Take On Me

マン太

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(おまけ) その後 ー行きたい場所ー

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「ふぅ~、本当、いい湯だったぁ」

 風呂から上がって、浴衣の胸元を寛げながら縁側に座る。足を下ろして、ぶらぶらさせていると、涼やかな風が頬を撫でて行った。
 春の匂いも香る頃。
 漸く時間が出来たからと、仕事の合間を縫って、岳と共に海の側にある温泉地へとやって来たのだ。
 離れの一棟貸しとなっているそこは、まるで暮らすように過ごせるのがいい。打ち水された庭は小さいながらもよく手入れが行き届いていた。
 先に上がっていた岳が麦茶を差し出して来る。

「ほら。飲めよ」

「あんがと」

 自分の分も手にして、俺の隣に胡座をかく。グラスの中の氷が涼し気な音を立てた。

「こういうのもいいな。行きたい所はないか聞いたら、温泉って言うから、ちょっと驚いたけどな?」

 もっと、アクティブなイベント事に行きたいと言うと思ったらしい。俺は麦茶を一気にあおると、空になったグラスを置いて。

「夢だったんだって。こうやってのんびり広いお風呂に浸かって、日がな一日、ぼうっと過ごすのがさ。前のアパートじゃ、殆どシャワーで済ませてたし。近所の銭湯に月に数回、行くのが至福の時でさ…」

 昔を思い出し目を細める。なんせ、狭いアパート暮らしで、家族ででかけた事など一度もなく。
 母親も俺を産んでからずっと働き詰めで。父親は言わずもがな。馬や船の為なら何も厭わず遠出していたが。
 唯一の贅沢が銭湯の広い湯船で。
 それがこんなふうに一棟、貸し切りで満喫できるとは。

「夢のようだ…。てか、夢じゃねぇよな?」

 俺は傍らの岳を仰ぎ見る。岳は飲んでいた麦茶を脇へ置くと。

「夢じゃないな…」

 そう言って身体を屈めて頬に手を添わせて来る。あ、と思った時にはキスされていた。
 麦茶を脇に置いた時点で、ん? とは思ったが。
 
「…な。夢じゃないだろ?」

「お、おう…」

 唇を少し離し、まるで少女漫画にでてくる主人公の相手役モテモテ男子の様に、にこりと笑みを浮かべて覗き込んでくる。
 それでも、そこに大人の色気が漂うのは少女漫画にはない事だろう。
 それに、あろうことか、俺の頬に触れていないもう一方の手が、いつの間にか浴衣の裾から滑り込み、腿辺りに触れている。
 少女漫画には──勿論ない。

 こ、これは。そう言うパターンか…。

 期待していなかった訳じゃない。けれど、それがいつ仕掛けられるかわからず。すっかり油断していたのだ。

「なぁ。今更だけど、岳は…、俺に触って、楽しいのか?」

「楽しくなかったら触らないだろうな? 犬や猫だって可愛いから撫でて触るだろう? それで相手が気持ち良さそうなら、嬉しくなる…」

 んんん! っと、そこは、ちょっと──!

 お湯から上ったばかりの岳の手が、俺の敏感でデリケートな部分へ触れてきて、思わず息が上がる。

「嫌だったら、触る訳ない…」

 耳元に唇を寄せてそう囁くと、すっかり俺の身体を自分の膝の上に抱き上げてしまう。

 ああ、もう。どうにでもなれ! …だな。

 煽る岳に俺も応えるように腕を伸ばし、その首に絡めキスを求める。

「…積極的だな? 大和はそういうスイッチが入ると結構、大胆になるよな…? 俺としては大歓迎だが。いったい、何処にあるんだ? そのスイッチ」

 額を合わせるようにして岳が尋ねて来るが。

「…教えねぇ」

 そう言って俺からキスをする。岳の唇が笑みを象った。

 岳と過ごす時間は、俺の中で一番、好きな時間だ。
 食事をしていても、くだらない話しをしていても、こうして抱き合っていても。
 どんな時も掛け替えがなく。一番、輝いている時間。

「大和…」

「ん…?」

 鼻先に軽いキスが落とされ。

「これから、沢山でかけて遠出して。思い出作ろうな? お前がまた行きたいと思える場所、作ろう…」

 それは、俺にはない場所で。
 昔の、岳とこうなる以前の俺なら、きっと行きたい場所を幾つも上げただろう。

 ──でも。今は俺は岳さえいてくれるなら、それで充分で。

「岳がいる場所が、俺の行きたい所だ。…だから、一緒に沢山、出かけよう」

 一緒でなければ意味がない。行きたいとは思わない。

 岳は目を瞠った後。

「わかった…」

 参ったと言う様な笑みを浮かべ。
 すっかり浴衣のはだけた俺を、ギュッと抱き締めた。


ー了ー
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