理さんの左半身がなくても、何も支障はない。
 ああ! そうだな! 支障はなんてないさ! 全くな!
 ……だがそういうことじゃないんだ。こういう結論重視の自分の思考回路は大嫌いだよ。糞。
 過去は変えようがない。
 だが。
 同じことはもう二度と起こさない。決してだ。公理さんは信用しない。公理さんは甘すぎる。無理だ。なんとかなると思った、だと? そんなあやふやなことに将来がかけられるか馬鹿。
 家の呪いは俺が解く。
 喜友名晋司の絵の影響は終了しただろう。だからこれ以上公理さんの精神の悪化はないと思いたい。

 よし、愚痴はここまでだ。
 公理さんは目だ。それ以上の負担はかけさせない。目に徹してもらう。損失を織り込もう。そもそも俺がそう言ったじゃないか。結果的に多少じゃなかった。けれども反省を活かす。今ならまだ呪いを解けばリカバーできる可能性がある。
「わかった。でももう無茶をするな。次を検討しよう。とっとと終わらせよう、こんな呪い」
「……そうだね」
 表面上は仲直りしよう。でももう、公理さんは信じない。不安定だ。やはり酒を飲むのを許すんじゃなかった。

 頭を切り替えろ。まずは目標の設定だ。
 大目標は変わらず家の全ての呪いの解除。追加で公理さんの魄の奪還。
 小目標は集団自殺事件のバイアスの消滅。
 これまでの前提の修正をしよう。
 喜友名晋司の事件はそもそも不可解だった。俺には黒い四角しか見えなかったが、公理さんには滴り落ちたオレンジ色に見えた。
 喜友名晋司の呪いの効果は、おそらくその魂を絵に塗り込めることだ。全てが絵に向いている。公理さんは色を見ることによって絵に吸い込まれようとしていたし、おそらく俺の五感も見えないままに絵を見つめることで絵に吸い取られたんだろう。喜友名晋司に話しかける芝山彰夫は痛覚がなくなったようなことを言っていた。
 だからその効果は喜友名晋司自身にも効果を及ぼし、喜友名晋司は自分で自分を解体し、うまくいかない一部が窓から転げ落ちたのかもしれない。あるいは呪いの効果によってばらばらに放り投げられたのかもな。そのへんは見ていない以上よくわからない。
 今回の呪いの大本は神目教の目玉だろう。そう。つまり呪いは前のバイアスにある何かに繋がっている。
 貝田弘江が聞いた女の子の声、というのは恐らく、小藤亜李沙の叫び声だ。小藤亜李沙を助けるためか本当にうるさいと思ったのかはわからないが、橋屋家に恨みを抱き皆殺しにした。
 越谷泰斗は喜友名晋司を信奉していた。喜友名晋司に『落日の悲歌の続き』を描かせるため、太陽の魂を手に入れるために人を殺しその人間を食べて育った蝿が呪いとなり、更に死体を増やした。
 喜友名晋司は天井裏に置かれた神目教会の目玉を使って絵を描き、絵を描き続けるために人を殺した。
 つまり、前のバイアスの悲劇が新しいバイアスで悲劇を生み出している。
 とすれば、神目教会の呪いの元は位波家。最初の家族。そろそろ大本を調べる時期かもしれない。
「あれ? 神目教会の目は途中で食べてなくなったんだよな?」
「そう簡単にアレが消えて無くなるとは思えないよ。呪い自体は絵の中にいて、そこから出入りしていたんでしょう? 喜友名晋司と絵は繋がっているように見えた」
 そういえば公理さんは絵からオレンジ色の絵の具が滴り、四方八方に伸びていると言っていたな。
「そもそも喜友名晋司は目玉を食べたんだ。だから目玉は喜友名晋司に同化したんじゃないかなぁ」
「どうかな。喜友名晋司は幽霊の目玉を物理的に食べたんだろうから、それで無くなるってものでもないのかもしれないな」
 公理さんと最後に見たものをすり合わせる。
 振り返った時、喜友名晋司のバイアスが消滅し、集団自殺事件のバイアスが表面化した。
 呪いは窓際で形を取り、浮かびあがった。あれはきっと集団自殺事件の際に2階の窓際に吊られていた死体。いや、違うな。以前公理さんが言っていたように、2階の天井一杯に死体が吊り下がっているんだ。干物みたいに。窓際だけじゃない。
 だいたいの死体は窓とは反対側を向いて釣り下がっていたが、中には窓を向いている者もいた。その死体には右目がなかった。おそらく眼球はくりぬかれ、加工されて喜友名晋司が見つけた天井裏に置かれたのだろう。
 何故そんなことをする。
「死体は腐ってはいなかったよ。足がむくんでた、気はするけど」
 公理さんは目を閉じて仰向けに寝転がる。
 見た範囲での劣化は少ないようだ。裸足の足元がむくみ、せいぜい死斑ができる程度。季節にてらしてもおそらく死後2~3時間程度だろう。
 少しだけの時間経過。越谷泰斗の事件の時とパラレルに考えると、おそらく死体を作り出した人物はこの後比較的近い時刻で死亡し、新しいバイアスが構築された、のかもしれない。そうするとこれらの死体を作り出したのは、死体の見つかっていない教祖の請園恭正うけぞのきょうせいの可能性が高いかな。
 請園恭正は何故死体を作ったか。請園恭正がどう死んだのか。それが今回の呪いの基礎になる、んだろう。
 詳しくは明日図書館で調べよう。
 今検討できるのはこのくらいか。
「念のため言っておく。2度と『扉』の中に入るな。以降勝手に入るようなら一緒に『扉』は開けない。1人で見る。リスクは俺が管理する。公理さんは信用できない」
 あんな選択はもう御免だ。
「信用……ごめん。そうだよね。でもそれは俺も同じで。ハルには相談して欲しいんだ。危険なら特に」
「……方針だ。とりあえず俺が今晩『夢』を見る」
「ちょっとまって。今日は人が来る」
「人?」
「そう、クラブで行方不明を探したでしょ? 彼女の1人が行方不明になった人。内倉侑平うちくら ゆうへいっていう。俺の知り合い。柚ともLIMEで繋がってる。その彼女は請園伽耶うけぞの かやっていう」
「彼女の1人? 請園って」
「そう、教祖の娘。教祖がどうなったか知ってるかもしれない。今回は教祖を見つけないと進まないでしょ? ……その、相談はしなかったけど、これは大丈夫だよね?」
 公理さんは片目だけ開けて、不安そうに俺を見た。
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