叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver

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第4章 芸術家変死事件

画家の思い出 非伝聞

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 時計を見れば17時半。
 時間的にも今日はこれで最後だ。これより後は柚が帰宅する可能性がある。
 何度も『扉』を覗いた。休憩を入れるタイミングはどんどんと早くなり、今では休憩の時間のほうが長い。公理さんは気だるそうにぐったりとソファに横たわりながら、今も喜友名晋司の情報を検索している。
「ハル、喜友名晋司は多分すごく単純でさ、ようは両親を絵で喜ばせたかったんだよ」
 確かにそんなような話は垣間見えた。けれども喜友名晋司が同居していた母親は随分前に死んでいるし、父親は小さい頃から別居して、ほとんど会っていないと聞く。
「うん、そう。喜友名晋司は孤立していた。この家に来る前から、喜友名晋司の周りには誰もいなかった。だからずっと、1人で絵を描いていたんだ。誉めらるために思い出の絵を描いていた」
「花の絵?」
 花の絵は、画集にはなかった。
 画集は喜友名晋司が画風を変えて評価を得るようになった後、つまりあの家に引っ越してからの絵ばかりだったと思う。
「そう。この家で描いた絵はたくさんの人に褒められた。でも花の絵を誉めてくれたのはお母さんだけだった」
「母親はもういないんだろ」
 喜友名晋司の母親が死んだのは、この家に引っ越しする随分前だ。
「そうだね。それでね。俺はこれまで呪いが喜友名晋司を歪めたんだと思ってた」
「違うのか?」
 公理さんは考えるように目を閉じる。
 呪いが喜友名晋司を歪める。貝田弘江も越谷泰斗も呪いによって歪められた。
「死んでしまったなら褒められようがない。墓前にでも供えたのか?」
「いや、褒められたかったんだよ。お墓じゃなくてお母さんに。凄いねって」
「そんな無茶な」
 死んだ人間が褒めるわけがない。
「多分、喜友名晋司は絵が好きなわけじゃない」
「じゃあなんで描いてる」
「きっと他になかったんだ。そして花の絵を認められたかった」
 花の絵は認められていない。認められたのは印象画だ。
「なんだかズレている」
「ズレてはしていないんだよ。喜友名晋司が認められたかったのは、絵でなく自分自身なんだ」
 月展に入選したのが嬉しかったといっていた。有名な賞に入賞すれば、それは褒められたということにならないんだろうか。
「意味が分からない。画家ってのはさ、その絵が人に認められるものだろ? 画家自身の性格で絵が褒められるわけじゃない」
「そう。その通りだ。だからそこに呪いが挟まってる」
 呪い……? 確かに呪いは挟まっているのだろう。あのキャンパスの奥にあったのは確かに呪いだ。杉山? 最初にあの家で描かれたのは神目教の目のはずだ。あの呪いが一体なにかもわからない。いや、それよりもうう様なこと。
「呪いを解くことはできるのか?」
「そう、だな。きっと絵を褒めればいいんだよ」
「越谷泰斗は喜友名晋司の絵を褒めていただろう? まさに心酔といった感じだった」
 生きていた時はもう少し増しだったかもしれないが。
「うん。でも越谷泰斗が褒めていたのは喜友名晋司ではなくその絵だったから」
「何が違う」
 公理さんは随分と複雑な表情をその表に浮かべる。
「とにかくもう1回見ようか。それで最後だ」
「ああ。流石に柚が帰りかねない」
「うん。ところでさ。最後だから、ちょっと飲んでいい? だいぶん疲れちゃったし」
 公理さんは片目を瞑る。その顔色は悪く疲れが滲んでいる。食欲も落ちている、な。胃が痛んでいるところにアルコールはよくない。けど。
「……仕方ない、な」
「やった」
 公理さんはひょいと起き上がり、手酌で手元のグラスにワインを注ぐ。くるくると回して香りを嗅ぎ、傾ける。トン、とグラスがテーブルに置かれると同時に、葡萄の香りの長く深い息をついた。

 整理しよう。
 公理さんの言う通りなら、喜友名晋司の目的は、死んだ母親に自分が褒められること。けれども母親はもういない。描いた絵は賞をとり、褒められた。しかし目的は達せられなかった。
 だから喜友名晋司は絵になろうとした。
 さっぱりわからない理屈だ。連続性が思いつかないほどの飛躍と断絶がある。
 そうするとお手上げだ。喜友名晋司の望みは絵になって褒められることだ。喜友名晋司が絵になるには、あの芝山の形をした呪いが言うには、死ぬしかないのだろか。
 自殺を止める方法がわからない。そもそも自殺をしても絵にはならないだろ?
 喜友名晋司の頭の中はさっぱりわからないが、絵を描く以外に方法はないのだろうか?
 何でもいい。何かの手がかりが欲しい。行き当たらなければ、明日に持ち越して再度検討しなおす必要がある。
 右手を組み目を閉じる。手はこれまでになく強く握り返された。やっぱり少し、酔っ払っている。
 二階に上がれば、変わらず黒い枠が浮き、その前に黒い影がいた。
「こんばんは」
  こんばんは こんなに人と話したのは久しぶりだ
  それにこんなに私のことを尋ねられたのも初めてかもしれないね
 ふいに、俺の手を握った公理さんの存在が薄くなるような、そんな気配があった。
「公理さんどうした?」
「こんばんは」
  おや? 君は違う人だね?
「同じ人だよ。話を続けよう」
 平然と続けられた声に混乱した。何故公理さんと喜友名晋司の間で話ができている?
「公理さん、何が起こってる。どうやって話してるんだ?」
 見回しても公理さんは見当たらない。
「ハル、絶対に目を開けるな。俺は今『扉』の内側にいる。俺しか解決できないって家に頼んだら俺の魂を入れてくれたんだ」
 家? 魂?
「入れる⁉」
「それでね、今ハルが目を開けたら、扉が閉まる。俺は戻れなくなる。あと時間もない、ここはキツい」
「聞いてないぞ⁉」
「言ってないから」
「どれだけ危険だと思ってる!」
 そこは呪いで満ちている。呪いの温床だ。あの凶悪な絵の前に魂の姿で立つなんて考えられない。
「すぐ戻れよ! 飲まれるぞ!?」
「戻らない。いつもハルが無茶するから仕返しだよ。時間がない。柚が帰るかもしれない」
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