Take On Me

マン太

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38.未来へ

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 たける亜貴あきの父、きよしは今のところ容体は安定していて、あの家で岳の母、波瑠子はること共に過ごしている。今しばらくは、大丈夫だろうとの事だった。
 くす正嗣まさつぐ鴎澤おうさわ組解散後の跡を引き継ぎ、その界隈は荒れる事もなく、上手く治めているらしい。
 弟、倫也ともやは未だ意識が戻らなかった。それでも、楠は見捨てる事なく面倒を看ている。
 いつか目覚める事があったなら、深く反省して欲しい所だ。
 警察は容疑を固め書類送検したが、倫也の兄、正嗣と話し合い示談を成立させ、不起訴処分となった。
 暴力で人を制しようとするのは戴けないが、既に回復の見込みもない状態となり充分制裁は受けている。
 真琴の助言もあり、正嗣の為にも、不出来とは言えたった一人の身内をこれ以上、痛めつけるのは止めたのだった。
 俺の父正良まさよしは、その後再びマグロ漁船に乗り込み漁師をしている。最近、世話好きの彼女ができたらしい。
 なんだかんだ言って、自由に生きちゃっかり幸せを掴んでいるのだ。とにかく、このまま幸せであって欲しいと願う。
 前に住んでいたアパートは、住人の入れ替わりはあるものの、相変わらず面白い人間が入ってくる。
 俺は時折、ばあちゃんの部屋を訪ね、そこに顔を出す。その時は岳も一緒だ。
 いつの間にやらアパートの住人とすっかり顔なじみになっていた岳は人気者で。住人が連れている子供達のいい遊び相手にもなっている。

 今日もひとしきり遊び終えた後、ばあちゃんの部屋の縁側に座る俺の傍らに戻ってきた。

「ったく。子どもは遊び出したら止まらないな…」

 ふぅとため息を付きつつ、前髪をかき上げる。幾分、上気した横顔は、それでも楽しげだ。

「岳も子供みたいだから、丁度いいだろ?」

「どっちが! お前の方がだろ?」

 首に腕が回り羽交い絞めにされる。

「った! 岳、苦しいって!」

 ギブアップとその腕をぽんぽん叩けば、首に回っていた腕が腰に回り、背後から抱きしめられた。

「…本当。良かった。お前を取り戻せて」

「それは俺のセリフだろ? 岳が迎えに来てくれて良かったって思ってる」

「大和、これからもずっと一緒にいよう。──約束だ」

 岳は背後から俺を抱いたまま、俺の左手を取り、両の手で包み込む。何か冷たいものがぐいと薬指に押し付けられた。

 なんだ?

 首をかしげると、岳が俺の左手を解放してくれた。そこにはキラリと光る銀色のリング。

「うわっ! なに、これ。まさか──」

「こうしとけば、へんな虫が寄り付かない。な? 俺とお揃いだ」

 首筋にキスが落とされ思わず首をすくめる。
 そうして、自分の指にも指輪を嵌め、俺の手に重ねるようにして絡めると、光るリングが二つになった。

「ずっと一緒だ…」

 耳元でささやく岳に。俺は岳の手と共にそれを日にかざして。

「勿論!」

 きらりと光った指輪は、まるでそこに太陽の光を宿したようだった。

+++

 山から下りて数日、アパートからの引っ越しの合間に、岳の仕事場兼住居となった家を訪れた。
 『見せたいものがある』そう言われ、案内された暗室には、なんと壁一面に俺の写真が貼られていたのだ。
 ハガキサイズのそれに始まり、大きく引き伸ばしたものあり。ビッシリと白い壁面を埋めていた。
 どれも腕のある岳が撮ったため、まるでブロマイドのような出来だったが。

