Take On Me

マン太

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(おまけ) マンションにて ークリスマスー

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 俺がたける達のマンションで家政婦として働き出したのは秋口。
 今はすっかり冬景色だ。この季節、大きなイベントと言えばクリスマス。まともな生活を送りたいなら、こういったイベントは大事だろう。
 亜貴あきも聞き知った食生活から想像すると、そういったイベント事はしていない様に思われる。
 
 それに──。

 岳だって、幼い頃は露知らず、極道者になってからは、それどころでは無いのでは? そう思うのだ。
 勿論、飛びつく話題だろうと亜貴にふったのだが。

「クリスマス? って、大和やまと、キリスト教徒なの?」

 亜貴がキョトンとして逆に尋ねてくる。
 夕食も勉強も終わり、いつも部屋に引っ込む亜貴が珍しくリビングに顔を出し。
 ソファでホットミルク片手に寛いでいた亜貴に尋ねればそんな返事が返って来た。
 今日は岳も真琴まことも、仕事で遅くなる。夕食は要らないと言われてはいたが、もしもを考えてお茶漬け程度の夕食は準備出来るようにしてあった。

「え? いや、違うけどさ。一応、みんな祝ってるし? そういうの、やりてぇんじゃないかって。違うのか?」

 亜貴の意外な反応にしどろもどろになる。亜貴はふうっと一つ、息を吐き出すと。

「うちってさ…。実家はあの通りで祀っているのは神社の神さまでしょ。で、あとは近所のお寺さんとかでさ。保育園もお寺が経営してたし。クリスマスって知らなかったんだよね。小学校に上がって初めてクラスメートがサンタがどうのって騒いでて。『三太』って何? って思ったくらい。ピンと来ないんだよねぇ」

「そ、そうか…?」

 若干、意気込んでいただけに、意気消沈する。亜貴の様に可愛い見てくれなら、一緒にクリスマスを過ごしたい! と言うも奴もいるだろうに。

「…でも。大和がやりたいなら乗るよ? 大和となら楽しそうだし」

 亜貴は笑顔になってそう言う。

「じゃあ、せっかくだし岳や真琴さんにも聞いてみっか?」

 どうせなら賑やかにやりたい。
 実は産まれてこの方、一度もそういったイベントをしたことがなかったのだ。
 誕生日、クリスマス、お正月。バレンタインデーにハロウィン。
 どれもやった試しがない。
 すると、亜貴があっと声を上げ。

「兄さんは無理かも…。いっつもイベントの時は付き合ってる相手に合わせて、何かしてあげてるみたいだから」

「……」

「去年のクリスマスだって、高額のプレゼント用意して、高級レストラン予約して、海の見えるホテル予約して…。って、大和?」

「あ…? いや、そっか。なら一応聞くくらいにしとくか」

 一瞬、亜貴の声が遠くなった。
 何故かショックを受けている自分に、逆に驚いた。
 別に相手がいたら、そういったイベントも一緒に過ごすのが当たり前だろう。

 何、ちょっと、傷ついてんだ?

 俺は気を取り直して。

「なら、真琴さんも厳しいか…?」

「真琴も適当にやってると思う。あいつも特定の相手はいないんだけど、そういう時って必ず誰かいるんだよなぁ。そつないって言うか。ま、相手が放って置かないんだろうけど」

 イケメン二人には聞くだけ無駄なのかも知れない。

 いっそ、亜貴とひっそりやったほうがいいのかもな。

「…やっぱ、二人だけでやるか?」

「本当?! いいよ俺は大和と二人っきりの方が──」

「何をやるって?」

 そう言いながらリビングに入って来たのは岳だった。少々、お疲れ気味だ。顔に翳りが見える。
 そこへ続いて真琴も現れた。

「二人とも夕飯は?」

 時刻は二十二時を過ぎている。流石に食べて来たかと思ったが。
 岳は気だるげに髪をかきあげ、脱いだスーツの上着を俺に預けると、亜貴の反対側のソファへとどっと腰を下ろした。

「少し口にした程度だ。なんか食べられるか? 腹減った…」
 
 ネクタイを緩め、ソファにもたれる。かなりの疲れ具合だ。真琴はダイニングテーブルにビジネスバッグを置くと、イスを引いて座った。こちらも疲れを隠せない様子。

「真琴さんもだろ? お茶漬け的なもんでいいか? 中華風卵雑炊、とか」

「ああ。それでいい。タケも俺も付き合い程度に口にしただけでな。助かる」

「了解!」

 真琴の言葉を受けて、俺はいそいそと準備しだす。とは言っても、十分もあれば出来てしまう簡単レシピだ。
 リビングでは向かいあった岳と亜貴が先程の会話の続きをしている。

「だって、兄さん。いっつもいないじゃん。今年もそうだって思うよ」

「いつもって訳じゃない。たまたまそうなってただけだ。家で大和がやるってならそっちを当然優先させる。亜貴だって賑やかな方がいいだろ?」

「それは、そうだけど…」

「大和、クリスマス、家でやるのか?」

 岳に聞かれ、先程の亜貴とのやり取りを思い出す。丼ぶりを戸棚から出しながら。

「おう。やってみようかと。でも、岳も真琴さんも予定があるだろ? だったら無理にこっちに合わせ無くても──」

 すると、ダイニングテーブルについていた真琴が。

「俺はまだ予定は入っていないな。参加させてもらってもいいか?」

「勿論。って、大したことはしないけどな。ケーキ焼いたり、いつもより夕食もちょっとだけそれっぽくしたりするだけで。ケーキも焼くの初だからなぁ。…それでもいいのか?」

「ああ。充分だ。それに、楽しく過ごせるならそれでいい」

 疲れを見せずニコリと笑う。

 おお。真琴の笑顔は貴重だな? てか、この笑顔だけで何人かは堕ちるって。

 すると、横合いから岳が不満そうに。

「俺だって参加するぞ。何ならサンタクロースの格好でもするか?」

「は?」

「え?」

 俺と亜貴の声が重なった。

 それは、岳のサンタ姿、見てみたくもないが。一つの組を任されている程の大の男がする格好では。
 かなり引いていると。

「冗談だよ…。真に受けるな」

 若干、頬を赤くしたのが存外可愛い。岳も照れるのだ。
 亜貴はため息をつくと。

「あーあ。せっかく、大和と二人っきりの初クリスマス過ごせると思ったのに。二人共、付き合ってる相手に何て言うわけ? 家でクリスマスするからって言うの? そんな事言ったら愛想つかされるよ?」

「別に構わない。第一、真剣に付き合ってる相手はいないからな」
 
 岳はこちらを見ながら即答する。

 そう言えば、言ってたな? 今はいないって。そうだった。そうだった…。

「俺も同じだな。友達程度の付き合いだ」

 真琴も同調した。

「よし。じゃ、ささやかながらやらせてもらうか!」

 俺が鼻息荒くそう口にするのを岳は笑みを浮かべて眺めていた。

+++

「よし。いい感じ」

 その後、数度の練習を繰り返し、当日、漸くある程度満足の行くスポンジが焼き上がった。
 初めてのクリスマス。せっかくなら美味しいものを食べさせたい。
 共立てはまだ難しく、別立てで卵を泡立て焼き上げ、デコレーションも素人然としているが、それなりには仕上がり。
 因みにイチゴ一択のデコレーションだ。
 イチゴのショートケーキは俺の憧れで。

 これをいつか、ワンホール、一人で食ってやる。

 それは、俺の野望だ。
 もう、自分で焼けるのだ。ここを辞めたあと、思う存分、どでかいスポンジを焼いて、たっぷり生クリームでコーティングして、イチゴも奮発して、それで──。

「大和。どっか遠くに行ってる?」

 亜貴に声をかけられ我に返る。思わず垂れそうになっていた涎を手の甲で拭きながら。

「…いや。大丈夫だ。ケーキは万端だし、シャンパンも冷やしてあるし。料理も完璧、だな?」

「うん! てか、ケーキ随分上手く行ったね? 味見、協力した甲斐があったな。でも、お陰でちょっと体重増えた…。頬とかふっくらした気がする」

「マジか? いかんな。肥満化計画は断念したってのに…」

「肥満…、なに?」

「え? いや、何でもない…」

 亜貴が聞き返して来たが、慌てて言葉を濁す。これは断念された計画なのであって、断じて当の本人知られる訳には行かないのだ。

「お? すっかり準備出来た様だな?」

 夕食時になって、岳と真琴が帰って来た。
 部屋も玄関から始まってクリスマスっぽくしてある。
 観葉植物のテーブルヤシや、ベンジャミンには、ちょっとだけ我慢してもらって、綿と折り紙で作った金銀の星でデコレーションし、リビングには同じく、星やツリー、トナカイなどを折り紙で作ってオーナメントとして飾った。
 結構、のりのりで作っていた。のりすぎてひとり、真っ赤なおはなの~と歌っている所を、帰宅した亜貴に見られ、若干恥ずかしい思いもした。
 岳はネクタイを緩めながら、すっかり準備が整ったテーブルの上に目を向ける。

「岳、シャワー浴びて来いよ」

「ああ、そうしたい所だが、このあと仕事が入ってな。夕食だけ食ってく」

「はぁ? なにそれ…」

 亜貴が不満の声を漏らす。俺の心の内を代弁している様で。皆で楽しく過ごせると思ったのだが。
 がっかりしたのは否定出来ないが、気を取り直して。

「食べていかれるんなら、いいって。さっさと食べようぜ」

 いそいそと仕度を始めれば、亜貴も渋々手伝いだした。
 メニューは鶏モモのチキンステーキのサラダ添え。トマトのミネストローネに近所の美味しいパン屋で買ってきて貰ったフランスパン。
 タイのカルパッチョ風。アボカドとむし海老入サラダ。そんな感じだ。雰囲気だけでも味わえればいいのだ。
 岳も真琴もアルコールは口にしなかった。
 メニューが何となくそれっぽいだけで、何時もの食卓と変わらない。
 でも、クリスマスをしている、と言う気分は充分味わえて。

 一段落した所で。
 
「そんじゃ、気をつけてな? 真琴さんもまた」

「ああ。ケーキは明日、いただいてもいいか?」

「おう。取っとく。亜貴に食べられないように気をつける!」

「よろしく頼んだ」

 そう言うと先に出た岳の後を追って、真琴も慌ただしく出て行った。
 結局、食後休む間もなく、仕事に関わる連絡が入って。
 岳は一旦席を外すと、すぐに戻って来て真琴に、出るとだけ言い残し行ってしまった。
 そこにはもう、ここで見せる岳のリラックスした顔はなく。そちらの顔になっていた。
 ケーキを食べる時間はなかった。


「せっかく、大和。練習もして頑張ったのに。見もしないでさ」

 切り分けたケーキを前に、亜貴はお冠だったがこればかりは仕方ない。

「また、帰って来て食べれば一緒だろ? さ、食おうぜ」

「うん…」

 そうして、亜貴と二人、他愛もない話で盛り上がりながらケーキをつついた。

+++

 もう朝になろうかと言う時刻。
 岳が帰宅した。待つうちについソファでうたた寝してしまったらしい。
 気がつけば、キッチンの小さなライトの中に、ダイニングテーブルに座る岳の横顔が浮かんで見えた。
 見れば岳の前には切り分けたケーキが置かれている。それは岳と真琴用に取って置いたものだ。

 食ってんのか?

 ソファの背からそっと覗く。けれど、岳は食べずにただじっとそのケーキを見つめていた。

 何だろ? 採点でもしてんのか?

 切った時に少々形が崩れ。
 売り物とは程遠い、手作り感満載のそれに、つけられる点数はないに等しいだろう。

「…手放したくないな」

 ポツリとそうこぼした。

 何を、だ?

 と、そこで体重をかけすぎたソファのスプリングが軋んだ音を立てた。ハッとして岳が顔をこちらに向ける。
 俺はとっさにソファに寝転がってタヌキ寝入り──イヤ。岳に言わせれば、コツメカワウソ寝入りを決め込んだ。
 岳の足音が近づく。

 なんで寝たフリしてんだ? 別にマズい事を聞いた訳じゃない。起きてたって良かったのに。

 何故か寝たふりをしてしまった。岳の気配にドキドキとする。バレたらどうしようかと思ったが。
 
「……」

 岳は覗き込みため息を一つついた。

 そうだよな。なに、こんな所で寝てんだって感じだよな? いいよ。岳、放って置いてくれれば──。

 岳はソファの正面へ周りこむと、しゃがみこみ俺の額をくしゃりと撫でた。大きな手の平が額を包み込む。

 ナンダ? ちょっと、心地良いじゃないか。

 と、何を思ったのか、その手が滑り頬に添えられた。

 ん?

 岳の吐息が頬に触れる。

 んんん?

 確実に、岳の顔がすぐそこにある。人の圧を感じるからだ。そして、その唇も。

 え? って、なんだ? なにしようと──。

 と、不意に耳元で。

「このまま、寝たふりしてんならキスするけどいいか?」

「?!」

 俺は慌てて目を開け、目の前の岳を見返した。すると、にっと意地悪く笑む岳の顔がある。

「い、いい意味分かんねぇって! なんでキスしようとする?」

「大和こそ、寝たふりなんかして、どういうつもりだったんだ?」

「てか、さっき起きたばっかで。したら、岳がなんかぼーっとケーキ見てるから…」

「声かけそびれたか?」

 俺はコクリと頷いた。岳はふうっと息を吐くとそこに立ち上がって。

「このケーキは真琴のか俺のか、悩んでたんだ」

「はぁ?」

「ほら、起きたならコーヒーでも何でも淹れてくれないか? 家政婦さん」

 どうやら、誤魔化されたらしい。
 
 ま、いっか。

「あぁ? 時間外だろ? ったく、ここはブラック企業か?」

「ヤクザなんてみんなブラックだろ?」

 そりゃそうだ。

 岳の返しに納得しつつ、俺はどうせならと冷やして置いたシャンパンを持ち出した。

「少し位なら良いだろ?」

「ああ…」

 岳は口元に笑みを浮かべる。
 シャンパングラスではなく、ありきたりなコップに薄く黄色がかった、発泡酒を注ぐ。弾ける泡が楽しげだ。
 その一方を岳の前へ置き、俺もその向かいに座ると。

「じゃ、乾杯」

「乾杯…」

 不格好なケーキを挟み、コップを掲げて二人だけの祝杯を挙げた。

+++

「大和。朝だぞ。起きる時間だろ?」

「あ…? マジ? てか、目覚し鳴んなかった……」

 ん?

 間近で聞こえる岳の声に目を覚ます。伏せていた顔を枕から持ち上げれば。

「お早う。大和」

「おおお」

 眼の前に岳の顔がある。寝起きのクセにイイ男っぷりだ。──じゃなくて。

「んで、また…」

 ぽすりと枕に頭を伏せる。

「これで三度目か。大和は俺と寝るのが好きなんだろ? 良く寝てたぞ」

 そう言ってポンポンと頭を叩いて来た。
 シャンパンに酔ったのは覚えてるが。どうやらそのまま、寝入ってしまったらしい。

「好きなんじゃねぇよ…。岳が連れ込むからだろ? 訳分かんねぇよ。なんで連れ込むんだよ。何度も言うけど、起こせよ。起きなきゃ俺の部屋に突っ込んどけよ。っとに、何考えてんだよ…」

 何が嫌って、段々気にならなくなってる自分がいるからだ。
 岳の匂いとか温もりとか。ちょっとクンクンしてみたりしてる自分に、引く。

「はぁ。ったく…」

「ほら。起きないと。仕事仕事」

 ベッドの同じ温もりの中にいる岳に、何とか仕返ししてやりたかった。
 俺はフン! と上体を起こすと、ナンダ? と、こちらを見上げてくる岳の頬に両手を添えて。

 見てろよ?

 ニンマリ笑むとキョトンとする岳の頬に、迷わずキスしてやった。

「………は?」

「どうだ。『は?』ってなるだろ? ちょっとは俺の気持ちが分かったか!」

 フハハハと、アニメの悪役バリに高らかに笑うと、俺はベッドから飛び降りた。
 それからビシッと人差し指で岳を指すと。

「次に一緒に寝たら、それ以上の事、してやるからな!」

「……」

 それが岳に対して脅し文句になるのか不明だが。
 岳はただ黙ってこちらを見つめていた。

+++

「なんだよ。今の…」

 頬に残る大和の温もり。感触。
 
 俺からした事もないのに。

「何なんだよ…。アイツ…」

 岳はそのまま、ベッドに突っ伏した。そこにはまだ大和の温もりが残る。

 何なんだよ。あいつ……。

 年甲斐もなく頬に赤みが差した。

+++

「なあ、岳」

 キッチンに顔を出すとすぐさま大和が声をかけてきた。表には出さなかったが、先程の行為を思い起こし、内心心がざわついて落ち着かない。

「なんだ?」

「次のイベントは正月の年越しか? 組事務所でも何かやるのか?」

「組の方は一般より少し早めにやる。だから年越しは家で出来るが…」

「よっし。じゃ、やろうぜ! 俺、初めてかも。いっつもバイト行ってたからさ。また真琴も呼んでさ、賑やかにやろ!」
 
 満面の笑みで。

 はしゃぐ大和を、不意に抱き寄せて腕の中に閉じ込めたくなった。

「岳?」

 急に黙り込んだのを不審に思った大和が聞き返して来る。岳は笑むと。

「ああ。盛大にやろう…」

 何処か億劫で仕方なかったクリスマスも、ろくにやった覚えもない年越しも。
 大和がいることで少しづつ、今までとは違った色を帯びてくる。

 やはり、手放せない。

 岳の決意が固まりつつある瞬間だった。


ー了ー
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