47 / 114
長屋鳴鬼 家を鳴らすのはだぁれ?
怪異の姿
しおりを挟む
4日目。怪異はさらに育っていた。
怪異が育つと言うのも妙な感じだが、日に日に大きく凶悪になってくる。
その日、それは遂に、明確に俺の前に姿を表した。そして結論的に、子供とは思えなかった。
丑三つ時を過ぎる頃、どどんと長屋全体が揺れわたる。昨日と違うところは僅かに障子を開けて月光を迎え入れているところだ。
背後に気配を感じて急いでその細い光を踏み越えて、光の筋の上に土御門から預かった札を置く。この札は結界になるらしい。それで化け物はこの光を踏み越えられない。聞いた内容を口の中で小さく復唱する。
俺がさっきまで座っていた場所でもくもくと大きくなってゆく何かに驚きながら俺はずさずさと後退り、気づくと壁に背中を打ち付けていた。そして慌てて左右を見回す。化け物は……正面にしかいない。よし。あとはここで朝まで耐えるだけだ。
昼間の茶屋での土御門との会話を思い出す。
「月の光の上にこの札を置けばその光の線は結界となります。化け物はこれを簡単には超えてこられません」
「月が出なかったらどうするんだ」
「出るようにしておきます」
「なんだそりゃ?」
「それより複数出るようなら外に逃げてくださいね。そうすれば怪異は姿を消すでしょう」
姿を、消す?
確かに昨夜は家から出れば怪異は跡形もなく消え失せた。
「なんでそんなことが言い切れる」
「何を言うのです。山菱君がそういったのではないですか。昨日外に出たらぱたりと異変は失せてしまったと」
「いや、それはそうだが」
しれっと言われたが、それで納得できるものでもないだろう。そして土御門ははたと、何かに気づいたように頷く。
「そういえばこの長屋の異変をお伝えしておりませんでしたね。家が鳴って化け物を見るのだそうです」
「何?」
「そしてやはり外に出たら何もないのだそうです。だから住んでる人が逃げ出すんですって。だから今山菱君にお願いしたいのは、その化け物がなんなのかを確認して頂くことです」
目の前の黒く巨大なもの。その姿は闇に紛れてよくわからない。けれどもよくよく目を凝らす。土御門にはよく見てこいと言われている。化け物の代表格といえば鬼だが……。
そう思えば目の前の何かがいる方向は丁度長屋の丑寅の方角だ。鬼がするにはふさわしい方角。
そう思ってさらに目に力を込める。闇とのそいつの境界線を目でなぞると、筋骨隆々とした体躯が浮かび上がる。確かに鬼と言っても差し障りがない。とても十や十五の子供には見えない。いや、鬼の子供だとするとこういうものなのか?
そう思って頭部をみるとその巨大な体の上に乗る顔は妙に子供染みている、ような。だが未だ全体はどこか茫洋としている。
いや、よく考えろ。いなくなったのは子供であって鬼じゃない。だが土御門はそもそも曰く付きの子だと言っていた。曰く付き。つまり鬼子だという可能性も。
頭が混乱する。この目の前のものはなんだ。よくわからない、わからないがとにかく恐ろしい。
そういう目で見れば見るほど、ますます恐ろしさが膨れ上がる。何くそ。負けてなるものか。夏の暑さも相まって体中から滝のように流れ落ちる滝のような汗。いや、大丈夫だ。月光の上に札がある限り、あの鬼はこちらにやってはこれない、んだよな。無意識に早くなる鼓動をそうやって押さえつける。なるべく静かに、気づかれないようにしなければ。
少なくとも今は入ってこられない。そのはずだ。
けれど、けれど目の前の鬼はさらにむくむくと巨大になり、すでにその頭は窮屈に長屋の天井に至り、体をぎゅうと折り曲げている。立てば4メートルほどにはなるのでは?
もし、もしだ。
この鬼が土御門の予想を超えて強大な存在で、この札が破られたら? そうすると流石にこの体躯差。一撃殴られれば俺なんてそれで終いだろう。
いよいよ緊張はまし、皮膚の表面は鮫の肌のようにざわつき、ふるふると心の内側の動揺が現れてガタガタと体中が揺れ始める。怯懦ではなく武者震いだと念じて心を奮い立たせる。
南無三。
畜生。
まだか。
朝はまだなのか。
朝が来れば。
ふいに、一番鶏が鳴いた。
月の明かりがぐらりと揺らいだ。朝が来れば、一番鶏が鳴けば鬼は退散するはずだ。鬼とは、鬼とはそういうもののはずだ。
静寂。その鶏の声の後には何も続かず、ふと、目を挙げるとそこにはすでに何もいなかった。
どっと疲れが身体中を覆い、ぐっしょりと汗で着物が濡れているのに気づく。ふう、と息を吐いて水でも浴びようとガラリと外に出た時、妙なことに気がついた。
フクロウが鳴いている。
空はまだ暗く月と星が瞬いている。一番鶏は夜明け前に鳴く鳥だが、辺りはまだ静まりかえっていた。
おかしい。明け方というには静かすぎる。人が起きて動き出すような気配は全くなく全てが眠りに落ちている。よくわからぬまま左右を眺めわたしていると不意に最近よく聞く声が響いた。
「お疲れ様です。流石山菱君ですね。驚きました。さて、一体何がおこりましたか?」
怪異が育つと言うのも妙な感じだが、日に日に大きく凶悪になってくる。
その日、それは遂に、明確に俺の前に姿を表した。そして結論的に、子供とは思えなかった。
丑三つ時を過ぎる頃、どどんと長屋全体が揺れわたる。昨日と違うところは僅かに障子を開けて月光を迎え入れているところだ。
背後に気配を感じて急いでその細い光を踏み越えて、光の筋の上に土御門から預かった札を置く。この札は結界になるらしい。それで化け物はこの光を踏み越えられない。聞いた内容を口の中で小さく復唱する。
俺がさっきまで座っていた場所でもくもくと大きくなってゆく何かに驚きながら俺はずさずさと後退り、気づくと壁に背中を打ち付けていた。そして慌てて左右を見回す。化け物は……正面にしかいない。よし。あとはここで朝まで耐えるだけだ。
昼間の茶屋での土御門との会話を思い出す。
「月の光の上にこの札を置けばその光の線は結界となります。化け物はこれを簡単には超えてこられません」
「月が出なかったらどうするんだ」
「出るようにしておきます」
「なんだそりゃ?」
「それより複数出るようなら外に逃げてくださいね。そうすれば怪異は姿を消すでしょう」
姿を、消す?
確かに昨夜は家から出れば怪異は跡形もなく消え失せた。
「なんでそんなことが言い切れる」
「何を言うのです。山菱君がそういったのではないですか。昨日外に出たらぱたりと異変は失せてしまったと」
「いや、それはそうだが」
しれっと言われたが、それで納得できるものでもないだろう。そして土御門ははたと、何かに気づいたように頷く。
「そういえばこの長屋の異変をお伝えしておりませんでしたね。家が鳴って化け物を見るのだそうです」
「何?」
「そしてやはり外に出たら何もないのだそうです。だから住んでる人が逃げ出すんですって。だから今山菱君にお願いしたいのは、その化け物がなんなのかを確認して頂くことです」
目の前の黒く巨大なもの。その姿は闇に紛れてよくわからない。けれどもよくよく目を凝らす。土御門にはよく見てこいと言われている。化け物の代表格といえば鬼だが……。
そう思えば目の前の何かがいる方向は丁度長屋の丑寅の方角だ。鬼がするにはふさわしい方角。
そう思ってさらに目に力を込める。闇とのそいつの境界線を目でなぞると、筋骨隆々とした体躯が浮かび上がる。確かに鬼と言っても差し障りがない。とても十や十五の子供には見えない。いや、鬼の子供だとするとこういうものなのか?
そう思って頭部をみるとその巨大な体の上に乗る顔は妙に子供染みている、ような。だが未だ全体はどこか茫洋としている。
いや、よく考えろ。いなくなったのは子供であって鬼じゃない。だが土御門はそもそも曰く付きの子だと言っていた。曰く付き。つまり鬼子だという可能性も。
頭が混乱する。この目の前のものはなんだ。よくわからない、わからないがとにかく恐ろしい。
そういう目で見れば見るほど、ますます恐ろしさが膨れ上がる。何くそ。負けてなるものか。夏の暑さも相まって体中から滝のように流れ落ちる滝のような汗。いや、大丈夫だ。月光の上に札がある限り、あの鬼はこちらにやってはこれない、んだよな。無意識に早くなる鼓動をそうやって押さえつける。なるべく静かに、気づかれないようにしなければ。
少なくとも今は入ってこられない。そのはずだ。
けれど、けれど目の前の鬼はさらにむくむくと巨大になり、すでにその頭は窮屈に長屋の天井に至り、体をぎゅうと折り曲げている。立てば4メートルほどにはなるのでは?
もし、もしだ。
この鬼が土御門の予想を超えて強大な存在で、この札が破られたら? そうすると流石にこの体躯差。一撃殴られれば俺なんてそれで終いだろう。
いよいよ緊張はまし、皮膚の表面は鮫の肌のようにざわつき、ふるふると心の内側の動揺が現れてガタガタと体中が揺れ始める。怯懦ではなく武者震いだと念じて心を奮い立たせる。
南無三。
畜生。
まだか。
朝はまだなのか。
朝が来れば。
ふいに、一番鶏が鳴いた。
月の明かりがぐらりと揺らいだ。朝が来れば、一番鶏が鳴けば鬼は退散するはずだ。鬼とは、鬼とはそういうもののはずだ。
静寂。その鶏の声の後には何も続かず、ふと、目を挙げるとそこにはすでに何もいなかった。
どっと疲れが身体中を覆い、ぐっしょりと汗で着物が濡れているのに気づく。ふう、と息を吐いて水でも浴びようとガラリと外に出た時、妙なことに気がついた。
フクロウが鳴いている。
空はまだ暗く月と星が瞬いている。一番鶏は夜明け前に鳴く鳥だが、辺りはまだ静まりかえっていた。
おかしい。明け方というには静かすぎる。人が起きて動き出すような気配は全くなく全てが眠りに落ちている。よくわからぬまま左右を眺めわたしていると不意に最近よく聞く声が響いた。
「お疲れ様です。流石山菱君ですね。驚きました。さて、一体何がおこりましたか?」
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
神送りの夜
千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。
父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。
町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる