29 / 43
28.雨
しおりを挟む
「なあ、叫べよ。あいつの前でお前を殺ってやるからさ…。あいつの泣き顔が見られるか? いい気味だ…」
くくっと耳元で倫也は笑う。
ここまで来ると、何を言ってもダメだろう。
ぐっと腹に固いものが押し付けられた。それは布地を既に突き刺して、肌を軽く刺している。
本気だ。っていうか、油断した。
俺としたことが。
岳は気付かずそのまま土手を下りて行こうとする。勿論、呼ぶつもりはなかった。
嫌なのが、冗談でなく岳との思い出が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った事だ。
なんだよ。なんかフラグ立ってたのかよ。
俺は深く息を吐き出す。
岳、俺──。
「いいよ。お前が呼ばねぇなら、俺が呼んでやる──」
倫也が息を吸い込み声を張り上げようとした瞬間、倫也を背負い込む様にしゃがみ込み、その身体を川側の土手へと押し倒した。
+++
ふと、呼ばれた気がして、土手を下る階段を降り切る前に顔を上げた。
しかし、そこに大和の姿はない。
帰ったのだろう。
でも、また会える。
それは自分の努力次第だ。
決して望んだ道ではないが、そこに大和がいてくれるなら乗り切って行ける気がする。人としての何かを失わずにいられる気がするのだ。
あいにくの小雨も、今の岳には温かい祝福の雨に思えた。
大和はこの手の中にある。
抱きしめた時の温もりを忘れぬよう、そっと掌を握り締めた。
ふと、胸ポケットに入れた端末に目が行った。
後で連絡するとは言ったが。
声が聞きたくなった。
+++
先ほどから雨粒が大きくなってきている。
露を含んだ草花は重くしなだれて身体にかかっていた。
腹のあたりが熱い。熱くてドクリドクリと何かが流れ出ていくのが分かる。
見なくても分かる。
あいつを土手に突き飛ばした時、腹に当てられたナイフが刺さったのだ。
しゃがめば、それは刺さるだろう。
けれど、あのまま、岳を振り向かせるわけにはいかなかった。
気付けば岳は戻ってくる。そして、倫也にやられ無いにしても、何らかの怪我を負う可能性があった。それは避けたかったのだ。
その倫也はどうなったのか。
俺が引き倒した瞬間、ぐうとかなんとか言ったが。
僅かに首を巡らすが、身体が思う様に動かず、見つけ出すことができなかった。
その辺に転がってるならいいが。
とにかく、救急車か? 連絡、しねぇと。
携帯は尻のポケットだ。
てか、身体、動かねぇ。
さっきから酷く寒く感じる。それでも力を振り絞って腕を回し、尻ポケットを探り携帯を取り出す。
手が震え血にまみれたそれは、画面が良く見えなかった。目が霞む。
ああ、なんかこれって、最後って奴? こんな風に、終わるのか…。
ふと携帯が鳴った。表示は岳だ。
って、あいつ。何、すぐかけてんだよ。見かけに寄らず、ガキだな。あいつも──。
俺には言われたくないだろうが。
+++
「大和?」
『…んだよ。なに、すぐかけてんだよ』
ワンコールで大和は出た。
「いや。その…ちゃんと繋がってるか気になって。真琴が連絡先を教えてくれたからさ」
『子どもか…?』
携帯の向こうの大和が笑う。
「子どもでいい。いま、どこにいる?」
その問いに、暫くの沈黙の後。
『もうじき、アパートに着く…』
「そっか。なあ、いつか、そこに遊びにいってもいいか? 勿論、目立つような真似はしない」
『…好きにしろよ。アパートの連中、きっと、びっくりするって。岳みたいに、カッコいい奴、見たこと、ないからさ…』
「良く言う。…なあ、大和」
『…なんだ?』
「好きの上ってなんだろうな?」
『なに、乙女みたいなこと、言ってんだよ…。そんなの、決まってんだろ?』
大和の声が小さく呟くようになる。
「なんだよ。言ってみろよ」
ふっと笑って先を促せば。すうっと息を吸う音が聞こえ。
『岳…。好きだ。大好きだ。ずっと…愛してる──』
「俺もだ」
そこで通話が途切れた。
岳は通話履歴に目を落としたあと、端末を胸に仕舞う。
必ず、迎えに行く。大和。
+++
「お母さん! ここに寝てるひといるよ!」
先ほど大和の横を通り過ぎた一団だ。
子どもたちは雨脚が強くなってきたため帰ってきたらしい。母親が子供の声に笑いながら答えるが。
「ええ? 寝てるって、雨なのに寝てる訳──」
そのあと、小さな悲鳴と、騒ぎが起こる。
