100 / 114
謎の石 冷泉がよこした石の話
金玉(きんぎょく)ねぶちぐさ
しおりを挟む
「これを返してもらおうと思ってきたんだがな」
「冷泉さん、このまま哲佐君に磨いてもらえればいかがですか?」
「そのほうが面白そうだな」
「待てぃ。どういうこったそれは」
冷泉は悪巧みでもしたかのように、口の端をニヤリと上げる。
「こんなに削れてちゃ、今更別のやつに磨いてもらうのも半端だろう」
「お前が磨けっつったんだろ」
「そらあそうだがこんなに綺麗に磨くとは思わなかったからな。おい山菱。お前この中に何か見えるか?」
「何って馬か魚じゃないのか?」
「馬ぁ?」
「冷泉さん、そんな話もあるんですよ」
「ふぅん? 魚というのは俺も聞いたことがあるんだがな」
長崎から出発しようとする異人が逗留先の宿の壁に青い石が埋まっているのを見つけ、それを是非に譲ってくれという。
大金を出すと言うが、手持ちがないから預かって欲しいというのだ。
宿の主人は了承したが、3年経って音沙汰が無いので石を割れば、中から赤い魚が出てきた。
翌年に異人が戻ってきて嘆くには、あの石を磨けば中の魚が透けて見え、これを朝夕見れば寿命が伸びるそうだ。
「それは最近のバリエーションですね。長崎だけでなく京や茨城など、いろいろなバージョンがありますよ」
「おい鷹一郎、石の中に魚っつうのはよく聞く話なのか?」
「ええ。中には綺麗に洗おうとお湯をかけて中の魚を死なせた話もあります」
「そりゃ、湯などかけりゃ死んじまうだろうよ。で、どれが本当なんだよ」
鷹一郎は眉を顰めた。
「本当もなにも、というところでしょうか。この日の本にこの話を最初に持ち込んだのは天和2年に刊行された浅井了意の新語園でしょう。その六巻に『石中有魚』と『龍駒石』が収録されています。その後、この2つの話をあわせたような話が元禄17年に章花堂が金玉ねじぶくさという本に『水魚の玉の事』という小題で収録されています」
長崎の町人、伊せや久左衛門方に留まっていた唐人が帰国の折、内蔵の石垣に小さい青い石を見て掘り出すように久左衛門に頼んだ。
「簡単なことだが石を1つ抜けば石垣が崩れるのでな、普請の時まで待ってほしい」
ところが久左衛門の返答に唐人は金子百両を取り出す。
「普請の費用も出すのでやってはくれまいか」
けれども久左衛門は悪知恵がまわり、断った。唐人が出船後にその石を掘り出したが、磨かせてもそう変わることもなく、光も出ない。2つに割らせれば中から水が出て、その中に金魚のようなフナが2匹いた。久左衛門は欲をかいて失敗したと後悔してこの石は捨てた。
その後唐人がまた訪れて、今度は金子を千両出した。久左衛門は後悔して顛末を告げる。
「なんということを。私がこの度数千里の波濤を越えてやってきたのは、この石を求めるためです。千両で足りなければ三千両まではと思って持ってきたのに」
唐人は涙ながらにそう述べた。久左衛門はあまりの額に気になって仔細を問う。
「この石をすって水際一分の間において磨けば、底から光が起こって誠に絶世の美玉となる。特に直径7寸5分でまん丸いものの中には自然と水を含み、その中に2匹の金魚がいて、動く形は光と絡まり、並びない美しさだそうです。王侯の心を喜ばせ、その値は一千万金、私はこの石で富貴を極めようとはるばるここまできましたが、残念です」
「ふむ、確かに俺が聞いた話に似ているな」
気がつけば、冷然はすでにゴロリと寝転がり、懐から取り出した青臭い匂いのするものを飲んでいた。
「それ以降、馬の話は本邦ではたち消え、魚の話として各地に伝わったのでしょう」
「それにしたって7寸5分とはでかいな」
「物語にしたときに石垣に挟むにはそのくらいがよかったのでしょうね。けれども原典の龍駒石は柿の大きさとのことですから、ほら、その石」
冷泉が細っちろい指先でつまむ石は、確かにその程度の大きさだった。つるつるとこする冷泉のその指先の危うさに、思わず喉がなる。いや、けれどもこの石はもともと冷泉のものだ。俺にどうこう言える筋合いはねぇ。
「この石はどちらで入手されたのですか?」
「……再青川で拾った」
なんとなく、その冷泉の答えからは嘘だなという香りがした。
それがわかっているように鷹一郎は柔らかく微笑む。
「冷泉さんは何か見えますか?」
「俺に見えるわきゃねぇだろォ。妙につるつるしてんなとは思うが、青いかどうかもわからん」
冷泉は目が弱く色がよく見えぬのだ。だから大きな色眼鏡をかけている。
「せっかくですから賭けでもしますか。この石の中に何が入っているかを」
鷹一郎がひどく悪戯げな顔で冷泉を見やれば、冷泉はニヤリと笑って答える。
「いいぜぇ。でもここで言っちまっちゃぁ興醒めだ。紙に書いて結論が出たら開こうじゃないか!」
「宜しいでしょう。では何を賭けましょうか」
ひどく嫌な予感がした。
「じゃぁ俺が買ったらそこの山菱を一日タダ働きさせる」
「では私もその条件で」
「ちょっと待てぃ! 何だその俺が一方的にに損な賭け事は!」
「おや? 哲佐君が勝てば私と冷泉さんが哲佐君のためにタダ働き致しますよ?」
「ざけんな! だいたい俺とお前らとは頭の出来が違うんだよ!」
なんか言ってちょっと悲しくなった。けれどもそもそも鷹一郎には阿呆みたいな博識と、冷泉にはこの石の来歴についての認識がある。どう転んだって俺に勝ち目はない。
「冷泉さん、このまま哲佐君に磨いてもらえればいかがですか?」
「そのほうが面白そうだな」
「待てぃ。どういうこったそれは」
冷泉は悪巧みでもしたかのように、口の端をニヤリと上げる。
「こんなに削れてちゃ、今更別のやつに磨いてもらうのも半端だろう」
「お前が磨けっつったんだろ」
「そらあそうだがこんなに綺麗に磨くとは思わなかったからな。おい山菱。お前この中に何か見えるか?」
「何って馬か魚じゃないのか?」
「馬ぁ?」
「冷泉さん、そんな話もあるんですよ」
「ふぅん? 魚というのは俺も聞いたことがあるんだがな」
長崎から出発しようとする異人が逗留先の宿の壁に青い石が埋まっているのを見つけ、それを是非に譲ってくれという。
大金を出すと言うが、手持ちがないから預かって欲しいというのだ。
宿の主人は了承したが、3年経って音沙汰が無いので石を割れば、中から赤い魚が出てきた。
翌年に異人が戻ってきて嘆くには、あの石を磨けば中の魚が透けて見え、これを朝夕見れば寿命が伸びるそうだ。
「それは最近のバリエーションですね。長崎だけでなく京や茨城など、いろいろなバージョンがありますよ」
「おい鷹一郎、石の中に魚っつうのはよく聞く話なのか?」
「ええ。中には綺麗に洗おうとお湯をかけて中の魚を死なせた話もあります」
「そりゃ、湯などかけりゃ死んじまうだろうよ。で、どれが本当なんだよ」
鷹一郎は眉を顰めた。
「本当もなにも、というところでしょうか。この日の本にこの話を最初に持ち込んだのは天和2年に刊行された浅井了意の新語園でしょう。その六巻に『石中有魚』と『龍駒石』が収録されています。その後、この2つの話をあわせたような話が元禄17年に章花堂が金玉ねじぶくさという本に『水魚の玉の事』という小題で収録されています」
長崎の町人、伊せや久左衛門方に留まっていた唐人が帰国の折、内蔵の石垣に小さい青い石を見て掘り出すように久左衛門に頼んだ。
「簡単なことだが石を1つ抜けば石垣が崩れるのでな、普請の時まで待ってほしい」
ところが久左衛門の返答に唐人は金子百両を取り出す。
「普請の費用も出すのでやってはくれまいか」
けれども久左衛門は悪知恵がまわり、断った。唐人が出船後にその石を掘り出したが、磨かせてもそう変わることもなく、光も出ない。2つに割らせれば中から水が出て、その中に金魚のようなフナが2匹いた。久左衛門は欲をかいて失敗したと後悔してこの石は捨てた。
その後唐人がまた訪れて、今度は金子を千両出した。久左衛門は後悔して顛末を告げる。
