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「亜貴の来る日だったか…」
真琴が岳の家に着くと、先客がいた。見覚えのある靴に亜貴の来訪を知る。
リビングには先に到着して、ソファで岳の近況を聞いている亜貴がいた。
「なに? いちゃ不味いことでもあるの?」
亜貴の視線がきつくなる。真琴は仕方ないとため息をつきソファに座る。
岳が手早くコーヒーを淹れ始めた。豆のいい香りが幾分心を和ませたが、緊張は解けない。真琴は徐ろに口を開いた。
「ここに…、大和は来なかったか?」
「どうして大和が? ここは知らないはずだろ?」
ドリッパーにお湯を注ぎながら岳が返す。しかし、真琴は首を振った後。
「…済まない。昨日、話の流れで大和に話したんだ。それで、今日あたり来るんじゃないかと」
「聞いてないぞ」
岳が低い声を出す。
「言ってないからな。大和には口留めされたが…。お前が酷い仕打ちをしないかと心配になってな。悪いとは思ったが、会いたいという大和に黙っていられなかった。元はと言えば、お前が会いに行かないからだぞ」
真琴の言葉に岳は視線を逸らす。
「別に、そのうち会いに行くつもりだ…」
すると、亜貴が眉間にシワを寄せ思案顔になっている。
「どうした? 亜貴」
真琴の問いに亜貴はううんと唸るように声を漏らした後。
「俺、見たかも…。さっき、ここに来る前」
「は…?」
岳の目が見開かれる。
「バスから降りる前、そっくりな奴見かけたんだ。でも、そんなわけないと思って…。あれ、やっぱり大和だったんだ」
「来てないぞ…?」
岳はやや不審げに返すが。
「今日は今まで仕事だったのか?」
真琴が聞き返すと、岳は気怠げに髪をかきあげながら。
「…紗月が来てたな。勿論、仕事でだ。ブロマイドを何枚か撮って、選んで…」
真琴は紗月との事を知っている。大学時代、一緒につるむ事はなかったが、顔を会わす事は度々あった。
ちなみに、亜貴も話だけは真琴から聞き知っているようだった。勿論、紗月が恋人であったことも。
「なにか見られて不味いことは無かったか?」
真琴の言葉に、一旦は口を閉ざすが。
「…ただ、話していただけだ。他愛のない会話で…。いや、キスはされたが──」
「それだって。見たんだよ。それ。それで会いに来たけど帰っちゃったんじゃないの? どうすんの?」
亜貴が深々とため息を吐き攻める様な眼差しを向ける。しかし、岳はすっきりとしない。
「あれくらいの事で…」
「じゃあさ。大和が誰かとキスしてるの見て、冷静でいられる?」
「…今の俺が何かを言えた義理じゃない」
「相手が真琴だったら? 今と同じことを言える?」
岳はチラと真琴を見て押し黙る。
「亜貴、例えが悪い。だが、殴りかかられるのは目に見えてるな」
真琴はそう口にすると眼鏡のフレームを上げながら岳を見返す。
「タケ。大和に会うべきだ。ぼやぼやしていると、今の例えが現実になるぞ」
「真琴…?」
「そういう事だ」
岳の目がいよいよ見開かれた。言うつもりはなかったが、この際仕方ない。大和の為ならとそれを認める。
「…って、お前」
「誰がいつも親身になって相談に乗っていると思ってる。下心が全くない訳じゃない」
半分は脅しだ。勿論、気持ちはあったが、横から奪うつもりなど更々なかった。
しかし、機会があるのであれば、挑戦はしようと思っているのも半分で。岳を焚きつけるには丁度いい。
大和は明るく前向きだ。どんなに辛い事があっても乗り越える力がある。彼といると自分も前へ向く力が湧いて来るのだ。
それとは逆に、何処か支えたくなるような危うさもあって。放っておけないのだ。
性的な関係を抜きにしても、もし、彼と共に暮らせるならこんな嬉しい事はないと思う。
それくらいは、大和の事を気に入っていた。
それを岳は捨てようとするのだ。亜貴ではないが、自分ならありえない事だった。
「岳。お前の慎重さはいいが、ともすると臆病になるきらいがある。そう言う環境で生きてきたせいもあるんだろうが、今はそんな事を言っている場合じゃない」
「……」
岳は一旦、真琴を見た後、視線を落とした。真琴は尚も言いつのる。
「大和は生きているんだ。今ならまだ間に合う。自分の手に取り戻せるんだぞ? こうなる前、お前は一旦は諦めた関係を取り戻したじゃないか。その選択は間違っていないはずだ。どんな理由があるにせよ、諦めるべきじゃない。一生後悔するぞ?」
岳は俯いたまま、微動だにしない。頑なになった心は開くことがないのだろうか。
すると、岳がゆっくりと口を開いた。
「俺は大和を殺しかけた。直接、手は下さなかったが、大和にそういう選択をさせたんだ。俺が側にいれば、何かあった時、また大和は同じ選択をするだろう。…怖いんだ。俺が大和を殺すんじゃないかって」
「岳…」
真琴は諭すようにその名を呼んだが。すると見兼ねた亜貴が。
「そんなの、大和の選択じゃないか。そうさせない様にすればいいだけだろ? 俺ならずっと側にいて守るよ。大和がするように、俺だって守る。兄さんは臆病だ。自分が可愛くて大事なものを見失ってる。大和は兄さんだけを思っているのに…。もっと大和を見て信じなよ!」
「亜貴…」
岳はそれ以上、言葉を継げなくなる。真琴はため息を一つ吐き出したあと。
「タケ。大和はお前に忘れられても、ずっと好きだと言っていた。あれは本心から出た言葉だ」
その言葉に、岳はハッとしたように真琴を見やって、それからまた視線を落とした。唇を噛み締めている。
後、ひと押しとばかりに、真琴は言葉を続けた。
「お前の為に大怪我を負ったのに、更に追い打ちをかけるのか? そんな辛い思いをさせるなよ。俺がお前の立場なら、二度と手放さない」
岳はギュッと拳を握りしめたあと、
「ちょっと出てくる…」
そう言い残し、車のキーを掴むとそのまま家を後にした。
+++
「行ったね」
「行ったな」
バタンと玄関ドアが大きな音を立てて閉まってから、亜貴と真琴は、互いに視線を交わし。
「真琴…。惜しいことしたって思ってるでしょ?」
「まあな。けど、お互い様だろう? 亜貴」
亜貴はフンと鼻を鳴らすと。
「そうだけど…。だって、大和の幸せの為なら仕方ないでしょ。あんなに情けない兄さんでも、好きって言うんだもの」
真琴はすっかり冷めたコーヒーを見つめながら。
「上手くいくといいな…」
そう口にした。
真琴が岳の家に着くと、先客がいた。見覚えのある靴に亜貴の来訪を知る。
リビングには先に到着して、ソファで岳の近況を聞いている亜貴がいた。
「なに? いちゃ不味いことでもあるの?」
亜貴の視線がきつくなる。真琴は仕方ないとため息をつきソファに座る。
岳が手早くコーヒーを淹れ始めた。豆のいい香りが幾分心を和ませたが、緊張は解けない。真琴は徐ろに口を開いた。
「ここに…、大和は来なかったか?」
「どうして大和が? ここは知らないはずだろ?」
ドリッパーにお湯を注ぎながら岳が返す。しかし、真琴は首を振った後。
「…済まない。昨日、話の流れで大和に話したんだ。それで、今日あたり来るんじゃないかと」
「聞いてないぞ」
岳が低い声を出す。
「言ってないからな。大和には口留めされたが…。お前が酷い仕打ちをしないかと心配になってな。悪いとは思ったが、会いたいという大和に黙っていられなかった。元はと言えば、お前が会いに行かないからだぞ」
真琴の言葉に岳は視線を逸らす。
「別に、そのうち会いに行くつもりだ…」
すると、亜貴が眉間にシワを寄せ思案顔になっている。
「どうした? 亜貴」
真琴の問いに亜貴はううんと唸るように声を漏らした後。
「俺、見たかも…。さっき、ここに来る前」
「は…?」
岳の目が見開かれる。
「バスから降りる前、そっくりな奴見かけたんだ。でも、そんなわけないと思って…。あれ、やっぱり大和だったんだ」
「来てないぞ…?」
岳はやや不審げに返すが。
「今日は今まで仕事だったのか?」
真琴が聞き返すと、岳は気怠げに髪をかきあげながら。
「…紗月が来てたな。勿論、仕事でだ。ブロマイドを何枚か撮って、選んで…」
真琴は紗月との事を知っている。大学時代、一緒につるむ事はなかったが、顔を会わす事は度々あった。
ちなみに、亜貴も話だけは真琴から聞き知っているようだった。勿論、紗月が恋人であったことも。
「なにか見られて不味いことは無かったか?」
真琴の言葉に、一旦は口を閉ざすが。
「…ただ、話していただけだ。他愛のない会話で…。いや、キスはされたが──」
「それだって。見たんだよ。それ。それで会いに来たけど帰っちゃったんじゃないの? どうすんの?」
亜貴が深々とため息を吐き攻める様な眼差しを向ける。しかし、岳はすっきりとしない。
「あれくらいの事で…」
「じゃあさ。大和が誰かとキスしてるの見て、冷静でいられる?」
「…今の俺が何かを言えた義理じゃない」
「相手が真琴だったら? 今と同じことを言える?」
岳はチラと真琴を見て押し黙る。
「亜貴、例えが悪い。だが、殴りかかられるのは目に見えてるな」
真琴はそう口にすると眼鏡のフレームを上げながら岳を見返す。
「タケ。大和に会うべきだ。ぼやぼやしていると、今の例えが現実になるぞ」
「真琴…?」
「そういう事だ」
岳の目がいよいよ見開かれた。言うつもりはなかったが、この際仕方ない。大和の為ならとそれを認める。
「…って、お前」
「誰がいつも親身になって相談に乗っていると思ってる。下心が全くない訳じゃない」
半分は脅しだ。勿論、気持ちはあったが、横から奪うつもりなど更々なかった。
しかし、機会があるのであれば、挑戦はしようと思っているのも半分で。岳を焚きつけるには丁度いい。
大和は明るく前向きだ。どんなに辛い事があっても乗り越える力がある。彼といると自分も前へ向く力が湧いて来るのだ。
それとは逆に、何処か支えたくなるような危うさもあって。放っておけないのだ。
性的な関係を抜きにしても、もし、彼と共に暮らせるならこんな嬉しい事はないと思う。
それくらいは、大和の事を気に入っていた。
それを岳は捨てようとするのだ。亜貴ではないが、自分ならありえない事だった。
「岳。お前の慎重さはいいが、ともすると臆病になるきらいがある。そう言う環境で生きてきたせいもあるんだろうが、今はそんな事を言っている場合じゃない」
「……」
岳は一旦、真琴を見た後、視線を落とした。真琴は尚も言いつのる。
「大和は生きているんだ。今ならまだ間に合う。自分の手に取り戻せるんだぞ? こうなる前、お前は一旦は諦めた関係を取り戻したじゃないか。その選択は間違っていないはずだ。どんな理由があるにせよ、諦めるべきじゃない。一生後悔するぞ?」
岳は俯いたまま、微動だにしない。頑なになった心は開くことがないのだろうか。
すると、岳がゆっくりと口を開いた。
「俺は大和を殺しかけた。直接、手は下さなかったが、大和にそういう選択をさせたんだ。俺が側にいれば、何かあった時、また大和は同じ選択をするだろう。…怖いんだ。俺が大和を殺すんじゃないかって」
「岳…」
真琴は諭すようにその名を呼んだが。すると見兼ねた亜貴が。
「そんなの、大和の選択じゃないか。そうさせない様にすればいいだけだろ? 俺ならずっと側にいて守るよ。大和がするように、俺だって守る。兄さんは臆病だ。自分が可愛くて大事なものを見失ってる。大和は兄さんだけを思っているのに…。もっと大和を見て信じなよ!」
「亜貴…」
岳はそれ以上、言葉を継げなくなる。真琴はため息を一つ吐き出したあと。
「タケ。大和はお前に忘れられても、ずっと好きだと言っていた。あれは本心から出た言葉だ」
その言葉に、岳はハッとしたように真琴を見やって、それからまた視線を落とした。唇を噛み締めている。
後、ひと押しとばかりに、真琴は言葉を続けた。
「お前の為に大怪我を負ったのに、更に追い打ちをかけるのか? そんな辛い思いをさせるなよ。俺がお前の立場なら、二度と手放さない」
岳はギュッと拳を握りしめたあと、
「ちょっと出てくる…」
そう言い残し、車のキーを掴むとそのまま家を後にした。
+++
「行ったね」
「行ったな」
バタンと玄関ドアが大きな音を立てて閉まってから、亜貴と真琴は、互いに視線を交わし。
「真琴…。惜しいことしたって思ってるでしょ?」
「まあな。けど、お互い様だろう? 亜貴」
亜貴はフンと鼻を鳴らすと。
「そうだけど…。だって、大和の幸せの為なら仕方ないでしょ。あんなに情けない兄さんでも、好きって言うんだもの」
真琴はすっかり冷めたコーヒーを見つめながら。
「上手くいくといいな…」
そう口にした。
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