救急車のサイレンが聞こえたのは暫くしてのちの事だった。
+++
雨の降りしきる中、一人の女性がタクシーから降り立った。
見据えた先には、古式ゆかしい、日本家屋。女性は勝手知ったる様にその呼び鈴を鳴らし、モニターからよく見える様にきっちり正面を見た。
「潔、いるかしら? 帰っているって聞いたのだけど」
インターホンの向こうの声が動揺したのか上ずった。
『お、お待ちください。直ぐ開けますっ』
女性はふうと小さく息をついた。
「昔とちっとも変わらない。と思ったけど、だいぶガタが来てるわね。主と同じかしら?」
綺麗に整えた指先を口元に添えた。
くくっと耳元で倫也は笑う。
ここまで来ると、何を言ってもダメだろう。
ぐっと腹に固いものが押し付けられた。それは布地を既に突き刺して、肌を軽く刺している。
本気だ。っていうか、油断した。
俺としたことが。
岳は気付かずそのまま土手を下りて行こうとする。勿論、呼ぶつもりはなかった。
嫌なのが、冗談でなく岳との思い出が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った事だ。
なんだよ。なんかフラグ立ってたのかよ。
俺は深く息を吐き出す。
岳、俺──。
「いいよ。お前が呼ばねぇなら、俺が呼んでやる──」
倫也が息を吸い込み声を張り上げようとした瞬間、倫也を背負い込む様にしゃがみ込み、その身体を川側の土手へと押し倒した。
+++
ふと、呼ばれた気がして、土手を下る階段を降り切る前に顔を上げた。
しかし、そこに大和の姿はない。
帰ったのだろう。
でも、また会える。
それは自分の努力次第だ。
決して望んだ道ではないが、そこに大和がいてくれるなら乗り切って行ける気がする。人としての何かを失わずにいられる気がするのだ。
あいにくの小雨も、今の岳には温かい祝福の雨に思えた。
大和はこの手の中にある。
抱きしめた時の温もりを忘れぬよう、そっと掌を握り締めた。
ふと、胸ポケットに入れた端末に目が行った。
後で連絡するとは言ったが。
声が聞きたくなった。
+++
先ほどから雨粒が大きくなってきている。
露を含んだ草花は重くしなだれて身体にかかっていた。
腹のあたりが熱い。熱くてドクリドクリと何かが流れ出ていくのが分かる。
見なくても分かる。
あいつを土手に突き飛ばした時、腹に当てられたナイフが刺さったのだ。
しゃがめば、それは刺さるだろう。
けれど、あのまま、岳を振り向かせるわけにはいかなかった。
気付けば岳は戻ってくる。そして、倫也にやられ無いにしても、何らかの怪我を負う可能性があった。それは避けたかったのだ。
その倫也はどうなったのか。
俺が引き倒した瞬間、ぐうとかなんとか言ったが。
僅かに首を巡らすが、身体が思う様に動かず、見つけ出すことができなかった。
その辺に転がってるならいいが。
とにかく、救急車か? 連絡、しねぇと。
携帯は尻のポケットだ。
てか、身体、動かねぇ。
さっきから酷く寒く感じる。それでも力を振り絞って腕を回し、尻ポケットを探り携帯を取り出す。
手が震え血にまみれたそれは、画面が良く見えなかった。目が霞む。
ああ、なんかこれって、最後って奴? こんな風に、終わるのか…。
ふと携帯が鳴った。表示は岳だ。
って、あいつ。何、すぐかけてんだよ。見かけに寄らず、ガキだな。あいつも──。
俺には言われたくないだろうが。
+++
「大和?」
『…んだよ。なに、すぐかけてんだよ』
ワンコールで大和は出た。
「いや。その…ちゃんと繋がってるか気になって。真琴が連絡先を教えてくれたからさ」
『子どもか…?』
携帯の向こうの大和が笑う。
「子どもでいい。いま、どこにいる?」
その問いに、暫くの沈黙の後。
『もうじき、アパートに着く…』
「そっか。なあ、いつか、そこに遊びにいってもいいか? 勿論、目立つような真似はしない」
『…好きにしろよ。アパートの連中、きっと、びっくりするって。岳みたいに、カッコいい奴、見たこと、ないからさ…』
「良く言う。…なあ、大和」
『…なんだ?』
「好きの上ってなんだろうな?」
『なに、乙女みたいなこと、言ってんだよ…。そんなの、決まってんだろ?』
大和の声が小さく呟くようになる。
「なんだよ。言ってみろよ」
ふっと笑って先を促せば。すうっと息を吸う音が聞こえ。
『岳…。好きだ。大好きだ。ずっと…愛してる──』
「俺もだ」
そこで通話が途切れた。
岳は通話履歴に目を落としたあと、端末を胸に仕舞う。
必ず、迎えに行く。大和。
+++
「お母さん! ここに寝てるひといるよ!」
先ほど大和の横を通り過ぎた一団だ。
子どもたちは雨脚が強くなってきたため帰ってきたらしい。母親が子供の声に笑いながら答えるが。
「ええ? 寝てるって、雨なのに寝てる訳──」
そのあと、小さな悲鳴と、騒ぎが起こる。
救急車のサイレンが聞こえたのは暫くしてのちの事だった。
+++
雨の降りしきる中、一人の女性がタクシーから降り立った。
見据えた先には、古式ゆかしい、日本家屋。女性は勝手知ったる様にその呼び鈴を鳴らし、モニターからよく見える様にきっちり正面を見た。
「潔、いるかしら? 帰っているって聞いたのだけど」
インターホンの向こうの声が動揺したのか上ずった。
『お、お待ちください。直ぐ開けますっ』
女性はふうと小さく息をついた。
「昔とちっとも変わらない。と思ったけど、だいぶガタが来てるわね。主と同じかしら?」
綺麗に整えた指先を口元に添えた。
21
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

王様は知らない
イケのタコ
BL
他のサイトに載せていた、2018年の作品となります
性格悪な男子高生が俺様先輩に振り回される。
裏庭で昼ご飯を食べようとしていた弟切(主人公)は、ベンチで誰かが寝ているのを発見し、気まぐれで近づいてみると学校の有名人、王様に出会ってしまう。
その偶然の出会いが波乱を巻き起こす。

紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く
やしろ
BL
「ならば、私を野に放ってください。国の情勢上無理だというのであれば、どこかの山奥に蟄居でもいい」
広大な秋津豊島を征服した瑞穂の国では、最後の戦の論功行賞の打ち合わせが行われていた。
その席で何と、「氷の美貌」と謳われる美しい顔で、しれっと国王の次男・紅緒(べにお)がそんな事を言い出した。
打ち合わせは阿鼻叫喚。そんななか、紅緒の副官を長年務めてきた出穂(いずほ)は、もう少し複雑な彼の本音を知っていた。
十三年前、敵襲で窮地に落ちった基地で死地に向かう紅緒を追いかけた出穂。
足を引き摺って敵中を行く紅緒を放っておけなくて、出穂は彼と共に敵に向かう。
「物好きだな、なんで付いてきたの?」
「なんでって言われても……解んねぇっす」
判んねぇけど、アンタを独りにしたくなかったっす。
告げた出穂に、紅緒は唐紅の瞳を見開き、それからくすくすと笑った。
交わした会話は
「私が死んでも代りはいるのに、変わったやつだなぁ」
「代りとかそんなんしらねっすけど、アンタが死ぬのは何か嫌っす。俺も死にたかねぇっすけど」
「そうか。君、名前は?」
「出穂っす」
「いづほ、か。うん、覚えた」
ただそれだけ。
なのに窮地を二人で脱した後、出穂は何故か紅緒の副官に任じられて……。
感情を表に出すのが不得意で、その天才的な頭脳とは裏腹にどこか危うい紅緒。その柔らかな人柄に惹かれ、出穂は彼に従う。
出穂の生活、人生、幸せは全て紅緒との日々の中にあった。
半年、二年後、更にそこからの歳月、緩やかに心を通わせていった二人の十三年は、いったい何処に行きつくのか──
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結】うたかたの夢
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
ホストとして生計を立てるサリエルは、女を手玉に取る高嶺の花。どれだけ金を積まれても、美女として名高い女性相手であろうと落ちないことで有名だった。冷たく残酷な男は、ある夜1人の青年と再会を果たす。運命の歯車が軋んだ音で回り始めた。
ホスト×拾われた青年、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血あり
※印は性的表現あり
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
全33話、2019/11/27完
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる