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長屋鳴鬼 家を鳴らすのはだぁれ?

   幸と不幸

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「山菱君はそういう人なのですね。興味本位とかじゃないんだ。少し、何というか、考え違いをしていました。存外人情家なのですね」
 いや、人情家といわれると困惑するが困ってれば助けてぇと思うのはそれほどおかしなことではないだろう。
 土御門は少しだけ足を緩めて周りを見渡す。
「私は本当に小さなころ、祖父に連れられて一度東京に来たことがあるのです。この大手門のあるあたりは木造りの大名屋敷が立ち並んでいました。それが今では石造りの大蔵省や造幣局が立ち並んでいます」
「そう、なのか」
 俺は田舎産まれの田舎育ちで入学のために東京に来たばかりだから東京の以前の姿などわからん。

御一新明治維新というのは誠に奇妙なもので色々なものを新しくします。私がここにいるのもそのためです。御一新がなければ私は今も座敷牢で暮らしていたでしょう」
「ざ、座敷牢!?」
「諸事情により私は7歳から13歳までを座敷牢で過ごしました。けれども私にとって必要なものは全て満ちていましたから、特に不自由には感じませんでした。欲しい物を書きつけて置いておけばなんでも持ってきてもらえました。住環境も、そうですねぇ、敷地の中に離れを建てて板戸で塞いで隔離されていただけですから、山菱君が今住んでいる長屋よりは上等なものでしたよ」
「いや、住む環境なんざどうでもいい問題だろ、それより」
「そう、それで13の時に座敷牢から出て困ってしまったのです」
「困ってしまった?」

 座敷牢から、出て、困る?
 座敷牢にいるということは誰とも会わないということだろう。俺の家は、俺もまあ苦労はしたがそれでも周りに人が満ちていた。誰とも会わない生活なぞ考えられぬ。
「座敷牢にいる間は欲しいものは何でも手に入りましたからね。ところが外の世界は不自由で、何かを手に入れるにつけても自分で手に入れねばならないし、人付き合いというものをしなければならぬのです。これは正直なところ少々困りました」
「人見知りには見えねぇが」
「そうですね。特に臆することはないのですが、距離感がよくわからないものでね。それで私がお話ししたかったのは座敷牢にいる間、私はちっとも不幸ではなかったのです」
「そ、そうなのか?」
 何と答えたものかわからなかった。
 俺は誰とも話をしたり触れ合えたりしない生活が幸せとはちっとも思えない。
 けれども土御門は確かに不幸そうではなく、むしろ懐かしい思い出のように語る。困惑する。

「それでですね、人の評価というのは明確に二つある。一つは自分の自分に対する評価。もう一つは他人の他人に対する評価。これは決して相容れないものなのです」
「相、容れない?」
「そう。理解してほしいわけではないのですが、私が座敷牢にいたというと、殆どの方が可哀想に、というのですよ。そういう方にはいくら言葉を尽くしても私が不幸ではなかった事を理解して頂けません。座敷牢にいたという私はそのことによって不幸である事を義務付けられてしまうのです」
 座敷牢にいるから、不幸である。
 まるで座敷童であるから、幸運を呼ぶ、ように。
「もちろん座敷牢に入るというのは一般的に不幸なことだというのは理解しています。けれどもこの私と他人の断絶の原因が私が幼少期に人付き合いを怠ったことにあるのか、それともいくつか思い当たる事象が原因なのかはわかりませんが、ともあれ私は他人のことを考えるのをやめました。所詮互いに、よくわからぬ者、なのですから」

 それはまた、極端な。
 座敷牢だが、不幸では、ない?
 不幸、不幸か。俺もよく気の毒にと言われて育った。けれども俺はよくわからなかった。俺はただ必死で取れる方策をとっただけなのだ。
 けれども俺が何とかなったのは、色々な伝手が俺を助けてくれたからだ。
「それで結局のところ、人付き合いのために表面上は取り繕っておりますが、私は極めて利己的な人間なのです。私は私の目的のためにその稀人まれびとの子どもを手に入れたい。私とレグゲート商会は極めてドライ、というよりシンプルに仕事の間柄ですので」
「仕事というならその子を探して返すのが仕事なんじゃないのか? その、レグゲート商会に」
「返せるものは全て返します。けれども彼女らでは保持できないものは私が頂く。これは契約外のことなのです。けれども私も徳は積んでおいた方が良いと常々思っておりましてね」
「徳?」
 なんだか話が急にふわふわしてきた。
 今の話のどこに徳の要素がある。
「ここ数日、山菱君とお付き合いしておりましたが山菱君はどんな場所でもすぐに溶け込んでおられます。とても徳が高いのではないかと」
「俺がぁ?」
「ですから私は、私の結論は譲れないとしても、それ以外の部分は山菱君のご判断に委ねようと思います。それで私の目論見が失敗しても構いません。それでその問題の子どもというのはね」
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