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長屋鳴鬼 家を鳴らすのはだぁれ?

閑話:猫と狸と狐 1

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 吾輩はミケである。名前はこの間、人間にもらった。
 吾輩はその人間が管理する土御門つちみかど神社の森に住んでいる。前はもっとずっと広い山に住んでいたのだけれど、そこは冬になると食べ物がほとんどないのだ。それで縁があってこの神社の森に引越をしてきた。ここはさほど広くはないけれど、食べ物は冬でもそれなりにたくさんある。それにこの間会った人間がたまに旨いものを持ってきてくれるのだ。
 それに変な生き物もたくさんいて居心地がいい。前の四風山しふうざんというところでは吾輩は何故だか恐れられていて、意思が通じるものもほとんどなく、全体的に仲間はずれにされていた。この土御門の森では特に互いに仲良くすることはないものの、よそよそしくされることもない。
 今も目の前に狸がいる。

「こんにちは」
「こんにちは、ミケ様」

 狸はぺこりと頭を下げた。まん丸い茶色でとても美味しそうである。けれども協定があるから取って食ったりはしない。
 この狸とはよく合う。狸どもは吾輩が最初にこの森に来た頃に餌場などを教えてくれたのだ。代わりにこの森の中で勢力争いが起こった時、吾輩はこの狸どもの味方についている。
 勢力争いといってもこの森は平和なものだ。この森に住むもので調和が保てないものは寄ってたかって追い出される。だから吾輩はこの森に住まう意思ある生き物は食わぬという協定を守ることにしている。
 そうすると勢力争いといっても日当たりが良いところに入れて下さいという程度のものだが、狸どもの味方をしているうちに吾輩も狸の仲間だと思われるようになった。
 人間が言うには吾輩は猫の仲間らしいのだが。
 ともあれその日会った狸はどことなくしょんぼりしていた。

「どうした、ポン吉」
「ミケ様、僕はポン吉ではなくポン太です」

 正直見分けはあまりつかない。

「そうか。それでどうしたポン太」
「あのですね。友達の弟が怪我をしたのです」

 どうやらその友達の弟というのは訪れた人間に不用意に近づき、鎌で切られたそうだ。この辺りに住む人間ならこの森の生き物に手を出すことはない。しかしその人間は見たこともない人間だったそうだし、たまたま流れてきた者なのだろう。
 人間といえばこの森で1番偉いのも神社の人間である。だから怪我や病があれば、その人間の下に連れていけば薬やら何やら治療をしてくれると聞く。

「人間に見せてはどうだ」
「それがですね。宮司さんは今いないようなのです。ヤタさんに聞くと出張というものにいっているらしく、しばらく戻らないそうです」

 ヤタさんというのは神社に住んでいるからすだ。宮司がしばらく出かけると言っていたのを聞いたそうだ。
 ポン太は悲しそうに小さくため息をついた。

「安静にして早く良くなるといいな。我輩にできることがあれば何でも言うが良い」
「ミケ様、ありがとうございます。……あの、最近狐がやってきて少し困っているのです」

 ポン太が言うには北に行ったところにある北辻きたつじ管塚稲荷社くだづかいなりしゃの方から狐がやってくるらしい。
 それは領土争いというものでもないらしい。もし領土争いとなればこの土御門の森全体の問題で、それぞれこの森に住んでいる者たちが共同して当たる必要がある。そうなると色々と面倒なのだ。何故かというとこの森に住む者は面倒くさがりが多いからだ。

「ふぅむ。では次に来るようであれば吾輩が会ってみよう」
「ミケ様、よいのですか」
「うむ。狸には義理があるからな」
「ありがとうございます!」

 その機会は意外と早く訪れた。というか10分ほど後に別れたばかりのポン太が駆けつけてきたのだ。

「ミケ様! 狐が来ました!」

 ポン太の後についていくと、たしかに1匹の狐が森の入り口にいた。
 その狐は綺麗な黄金色のふさふさとした毛並みをしていて、目の端が僅かに赤かった。

「ミケ様! あいつです! 狐ですよ!」
「そんなものは見ればわかる。狐よ、お前は何をしにここに現れるのだ」
「あらァ大きな狸だこと。あっちは行きたいところにフラフラ行くだけですよう。狸臭いこの辺に用などあるものですかァ」
「ふむ。それはまぁ道理だな。ここの狸どもにちょっかいでも掛けているのか?」
「ちょっかいですかァ? 全く心外ですことォ」

 狐は妙に間延びした高い声で続ける。その小馬鹿にしたような声音にポン太がフスフスと鼻息を荒くする。

「ポン太、この狐は何か害を成すのか?」
「いえ、なんかムカつくんです。ムカつくから入って来ないでほしいのです。こっち来んな!」
「あらぁ大狸の笠に着てェ」

 狐が妙に挑発的なのもあるが、ポン太はなんだか偉そうだ。
 それにしても何か悪さでもされているのかと思ったがムカつくだけ?

「ポン太、ムカつくだけなら許してやれよ」
「そんな! だって狐ですよ! 意思ある狸は狐と仲が悪いものなのです! 運命的に! ミケ様もそうでしょう?」

 そう……なのかな?
 吾輩はこの狐の物言いはちょっと鼻につくが特にイラつくわけではない。

「ううん? そういえばそっちのデカいのはそこの子狸みたいに嫌な感じがしないねェ? なんだろうねェ」
「狐と狸の運命とやらはよくはわからんが、そんなものがあるのならば、それは吾輩が猫だからではないだろうか」
「「えっ」」
「何故お前まで驚くのだポン太よ。何度も言っているではないか」
「だってミケ様はどうみても狸にしか……猫ってあれでしょう? ちゃんと首があって目の周りが黒くない奴」
「あっちも猫というよりは狸にしかァ。けれども狸みたいな嫌ァな感じがしねぇんだから狸じゃァないのかもしれやせんねェ」

 そうなのかな。2匹はキョトンとしている。
 自分では自分の姿がよくはわからぬが、目の下に見える手足が黒いところは狸に似ているようには思う。

「それで狐よ。仲が悪いなら何故わざわざこの森に来るのだ」
「ううん、それはァ。えぇとォ……お猫様にならお話してもようございますがァ」
「あっちいけ! イーだ!」
「ポン太、それでは話にもならぬだろう」
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