叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver

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第3章 大量不審死事件

リビングの姿 新しい現場

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 目の前で公理さんがげほげほとむせている。
 カモミールティーのほうがよかったかな。リラックス効果がある方。消臭のイメージでミントを選んでしまった気がする。
「……やっぱその話だよね。……うん、ゾンビ映画だったよ」
「スケルトンはいた?」
「……うーん、どうだろう、いなかった気がする。けど、そんなによくは見てないや」
 公理さんは思い出しながら顔をしかめる。
 気になっていたことがある。
「あともう1つ、貝田弘江がいた時、部屋にいたのはゾンビか幽霊か」
「えと。その時はゾンビじゃなかったな。でもゾンビ映画になってからも幽霊はいっぱいいるよ」
 やはり貝田弘江の時は公理さんはゾンビを見ていなかった。これは何を意味するんだ?
 カップをを端に寄せて雑誌を広げる。
「この中で見た人いる?」
「この人と、この人。う。あと多分この人はいたと思う。他はわからない、急だったからなんか気も動転してたし?」
 公理さんは恐る恐る俺を見て肩をすくめる。
 小藤亜李沙と他2名の男女。
 小藤亜李沙の写真を指し示す。
「ゾンビ映画になってから一番正面にいたのはこの人だろ? 他のゾンビの配置はどうだった?」
「うん、正面はこの人だね……。あとは室内にパラパラだな。そういえばこの人の他に他にこちらを見てるっぽい奴はいなかった気がする」
 小藤亜李沙だけがこちらに関心を示していた。
 橋屋一家や貝田夫婦は話しかけなければこちらに関心を向けなかった。この違いは何だ。
「その他に変わった様子は?」
「そう、だね。この小藤って女の子は助けて欲しそうな顔でハルを見ていた気がする。あとは……どうだろう、グロい以外は特にこれといって印象にないな。……ハル、あのこれ、やっぱ俺見ないとダメ? ここで倒れるのはちょっと……」
 物凄く嫌そうな顔で左右に視線を走らせる。人目の通りやすいこのカフェを選んだのはやはりわざとか。今もざわざわとこちらを見ている複数の視線を感じる。
 けれどもここを選んだのは公理さんだ。精一杯にこやかに微笑んでみたが、顔色は悪くなるばかりだ。
「最終的には見てもらいたい」
「いや、でも」
「わかってる。その前に俺が夢で調べるから。公理さんはホラー映画は嫌いなんだろ?」
「無理無理、俺が好きなのはラブな映画だもん」
 心底ホッとした顔を浮かべる。それは昨日までの様子と比べても過剰だった。やはり苦手なんだろうな。公理智樹は基本的に幽霊ですら怖いのだ。
「そういえば行方不明者の件はどう?」
「連絡先知ってる何人かにLIMEしてみたけどさ、返事は普通に帰ってきたよ。あとはクラブに行ってみないとわからないな。一緒に行く?」
「俺はまだ酒飲めないんだぜ? 誘うなよ」
「ええと、飲まなくても大丈夫とこはあるんだ」

 公理さんはおもむろにスマホで検索を始めた。話題の変更は渡りに船なんだろう。でも最終的には、公理さんには頑張って見てもらわないといけない。緊張してばかりだと精神が保たない。なんで俺はこの人のメンタル管理をしないといけないんだ。
「ほらこれ、シレンティだったら今日デイイベントやってる。えーと、デイイベントっていうのは昼にやるライブでさ。3時からだから未成年も入れるよ。えっと今日はネオシティポップ。ハルの好みかはわからないけど。柚もたまに来るクラブだし」
「あんま騒がしくない系?」
「どうだろ、多分。でも俺は昼はいかないし」
「わかった。それから一瞬だけ見てほしい、部屋の雰囲気が変化しているかだけだ」
 公理さんの表面はわかりやすく引きつった。
「やだ。あの、今は見ないって、言ったじゃん」
「でもさ、夢を見るにも状況は確認しないと、だろ?」
「それは……」
 胡乱げな目が俺を見つめる。そろそろ俺の信用も地に落ちたかもしれない。仕方がない。指でくるくると周りを示すと公理さんもつられてキョロキョロ見回す。
「頼む。さすがに俺もこんなヒソられた中で公理さんを気絶させたりはしないから」
「本当に、一瞬だからね? 本当に」
「わかった、1分。短いから手を重ねるタイプでいい」
「1分って一瞬なのかな……」
 俺の手の上に公理さんの手が重ねられた。
 俺は目を閉じてあの家を思い浮かべた瞬間、手の甲に爪をきつく立てられ、すぐに目を開けると公理さんが口を引き結んで俺を睨み、突っ伏した。
 ちょうどお替りのお湯が運ばれてミントの香りがふわりと広がる。

 俺はあのリビングの階段側を思い浮かべて目を閉じた。俺の視界には一瞬リビングの向かいの階段が浮かんだ。とすれば公理さんはリビングの中を見たはずだ。
 公理さんの表情を見れば、やはり俺の思うような光景なのだろう。申し訳ないな。
 ひっくり返した砂時計の砂が落ち切ったのを確認して公理さんのカップに注げば、ミントの清涼な香りが広がる。
 視覚にも消臭効果は効くといいんだが。
「一瞬だっただろ?」
「……うん」
「幽霊はいた?」
「……千切れたのとか普通のはいた。ゾンビはいなかった」
「そうか。すまなかった」
「わかってて見せたでしょ。俺はもう見ない」
「1分以内だしすぐ起きただろ?」
「そういう問題じゃない、無理」
「……急ぎ確認したかったことはわかった。だからとりあえずは大丈夫。あとは俺がなるべく夢で調べる。でも最後は手伝ってもらう必要がある」
「無理だってば!」
 公理さんの大声にカフェ内の注目が集まる。
「落ち着け」
「無理、ほんと、無理。これ系は無理。俺、ホラー映画嫌い」
 ぶすっとしてテーブルに突っ伏して手で両耳をふさいだ公理さんの耳元に口を近づけ小さな声で話す。
「智樹、聞け。俺が死んだら次はお前があの中だ」
 ぐぅ、とくぐもった呻きが漏れる。
「大丈夫、俺で止める。そのためには最低限協力が必要だ、わかるだろ?」
「…………やだ、ハルは見えないからそんなこと言えるんだ」
「あの家の呪いを探したのはお前だ。俺はお前に巻き込まれた。責任を果たせ」
「……ハル、ほんと鬼だよね」
「なんでも食べたいもん作ってやるから」
「……じゃあオムライス食べたい。あちょっとまって、しばらく米はなし! うぅぇ。えと、俺が食べられそうなやつ、連想しないやつで美味いやつ」
「わかった。尽力する」

 はぁ、と大きなため息をついて公理さんは耳から手を離し、テーブルの上に腕を組んでその上に頭を横たえた。
 俺がどうしても知りたかったことは確認ができた。
 俺は幽霊が見えない。だから公理さんに確かめてもらうしかなかった。
 俺が知りたかったこと。
 重要なのはあの家の中の世界が変化したかどうかだ。
 公理さんの様子では、今のあの家の中の世界は橋屋の世界ではなく、大量不審死事件の世界に変化しているのだろう。家はバイアスを一つ解いたといっていた。そのバイアスというのはやはり橋屋家の事件のことだ。バイアスが何かというのは未だよくわからないが、これまで一番上の呪いが橋屋だった。そして俺は橋屋と貝田を全て家から出すことで、そのバイアスを消滅させた。
 つまりその結果だ。橋屋のバイアスが消滅したことによって大量不審死事件の世界が一番上に来ている。世界が変わった。その前提で動かないといけない。橋屋の前提、例えばあの次男が開けた窓はもう開いていないだろう。少なくとも、全てを1から調査する必要がある。
 15時近くまで、公理さんと事件と関係ない趣味の話をした。最近の髪型の流行、俺のたいして楽しくもない学生生活、公理さんが最近依頼されたドラマのスタイリストの話。ようやく公理さんの表情から緊張がほぐれてきたのがわかる。心の余裕は大切だ。まだ先は長そうだから。

 シレンティはカフェを出て繁華街を抜けた西側にあった。飲食店がたくさんある場所の地下1階。打ちっぱなしのコンクリートの狭い通路を下って扉を潜る。
 入る前から音楽が聞こえたが、中の喧騒は心配したほどでもなかった。学生が多く、混んでいるというほどではない。
「ネオシテイポップは踊るには向かない気がする」
「もともとアンビエント系のクラブだからね。ロックの日とかは結構激しいんだけど」
 公理さんが俺の分もチャージを払う。
 ジンジャエールを受け取って隅でぼんやりしている間、公理さんは楽しそうに色々な人に話しかけている。俺と違って交友関係が広い。音楽は嫌いじゃないが、このチカチカする照明は妙に落ち着かない。少しだけ居心地が悪い。
 その日の調査で柚の周りで行方不明になった者が1人見つかった。リクという人で、公理さんは知らない人だった。他に誰か心当たりがいれば知らせてほしいと言伝を残してクラブを辞した。
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