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第2章 橋屋家撲殺事件
5つの事件と呪いの始まり 登記事項証明書の記載
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「よかった! 起きてた! 気絶したら扉閉じないんじゃないかと思ったよ~」
酒の匂いを撒き散らしながらだらしなく抱きついてくる公理智樹が鬱陶しい。
可能性に思い至る。『夢』を見ると『扉』が開く。それなら気絶しても開く可能性はある。『扉』を閉じるには、俺の目をあの家から切り離さなければならない。万一『扉』が開きっぱなしになったらどうなるのか。奥からあの黒い存在が現れては、たまったものではないだろう。
断片的だが手がかりが得られた。
震えるほどの恐怖をもたらした最後に見た黒い存在。そこから子どもの声が聞こえ、俺には近づいてはこなかった。近づいてこない。それならあの黒い存在自身には、軽々に俺に危害を加える意思はない、と考えるのが合理的だろうか。警戒は怠れない。最初に見た時は狂気を感じたが、先程それは低減していた。今は首筋の予兆もない。肩の緊張が少しだけ軽くなった。
それにしてもあれがやはり家なのだろうか。坂道や『夢』で聞いた子どもの声とは同じものだろうか。
ともあれ当面の目的は設定された。
解呪。
家の呪いを解いて、みんなを幸せにすること。
けれどもそれが何を意味するかは、皆目見当がつかない。
ともあれ、次は行動方針を定めよう。
呪いが何かは未だ分からない。だから調べなければならない。あの家は何故あんな風なのか、あるいはあんな風になってしまったのか。『夢』が何かも未だよくわからない。
ずしりと体が重い。……今日はさすがに疲れた。続きは明日だ。
『夢』を見ないためには細かく起きるしかない、のか。憂鬱だ。スマホに1時間半おきにアラートをセットしていると、公理智樹がグラスを差し出した。
「酒飲んだら夢は見ない、かも」
「酒は飲めない、法律的にも」
「寝ないのは無理だよ? どうせ寝ちゃうし。飲むと俺は夢を見ない」
そういえば公理さんは飲まないと寝れないと聞いた。受け取るだけ受け取って、紫色の液体の入ったグラスをテーブルの端に置く。柔らかく漂う香りは心地いい。
「悪酔いして悪夢を見たら、扉が開くかもな?」
「う。でもさ、怖いことが起きたり死んじゃうなら、寝てる間のほうがいいかもなって。そう思う」
それなりに酔ってはいるのだろう。その焦点はふわふわと泳いでいた。
「俺はそうは思わない」
「そっか。そういや友達も寝るとうなされるんだって。だからよくクラブで飲んでるんだ」
公理智樹の理屈はよくわからない。たいていが支離滅裂だ。
そういえば『扉』から見た柚はソファで音楽を聴きながら、うとうとしていた。2時半なのに、まだ起きているようだった。そうやって睡眠時間を減らそうとしてるのだろうか。疲れすぎたり睡眠時間が短いと、夢が見づらいのは確かだ。
「友達はどんな夢見るんだ?」
「なんてゆってたかなぁ? だいたいはよく覚えてないらしいんらけど、いっぱい人が死んじゃうんらって」
柚が見る夢はどんなものなのだろう。
ゆるやかな絡み酒につき合ううちに、だんだん公理智樹のろれつが回らなくなり、やがて机に突っ伏しそうになるのをベッドまで引き摺る。
今日出来ることはここまでだ。
アラートをかけ直してソファに転がる。
細かく起きて寝直す。うつらうつらとした泥のような微睡み。夢を見ることは免れたようだ。けれどもその引き換えに、頭はふらついている。こめかみに鈍い痺れがある。わかりやすい寝不足の症状。
スマホを開けば朝7時半。
カーテンを開ければ明るい春の陽に照らされた辻切の街並みが一望できた。やっぱここは眺めがいい。さすが億ション。西向き窓だから直射日光は入らないけど、寝不足の目には少しの明かりでも眩しさが増幅される。軽く頭を振れば世界はぐらりと揺れた。
気持ちを切り替えよう。
俺は呪いを解かなければならない。そうしなければ……多分死ぬ。そう認識する。
家の情報を調べるには、まずは法務局か。
それからあの家で発生した事件について。図書館の新聞データベースが詳しいだろう。斟酌はあれど、新聞は警察報道を踏まえて作成されることが多い。辻切の図書館はわりあい大きかったよな。なら、各新聞記事のデジタルデータはあるだろう。
法務局も図書館も8時半には空いていたはずだ。
冷蔵庫を開くと酒しか入っていなかった。どうしようもない。
シンクで水をコップに注いで、温め直した昨日のピザを無理やり飲み込む。二日酔いの公理さんは昼まで起きない。
出かけるかと振り返ると、公理さんはベッドに大の字で寝ていた。鍵はどうするかな。エントランスはオートロックだし、開けっぱでもいいだろう。
マンションを出て伸びをすると、街はすでに動き出していた。
辻切センター駅に向かう人の波とざわめきに乗って法務局に足を向ける。普段は大学の寮から直接大学に通っているものだから、この早朝のごみごみした通勤路というもの随分と久しぶりだ。目的地に向かう人熱れの中、自分が酷く浮いている気がすた。
灰色の四角い建物が法務局だ。住居表示から地番を探して登記簿を取得する。
建築は15年前。
新築時から所有者は5回変わって、現在の所有は3年ほど前から辻切ホームという不動産会社だ。取得した緑の紙をめくる。辻切ホームの前の所有者は橋屋、再び辻切ホーム、喜友名、請園、位波。
辻切ホーム以外はいずれも購入から2年以内に相続登記が行われた上で売却されている。つまり、売却時には所有者は全員死んでいた。病死や事故の可能性もあるから一概には言えないが、役所作成の無味乾燥な紙ですら、その呪いが染み出している。
次の目的地である図書館に向かう道すがら、調べることを整理する。
あの家は呪いを解くように言っていた。そうすると何らかの呪いが発生しているということだ。そしてそれは解けるものだ。その呪いが何かをまず突き止めなければならない。
呪いとは。呪いとは何か。そう、それが問題だ。
呪いという言葉は俺にとって特別な意味をもつ。俺は呪いの存在やその影響をよく知っている。俺の中にも呪いがある。
俺の運の悪さは俺の中に設置された呪いの機構が原因だ。小学生のときに呪われ、それ以降、不運に塗れた人生を送るようになった。呪いの原因はわかっているが、解除する方法は現在のところ皆目見当がつかない。
けれども俺の呪いはその性質として、基本的に他人に影響を及ぼさない。俺を積極的に不幸にするだけで、俺の周りを積極的に不幸にしたりはしない。偶然巻き込まれる可能性は否定できないとしても。
一方、家の呪いは他人、おそらく住人に影響を及ぼし、不幸を振り撒くもの、なのだろう。この場合、どのような機序で他者に影響を及ぼし、どのような影響を及ぼすのか。呪いを解くということは、解くためのシステムの解明が必要だ。
いずれにせよ、最初に行う作業は、あの家で過去に生じた不幸の内容を検証し、要素を抽出する作業だろう。図書館の大きなガラスがはめ込まれた明るい入り口をくぐりぬけ、PCコーナーに向かう。
新聞データベースの検索窓にキーボードを叩く。
『北辻 殺人』 該当:6851件
量に絶句し、目次を開けば、その異様さは殊更明らかになった。記事の年月日がバラバラだった。
普通、事件がある場合はその発生日直後に記事が集中する。けれどもこの家は数年毎に記事が集中する時期がある。正確にいえば、先ほどの登記簿で所有者が変わる少し前の時期だ。
持ち込んだタブレットに概要をまとめていくと、事件は全部で5件。見えるだけでも死者は71人。
おかしすぎるだろ。それぞれの家の所有者とその家族は、そのほとんどが死亡している。
戦慄しながら時期ごとに記事を抽出する。
1番目 位波家心中事件
位波家の母親が男児を刺殺しその後自殺する事件。
2番目 カルト教団集団自殺事件
カルト教団である神目教会の信徒が集団自殺した事件。ニュースで耳にしたことがある。あの家だったのか。
3番目 芸術家変死事件
画家の喜友名晋司。この名前も聞いたことがある。一時ニュースになったバラバラ殺人事件だ。
4番目 大量不審死事件
無人の家から大量の死体が見つかった。
5番目 橋屋家撲殺事件
橋屋家一家が撲殺され、その場で隣家の主婦が自殺した事件だ。
ふう、と一息ついてタブレットから目を話す。これだけあると、片っ端から調べるには分量が多すぎる。
正直どこから手を付けていいのかわからないな。
夢で最初に見た家の姿は清浄だった。
家は最初に住むのが俺ならよかったと言っていた。だから元々あの家自体が呪われていたわけではないのかもしれない。呪いというものは土地そのものが呪われているのでなければ、なにかの原因があるものだ。
何者か、あるいは何かのきっかけによってあの家は呪われた状態となった、のかな。
人の不幸? あるいは不幸の認識?
公理さんはあの家には恐ろしい数の霊がいたと言っていた。俺は幽霊は見えないが、あの家がヤバいのは肌で感じた。通常、恨みや呪いというのは時間が経てば経つほどうつろい流され消えていく。人はずっと怒り続けることはできないように、その不自然な状態を保つのは難しいはずなんだ。
家が俺に『扉』をつけた意味を考えた。
俺はあの『扉』の中で家から外に出られなかった。とすれば家は何らかの作用で幽霊や呪いを家の中に閉じ込めている、のだろうか。中にある不幸が外に出て消滅することが出来なくなっているのかもしれない。その状態を表して、『呪い』と呼んでいるのだろうか。けれども俺は『扉』を通してあの家に入った。とすれば家にとってこの『扉』は入口ではなく出口なのだろうか。
何らかの方法で、ひとつずつ不幸を外に出すことができれば、あるいは呪いが解けるか薄まる可能性があるのだろうか。そしてそのための出入り口として俺の背中に『扉』をつけたのか。
呪いだというなら、恐らく人が死ねば死ぬほど深まるものかもしれない。いきなり古い事件から手を出すよりは、新しい事件から紐解いたほうがいい。
検索窓に新しい文字を打ち込む。
『橋屋 撲殺 北辻』 該当:125件
橋屋家撲殺事件。
9月17日午後20時25分、橋屋家から「助けて、人が襲われている」と女性の声で110番通報があった。所轄の警察が駆け付けると、橋屋宅内で一家4人と隣家の主婦貝田弘江の死体が発見された。一家の死因は撲殺。隣家の主婦はリビングで首を吊っており、自殺とみられる。また、警察が隣家を訪ねた際、夫の撲殺死体が発見された。両家の鍵はいずれもかけられていなかった。死亡時刻はほぼ同時刻と思われる。隣家2件を連続で襲ったものとも考えられるが、両家とも物取の痕跡はない。警察は両家とも怨恨等による殺人事件として捜査中。
ネットで調べた情報によれば、橋屋家の家族、貝田家の夫婦ともにその家族仲はとても良好であったとのこと。最終的には犯人は不明。
当時の雑誌の情報では、貝田弘江は52歳。専業主婦。周辺の評判はおしゃべりが好きな朗らかな女性。身長は152㎝と小柄。一方橋屋一家は父親・母親・長男・次男の家族。長男は大学生で野球部、次男は高校で空手部に所属しておりいずれも180㎝を超える大柄。父親も同様に大柄で体格がよい。
1人だけ他家で自殺しているという死亡時の状況を考えれば貝田弘江が怪しく思えるが、小柄な主婦1人で大柄な男性3人を撲殺できるとは思えない。貝田家が襲われ橋屋家に逃げてきたという説もあるが、同様に撲殺されているのではなく自殺という点に謎が残る。
この2軒の家に一体何が起こったのか。まずはそれからだ。
酒の匂いを撒き散らしながらだらしなく抱きついてくる公理智樹が鬱陶しい。
可能性に思い至る。『夢』を見ると『扉』が開く。それなら気絶しても開く可能性はある。『扉』を閉じるには、俺の目をあの家から切り離さなければならない。万一『扉』が開きっぱなしになったらどうなるのか。奥からあの黒い存在が現れては、たまったものではないだろう。