「なんということを。私がこの度数千里の波濤を越えてやってきたのは、この石を求めるためです。千両で足りなければ三千両まではと思って持ってきたのに」
唐人は涙ながらにそう述べた。久左衛門はあまりの額に気になって仔細を問う。
「この石をすって水際一分の間において磨けば、底から光が起こって誠に絶世の美玉となる。特に直径7寸5分でまん丸いものの中には自然と水を含み、その中に2匹の金魚がいて、動く形は光と絡まり、並びない美しさだそうです。王侯の心を喜ばせ、その値は一千万金、私はこの石で富貴を極めようとはるばるここまできましたが、残念です」
「ふむ、確かに俺が聞いた話に似ているな」
気がつけば、冷然はすでにゴロリと寝転がり、懐から取り出した青臭い匂いのするものを飲んでいた。
「それ以降、馬の話は本邦ではたち消え、魚の話として各地に伝わったのでしょう」
「それにしたって7寸5分とはでかいな」
「物語にしたときに石垣に挟むにはそのくらいがよかったのでしょうね。けれども原典の龍駒石は柿の大きさとのことですから、ほら、その石」
冷泉が細っちろい指先でつまむ石は、確かにその程度の大きさだった。つるつるとこする冷泉のその指先の危うさに、思わず喉がなる。いや、けれどもこの石はもともと冷泉のものだ。俺にどうこう言える筋合いはねぇ。
「この石はどちらで入手されたのですか?」
「……再青川で拾った」
なんとなく、その冷泉の答えからは嘘だなという香りがした。
それがわかっているように鷹一郎は柔らかく微笑む。
「冷泉さんは何か見えますか?」
「俺に見えるわきゃねぇだろォ。妙につるつるしてんなとは思うが、青いかどうかもわからん」
冷泉は目が弱く色がよく見えぬのだ。だから大きな色眼鏡をかけている。
「せっかくですから賭けでもしますか。この石の中に何が入っているかを」
鷹一郎がひどく悪戯げな顔で冷泉を見やれば、冷泉はニヤリと笑って答える。
「いいぜぇ。でもここで言っちまっちゃぁ興醒めだ。紙に書いて結論が出たら開こうじゃないか!」
「宜しいでしょう。では何を賭けましょうか」
ひどく嫌な予感がした。
「じゃぁ俺が買ったらそこの山菱を一日タダ働きさせる」
「では私もその条件で」
「ちょっと待てぃ! 何だその俺が一方的にに損な賭け事は!」
「おや? 哲佐君が勝てば私と冷泉さんが哲佐君のためにタダ働き致しますよ?」
「ざけんな! だいたい俺とお前らとは頭の出来が違うんだよ!」
なんか言ってちょっと悲しくなった。けれどもそもそも鷹一郎には阿呆みたいな博識と、冷泉にはこの石の来歴についての認識がある。どう転んだって俺に勝ち目はない。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver
Tempp
ホラー
大学1年の春休み、公理智樹から『呪いの家に付き合ってほしい』というLIMEを受け取る。公理智樹は強引だ。下手に断ると無理やり呪いの家に放りこまれるかもしれない。それを避ける妥協策として、家の前まで見に行くという約束をした。それが運の悪い俺の運の尽き。
案の定俺は家に呪われ、家にかけられた呪いを解かなければならなくなる。
●概要●
これは呪いの家から脱出するために、都合4つの事件の過去を渡るホラーミステリーです。認識差異をベースにした構成なので多分に概念的なものを含みます。
文意不明のところがあれば修正しますので、ぜひ教えてください。
●改稿中
見出しにサブ見出しがついたものは公開後に改稿をしたものです。
2日で1〜3話程度更新。
もともと32万字完結を22万字くらいに減らしたい予定。
R15はGの方です。人が死ぬので。エロ要素は基本的にありません。
定期的にホラーカテゴリとミステリカテゴリを行ったり来たりしてみようかと思ったけど、エントリの時点で固定されたみたい。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる