叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver

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第3章 大量不審死事件

それぞれが見えるもの 視座

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 2階に上がり、歩けるようになった小藤亜李沙とともに柚の部屋に入る。その途端、俺には小藤亜李沙、具体的に言えば黒い影が見えなくなった。
「家、小藤さん、ここにいるのか?」
「こんにちはお兄さん、お姉さん。……お姉さんとはやっぱりお話できないのかな」
「小藤さん、俺の声は聞こえる? この部屋に入ってからお前が見えない」
「お兄さんの声は聞こえてるみたいだよ。でも僕の声は聞こえてないみたい」
 混乱の極みだ。
 家は小藤亜李沙が見えるが、小藤亜梨沙と話せない。俺は家とは話せるが、小藤亜梨沙とは話せない。小藤亜梨沙は俺の言ってることは聞こえるが、家の声は聞こえない? そもそも『家と話す』というのも意味がわからない事象だ。カオスすぎて頭が痛くなってくる。
 とりあえず会話が成立する家と話し、小藤亜梨沙には通訳するしかないのだろう。どちらにせよ家の声は公理さん宛には通訳しなければならないから手間は同じだ。
 検討しなければならないのは、俺は何を解決しなければならないかということだ
「小藤さん、この部屋にいる限り安全だ。とりあえず作戦を練る」
「ハル、作戦って?」
「俺の取るべき行動とタイミング、つまりクリア条件だ。家、1日が書き換わるのは何時だ?」
「ええと、この時計で0時35分のはず」
 柚の机の上に置かれた時計を見ると16時20分。
「公理さん今何時だ?」
「ええと、16時20分」
「家と同じだな。巻き戻る原因は何だ」
「そのお姉さんがお兄さんに襲われて、骨でお兄さんを刺すんだ」
 骨で? そういえばあの場所には死体がたくさんあるんだったな。腐った死体なら骨も拾えるだろう?
「巻き戻りの起点は小藤さんの死か?」
「ううん。お姉さんはお兄さんより先に死んじゃうの」
「嫌なら逃げればいい」
「ハル雑すぎ、亜梨沙ちゃん動揺してるぞ」
 公理さんには小藤亜梨沙が見える、のか? そういえば家も? でも声は聞こえない。
「難しいことじゃないだろう? 今はきちんと歩けるんだから逃げられる」
「いや、まあ、そうなのか?」
 困惑げな声が正面から聞こえる。
「仮に小藤さんだけを外に出したまま1日が過ぎれば、小藤さんはどうなる?」
 俺の頭の中には外に出したのに戻ってきた黒い粒があった。
 一旦外に出ても解決しなければ再び囚われるのかもしれない。そもそも一日を繰り返す、ということは、その経過する前の一日が無かったことになるのだろうから。
「どう……? わかんない。この家から抜け出したのは橋屋さんたちが初めてなんだ。でも……そうだね。そもそもこの呪いを止めないと、このバイアスはなくならないと思う」
 バイアスとは何だ。家とバイアスは異なるのだろうか。
 小藤亜李沙がこの家から出るのみならば、それ自体は恐らく容易い。既に逃げる意思がある。俺が先程試みたように1階の窓から外に出るだけだ。けれども呪いを止めるという条件を達成するには、越谷泰斗の繰り返しを止めなければならない、のか。問題はどうやって越谷泰斗を止めるか、だ。
 あの『夢』の中で見た熱に浮かされたような様子を思い浮かべれば、土台説得など無理だろう。人の話を聞きそうにない。だから、越谷泰斗の言葉で問いかけなければ通じない。
「お兄さん、そろそろ時間だ。夜は来ないで。絶対に」
 そう言って声は立ち消えた。残るのは相変わらず、柚の部屋だけだ。

  私、死んじゃうの?
 部屋の扉を抜ければ途端に小藤亜梨沙の声が聞こえる。
「大丈夫だ。もう死んでるからな。それより小藤亜李沙。太陽とはなんのことだ?」
  太陽?
「小藤さんでもわかんない? 越谷泰斗は何故人を殺してるんだ?」
  何故……わからない 絵を描くと言っていたけど
 絵と死体は繋がらなくもない。けれども死体と太陽が繋がらない。
 越谷泰斗は中是秋名を絵を描く道具と言っていた。例えば血を使って絵を描く、とかであれば、描けなくもないだろう。確かに血は赤く、あの『落日の悲歌』もオレンジだった。けれども血は凝固して黒くなる。むしろ太陽は沈むのではないだろうか。
 手が強く握られた。
「公理さん?」
「ハル、もう一度正面の部屋に行って。死体の山の奥で何かいた気がする。越谷泰斗はこう言ってたんでしょう? 中是秋名は芸術の道具で、越谷泰斗は芸術家じゃない。それなら芸術家は別にいる」
「別に? ないとまでは言われてない」
「同じことだ。美とか世界とかいうものを、特に抽象画を描こうなんて思う人は自分が発信者であることに自覚的だ。抽象画はキャンバスに物じゃなくて魂を塗り込める。自分の行為が芸術であることを迷わない。そうじゃなきゃ、一見落書きにしか見えない絵を芸術だと言い張って人に見せたりはしないよ。越谷泰斗が自分で描くなら、俺が描くと言うはずだ」
 俺にはさっぱりわからない理屈だ。けれどもそんな理屈より重要なことがある。
「……大丈夫なのか?」
 一瞬、息を詰める音がした。だってその山というのは、まごうことなく腐乱死体だ。繋ぐ手が湿っている。脂汗をかいているのだろう。
「無理すんな、まじで」
「大丈夫じゃないけどもう1回見たからさ、なんとか。慣れてたりしないかな……」
 最後の声はわかりやすく尻すぼみだった。
 頭が急に冷静になる。家のことと、公理さんのことは分けて考えなければならない。妙に張り切っている分、公理さんが心配だ。呪いを解く本番に『扉』の中を確認できる状態をキープしてもらわないと困る。けれども今のうちに確認したいのも確か。出たとこ勝負は危険だ。糞。相変わらず全てがわからない。この太陽の光の差す家の中は腐臭が漂い、全てが白い闇の中だ。
 左手が重ねられた。溜息を吐いて、俺も左手を重ねる。公理さんの手が冷たい。けれども俺も、似たようなものだろう。
「本当に、大丈夫なんだろうな。駄目ならすぐに知らせてくれ」
「……うん」
 再び2階正面の部屋の扉を抜ける。
 あいかわらず薄暗く感じる以外、俺には何も見えなかった。
 先程より薄暗い。少し日が陰っていた。黒い粒が先ほどより活性化している。越谷泰斗の帰還の時刻が近づいてきたからだろうか。間も無く夜が来る。
 えずく公理さんの指示に従い、黒山を避けて窓ぎわまで歩を進める。
「いた。黒い幽霊だ。幽霊の隣に白いキャンバスがある」
「キャンバス? 俺には見えないな」
「じゃあきっと、キャンバスの幽霊だと思う」
 キャンバスの幽霊?
「黒い幽霊から死体の山を通って部屋のいたるところに繋がる黒いラインが見える。これが今回の呪いの中心だと思う」
「ライン? 中心? 越谷泰斗ではなく?」
「俺にだってそんなのわかんないよ! ……これが何かは真っ黒くてわからない。けれど、キャンバスの前で座っているのが、全部の呪いの元だ。多分、喜友名晋司」
 言われてみれば、僅かに何かの気配を感じた。公理さんの腕はぶるぶると震えだしている。いずれにしろ時間はない。だから最低限確認しなければならないことがある。
「キャンバスに太陽は描いてるか?」
「真っ白で何も描かれてない! でもこのキャンパスは積み上がった死体と同じ程度の存在感が、ある。だから越谷泰斗が用意したものだと思う」
 死体と同じ存在感。越谷泰斗はキャンバスを用意し、死体を用意した。
「幽霊はキャンバスに絵を描こうとして筆を動かしてるけど、何も書けていない。何故だ」
 喜友名晋司と越谷泰斗の違い。喜友名晋司はこの家で変死した。その後越谷泰斗の死とその作り出した死体とは無関係だ。そもそも時点が随分違う。
 つまり、おそらくこの不審死事件の1つ前の存在。

 俺は喜友名晋司が見えない。これまで公理さんが見えた黒い幽霊は、俺にとっては塊や様々な姿をした黒いものに見えたのに。一体何が違うんだ?
「小藤さん、あんたキャンバスは見えるか?」
  見える でも真っ白よ
「キャンバスの前に幽霊がいる。見えるか?」
  ……見えないわ
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