断片的だが手がかりが得られた。
震えるほどの恐怖をもたらした最後に見た黒い存在。そこから子どもの声が聞こえ、俺には近づいてはこなかった。近づいてこない。それならあの黒い存在自身には、軽々に俺に危害を加える意思はない、と考えるのが合理的だろうか。警戒は怠れない。最初に見た時は狂気を感じたが、先程それは低減していた。今は首筋の予兆もない。肩の緊張が少しだけ軽くなった。
それにしてもあれがやはり家なのだろうか。坂道や『夢』で聞いた子どもの声とは同じものだろうか。
ともあれ当面の目的は設定された。
解呪。
家の呪いを解いて、みんなを幸せにすること。
けれどもそれが何を意味するかは、皆目見当がつかない。
ともあれ、次は行動方針を定めよう。
呪いが何かは未だ分からない。だから調べなければならない。あの家は何故あんな風なのか、あるいはあんな風になってしまったのか。『夢』が何かも未だよくわからない。
ずしりと体が重い。……今日はさすがに疲れた。続きは明日だ。
『夢』を見ないためには細かく起きるしかない、のか。憂鬱だ。スマホに1時間半おきにアラートをセットしていると、公理智樹がグラスを差し出した。
「酒飲んだら夢は見ない、かも」
「酒は飲めない、法律的にも」
「寝ないのは無理だよ? どうせ寝ちゃうし。飲むと俺は夢を見ない」
そういえば公理さんは飲まないと寝れないと聞いた。受け取るだけ受け取って、紫色の液体の入ったグラスをテーブルの端に置く。柔らかく漂う香りは心地いい。
「悪酔いして悪夢を見たら、扉が開くかもな?」
「う。でもさ、怖いことが起きたり死んじゃうなら、寝てる間のほうがいいかもなって。そう思う」
それなりに酔ってはいるのだろう。その焦点はふわふわと泳いでいた。
「俺はそうは思わない」
「そっか。そういや友達も寝るとうなされるんだって。だからよくクラブで飲んでるんだ」
公理智樹の理屈はよくわからない。たいていが支離滅裂だ。
そういえば『扉』から見た柚はソファで音楽を聴きながら、うとうとしていた。2時半なのに、まだ起きているようだった。そうやって睡眠時間を減らそうとしてるのだろうか。疲れすぎたり睡眠時間が短いと、夢が見づらいのは確かだ。
「友達はどんな夢見るんだ?」
「なんてゆってたかなぁ? だいたいはよく覚えてないらしいんらけど、いっぱい人が死んじゃうんらって」
柚が見る夢はどんなものなのだろう。
ゆるやかな絡み酒につき合ううちに、だんだん公理智樹のろれつが回らなくなり、やがて机に突っ伏しそうになるのをベッドまで引き摺る。
今日出来ることはここまでだ。
アラートをかけ直してソファに転がる。
細かく起きて寝直す。うつらうつらとした泥のような微睡み。夢を見ることは免れたようだ。けれどもその引き換えに、頭はふらついている。こめかみに鈍い痺れがある。わかりやすい寝不足の症状。
スマホを開けば朝7時半。
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気持ちを切り替えよう。
俺は呪いを解かなければならない。そうしなければ……多分死ぬ。そう認識する。
家の情報を調べるには、まずは法務局か。
それからあの家で発生した事件について。図書館の新聞データベースが詳しいだろう。斟酌はあれど、新聞は警察報道を踏まえて作成されることが多い。辻切の図書館はわりあい大きかったよな。なら、各新聞記事のデジタルデータはあるだろう。
法務局も図書館も8時半には空いていたはずだ。
冷蔵庫を開くと酒しか入っていなかった。どうしようもない。
シンクで水をコップに注いで、温め直した昨日のピザを無理やり飲み込む。二日酔いの公理さんは昼まで起きない。
出かけるかと振り返ると、公理さんはベッドに大の字で寝ていた。鍵はどうするかな。エントランスはオートロックだし、開けっぱでもいいだろう。
マンションを出て伸びをすると、街はすでに動き出していた。
辻切センター駅に向かう人の波とざわめきに乗って法務局に足を向ける。普段は大学の寮から直接大学に通っているものだから、この早朝のごみごみした通勤路というもの随分と久しぶりだ。目的地に向かう人熱れの中、自分が酷く浮いている気がすた。
灰色の四角い建物が法務局だ。住居表示から地番を探して登記簿を取得する。
建築は15年前。
新築時から所有者は5回変わって、現在の所有は3年ほど前から辻切ホームという不動産会社だ。取得した緑の紙をめくる。辻切ホームの前の所有者は橋屋、再び辻切ホーム、喜友名、請園、位波。
辻切ホーム以外はいずれも購入から2年以内に相続登記が行われた上で売却されている。つまり、売却時には所有者は全員死んでいた。病死や事故の可能性もあるから一概には言えないが、役所作成の無味乾燥な紙ですら、その呪いが染み出している。
次の目的地である図書館に向かう道すがら、調べることを整理する。
あの家は呪いを解くように言っていた。そうすると何らかの呪いが発生しているということだ。そしてそれは解けるものだ。その呪いが何かをまず突き止めなければならない。
呪いとは。呪いとは何か。そう、それが問題だ。
呪いという言葉は俺にとって特別な意味をもつ。俺は呪いの存在やその影響をよく知っている。俺の中にも呪いがある。
俺の運の悪さは俺の中に設置された呪いの機構が原因だ。小学生のときに呪われ、それ以降、不運に塗れた人生を送るようになった。呪いの原因はわかっているが、解除する方法は現在のところ皆目見当がつかない。
けれども俺の呪いはその性質として、基本的に他人に影響を及ぼさない。俺を積極的に不幸にするだけで、俺の周りを積極的に不幸にしたりはしない。偶然巻き込まれる可能性は否定できないとしても。
一方、家の呪いは他人、おそらく住人に影響を及ぼし、不幸を振り撒くもの、なのだろう。この場合、どのような機序で他者に影響を及ぼし、どのような影響を及ぼすのか。呪いを解くということは、解くためのシステムの解明が必要だ。
いずれにせよ、最初に行う作業は、あの家で過去に生じた不幸の内容を検証し、要素を抽出する作業だろう。図書館の大きなガラスがはめ込まれた明るい入り口をくぐりぬけ、PCコーナーに向かう。
新聞データベースの検索窓にキーボードを叩く。
『北辻 殺人』 該当:6851件
量に絶句し、目次を開けば、その異様さは殊更明らかになった。記事の年月日がバラバラだった。
普通、事件がある場合はその発生日直後に記事が集中する。けれどもこの家は数年毎に記事が集中する時期がある。正確にいえば、先ほどの登記簿で所有者が変わる少し前の時期だ。
持ち込んだタブレットに概要をまとめていくと、事件は全部で5件。見えるだけでも死者は71人。
おかしすぎるだろ。それぞれの家の所有者とその家族は、そのほとんどが死亡している。
戦慄しながら時期ごとに記事を抽出する。
1番目 位波家心中事件
位波家の母親が男児を刺殺しその後自殺する事件。
2番目 カルト教団集団自殺事件
カルト教団である神目教会の信徒が集団自殺した事件。ニュースで耳にしたことがある。あの家だったのか。
3番目 芸術家変死事件
画家の喜友名晋司。この名前も聞いたことがある。一時ニュースになったバラバラ殺人事件だ。
4番目 大量不審死事件
無人の家から大量の死体が見つかった。
5番目 橋屋家撲殺事件
橋屋家一家が撲殺され、その場で隣家の主婦が自殺した事件だ。
ふう、と一息ついてタブレットから目を話す。これだけあると、片っ端から調べるには分量が多すぎる。
正直どこから手を付けていいのかわからないな。
夢で最初に見た家の姿は清浄だった。
家は最初に住むのが俺ならよかったと言っていた。だから元々あの家自体が呪われていたわけではないのかもしれない。呪いというものは土地そのものが呪われているのでなければ、なにかの原因があるものだ。
何者か、あるいは何かのきっかけによってあの家は呪われた状態となった、のかな。
人の不幸? あるいは不幸の認識?
公理さんはあの家には恐ろしい数の霊がいたと言っていた。俺は幽霊は見えないが、あの家がヤバいのは肌で感じた。通常、恨みや呪いというのは時間が経てば経つほどうつろい流され消えていく。人はずっと怒り続けることはできないように、その不自然な状態を保つのは難しいはずなんだ。
家が俺に『扉』をつけた意味を考えた。
俺はあの『扉』の中で家から外に出られなかった。とすれば家は何らかの作用で幽霊や呪いを家の中に閉じ込めている、のだろうか。中にある不幸が外に出て消滅することが出来なくなっているのかもしれない。その状態を表して、『呪い』と呼んでいるのだろうか。けれども俺は『扉』を通してあの家に入った。とすれば家にとってこの『扉』は入口ではなく出口なのだろうか。
何らかの方法で、ひとつずつ不幸を外に出すことができれば、あるいは呪いが解けるか薄まる可能性があるのだろうか。そしてそのための出入り口として俺の背中に『扉』をつけたのか。
呪いだというなら、恐らく人が死ねば死ぬほど深まるものかもしれない。いきなり古い事件から手を出すよりは、新しい事件から紐解いたほうがいい。
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『橋屋 撲殺 北辻』 該当:125件
橋屋家撲殺事件。
9月17日午後20時25分、橋屋家から「助けて、人が襲われている」と女性の声で110番通報があった。所轄の警察が駆け付けると、橋屋宅内で一家4人と隣家の主婦貝田弘江の死体が発見された。一家の死因は撲殺。隣家の主婦はリビングで首を吊っており、自殺とみられる。また、警察が隣家を訪ねた際、夫の撲殺死体が発見された。両家の鍵はいずれもかけられていなかった。死亡時刻はほぼ同時刻と思われる。隣家2件を連続で襲ったものとも考えられるが、両家とも物取の痕跡はない。警察は両家とも怨恨等による殺人事件として捜査中。
ネットで調べた情報によれば、橋屋家の家族、貝田家の夫婦ともにその家族仲はとても良好であったとのこと。最終的には犯人は不明。
当時の雑誌の情報では、貝田弘江は52歳。専業主婦。周辺の評判はおしゃべりが好きな朗らかな女性。身長は152㎝と小柄。一方橋屋一家は父親・母親・長男・次男の家族。長男は大学生で野球部、次男は高校で空手部に所属しておりいずれも180㎝を超える大柄。父親も同様に大柄で体格がよい。
1人だけ他家で自殺しているという死亡時の状況を考えれば貝田弘江が怪しく思えるが、小柄な主婦1人で大柄な男性3人を撲殺できるとは思えない。貝田家が襲われ橋屋家に逃げてきたという説もあるが、同様に撲殺されているのではなく自殺という点に謎が残る。
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