明治幻想奇譚 〜陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる哀れな俺、山菱哲佐の物語

Tempp

文字の大きさ
上 下
14 / 114
鎮華春分 桜に囚われた千代の話

   折戸源三郎の言い分

しおりを挟む
「知らんと言ったら知らん! 千代なんて娘はおらんのだ」
「知らないはずはないでしょう、折戸源三郎さん。それにどうして娘だっていうんです? 『千代さんという方を訪ねてきた』以外、私は何もいっていないでしょう?」
「……そうか、お前らあれだな。赤矢という男に頼まれて来たんだな。話すことなんざねぇ! ええい、帰れ! とっとと帰れよ!」
 まさにけんもほろろだ。
 目の前には小柄で骨太の50ほどの男ががなり立て、ドンと土間を踏み鳴らして戸口を指さしている。家の奥の暗がりには疲れ切った顔の女。おそらくこの源三郎の妻だろう。
 けれども源三郎が相手にしているのは鷹一郎だ。それだけで、分が悪い。何しろ鷹一郎は自分の目的を遂げるためには、終局的には他人がどうなってもいいと思っていやがるからだ。源三郎に僅かに同情する。鷹一郎のこの薄っすら微笑みの形をした唇は柔和に見えるが、目が全く笑っていない。
「仕方ないですねぇ」
 鷹一郎はそう述べて軽く息を吸う。

「でも私は確認したのです。あなたご自身が提出された死亡届を。
 一 病名 全身打撲(転落)
 一 職業 女給
 一 患者姓名 折戸千代
 一 患者住所 神津逆城町逆上村42番地
 一 年齢 20
 一 年月日 元治元年4月2日
 一 医師 中郡 三徳なかごおり みとく
 一 医師住所 神津逆城町南2の8番地6
 どこか間違いがございますか?」
 まさに立板に水をかけるか如く、一息でつらつらと並べられるその呪文に源三郎はたじたじとするばかり。目を丸くして口をぱくぱくとしている。
「なんでッ!? なんでそんなことを知っているッ!?」
「あなたが戸長に届け出された死亡届は県でまとめられますからそこで拝見いたしました」
 苦虫を噛み潰すようにギリリと歯を鳴らす源一郎に、鷹一郎はさらににこにこと畳み掛ける。
「どうしてわざわざ死亡届をだされたのですか? 出さなくてもよかったのでは?」
「はっ!? エッ!?」
「千代さんに何があったのです?」
「な、何が……?」
「別に行方不明でもいいじゃないですか。どうしてわざわざ死亡届を出されたのですか?」
 耐えかねたように源三郎はふるふると頭を左右に振って後ずさった。
「……いないんだ。とにかく、もう、千代はいないんだ、それでいいじゃねぇか……とにかく帰ってくれよ。それでもう来ないでくれ。頼むよ。どうか」
 源三郎はまるで祈るような姿勢にまで背を縮めて、最後の声は蚊が鳴くようだった。
 そこで話は終わり。それ以降、何を尋ねても源三郎は何も答えなかった。

「押しても駄目でしたから次は引いてみましょうか」
「あんな追い詰めるこたぁねぇじゃねえかよ」
「そんなことは私の知ったことではありません。それに不実の届出は違法です」
「違法ねぇ」
 それを言うなら無関係な者が死亡届を覗き見るのも違法じゃないのかね。
 逆上村を出る頃にはすっかり雪はやんでいて、南に下る逆城参道にはポカポカとした春らしき陽気が差し込んでいた。何人かごとの集団が神社に向かってに次々と登ってくるのにすれ違う。雪が止むまで茶屋がどこかで待っていたのだろう。ここはいつも観光客で混み合っている。
 耳を澄ますとケキョという鶯の鳴き声が遠くに聞こえた。

 先程の源三郎と鷹一郎の話を考える。
 源三郎は死亡届を出した。
 赤矢の話では、千代は逆城南に下宿していた。たまには実家に帰りはしたのだろうが、生計としては既に独立していたようだ。同じ戸籍にいるとはいえ、同じ家に住む者が行方不明になったのとは、少し趣が異なる。
 同じ家に住んでいた者が突然いなくなれば探しもするだろうが、1年も前には既に千代は家を出ていたた。そのままいないままでも、おかしくは、ない。
 それなのに源三郎は何故わざわざ死亡届を出したのか、か。
 少なくとも千代が直前には、源三郎と接触があったのは間違いない。そうでなければ本当にただの『行方不明』で、やはりわざわざ『死亡届』を出したりはしまい。
 源三郎と会って、それから千代はどうなった?
 死んだのか?
 生きているのか?
 千代は死んでいる必要があった?
 行方不明では支障があった?
 赤矢が来たときも、死んだといわずとも帰ってきていないとか、そういえばよかったのかもしれん。そうすれば赤矢は他をあたっただろう。
 それに俺の見た千代の姿はなんだったのか。

「なぁ、千代は生贄か何かなのか?」
「さて、どうでしょう。生贄というのは多義的なものですが、哲佐君はどの意味で仰っているのです?」
「どの意味? あのでかい桜に捧げられたんじゃないのか?」
「哲佐君はそのお立場に慣れすぎですねぇ。捕食者が捕食する理由というのは色々あるものですよ。食事、つがい、服従。酷いときはおもちゃとか。猫の妖なんかはそういう側面が強いですから捧げられたらそれはもう悲惨です」
「たまったもんじゃねぇな」
 そう思うと板塀の上でにゃぁと伸びをする猫ですら恐ろしく感じてしまう。あの猫が俺を襲ってこないのは、たまたま満腹で、でかくなっていないからだけのことかもしれぬ。
 それで結局なんなんだよ。そう思って鷹一郎を見ると鼻をひくつかせていた。
「さて、それじゃあ作戦会議と洒落込みますか」
 その視線を追うと、上品そうな居酒屋の縄暖簾が見えた。
 金さえ出してくれるなら俺に否やはねぇよ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...