Take On Me

マン太

文字の大きさ
上 下
24 / 43

23.梅雨空

しおりを挟む
 時は戻り、マンションのリビング。
 岳は徐ろに口を開くと、組を継ぐ事になったと告げた。

「正式に、組長になるのか?」

 以前、聞いていた話と違う。
 驚いた拍子に殴られた左側頭部に痛みが走って、思わず顔をしかめた。
 横にいた亜貴あきが心配そうな視線を送ってきたが、大丈夫だと手で制する。
 
「そうだ」

 たけるは端的に答えた。亜貴は眉根を寄せ、岳を見つめ。

「兄さん。それ、本気?」

「本気だ。元よりそのつもりで親父のところへ来たんだからな? 組が荒れるのは跡目が決まらないからだ。今回の件も以前の大和の件も、それが原因だ。それを治めるには俺が継げばいいだけのこと。これで亜貴はもう組には関わらせない。自由だ」

 違う。岳は──。

 岳の期限は亜貴の成人までだったはず。
 それを知っているのは、きよしくす真琴まこと。あとは俺だ。
 今回の倫也ともやの襲撃で、話が変わったと言うことなのか。
 
「自由って、そんな…。でも、それって俺の代わりでしょ? ずっと思ってた…。母さんが亡くなった後、父さんが入院してすぐ兄さんが来て。俺が子どもだったから、父さんが無理に呼んだんだって思ってた…。そうでしょ?」

「違う…」

 岳は否定するが。

「違わない! 俺のせいだ…。俺、ずっと思ってた。大人になったら兄さんを手伝おうって…。その覚悟だってある!」

 頬を高揚させ、じっと岳を見据える亜貴に、諭すように口を開く。

「亜貴。俺がここへ来たのは自分の意思でだ。それに俺はお前の代わりじゃない。お前はまだ子どもだ。同じ立場でも何でもない。俺は親父の代わりに継ぐんだ。それだけの話だ」

「でも…!」

 亜貴は尚も言葉をいい募ろうとするが、岳はそれ以上受けつけなかった。

「話はそれだけだ。正式な跡目相続は式をしてからだ。内々にやる予定だが、盃事さかずきごとはきちんとやる。そうなれば俺と関わることはお前の将来にいいことは一つもない。式が終われば亜貴とも、もう会わない事になる」

「えって…なに? それって…」

 亜貴の表情が固まる。

「お前との縁は切る。今後、何があってもお前と俺は一切関係がない。お前を親父の戸籍から外し、母方の籍に入れ、姓も母方を名乗らせる。このマンションも引き払って、別の高校へ移らせる。母方の祖母がまだ健在だ。お前も以前は会っていただろう? 成人までの世話は彼女に頼む予定だ。これはすべて親父も了承済みだ」

 そこまで一気に言うと、亜貴を見つめる。
 亜貴はあまりのことに綺麗なピンク色の唇を開いたまま、呆然と岳を見つめていた。
 俺は思わず身を乗り出すと。

「って、俺は?」

 亜貴がそれなら、俺は──。

 岳はちらとこちらに視線を向けた後、

「大和とも、今後会うつもりはない。家政婦の仕事はここを引き払った時点で終わりでいい。残りの借金は俺が後目を継ぐことでちゃらにする」

「は…? なんだよ。会わないって…。終わりって、そんな──」

 簡単に──。

 待っていて欲しいと言った。一緒にいたいと。

 頭の中が真っ白になる。岳の言葉が上手く頭に入って来なかった。
 
「真琴からちゃんと完済証明を出すようにする。お前の父親の借金は支払完了だ」

「…まてよ。それって、岳と…二度と会えないってことか?」

 ダメだ。ダメだ。全然、理解出来ない。

「そうだ…。俺は暴力団の組長だ。普通の人間がかかわるべきじゃない」

 ぴしゃりと言い切る。

 それは、そうだ。

 けれど、今までの岳との関係はすべてなかったことになるのか? 俺への思いはそんな簡単に切れる事だったのか。
 あの時の岳の言葉や瞳。その後もずっと俺に向けられた好意。

 それらが全部──。

 俺は膝の上で、震える手の平を握り締めると。

「俺は…岳に、家族だって、そう言われて嬉しかった。初めは理解できなかったけど、こうやって食卓囲んで他愛ない日常を過ごせる相手がいるってことが、『家族』なんだって気付いて…。でも、それを続けられないってことなんだな…?」

 一緒に過ごせるという夢もなくなった。
 楠の弟が起こした事件によって、岳との全ての未来が閉ざされた。
 それは、殴られた方がましだと思う結末だった。

「…そうだ」

 岳の声は冷たい。わざとそうしているのだと感じた。

 今更、問い詰めても、岳を苦しめるだけだ。きっと、岳も苦しいに決まっている。
 あと少しでこの世界から抜けられたのに、夢に向かって邁進できたのに。
 また闇に沈むことになる。何もかも、諦めて。
 
 その暗闇で、岳は耐えられるのか?

「…あと、どれくらい一緒に過ごせるんだ?」

 俺の絞り出すような問いかけに。

「式は身内の準備が整い次第だ。親父の体調も良くない。ここ一、二週間の内には終わらせる予定だ。そうだろ? 真琴」

「ああ。なるべく早い方がいい。亜貴も大和も暫くあわただしくなるが、いつも通り過ごしてくれ。亜貴の次の高校も住居もすでに目星はつけている。次の土日に見に行こう。お祖母さんにも連絡を入れておく。せっかくだからゆっくりしてくるといい」

 亜貴は言葉は発せず、ただ、こくりと頷いただけだった。目には涙が浮かんでいる。

 それは、そうなるだろう。

 八歳の頃から今までずっと一緒に生きてきたのだ。それが、突然の別れを宣告され。泣くなと言うのが無理だろう。
 別れたくはない。けれど亜貴には抗う術がないのだ。
 真琴は労りの表情を浮かべながら。

「大和は前のアパートに戻る事になる。手筈は整えてあるよ」

「分かった…。ありがとう、真琴さん…」
 
 抗う術がないのは俺も同じで。
 岳の好意が嬉しかった分、反動が大きかった。

「本当に、お別れなんだな…」

「これで借金は返せたんだ。良かったろ?」

 岳は僅かに口元へ笑みを浮かべて見せたが、俺はまともにその顔を見られなかった。
 俺の目にも涙が溜まっていたからだ。亜貴の事を言ってはいられない。
 零れそうなのをぐっとこらえて、

「…じゃあ、残りの時間は今まで通り過ごせるんだな?」

「ああ…」

 俺はその言葉にすっくと岳を見返した。岳はじっとこちらを見つめている。

 岳が跡を継ぐまでは、家族でいられる──。

「わかった」 

 窓の外、空には梅雨独特の雨雲がかかり始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結】うたかたの夢

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
 ホストとして生計を立てるサリエルは、女を手玉に取る高嶺の花。どれだけ金を積まれても、美女として名高い女性相手であろうと落ちないことで有名だった。冷たく残酷な男は、ある夜1人の青年と再会を果たす。運命の歯車が軋んだ音で回り始めた。  ホスト×拾われた青年、R-15表現あり、BL、残酷描写・流血あり  ※印は性的表現あり 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 全33話、2019/11/27完

後の祭りの後で

SF
BL
 ※親父×小学生(エロはなし)  今年47になる道雄は、体調を崩して休職し地元に帰ってきた。  青年団の仕事で屋台を出せば、そこにかつての幼馴染、勝也が現れる。  しかし勝也は道雄とともに過ごした頃の、小学生の姿のままだった。  あの頃と今が交錯する、夏の夜の行方はーーーー ・Twitterの企画で書かせていただきました。 課題・親父×小学生 キーワード・惚れた弱み

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

処理中です...