明治幻想奇譚 〜陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる哀れな俺、山菱哲佐の物語

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長屋鳴鬼 家を鳴らすのはだぁれ?

5章 魂と魄

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 俺たちは、というか俺はその子どもが不幸を撒き散らす存在にならないようにすることにした。というか、俺が不幸にしたくないといえば土御門はではそうしましょう、とだけ述べて具体的にどうするのかはさっぱりわからない。

 大学の講義の後、俺は長屋に戻って一眠りした。
 アディソン嬢とは木戸が閉まる少し前の五ツ半午後九時に待ち合わせているが、土御門とは宵五ツ午後八時に待ち合わせをしている。
 ぼんやり長屋で転がっていると、異人の子のことが自然と思い浮かぶ。今、この長屋の下にその遺骸が埋まっているのだろう。この長屋が建てられて5年ほど。その間ずっと人知れず。
 なんだか随分不憫になった。
 その子は焼け出されてここに逃げ込んだ。どういう思いだったのだろう。
 助けて、か。

 蝉の音が次第にジィジィからカナカナに移りかわる。もうすぐ陽が暮れるのだろう。暑い夜がやってくる。
 その前に湯屋に寄って身を清め、一膳飯屋で深川飯あさりご飯をかっくらって外に出れば既に日は暮れ、長屋に戻ると井戸端に珍妙な格好をした土御門が立っていた。

「なんだてめぇ。ちんどん屋か?」
「よくいわれるんですがこれは仕事着です。私は陰陽師なんですよ」
「陰陽師ぃ?」

 頭からつま先までを眺める。
 頭の上には細長く黒い立帽子。ゆったりした狩袴かりばかまと赤いひとえの上に紋が縫い込まれた白絹綾織の狩衣かりぎぬを纏っている。
 そういわれればそういうような気もするが、陰陽師なんて見たこと無ぇからなぁ。

「それを着てここまで来たのか」
「私とて少しは恥ずかしいのですから指摘しないで頂きたい。それより準備をいたします。まず、この長屋からその子が出ていかないよう結界を張って封印します」
「部屋の中で月光に貼ったやつか?」

 そうです、と述べて建物の四方、それから俺が泊まっている部屋とその隣の部屋の間の壁を除く各部屋の堺の壁の間を除いてペタペタと札を打ち付けた。
 4日目は俺の部屋で丑寅北東の方角に現れた。よく考えると最初の日に音がしたのも2日目、3日目が揺れたのも丑寅の部屋の方角だった。
 5日目には今度はその隣の部屋で待ち構えたら、未申南東の方向にそれは現れた。
 だからその子は俺の部屋とその北東隣の部屋の間で眠っているのだ。
 だからその間の壁を除いて、全ての開口部に札を置いて塞いでいるらしい。

「これでその子はここから出られなくなるのか?」
「いいえ、結界はまだ発動していません。それが出てきたら封じます。それに私はここの異常の解消も依頼されておりますから、逃げられてまた戻ってこられては困るのです」

 なんだかよくわからねぇが、そういえば異人の子ども探しはレグゲート商会、長屋の化け物退治は地主からの依頼なのか。
 それからこれを、と言われてたくさんの札を持たされたので懐にはさみ、後ろを向かされ襟元に札を差し込まれた。なんだかガサガサして落ち着かない。

「なんだこれは」
「念のためのお守りです。これから山菱君は少し危険になります」
「危険? どういうことだ」
「山菱君にはそれに話しかけてもらいます」
「話しかけちゃ危ねぇんじゃねぇか?」
「ええ。だからお守りです。山菱君の身は私が守ります。山菱君はその子に話しかけて説得してください」
「説得ぅ?」
「そう。その子がアディソンさんではなく私と一緒に来るように」

 アディソン嬢ではなく土御門と?
 アディソン嬢と一緒に行けば呪いに使われるのか。土御門と一緒にいけばどうなるんだ? そういえば土御門はずっと化け物を集めると言っていた。

「お前は人を呪ったりしないだろうな」
「正当防衛でもない限りそんな面倒なことはしません。山菱君のようなものですよ」
「俺?」
「お友達になってたまにお仕事を手伝って頂くのです。山菱君に何かを強要したことなどないでしょう?」

 強要されたことはないが、上手く乗せられたり言いくるめられている気はする。ともあれそれは有無を言わさず呪いの道具になるよりはマシそうだ。
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