「な? 捨ててないだろ?」

「イヤ。これ…引くぞ?」

 かなり。

 俺はかなりヤバイ奴に引っ掛かったのか? いや。ヤクザ者の時点でヤバかったが。

 しかし、岳は平然として、引き気味の俺を背後から抱きすくめると。

「ここでずっと大和を思ってしてた…」

「はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げたが、その耳元で。

「な。現実にしていいか?」

 低い声音が響く。

「…っ。か、カカカ勝手にしろよっ」

 顔は真っ赤だ。
 勝手にしろと言ったものの、嫌な訳ではなく。ただ、気恥ずかしいのだ。
 岳はくすりと笑う。その後、遠慮なく岳の手が伸び、着ていたパーカーの下に潜り込んできた。
 まだ時刻は昼を過ぎたあたり。
 暗室も暗くはしていないから、ドアの向こうから、明るい冬の初めの日差しが入り込んできていた。
 冷たいかと思った岳の手はとても温かい。

「…ふ…、ん…っ」

 思わず声が漏れた。
 感触を楽しむ様に何度も胸や腹を手が撫で下ろし滑る。煽る意図を持っているせいで、余計に手の動きに敏感になった。ただ、撫でるだけではないのだ。
 その間にも首筋や鎖骨、頬の端や耳元にキスが落とされ。岳にこうして意図をもって触れられるのはまだ数える程度。
 もし、ここでするならこれが二回目。
 背後にある岳の体温とその薫り。それを意識すると心拍数が上がる。
 立っていられず、気がつけば背後から回された腕にしがみ付く様にして寄りかかっていた。
 かなり俺の息が上がってきた所で、岳は耳元で。

「シャワー浴びてこよう。準備する…」

 やはりするのだ。

 俺は先を思って、こくこくと頷く事だけしか出来なかった。
 男同士のそれはなかなか大変なのだ。
 準備をおろそかにすると後で後悔することになる。けれど、初心者の俺にはかなりハードルが高かった。
 前回、緊張しまくる俺に、岳は繋がるだけが好意の示し方じゃないと教えてくれた。
 けれど、互いの思いを伝えるには必要なツールでもあって。一方通行でなければ、愛を実感出来る大切な行為だと言った。

 俺もそう思う。

 ことに俺は岳に捨てられたと思っていたから、その行為は重要で。それに前は悲しい思いを抱えてだった。それが今回はないのだ。
 思う存分、素直に岳を感じたかった。

 日の差すベッドの上に押し倒され岳に抱きしめられる。俺も精一杯、岳を抱き返した。
 相手が愛おしいと思うから、される行為に恥ずかしさを覚えても、それを抑え素直に反応する。岳を感じる。
 時折、目に映る岳の表情はとても嬉しそうで。それを見るたび、身体の熱が一度上昇するよう。岳が笑った。

「んだよ…。俺を見るたびに、熱くなってんのか?」

 見下ろしてくる岳が、愛おしい。

「ん…っ。好き…だっ」

 揺れ出す視界。
 笑んだ岳が俺に覆いかぶさってくる。互いの汗が交じり合う。
 手を伸ばして岳の頬に触れると、その手に目を閉じ頬を摺り寄せてきた。

 愛してる。

 なんのてらいもなく今なら言える。
 自分の中の敏感な部分を岳が擦り上げ、声にならない叫びが漏れた。
 前よりももっと感じる自分がいた。岳にそうされるたび、愛していると言われている心地がして。
 風がそよぎ、鳥が庭先で鳴く。空は青く、雲は白く高く。
 一際強い力で突き上げられて、思わず声を漏らした。岳は満足げに笑むと、俺を抱え上げる。見下ろす形になって俺は戸惑うが。

「…大和。愛してる。お前だけにしか言わない」

「ん…っ、ん。分かって…るっ」

 言葉にできないのがもどかしく、キスを返すと、岳も深く求めるようにキスをしてくる。
 そのまま抱えていた身体を下ろされて、繋がりが一層深くなった。

「っ?!」

「もう少し、大和を感じさせてくれ…」

 少し唇を離すと、再び俺を強く抱きしめ。
 痺れるような快感と、甘い疼きがずっと増した。

+++

 岳はすっかり意識を無くした大和の頬にそっと指を滑らす。
 日は傾き始めていた。この充足感は何にもかえがたい。大和とでなければ味わえない。

 もう手放せない。

 手放すつもりもなかった。
 もし、大和が逃げ出したなら、地の果てでも追っていくだろう。それくらいには、愛している。
 それは執着なのかもしれないが。
 自分に光を与えてくれる大和を、無くすことは考えられなかった。

 この先も、大和とあれるように。

 それに全力を尽くす覚悟だった。
 岳は露になった大和の腹部の傷に触れる。
 白く浮いて見えるそこは、流石に傷跡は残った。

 これは俺への罰だ。
 大和を本気で大切にできなかった俺への。

 二度とこんなマネはさせないし、しない。

「…岳?」

「ああ。まだ、寝てていい」

 優しく頬を撫でると、うっすらと開いた大和の目がまた閉じられる。そうして俺の手を握り締めると。

「もう、痛くねぇ…。岳がいれば、大丈夫…から…」

 そう言ってまた眠りに落ちていった。岳が触れたのに気づいていたのだろう。
 岳は眠る大和の横に寝転がると、もう一度その身体を抱きしめた。

 モブなんかじゃない。俺だけの主人公ヒーローだ。

+++

「岳! ちょっと休まないか? コーヒー淹れた」

 早朝の山頂直下。
 夏季に入って、岳は撮影の為、大和の働く山小屋を訪れていた。ここに二週間滞在する予定だ。
 すっかり暗闇に閉ざされた中で、一人撮影の為起きていた岳へ、ライトを手がかりに、完全防備した俺は淹れたてのコーヒーを持っていく。勿論、ミルクも忘れずに入れてある。

「すまないな。もう、起きてたのか?」

 夏とは言え、早朝ともなれば吐く息も白くなる。温かい飲み物は必須だった。

「おう。岳が起きるって言ってたからさ。じゃないとなかなか二人きりになれないだろ?」

「そうだな」

 岳は薄手の手袋で作業をしていたが、それを外してコーヒーの入った保温カップをを受け取ると、ついでにもう一方の手で、素手の俺の手も掴んで着ていたアウターのポケットの中に突っ込んでしまう。
 
 温かい。

 色々な意味で。

「今日は上手く撮れそうか?」

 照れ臭さを隠す為、わざと話題をふる。岳はポケットの中で俺の手に指先を絡めて来た。

「雲が少し多いがその方が焼けて綺麗に撮れる。多分、いけるだろ」

「そっか。いいの撮れるといいな?」

「そうだな」
 
 岳は薄っすらと明るくなり始めた稜線に目を向けながら。

「ここにいれば大和は近いが、触れられないのが寂しいな…」

「って、たまにこうやってひと目を忍んで、ってのも、楽しいだろ? なんか、いつもよりドキドキするし…」

「まあ、な。下におりた時、燃えるしな?」

「なっ? ななな何言って──」

 岳はにっと意地悪な笑みを浮かべ。

「楽しみだ」

「んのっ! ったく、言ってろっての!」

 ポスリとその肩に頭を預ける。岳は小さく笑うと。

「こういう時、幸せだなって思う。お前に出会えて良かった…」

 岳は俺の毛糸の帽子を被った頭に頬を埋めるとそう漏らした。俺はポケットの中の手を更に握りしめると。

「おう。俺も岳に出会えて良かった」

 大好きだと心から思える相手に出会えた事に感謝しかない。

 漸く明るさを増して来た東の空に目を向けた。棚引く雲の端がゆっくりと紅く染まりだす。
 夜明けだ。
 それは漸く始まった俺達の未来を示すようで。

 この先も、何があっても。

 俺を受け入れてくれた岳と共に。
 長い道のりを歩いて行くつもりだ。



ー了ー
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